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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

TS少女と魔王の種~如何様にして世界は滅ぶのでしょうか~

作者: かんむり

 僕が初めて書いた小説にしてとある賞の落選作。

 本当は改稿して連載小説として始めようかと思っていたのですが、全く目処が立ちそうにないためそのままぶん投げておくことにしました。


 至らないところだらけではありますがどうか、温かい目で見てやっていただけるとありがたいです。

 最初に言っておこう。これはいわゆる異世界転生ってやつで、剣と魔法のファンタジーだ。

 少なくとも今、目の前で繰り広げられてるソレはそうなのだろう……たぶん。



   1

 本当に何も覚えていない、気が付いたら私はそこにいた。

 今は西暦何年で?何月何日何曜日?というかまずここはどこ?

 昨日は普通に朝起きて、普通に出勤し、普通に仕事をこなして……そこまでは覚えている。

 そう、確かお昼休憩に入ったあたりから記憶が曖昧な気がする。

 どのくらいだろうか。

 15年?いやもっとか?そのくらいの〝喪失感〟がある。

 一体全体何があったのか、ひとまずその前後の記憶を整理してみることにしよう。

 


   2

 西暦20xx年某日 日本 Tokyo

 世の中は繁忙期。私もその例に洩れず、せわしない日々を送っていた。

 とにかく効率化を図り少しでも、少しでも多くの時間をネットゲームに当てる。

 それがここ最近の私という独身男性の生活だ。

 社内の成績は極めて優秀だが、それ以外をとればどれもパッとしない。強いて言えば少し霊感が強いくらいなのだが、これに至っては気味悪がられる部類の代物だ。

 女っ気?金目当ての女に興味はない。外見なんて化粧の二文字で片づけられる。

 私は異性を信用しない男だ。

 ―さて、そろそろこの仕事もひと段落着くだろう。

 お昼休憩にでもするか。


「‥……な……ソ」


 席を立ったときにそんな声が聞こえた気がしたが、オフィスを見回しても声の主は見当たらない。

 気にせず私は、朝買って冷蔵庫に入れておいたコンビニ弁当と、自前のノートPCを抱え休憩室へ赴く。

 割り箸を片手にノートPCを起動し、休憩時間という短時間でもできる日課系クエストの消化に当てる。

 一通りクエストの報告をし終えて、一息ついたところにまた声が聞こえた。


「目を覚ませ!おい!」


 今度は随分はっきりと聞こえた。それも鼓膜が破けるかと思うほど大音量で。

 流石にビビった。その拍子に、口に運んでいた白米と割り箸をのどに詰まらせて



 ―死んだ。




   3

 暗い、本当に真っ暗闇だ。

 自分が今どこに向かって歩いているのか、先にはただただ黒一色の空間が広がっている。


「死んだ…んだよな……それもかなり無様に。私ともあろうものがこの程度の最期とは…傑作だなこりゃ。…アハハハ」


 それはそうとこの現象。暗くて見えないが、心なしか体が縮んできているきがする。

 輪廻転生、生まれ変わりという奴だろうか。

 きっと最後には記憶も洗われて、純真無垢な赤子として生れ落ちるのだろうな。


「はぁ…どうか来世ではリア充になれますよーに」


 棒読みがちにそんなことをつぶやいた直後だった。


『ガーッ。デンジャー。デンジャー。浄化中の個体に深刻なエラーを確認しました。一時的に個体の魂を書き換え、排出します。有効期限は5~20年です、記憶領域のバックアップを開始します。』


 んん???なんだ?いくら何でも意味が解らなさすぎるだろう。

 そんなことを思う間もなく、目の前が開けると同時に意識が途切れる。



 うん、そうだったそうだった。

 そんで気が付いたらこの状況なわけだ。

 …ふむ、前世の記憶も思い出そうとすれば意外と鮮明に残っている。

 どうやらなにかしら起きたらしく、私は記憶を保持したまま転生したらしい。


「それはそうとして……だ。」


 目の前で繰り広げられているソレ、魔法剣士?といったところだろうか。

 その剣士の兄さんが、あっちはなにやら武骨なツノを生やした動物?と戦っている。

 シチュエーション的に、彼に助けられているということでいいのか?

 その牛のような二足歩行の動物は結構強いらしく、みたところ熟練の剣士な彼もなかなか苦戦しているようである。


「逃げるべき…なのだろうか。でもどこへ?」


 ついさっき意識が戻ったそれ以前の記憶は、先ほど思い出したところまでしか保持していない。

 無論、此処がどこで、どっちに言ったら安全なのかなんてわかるはずもない。


「〝嬢ちゃん!〟何を呆けてるんだ!!オレが食い止めてるうちに早く逃げろ!」


 ちょっと待て今のは何かおかしい。

 いや、ここまでの事象全てがすでにおかしいのだが。

 改めて自分の身体を見回してみる。みたところ15から18歳くらい、そして


 ―身に覚えのない脂肪の塊が胸部に二つ付いている。


「――いやいやまさか」


 恐る恐る手を当ててみる。

 柔らかい感触が手と胸の中に広がる。自分のもので間違いないようだ。

 となれば…もうなんとなく気が付いてはいるのだが、一応確認はしてみないことにはもう状況を認めたくない。うん、ない。


「ウソだろ……よりにもよって」


 女性か。そういえば、確かにさっきから自分が発する声も甲高い。

 ここまで必死に状況を理解しようと頑張ってきた。が、そろそろ限界を感じて混乱してきたところに、つばぜり合いに負けた剣士さんが勢いよくふっ飛んでくる。


「っ!危ない!!!」


 突進してきた可愛げの欠片もない動物が、膝をついている私めがけて、その武骨な角を向ける。


「く、この距離じゃバリアも間に合わない!!」


「っっ!!!」


 逃げようにも膝が笑って思うように動かない。

 さっき覚醒したかと思ったらもう死ぬのか―こんな訳が解らないまま!

 反射的に左手を前に突き出した瞬間、何かの衝撃で私の身体は後ろに飛んだ。

 突き出した左手が若干熱くて気持ち悪い。

 目を開いてみるとそこには、上手に焼けましたと言わんばかりな牛型動物の姿、そして目を見開いて驚きの表情を示す魔法剣士殿。


「な、なにが起こって……」


 もう本当に何が何だか…混乱しきった頭にさらに過分な情報を流さないでくれと願いたいところだ。


「じょ、嬢ちゃん、今の魔法は!?君は一体……」


 そんなことはこっちが聞きたいくらいだ。

 しかし、それをこの剣士殿に言ったところで無駄なのはまだ理解できる。

そうだ、ここは彼に道案内でも頼むのがいいだろう、またさっきのような奴に襲われたらひとたまりもない。


「そ、それが私もわからないんです。それでその、助けていただいてあつかましいとは思うんですが……」


「オレは自身の義務を果たそうとしたまでだよ。それに、情けないが結果的に助けられたのはオレの方さ。オレにできることだったら何でも言ってくれ。」


「ありがとうございます!ここから一番近いところでいいので、人がいるところに案内していただけたらなと…えっと」


「マーグスライト・レンスフォングラムだ、マーレンとでも呼んでくれ。君は?」


「ミリア・エレンハートです………!?」


 無意識に自分の口からでた固有名詞。

 それが今、この体における私の名前だと?一瞬名前を聞かれてどうしようかと思ったが…身体が覚えていたとでも?やはり転生してから現状に至るまでの十数年分の記憶はすっぽり抜け落ちているらしい。

 そういえば、意識が途切れる直前に書き換えが云々という無機質な音声が聞こえた気がするが、何か関係があるのだろうか。


「…ミリアか、ここらでは聞かない名だな。一番近いのは港町のテラフだ、案内しよう。しかしそんな軽装

で、いったいどこから来たんだい?」


 言われてみて気が付く。ミリアは薄いエメラルドブルーの綺麗な髪に似合わずザ・村人と言わんばかりの薄着。

 某RPG風にいうなれば布の服以外何も装備していない状態。


「え、えっとその…覚えてないんです。な、名前以外は、何も…」


「そッ……それは記憶喪失というやつか!?アスタウロス(先ほどの牛型動物)を屠った魔法といいその服装といい、ますます不思議な娘だな…まあ、仰せつかった仕事は果たそう。ついてくるといい―と、その前に」


 マーレンはなにやら札のような物を懐から取り出すと、それ向かって何やら話し出した。

 身長差のせいで札の表面は見えないが、おそらくそれがこの世界における電話の役割を果たしているのだろう。


「ああ、そうだな。それがいいだろう、ではよろしく頼む。」


 札をしまうと、何やら満足げな顔をしたマーレンがミリアに微笑みかける。


「待たせてしまったな、ではテラフへ向かうとしよう。ここからだと3日も歩けば着くはずだ。あそこは景色もいいからな、時間があったら観光でもしていくといい」


「あ、はい……ありがとうございます」




   4

「ほ、ほんとうにいいんでしょうか…見ず知らずの私にここまでしていただいて」


 この町の定番らしい大ぶりなマグロのステーキをちびちびと口へ運びながらミリアが言うと、同じものをこれでもかとほおばりながら、熟練魔法剣士のマーレン殿はこう返す。


「何、気にすることはない。これも恩義だと思ってくれ。それに、先のアスタウロスもそうだが、最近高レベルのモンスターがやけに多い。女子供が一人で出歩くには、最低でもそのくらいは身に着けておかないと命がいくつあっても足りないだろう」


 3日かけて町に到着するやいなや、ミリアは町工場に連れ込まれた。

 そこで一式の装備を、しかもオーダーメイドで揃えてくれたのだ。

 電話らしきもので連絡を入れていたのはこのためだったらしい……なんだか、いや大変申し訳ない。

 今このジェントルマン、その上に昼食まで奢ってくれている。

 それも中々高級そうなお店で。


「それはそうとしてこれからどうするつもりなんだい?見たところ、お金ももっていないんじゃないかね?」


「………!!!」


 そうだった。色々起こったのもあるが、疲れでそこまで頭が回っていなかったのかと思い知らされる。

 今の装備に着替えたとき私物を一式確認しようとしたが、通貨らしきものはおろか、本当に一切合切何も持っていなかった。

 無論のこと、身元を証明できるようなものも無し。

 紳士な彼に助けを乞いたいところだが、これ以上は本当に頭が上がらなくなってしまう……いやはや、これが所謂詰みというやつなのか。


「やはりか。規則であるが故金の貸し借りはできない……が、君の髪と目の色は東の大国で見るものだな。ここからは結構な距離がある。テラフは小さな港町だから、そこまで行くのであればここより少し北にある『王都ラーグス』まで行かないと足を確保するのは難しいだろう。丁度オレもそこに用事があってな、よかったら一緒に来るかい」


「い…いいんですか?お邪魔になってしまうのでは……」


「ハハハ、君のような可憐な少女を見捨てるほど肝は据わっておらんよ。騎士の名にかけて無事に送り届けて見せるさ。少し長旅になるからな、今日はひとまず休んで明日。買い出しをして出発といこう」


 


 店を後にして、これまたこの町の中ではトップクラスにお高そうな宿になんの躊躇もなく入っていくマーレン。

 彼はよほど偉くてお金持ちなのか、それとも異性に気を遣うタイプなのか、はたまた両方か…。

 手早く手続きを済ませたマーレンの後をついて歩いていく。しかし、彼に続いてミリアが部屋に入ろうという一歩手前で止められてしまった。


「おっと、一緒の部屋にしたいのは山々だが、君はあっちの部屋だ。」


 指さす先を見ると、そこはいわゆる一等部屋。

 対するマーレンが入った部屋は、のぞき込んだ限り殺風景な一人部屋。

 この宿でもとりわけ安い部屋をチョイスしたのだろう。

 この魔法剣士殿、本当に抜け目ない紳士っぷりだ。

 流石に、流石にここはあの豪華な扉を自分がくぐるわけにはいくまい!と、紳士の骨太な顔に、精一杯強張らせた華奢な顔で振り返る。


 が、だめだこれは。


 そう悟ったミリアは、諦めて一言ついてから部屋に入ることにする。


「本当にすみません、何から何までさせてしまって…この御恩は必ず」


「いいんだよ。これもオレの性分だ、やりたいことをやっているだけなのだから、そんなに改まった話し方をする必要もないぞ。ここまで来るのにだって、オレは慣れているから大丈夫だが君は相当疲れているはずだ。この宿は露天もあるから、今日はゆっくりするといい。明日時間になったら迎えに行くよ」


「ははは……ではお言葉に甘えて、失礼しますね」



 豪華な一等部屋の扉をくぐると、そこはまさに中世貴族の私室といわんばかりの家具が取り揃えられていた。ベッドなんかはまさにあれだ、漫画やアニメでは見慣れた天蓋付きの…

「ほんとにあるもんなんだなー……お姫様ベッド」

 そして窓からは港が一望でき、景色も抜群。だが景色は後で存分に楽しむとして、先に露天風呂だ。

テラフに着くまでの三日間、食料は頼もしい剣士殿のおかげでなんとかなったものの、体を洗う機会というものが全くなかったので、一刻も早く汚れを落としたかった。

 マーレンに買ってもらった新品の短剣と、胸部のみのプレートアーマーを脱ぎ捨て、気持ち高らかに浴場へと向かう。

 そして前世のノリで男湯へ突貫しそうになってハッとする。



「そうだったああああああ!!!」



 一瞬誰かの視線がこちらへ向いた気がしたがそれどころではない。

 今まさに、男にとっては夢が詰まった、しかし最狂の試練が始まった瞬間だった。




 第一の試練:女湯に入る

 ここはまあ、ただくぐるだけなのでさほど苦労という苦労をするわけでもないのだが、それでもやっぱり罪悪感のようなものを感じてしまう。

 全然問題ないはずなんだけど、生物学上は全く問題ないはずなんだけど!

 幸い?にして脱衣所にはミリア以外の人影はなかった。

 安堵6割、がっかり4割くらいの深いため息をつきながら脱衣所を進む。

 すでに今日1番疲れている気がする、ゆっくり休めとは一体。


第二の試練:脱衣所

 さて、ここからが本番だ。

 観る分にはすさまじく好イベントなのだが、いざ自分が観られる側(観る人間はいないが)に回るとなれば話は別だ。

 生物学的に女性であるミリアは精神的には紛うことなく男の子なのだ。

 しかも前世では、女っ気の欠片もなかったため女性の裸体に対する免疫など皆無。

 それ以上など言うまでもない。

 マーレンに買い与えられた装備に着替える時は極力、いやほとんどずっと上を向いていたからなんとかなった。

 それでも時折女体特有の感触に冷や汗をかいていた。

 なんとか、頑張って、極力目線をそらしながら衣服を脱いでいく。

 自身の肉体を晒していくことに、羞恥心ではなく罪悪感を覚える人間など自分以外に果たしているのだろうか?

 そんなことを考えて気分を紛らわせるもやっと、下着に手こずらせられながらも、全てを籠の中に放り込み、既に布団に潜り込みたい気持ちを抑えながら、用意してあったタオルを取り浴場へ向かう。



 いやはや、港町の露天風呂というだけあり、景色は本当に素晴らしい。

 目下に広がる中世ヨーロッパ風の町並みもさることながら、綺麗な放物線を描く水平線、その先にかすかに見える小島や船の影、潮風も心地いいものだ。

 だが、それらを堪能するためにはまず体の汚れを落としてしまわねばなるまい。

 ああ、まだ休憩時間は遠いようだ。


「あら、こんな昼間にアタシ以外のお客が?珍しいね、ここの露天はこの時間大抵独占状態なんだけど」


 あまりの驚きに滑って転びそうになってしまったではないか。

 脱衣所に私のもの以外着替えはなかったとばかり思っていたが見落としたか…!


「あ、あはは…そうなんですね……」


 マズイ、強制イベント発生だ。


「フレミアさんは、よくここにこられるんですか?」


 彼女―ハンターのフレミア・ステローグの背中を流しながら、ミリアは他愛のない質問をする。

 そうでもしないとこの状況に気が気でいられない。どうしてこうなった。


「ああ、景色だけだったらこの町にももっといいところがあるんだがアタシはここが一番好きなんだ。それに、観光連中は風呂だけそっちにいっちまうヤツが多い。ここは気が休まるし宿主にもすっかり覚えられちまってね。週4で通ってるよ」


「本当にお好きなんですね、お邪魔してしまってすみません」


 微笑混じりにそんな会話を必死に続けようとする。

 彼女の出るところは出て、締まるところはビシッと引き締まったナイスバディは、ミリアの精神をガツガツとすり減らしていく。

 そろそろ胃が痛くなってきそうだ。


「いやいやいいのさ、ここは誰のモンでもないしねぇ。強いて言えば宿主のモンだが、本当にこの時間は誰も来ないからさ、たまにはこういうのも悪くないと思うよ…―っとアタシはもう大丈夫だ。今度はミリア、アンタが流される番」


「えっ、いえいえ私は大丈夫ですよ、自分でやれますから」


「なぁーに遠慮してんだよつれないなァ。アタシはこれでも人の背中流す腕も結構自信あるんだぜ?ほらほら、さっさと座んな」


 そういう問題ではないのだが…押し切られてしまった。

 自身の手で体を洗うことを免れたのは多少は?よかったのかもしれない。

 だが非常にまずい、さっきから背中を洗うのと同時にその豊満な胸を擦り付けてはいないだろうか?わざと。


「ひゃっ!?」


 突如、背中を洗っていたはずの両手が胸部をわしづかみにして、思わず声が出る。


「ちょ、ちょっとフレミアさん!?」


「スキンシップスキンシップ!さっきからアンタちょっと気遣い過ぎじゃない?もっと楽しまないと疲れ取れないよ」


 そう言いつつ、フレミアはミリアの胸を揉みしだく。


「ひゃ、やめてください!くすぐったいです!ひっ」


「おっ可愛い顔すんじゃん!羨ましいなぁコンチキチョウ!」


 全ッ然嬉しくない!一刻も、一刻も早くこの状況から抜け出さなくては!!。


「そういえばミリア、アンタ他には誰か一緒じゃないのか?見たところ15,6やそこらだろう、親御さんとかは?」


 さっきまで夢中になっていた手をさっと離してそう問いかけてくる。

 この人のノリにはついていくのがかなりしんどい。


「それは……その…」


「ま、答えたくないならそれでもいいよ。アタシも、人に言えないこと仲間と色々やってきてっからさ…さて、アタシはもうあがるから、ゆっくりして行きなよ。」


 最後にミリアの背中にザーっとお湯を流すと、そう言ってフレミアは浴場を後にした。


「何だったんだ…まあ、これでやっと」


 露天風呂を堪能できる!

 まだ日が高いので、夕方ごろに夕焼けを見ながら楽しみたいところだが、この短時間での疲弊を考えると、それは無謀というものだ。

 慣れればなんとかなるのだろうか?そんなことを思いながら、適度な温度に調整された温泉に身を浸透させる。 

 しばらく温泉と景色を堪能した後は、足早に着替えて部屋に戻った。


「あー…疲れた。着替えがしんどいのはどうにか慣れなければな……」


 そう眉を顰めてつぶやいてから、豪華な装飾が目立つ天蓋付きベッドへ頭からダイブする。

 本当に凄まじく疲れていたようで、ミリアは10秒と経たずに睡魔に飲み込まれていった。




 ―これは……夢か?

 見渡した限りそこは先ほど自分がいた宿の部屋ではない。

 たとえるならそう、高度経済成長期の大都市だろうか。

 流石にそんな長い年月寝ていたわけではあるまいし、前世の記憶も絡んだ夢か何かなのだろうと踏んで流れに身を任せることにした。


『ビー。ビー。エラーを検出した個体を発見。現在輪廻管理システムは余力68パーセント。対象個体の即時浄化、再排出を行いますか?』


《ぬう…16年かかってやっとか。存外、機械も信用ならんものよのう》


 聞き覚えのある機械音声の後に、長いヒゲを携えた老人がエコーを効かせてに呟く。


《仕方ありませんよ。あの時は例年の3倍以上の死者が出ていたのですから。天界も発展してきているとはいえ、多くを機械任せにした我々への罰でしょう》


 老人の隣にいた若い男性が、これまたエコー混じりにそういった後、老人が見つめている機械に向かって慣れた手つきで操作をしてから、老人の方へ駆け寄って報告する。


《即時…というのは難しそうですね。すでにあの世界へ転生させてから16年も経過していますし、運の悪いことにかなりの重役を担う者に生まれてしまったようです》


《なんたることだ……“ヤツ”が姿を消して40年。まさか2度も転生していようとは……仕方がない。今は彼女の経過を見守るとしよう…スタシウス君。あの個体のことはしっかりと監視していてくれたまえ、何かあったら知らせるように》


《承知致しました。すぐ手配致します》


《ゼウス様も、もうお体にはお気をつけて》


《ああ……願わくば、〝種〟が育つ前になんとかなることを祈ろう》


《ええ…。祈られる側である我々が懇願することになるとは、情けない限りですな》


《全くだ。さて、まだまだ機械に任せておけん仕事は山ほどあるのだ。無駄話はこのくらいにして、持ち場に戻るとしよう》


 近代化した天界。創造神とその助手はそう呟いて、その場を去っていくのだった。


 


 ミリアが目を覚ますと、すでに正午を回っていた。

 どうやらかなり熟睡していたらしい。なんだか自身に関するものすごく重要な夢を見ていた気がするのだが、夢というのは目が覚めたら忘れていくもの。

 そこまで気にすることでもないだろうと、気分を切り替えるために窓の前で精いっぱい伸びをする。

 気持ちを切り替えたところで、心を無にする練習をしながら手早く着替える。

 これも体が覚えているのだろうか、意識していた脱衣所の時とは一変、すんなりと着整えることができた。

 コンコン


「起きてるかい」


 長い髪を束ね終えると同時に聞こえたのは扉をノックする音と男らしい野太い声。


「はい、どうぞ」


「よかった。買い出しに出る前にドアも開けっ放しで熟睡していたと宿主から聞いてな、何かあったらどうしようかと思ったぞ」


「へっ…!?」


 全然気が付かなかった。

 本当に心配そうな目をこちらに向けてマーレンは言う。


「買い出しはあらかた終わった。どうだ、いけそうかい?」


「あ、はい!大丈夫です」


 これ以上彼に気を遣わせるわけにもいかない。

 そのくらいはしっかりしなければと意気込み、華奢な背筋を伸ばして返事をする。


「よし、では出発するとしよう。だがその様子だと晩御飯も食べてないだろう?好みがわからないから適当に買ってきたが、それで足りそうか?」


「本当、何から何までありがとうございます。大丈夫です!」


 この紳士は本当に抜け目ないな。

 半分開き直ってそんなことを思いながら、遅めの朝食をいただき宿を後にした。




    5

 王都ラーグスは、港町テラフから北へ約200㎞。

 徒歩一週間の旅を経てようやく門番兵の顔がわかるくらいまでやってきた。

 ここまでモンスターの一匹も出ずにこられたのは、その道20年の剣士殿も初めてのことだと言う。

 彼の話によれば、近年モンスターが狂暴化してきているというし、出ないに越したことはないんだろうが…一匹も出ないとなると少し勘ぐってしまうのだが。


「何か、モンスターがいなくなるような事があったんでしょうかね?」


「あ、ああ。そうかもしれんな」


なぜか急に元気をなくしたマーレンをよそに門番兵がミリアのほうに駆け寄ってくる。


「ミリア・エレンハートだな。城まで来てもらうぞ」


「は!?どッ…どういう……」


「しらばっくれるな!来い!!」


 そう言って門番兵はミリアの右腕を引っ張ると、全く状況が読み込めないミリアは無意識に左手を兵士の腋腹に向けて動かす。

 その左手が微妙ながら光を帯びたのを確認したマーレンは、すかさずその腕につかみかかった。


「マーレンさん!?これは一体!!」


「………すまん。」


「?うッ……!」


 マーレンが顔を顰めながらそう言うと腹部に強烈な痛みが走りミリアは気を失った。


「レンスフォングラム魔法騎団長殿、お手数おかけしました。既にこちらへ向かっていることは国王陛下にもお伝えしていると思われますが、この後は如何様に?」


「ああ、ご苦労。すまないが気分がすぐれない。デネル副団長に代わりに報告するよう伝えておいてくれ」


「はっ!」


 重い足取りで城下町に入っていくマーレンを見送ると、門番兵はミリアを担ぎ上げ深いため息をついてつぶやいた。


「はぁ……ひと悶着あるんだろうなあ」



 *****


「―冷たっ」


 左右の頬にそんな感触を覚えてミリアは目が覚めた。

 起き上がって周りを見渡すと、部屋の3面は冷たい石畳でできていて、扉は鉄格子。 

 中にあるものは貧相なゴザが一枚と強烈なアンモニア臭が漂うツボが一つ。

 明かりは狭い通路に壁掛けたいまつがあるのみ。

 ミリアの頭上からは水滴が滴っていて、小さな水たまりを作っていた。


「地下牢……。でいいのだろうか」


 地下でなくとも、ここが牢獄なのは間違いないだろう。


「私は騙されたのか。紳士然としたその態度にまんまと釣られたと?しかしだ、それならあんな申し訳なさそうな顔をするのはおかしい。普通に考えて、私は何かしらの理由があって追われている身で、無一文で身分証もないのは身分を隠蔽して必死に逃げてきたから。と、いうことになるが」


 ―一体なぜ?


 手掛かりも無いものを考え込んでいると、向かいの牢から野太い声が聞こえてきた。

「よう、起きたか嬢ちゃん。あんた、その若さで何やらかしたんだ?シュケケケッ」

 鎖で唾がれた大男は、不気味な笑い声をあげながら好奇の目を向けて言ってくる。

「し、知らないですよ。何もわからないままいきなりここに放り込まれたんですから。おじさんが好きそうなことは何もないと思いますよ」


「シュケケケケ……〝何も知らない〟ねェ………」


 舐めまわすようにミリアを見続ける大男は、しばらく目をキョロキョロと動かすと、何か納得したらしく、ぽつりと一言だけこぼす。


「シュケケッあんたが何者でなんでここにいるかなんざワシは知ったこっちゃねェが、精々あがくこったな。ワシより先に死ぬなよ?シュケケケケケケケ!」


 意味深にそれだけを言うと、大男は大きないびきをかいて眠りだした。


「何なんだ本当に……あがくって何に対して」


 あまりにも情報が少なすぎる。

 なにせ城下町に入ることすら許されないまま門番兵につかまってしまったのだ。

 記憶に新しいマーレンの素振りから必死に何かを探ろうと頭をフル回転させるが、さっぱりわからない。

 わかるのはミリア自身の身元に何か原因があるの〝だろう〟ということのみ……そんなことを思っているうちに、牢番もミリアの目が覚めたに気が付いたのか、迅速に報告を入れていた。

 しばらくして牢番が戻ってくると、ミリアがいる牢の前で止まって言い放った。


「ミリア・エレンハート、国王陛下がお呼びだ。出ろ」


 *****


「さて、ミリア・エレンハート。おぬしをなぜこの場に呼んだか、わかるかね」


 国王リムーダ・フラーグレスはそう言うと、そのつぶらな目を強張らせてミリアを見つめる。

 その右隣には側付きの大臣?だろうか。その更に手前には、その紳士さで私をラーグスに連れてきたマーレンもいる。


「い、いえ国王陛下―大変申し上げにくいのですが、私はここに来る以前の記憶が欠片もないのです。名前以外何も……ですので、なぜ捕まって地下牢に入れられたのかなどもさっぱり…」 


 返事をすると、しばらく―10秒ほどだろうか、間をおいて国王はため息をついてこう続けた。


「はぁ……どうやらレンスフォングラム団長の言う通りのようじゃ。わしの〝眼〟を以てしても、こやつが嘘をついているようには到底思えんよ。」


 王様そんなウソ発見器みたいな魔法を御使いになられるのですか…すこし羨ましいと思ったミリアだが、一国の王が使う魔法としては如何なものか。


「いいや、わしの使う魔法は千里眼じゃ。距離はもちろん、わしの半径30m以内であれば人の心の中も、な。これはこれで、中々大変なものじゃぞ?ファッファッファ」


 やばいもっとすごいヤツだったと粗相に少々反省しながら、思っていたよりも好意的に接してくるリムーダ王に会釈をする。


「ファファファ。何、気を楽にせい。わしも久しぶりに若いおなごと会話をするのでな?少々気分が高まっているんじゃよ」


 前言撤回 ただのエロジジイの可能性大だ、鼻の下が伸びきっている。

 そんなことを無意識に思いながら、リムーダ王は形相を一変させて本題に入らんとばかりにミリアを凝視する。


「さてミリア君。わしがそなたをここに呼んだのは他でもない。今から大よそ二週間前であったかの。〝神の啓示〟を授かったのじゃ」


「かッ…神様……ですか?」


 突然壮大なスケールの話になり驚きを隠せないミリア。


「さよう。わしも眠りにつく直前でかなり困惑したのじゃが、こう仰られていた。薄いエメラルドブルーの髪と真紅の目を携えた若い女子がもうすぐ我が国に現れる。其れを直ちに抹殺せよ。さもなくば遠くない未来国が滅ぶ。とな」


「……はい?」


 ますます意味が解らない。意識が覚醒してからそればかりな気がするが、今度ばかりは本気で意味が解らなかった。

 転生したかと思えば、転生させたであろう神様自ら殺せだと?


「陛下…仰られていることの理解に苦しむのですが……」


「ああ、わしもじゃよ。啓示を受けた直後は一体どんな悪党が出てくるのかと思ったのじゃが、そなたのような無垢な女子が、そのような対象にあたるとはとても」


「人違い……ということはないのでしょうか」


「残念だがその線も薄いじゃろう。我が国は昔から、固として異国からの観光客に対する検問は厳しくしておってな。ここ100年間では、異国観光客による犯罪はゼロと名高いほどじゃ。そもそもそなたの出身地であろう東の大国と、我がウェスタガレアは少々仲が悪くてな、本来ならば入国すら難しいのじゃよ。」


 助けを乞うようにマーレンの方へ顔を向けるミリア。しかし騎士団長殿は気難しそうに頭を横に振るのみ。ああちくしょう。


「で、では私はこれからどうなるのでしょうか!?せめて…せめて何か私が何者なのかわかるまでお時間をいただけないでしょうか!!」


 少しの望みにすがるかの如く、己の甲高い声を精一杯大にして叫んでみせる。

 何も解らないまま死ぬのは納得がいかない。

 ただでさえ前世の死に方がアレなのだ。

 二度も無様な死に方をするわけに行くまいと必死だった。


「なに、心配はいらんよ。この場でわしはそなたを裁きはせん………が、我が国には宗教上の理由というものが存在する。すまないが神の啓示を無下にはできんのじゃ、既に指名手配書が国内各地に配布されておる」


「なッ………!!」


 少し希望が見えたと思ったらこれだ。

 神様は一体何の恨み事があってこんな事をするのか。

 こうなったら何としても生き残って自分の十数年間を知らなければ気が済まない。


「心配するなと言ったであろう。こんなこともあるやもしれぬとな、既に東の大国への脱出ルートも確保しておる。レンスフォングラム団長が言う通りならば、そなたはあのアスタウロスをも一撃で丸焦げにするほどの魔法を使うそうじゃが、記憶がないということは上手く制御できないのではないか?ルートを確保したといっても本当にそれだけでの、まだ準備は必要じゃ。それまで彼をそなたの側付きとして就かせる。生き残るためにも、しばらく魔法制御の鍛錬をしていくといいじゃろう」


 *****


 ―数分後

「陛下、本当によろしいのですか?あのようなことを申し上げて。千里眼のことを知っていて、本性を隠しているのかもしれませぬぞ」


 ミリアとマーレンが王座の間を出てから大臣がそう言うと、リムーダ王は少し渋い表情を見せる。


「何、もう少し泳がせようではないか。その日が来ればすべてわかることじゃしの…それより、準備はしっかりと進めているのであろうな」


「はい。こちらは滞りなく…彼女も、もう三日程度で王都に着くと思われます」


「よかろう 決行は1週間後じゃ。それまでは、何人たりともミリア・エレンハートには手を出させるでないぞ」


「はっ!」


「……何も起こらなければいいんじゃがのぅ」



 *****

 

 王座の間を後にしたミリアは、早速マーレンに修練場らしき部屋に案内された。

 修練場へ入るや否や、マーレンはミリアの方へ振り向き深々とお辞儀をする。


「ミリア、先ほどはすまなかった!」


「頭を上げてください!仕方なかったのでしょうし、気にしてませんよ。それ以上にマーレンさんにはお世話になりましたから」


 マーレンは少し頭を上げかけると、ハッとしたように先ほどよりもさらに頭を下げてしまう。


「いや、やはりダメだ。正直陛下との謁見でお言葉を聞くまで多少なりとも疑ってしまっていたのだ。君のような女性を疑った上に暴行まで加えたのだ!これはオレの騎士道に大きく反する。どうか謝罪させてくれ。そうだ、これが謝罪になるかといわれると微妙なところだが…同じようにオレを殴ってくれ。頼む」


「え…えぇ…」


「遠慮はいらない。思いっきりやってくれ。」


 そう言うとマーレンは顔を上げ、手足を大の字に大きく広げる。

 ―この漢、本気だ。


「そこまで仰るなら仕方ないですね……。では、いきます」


「ああ。やってくれ!!」


 心成しかマーレンの顔が喜んでいる気がしたが、雑念を払い力を左手に集中させる。


「はあああああ―!!」


 左手が微かに光を帯びた後、それが凝縮するかのように収束。

 やがてバチッバチッと音を立てながら光が不規則に発散していく。

 発散する稲妻のような光はやがてミリアの全身を覆っていき蒼く変化すると、さらに音を大きくして左手に集中されていく。


 ―今だ


 バチバチバチバチと千鳥音をたてて発光した左拳が、勢いよくマーレンの腹部に吸い込まれていく。

 瞬間拳に強烈な痛みと不快感を覚えるが、それ以上に勢いよくマーレンの巨体が後方へ飛んでいった。

 ドン!と鈍い音を立てて壁に激突したマーレンを心配して、ミリアが駆け寄る。

 殴り飛ばした部分の衣服がはだけて皮膚が露呈して真っ赤に腫れていた。

 若干出血もしているので、こんなに強くなるはずはなかったのにと少し後悔してしまった。


「いっつつつー…やるなあミリア。よし、もう一発来い!」


「は!?何言って…、もうお腹真っ赤っかになってますよ!」


 思わぬ言葉がマーレンから飛び出してきて、ミリアは少し混乱してしまう。


「いーからいーから、ほれ!!」


 定位置に戻り再び両手足で大の字を描いたマーレン。

 少し鼻息が荒い気がするが、あれだけ思いっ切り腹部を殴られれば無理もないだろうとあまり気には留めない。

 本人がそう言うならばと再び左拳を構えるミリア。今度はなんとなくさっきよりも力を抑えるように心がけようとしたところに、またしても思わぬ言葉が飛んでくる。


「おっと、先ほども言ったが遠慮はいらんぞ。むしろもっと強くだ!もっと強烈なのをイメージして来い!!今のはアスタウロスを焼いた時の3割程しか出ていないぞ!」


「しょッ正気ですか!これ以上は下手したら穴があきますよ!?」


「気にするなと言っているだろう!さあ早く。時間はそんなに待っちゃくれないぞ!」


 その一言でようやく察する。

 なるほど、さっきの一撃からもう修練は始まっていたらしい。どうしてわざわざ修練用の的ではなく自身の体を的にするのかは分からないが、そういうことなら遠慮は無用というものだろう。


「では、いきます」


「応!!」


 強く、ただ強く。そんなことを意識しながら再び左拳を構えなおす。

 すると、先ほどは蒼く変化した光が黄色に変化する。まだ強く、ひたすら威力を上げることのみを考えて拳に力をこめる。

 先ほどとは明らかに違う。悲鳴にも似た爆発力を腕の中に感じながら、それを一点集中させて――放つ。


「はぁあああああ!!!」


「グッフぅうううおおおおおお!!」


 雄たけびを上げながらマーレンは踏ん張るが、ズザザザザザアと猛々しい砂煙を立てて後ろへ滑っていく。

 間違いなく先ほどの一撃よりは強力なはずだが、今度は壁スレスレで耐えきってみせた。

 殴った場所はもちろんだが、今度は上半身の衣服が残らず吹っ飛んでしまっていた。


「ああ‥‥イイ!イイぞもう一発だ!!」


「へっっっ!?」


 おかしい。この漢、満面の笑みを浮かべている。


「今の一撃は素晴らしい物だった!こんな強烈な爆発力はモンスター相手でもそうそう味わえるものではない!ああ!もっとだ!もっとその力をオレに見せてくれ!!」


「ひぃ!?」


 やばいこの漢


 ―ドMだ!!


 さっきからどこか表情が緩かったのはこのせいか!この国の上役はこんなのばっかりじゃないだろうな!

 というか興奮しすぎて勇猛な顔が台無しだ。


「マーレンさん落ち着いてください!本来の目的を見失ってませんか?」


 まだ言葉が通じるくらいに理性はあったらしいマーレンは、顔を自身の腹部よりも真っ赤にしてせき込む。

 残念だが見繕おうとしてももう遅い。

「み、みっともないところをお見せしてすまない。あまりにも君の魔力が素晴らしいものだった故、つい」

 ついじゃない、それで目的を忘れてしまっては本末転倒だ。

 しかし彼の言う通り時間は有限だ。いつまでも足踏みはしていられない以上、ひとまずこのことを水に流して本来の目的に入る。


「どうですか?私としては、最初の一発は普通に思いっ切りビンタする感じで次がとにかく力だけを意識してみたんですが……」


「ふむ。正直なところ、オレも驚いている。本当にアスタウロス戦は無意識なだけだったのだな。最初からこれだけコントロールできているならば、すぐに体になじむようになるだろう。察するに、君は最初ちょっと強すぎたかと思ったのかもしれんがそんなことはないぞ。魔法というのは基本イメージだ。共感覚を鍛えることによって、通常時とは違う魔法という異種類のイメージをいつでも引き出せるようにするんだ。」


「共感覚…ですか?」


 言葉なら知っている。ある1つ刺激に対してその通常時に得る感覚だけでなく、それとは異なる感覚をも生じさせるという特殊な知覚現象。文字から色を連想したり、音や数に色が見えたりするのがそれだ。


「ああそうだ。オレ達魔法剣士、騎士は日常生活で常にそれを意識して生活している。例えばミリア、君の声はフレッシュピンクだ」


「ぴ、ピンク…ですか」


「まあ、個人差はあると思うがな。君は多分、そっちの修練はほとんど必要ないと思うぞ。試しにそこの木人形に…そうだな、さっきの2発目を10として6割だ。そのくらいをイメージして一発入れてみるといい。」


「はい…やってみます」


 ドォン!!と、一回目よりは盛大に、二回目よりは控えめな轟音が修練場に響く。


「ど、どうでしょうか」


「いい感じだ。国王陛下はああ仰られていたが、威力の制御に関しては完璧に近い状態だな。ただ」

「ただ?」


「使い方に関しては五重ペケだ。左手をみてみろ、綺麗な手がボロボロだぞ」


 ミリアの左手は激しい裂傷でズタボロに近い状態だった。痛いとは思っていたが、ここまでとは思わず見てみてギョッとする。


「まあそれこそ記憶がないのだ、そこは一から教えていくとしよう。君の共感覚が問題ないと分かった以上、もう実際に魔法を使うよりペンと紙とイメージトレーニングだ。時間がおしい、ひとまずは君の使える魔法が一体どの種類に属するのかというところに留めておこう。」


 つまるところ、時間いっぱい左手の治療と、自身が使えるであろう魔法のお勉強をさせられるというわけだ。



  三日後 王都ラーグス城内 王座の間前


「陛下、例の件でご報告にまいりました。」


「入れ」


「は!失礼します」


「このタイミングで報告ということは、王都に着いたのかね?」


「はい。そのことなのですが……うわ!」


 謁見する衛兵をわって入ってきたのは、赤髪長身の女性。


「王さま、アンタに1つ確認したいことがある」


「ふむ。何かね、概要は前もって報告をいれてあるはずじゃが」


「いや、そっちは問題ない。聞きたいのはこの手配書のことさ」


体つきのいい女性は懐から一枚の人相入り指名手配書を取り出すと、リムーダ王へ向けて突き出す。



 ―指名手配 ミリア・エレンハート 生死問わず

    薄いエメラルドブルーの髪と真紅の眼が特徴。懸賞金10億ケルト―



「こいつは一体どういうことなんだい」


「む?そのままの意味じゃが、何かわからないことでもあるのかね」


 赤髪の女性は手配書に描かれた人相描きを指さす。


「見たところまだガキだろう。なんでそんな奴に、敵国の人間とはいえこんな額が懸けられてるのか気になってね」


 少し不安気味になっていたリムーダ王は、何だそんなことかと安堵のため息を漏らすと両腕を大きく広げて言う。


「神の啓示じゃ。国が滅ぶと言われて、黙っているわけにもいきますまい」


「へーぇ。まあいいさ、正式なモンなら文句はないよ。邪魔したね」


 赤髪の女性は少し動揺気味に話すリムーダ王を不信に思いながら、宗教は自分の専門外だとあきらめの表情を示して手配書をしまう。


「意思疎通は大事なことじゃ、構わんよ。して、当日のことじゃが」


「抜かりはしないさ。ま、大船に乗ったつもりで国王陛下殿はいつも通りふんぞり返っていればいいのよ」


「ファッファッファ…言いよるのう。期待しておるぞ」


「あいよ。任せときな」


 そう振り返って手を振りながら赤髪の女性は王座の間を後にした。

 広い廊下を曲がったところで舌打ち交じりに手配書を握りつぶして呟く。


「ったく。面倒ごと押し付けやがって……はぁ、こんな事なら来る前に温泉なんざ行くんじゃなかったかねェ」


 初対面の相手ならまだ楽だったものを…そんなことを思いながら、赤髪の女性は用意された宿舎へと向かっていった。




 書庫を散々漁った結果、ミリアの魔法は〝霊精雷〟と呼ばれる古代の文献にしかでてこない代物だということが分かった。

 起源は、今はもう無くなってしまった精霊術という魔法の上位互換的なものに起因するのだが、契約をして大地の守護者たる精霊の力を借りるのを嫌った頑固な精霊術士が、超頑張って自分で同じようなことをできるようにしたのがこの魔法ということらしい。

 元々人間単体では大地の力を感じることすらできないのだが、その精霊術士は通常の何十倍も霊感が強かったという。

 言ってしまえば幽霊も大地、自然のなせるエネルギーの一種だ。その力を利用して自身の魔力を以って変換、その特徴的な魂の叫びともいえる、発散する雷が如き見た目からそう呼ばれるようになったという。


「つまり私が魔法を使うと、その辺にいたであろう罪なき幽霊や魂が犠牲になる。ということでいいのでしょうか」


「そういうことらしいな。必ずしもこの魔法であると断定できるわけではないが、類似の魔法がこれだけとなると用心したほうがいいだろう」


 マーレンがフォローしようとするが、ミリアは不安げな表情を見せる。


「いえ、これで間違いないと思います。私、魔法を使ったときに感じたんです。悲鳴というか、嘆きみたいなものが体の中に吸い込まれる感じでした。今思えば、それが吸い寄せられてきた幽霊や魂達の叫びだったんだと、はっきり解ります」


 それを聞いたマーレンは険しい顔をして少し考えるそぶりを見せた後、もう一度ミリアの方を向いて話し出した。


「このことに触れているあらゆる文献には、この精霊術士は早々に老けて亡くなったと書かれている。今のままその魔法を使い続けるのは危険なのではないか?もし君がきついというなら無理にやる必要はない。少なくとも、この国から脱出するまではオレが最大限協力する。」


「大丈夫ですよ。これは私の問題ですから、自分で何とかします。要は精霊というやつと契約ができれば問題ないわけですよね?残り時間でなんとか頑張ってみます」


「そうは言うがミリア、精霊術は本当に〝精霊と契約する〟という事以外何も文献にすら残っていないのだ。呼び出し方はもちろん、言葉が通じるかだってわからないんだぞ?」


 そう言った瞬間、頭上からの強い衝撃がマーレンを襲う。


「失礼だなぁ、このオッサン。精霊ならずーっと、ボクがここにいるじゃないかあ」


「なっなんだ今の声は!」


 自身の頭の上に乗っているその動物?のような精霊に気が付いていないマーレンは咄嗟に辺りを見回す。


「上です。頭の上に乗っかってますよ!」


「何!?オレは声以外何も感じないぞ!」


 なおもキョロキョロと見回しているマーレンから飛び降りたソレは、よく漫画やアニメ、ゲームでみる猫型マスコットキャラのような姿をしていた。

 ちょこん。とミリアが勉強用の羊皮紙を広げている机の上に座り込むと、あきれ顔でマーレンの方を指さす。


「ここ1000年くらいあんなのばっかりでさー、随分長くこの城に住み着いてるけどボクの姿を視認できたのは君で数人目だよー。ジロジロみられるのは中々ムずかゆい気分だったね」


 ミリアは、この精霊の存在自体には気が付いていた。

 しかしずっとマーレンの頭の上にいて、本人も気にしていないようだったので言い出しにくかったのだ。


「まさか精霊だったなんて…てっきりマーレンさんのペットか何かだと思ってました」


「おいおい、ボクをこんなののペット扱いしないでくれよぉー。ペットになるなら君みたいな美人さんと決めてるんだから」


「ひぇっ!?」


 思わぬ言葉をかけられて変な声が出てしまった。

 仮に彼?と契約するとなると中身が男だとバレたりするのだろうか。その場合かなりがっかりさせてしまいそうで申し訳ないが…。


「冗談冗談。君の中身は知ってるからね、精霊ナメないでよー?ま。少なくとも外見が美人さんなのには変わらないしさ、契約してあげてもいいよ」


「アハハハ…随分軽いノリですね」


 かなり複雑な心境になりながら、見えていないマーレン魔法騎士団長殿を放置して話が進んでいく。当の本人は精霊がいる方に目を細めて頑張っているが、言わずもがな見えていない。


「でも、タダじゃ契約はできない。こちらにもルールってものが存在するんだ」


「「ルール?」」


 ミリアとマーレンが声を合わせて言うと、少しニヤケた表情になった精霊が言う。


「君たちには、ボクの依り代になるものをとってきてもらう」


「依代…ですか」


「そ、ボク達精霊は一定以上の純度と価値の高い無機物を依代にしないと、具現化することができないんだ。この城は中々のモノだよー。何せこのボクが1000年も依代にしてるくらいだからね」


「つまりミリアが契約するためにはそれと同等、もしくはそれ以上のものを持ってこなければならない…ということか」


「ご名答。そーだねぇ、純度90%くらいのレメタリアあたりだったら申し分ないと思うよー」


 それをドヤ顔で言われるや否や、マーレンの顔から一気に生気が消え失せていく。


「じゅ、純度90%だと!?」


「そ、そんなに高価なものなんですか?そのレメタリアというのは…」


 マーレンの驚き様は異常というほかない有様だった。

 その表情だけで相当なものだというのを察するには十分すぎるほどに。


「高価なんてものではない。レメタリアというのは精錬しても純度70%が限界だと言われている宝石なのだ……今から取りに行っては精錬する時間はとてもではないが足りない。つまり」


「原石の状態で純度90%以上の物…ですか」


「無理に決まっている!高純度の原石や鉱石が採れる洞窟はモンスターの狂暴化で今やその上位種であるドラゴンの巣と化しているし、そもそも原石で90%などそうそう採れるものでは…」


 この世界はドラゴンもありなのか!ドラゴンといえば男のロマン、一度見てみたいが命の危険にさらされる可能性を鑑みてミリアは思いとどまる。が

 チッチッチと指を振ってこれまたドヤ顔をした精霊様。


「その洞窟、ダーケスドルト鉱洞だろー?そこに棲みついたってドラゴン、原石や鉱石を食べてるらしいんだ。そのウロコも自身が食べた鉱石や原石でできていて、その一つ一つが純度100%に近いものってボクらの間じゃ有名だよ」


 「おお」と雄々しいドラゴンを妄想しながら興奮気味に反応するミリア。

 反対にマーレンは先ほどよりも更に、病人より青ざめた顔をしている。


「正気の沙汰ではない!ドラゴン相手など我々騎士団、近衛兵団、憲兵団その他もろもろ全ての兵を集めても一網打尽にされるのだぞ!戦力差がありすぎる!」


 全力で否定するマーレンに対し精霊はまたもや呆れ顔になって指摘する。


「誰も戦えなんて言ってないじゃないかぁ、これだから霊感が薄いのは困るね。盗ってくればいいんだよ、あの手のドラゴン、意外とウロコ部分は脆いんだ」


「そ、そうは言ってもだな…」


 どのみちドラゴンとの戦闘は避けられないのだが、それしか方法はないようなのでマーレンも渋々承諾する。


「本当、すみませんマーレンさん。ご迷惑ばかりおかけしてしまって」


「やれやれ、君はそればっかりだな。言ってるだろう、これは任務でもあるがそれ以前にオレの性分だ。気遣いは無用、話し方だってもっと気軽にしてくれて構わないのだぞ」


「それを言うなら、私もそこだけは譲れません!」


 二人の間に笑い声がこぼれる。ああ、もしかしたら笑えるのもこれが最後かもしれないと若干ネガティブになりながら、ミリアは話を戻す。


「えっと…精霊さん、どのくらいの大きさだったら依代として認めてもらえますか?」


「その辺は気にしなくて大丈夫。最悪親指サイズでも精霊術の精度とか力には多少制約がかかっちゃうかもだけど、契約に支障はないはずだよー。ボクはこの城からあんまり離れられないから寝て待ってるとするよー。頑張ってねー」


 さらっと大事なことを笑顔で言う見えない小動物に対して少し小突きたくなるのを抑えながら、マーレンが続く。


「時間がない。ミリアが大丈夫なら今すぐにでも出発したいところだが、どうする?」


 ミリアは包帯が巻かれた華奢な左手を見つめ、力一杯拳を握ってマーレンへ見返す。


「大丈夫です。急ぎましょう」


 *****


 天界は約50年前から近代化し始めた。

 神々の仕事を徐々に機械に任せていき、今はおよそ半分を自動化できるようになっている。


《しかし、やろうとすれば数ある下界の人間たちのようにこの手の開発というものは容易く出来たはずでは。どうして今までされてこなかったのですか》


 創造神ゼウスの助手スタシウスは、暇になった時間で素朴な疑問を投げかける。


《言ってくれるではないかスタシウス君。簡単な話だよ、人手…いや、神手が足りなくなってしまったのだよ。増えすぎた魂達の管理は一筋縄では行かなくなってしまったが故、一部を自動化することに決めたのだ…後は、ワシの意地だな》


 最後を嘆きと微笑混じりに語る主の姿をよそに、監視していた個体に動きがあったことを確認したスタシウスは、少しばかり焦りの表情を見せる。


《ゼウス様!こちらを…》


 監視用の水晶をのぞき込むと、ゼウスは少しばかり顔色を悪くする。


《ぬう!?小さくてよく見えぬがこれは精霊ではないか!?まさかこやつ、精霊術を習得しようとでもいうのか!?しかもこの状態は…ウェスタガレア…だったか?国王は何をしている!啓示を与えたであろう!!》


 そう助手へむかって怒号するゼウス。

 しかし慣れっ子と言わんばかりにすぐさま資料をとりだしたスタシウスは、ゼウスにボロがかった羊皮紙を手渡す。


《第12世界、ウェスタガレア国王リムーダは、現在国内全域に対象個体の指名手配を実施中。既に隅々まで行きわたっていますから、時間の問題ではあると思いますが…これは!》


 ここでようやく、スタシウスは対象個体が現在居る空間がどこであるのか気が付く。


《そうだ!精霊も大変なことではあるがそこではない。こやつ、城内にいるのだ!しかも堂々と兵士まで連れてな…一体何をしているのかまるで理解できん……》


《啓示を無視しているようには見えませんし、私にも理解しかねます。して、如何なさいますか》


 ゼウスはしばらく両腕を組んで悩むと、嵐でも吹き荒れるかのような荒々しいため息を吐いた。


《明確な意図が読めん以上、我々が手を出すべきではあるまいよ。直接手を下すことは掟に反する。危険因子をのさばらせるのは不本意ではあるが、仕方あるまい》


《承知致しました。では監視の続行を》


《ああ、頼む》


 せめて、せめてこの個体の〝芽〟が世に出る前に…





    6

 洞窟というものは学生の頃に遠足で少々入って以来だ。ただ今回は前後をモンスターに襲われながらというお子様の遠足とは程遠いものだけに、あの時のワクワク感などこれっぽっちもわかない。

 ラーグスから大よそ2㎞のところにあるこの鉱洞は、マーレンが言う通りモンスターの巣窟となっていた。


「クソ!斬っても斬ってもキリがないな」


「本当、この狭い洞窟のどこにいるんだってくらいモンスターだらけですね」


 まだ入ってから1時間足らずだが既に20回はモンスターとエンカウントしている。


「ああ、1時間でこの量とは恐れ入る…が、帰り道を確保するためにも無視は出来ん。全く、ドラゴンに出会うまで体力が持てばいいが」


 まだまだ余裕と、ジョーク混じりの苦笑を見せるマーレン。

 魔法での戦闘を控えているミリアは、町で買ってもらった短剣をブンブンと振り回すしかできない上に、すでに大分息が荒くなってきている。


「ミリア、無理して戦う必要はないぞ。君はまだその手の訓練を受けていないのだから、すぐにバテて帰りの体力がなくなっては本末転倒だ」


 襲い来るモンスターをなぎ倒しながらマーレンは言う。


「できればそうしたいところなんです…がっ!こっちにも襲い掛かってくるんです…から!!仕方…ない!です…よ!!」


 必死に向かってくる攻撃を短剣で防ぐミリア。我ながら反射神経はなかなかのものだと惚れ惚れする―ところに、敵ゴブリンのツメが襲い掛かる。


「―痛ッ!」


「ミリア!?」


 慢心・油断・ダメな自惚れ!右肩の袖が少し切り裂かれ、傷口からは真っ赤な血が流れ出る。


「大丈夫。少し斬られただけです、気にしないでください!」


 これくらい耐えなければ。そう自分に言い聞かせて再度短剣を構える。


「気をつけろよ、実戦では少しの油断が命取りだ。―いや、やはりオレの影に隠れていてくれないか」


「な…何言ってるんですか!私のために来ていただいてるのにその私がおめおめと隠れていては…」


 ミリアが最後まで言い切る前にマーレンが片手をポーチに突っ込んで言う。


「そうじゃない、出血は体力を著しく消耗する原因になる!一端隠れて止血しなさいと言っているんだ!」


「は、はい!」


 少し怒り気味に言うマーレンに体がすくんでしまうミリア。

 あのドMと同一人物だとは思えないくらい覇気のある声だが、本当にモンスターが多すぎてキリがないのだ。苛立ちを覚えても無理はないだろう。

 ポーチから取り出した応急薬と包帯をミリアが受け取って影に隠れると、マーレンはよしと呟いてなにやらブツブツと呪文のようなものを唱えだす。


「吹き荒れる風の加護を受けしつるぎよ 汝 其の力を以って我が祖国の糧と為らん」


 マーレンが簡素にそう唱えると、彼の体から澄んだ緑色の光が漏れ始める。

 魔力の光は前方―はるか洞窟の奥へ向けて向けられた刀身に集められていき、マーレンの身体と剣を結びつけるように波打つ美しい帯状へと変わっていく。

 やがてすべての光が刀身に吸収されると、描かれている風を意味する掘りを伝い剣先に魔力が集中する。

 そして―


「風嵐・殲砲衝!!」


 その一言と同時に剣先から圧縮された嵐の如き風の砲撃が吹き荒れる。

 岩が削れる音と、奥にいたモンスター達の悲鳴が合わさり何とも言えない不協和音のようなものが、数分間にわたって洞窟内に響き渡った。


「何だかものすごく出来の悪い音楽会でも聞いているような気分ですね」


 微笑混じりにつぶやきながら、ミリアは傷口に応急薬と包帯を巻いていく。


「ハハハハ、こいつは手厳しい感想をいただいてしまったな。オレとしては、これでも頑張って美しい音色にしたつもりなのだが」


「それは失礼しました。でもこの音色じゃあ、女性の方を口説き落とすのは難しいですよ?」


 すこし複雑な心境になりながら心にもないことを言ってみる。

 中身がどうであれ、外見は女性そのものなのだからそれを利用しない手はない。


「それより大丈夫なんでしょうか。洞窟内でそんな大胆な魔法を使ってしまうと、最悪私たちも生き埋めになってしまうのでは」


 ポロポロと頭上に落ちてくる破片をつまみながらミリアが言う。

 たとえこの場を切り抜けられたとしても、無事にウロコを持ち帰られなければ全く意味がない。


「そこは恐らく大丈夫だ。今の魔法には攻撃とは別に、空間把握と衝撃による地崩れを防ぐ風のプロテクターを含ませてある。これで奥までの大体の距離はつかめたし、効力が続く限りはこの洞窟が崩れることはないだろう」


 やだ、何この人やっぱりイケメン。

 もちろん変な意味は含まれていないが、伊達に一国の魔法騎士団団長の肩書きを背負ってはいないと再確認したミリア。


「今、マーレンさんが味方でよかったとつくづく思いましたよ」


「それほどでもないさ、我が国にはまだまだオレより強いやつだっている。オレの方こそ、君みたいな才能の塊は敵に回したくないものだな」


 しばらく談笑をして先へ進む2人。

 ここまでですでに4日―。

 脱出作戦決行まで、あと3日と迫っていた。


 *****


 精霊はこの1000年、ひたすらゆるーく生きてきた。

 誰か自分が見える人間はいないのか。城に住み着きはじめた頃はそんなことも思っていたが、書庫で精霊術士が途絶えたこととある程度強い霊感の持ち主でないと精霊を視認することはできないことを知ると、その感情も徐々になくなっていった。


「ふあー。長生きはするもんだねえ、さしものボクもびっくりだよー…ん?」


 廊下をふわふわと浮いていると、不機嫌そうに早歩きで去っていく見慣れない赤髪が目に留まった。


「むむむ。あの子からかすかにだけどミリアの残り香がする、不思議だなー……大丈夫かなあ。あのドラゴン、確か騒音には超敏感なんだよねぇ。下手に刺激しなければいいけど」


 そんなことを呟きながら、今日も精霊はのん気に生きる。

 1000年ぶりに現れた精霊術士候補が、退屈な日々に刺激を与えてくれることをゆるーく願って。



 *****


「うわああああああああああああああ!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ミリア達はこれでもかという急いで引き返していた。

 理由は簡単、今2人の後ろには洞窟をバッコバッコと壊しながらドラゴンが迫ってきている。


「マーレンさん!このままじゃ追いつかれます!!どうしたら…!」


「今は走れ!とにかく前へ進むんだ!」


 赤い目を見開き、よだれをまき散らしながら、一歩、また一歩とドラゴンは2人に近づいてくる。


「なんであのドラゴンこんなに怒ってるんですかあ!」


「なんでって、そりゃあ住処をこれだけ荒らされたら怒るだろう!」


「それはそうかもしれないですけどちょっと怒り過ぎじゃないですか!?」


「そ、そういえば昔話だか何だかで聞いたことがあるぞ!ああいう種類のドラゴンは音に敏感なんだ。洞窟内は音が響くし、先ほどの攻撃がまずかったのかもな!すまん!」


「あやまらないでください!過ぎたことは仕方ないです!」


 ひたすら来た道を前へ。必死に走っていくと、徐々に光が見えてくる。


「出口です!」


「急げ!ひとまず外に出るぞ!!」


 紙一重のところで洞窟から飛び出すミリアとマーレン。 

 寸での所で続いてドラゴンも勢いよく飛び出すと同時に、背後の洞窟がガラガラと地崩れを起こし瓦礫の山と化す。

 ドラゴンは飛び出したままの勢いで、頑丈な鉱石でできた歯をむき出しにする。


「ギャグアアアアアアアア!!」


「ミリア!危ない!!」


 マーレンは咄嗟に少し後ろを走るミリアを跳ね除けながら腰の剣を抜く。

 そのままの勢いで体を半回転させて、大口を開けて突進してきたドラゴンを剣で受け止めた。両腕から軋むような音が絶え間なく響いてくる。


「長くは持たない!今のうちに破片を拾って逃げろ!!」


 辺りには、鉱洞内の原石や鉱石にぶつかって飛散したであろうドラゴンのウロコがゴロゴロと転がっていた。


「マーレンさん、最初からこれを狙って…?で、でも!!」


「長くはもたないといっただろう!!早くしない…とッもう限界だっ」


「できません!」


「早く!!!」


 再び体が竦むミリア。ああ、女の体というのは恐怖が簡単に身体に出るからいやだ。前世だったら絶対こうはならなかったぞ。

 ミリアは周辺に落ちていたウロコの欠片を2つほど拾うと、少し迷いを見せながら後ろを向いて走る。


「よし、それでいい……ぐっ!!」


 マーレンの剣が折れて空を舞った。直後、無数の牙が彼の腹部に突き刺さる。


「グハッア……!!」


 深々と刺さったドラゴンの牙はマーレンの体を両側から貫通して静止している。


「ッがはっ…はぁ…はぁ…痛いな……」


 血反吐を吐きながらの精一杯の声は、切れた息と混ざり合ってかすれきっていた。


「はぁ…しかし…ゼェ…これも…悪く…ない…」


 Mっ気を見せるマーレンに対しドラゴンは横になっている顔を上げ、?み切ろうとする…―が、横たわっている顔はピクっと少し動いただけで静止する。


「悪いが…まだ、くたばる…わけ…には、いかないん…でねェ!!」


 ドラゴンの赤い目を見据えてマーレンは鬼のような形相で笑みを浮かべる。

 マーレンの遥か頭上には折れて飛び散ったはずの愛剣の刀身があり、そこからGにも似た力強い風が放たれ、ドラゴンの動きを抑制していた。


「グガ…グギギルルルルル‥‥!」


「そう…不機嫌になるな…ありったけだ…もう…少しだからよォ…ガフっ」


 視界が徐々に薄れ、力が入らなくなっていく。


「まだだ……ゼェ、まだ城に着く時間…ゴフ…じゃあ、ねえ…踏ん張れ、オレ!」


 そう自分に言い聞かせ精一杯力をこめようとするが、少しずつ力が入らなくなり、視界がまた少しずつ、薄れていき…


「まだだ…ま……だ…」


 ―ピシャアアアァアア!!!

 轟音とともに、ドラゴンの堅い皮膚に稲妻が直撃する。


「大丈夫ですか!?マーレンさん!!」


「ミ……リア…」


 そこでマーレンは意識を失う。瞬間、刀身から放たれる風が途切れ、ドラゴンは再び顔を動かそうとする。


「〝精霊!〟マーレンさんに回復術を!」


「あいよガッテン!!」


 ミリアが右手でかざしたウロコから城にいたはずの精霊が飛び出してくると、マーレンの方へめがけて凄まじい速さですっ飛んでいく。


「こっちはァ!」


 もう片手に持っている二つ目のウロコをグーで握りしめ前へ突き出す。空いた右手を左腕の補助に支えて衝撃に備える。


「首!!」


 そう叫ぶのと同時に、左拳のウロコから眩い光が発せられ、まっすぐドラゴンの首へめがけて電撃砲のようなものを放つと、首の内側―皮膚の薄い部分を見事貫通させる。


「ァ―――アアッ―――ッ!!!!」


 声帯をつぶされ、声にならない悲鳴と共にマーレンに突き刺さっていた牙が離れる。


「精霊!今!!」


「ほいっさああああああああっ」


 愉快な雄たけびとともに精霊がマーレンを担いで逃げる。

 撃ち抜かれて首に穴が開いたドラゴンは、そのままこちらに目もくれず飛び去った。


「お…終わったあ……」


 ドラゴンとの対峙でガチガチに固まっていた足腰の緊張がほどけたのか、ミリアはその場に尻もちをつく。


「ドラゴンを追い払ったのはいいけどこれからでしょー。このオッサン、ボクが継続治癒してるけど大分危ない状態だよ。正式な契約もまだだし、一旦城に戻ろうよ」


 精霊は治癒術を施しながらそう投げかけると、素早く立ってミリアはマーレンの肩を担ぐ。


「そ、そうだったな。なるべく急ごう」





    7


「―ん…痛ッ……」


「よかった、目覚めたみたいですね」


 城内の一室で目覚めたマーレンは、覚醒するや否やドラゴンとの戦いで自分がどうなったのかを思い出す。


「ミリアか……オレは、生きて帰ってこれた…のか」


「ええ、後遺症も大丈夫だって、城のお医者さんが言ってました。精霊が治癒術を施してくれていなかったら危なかったですよ、ほんと」


「そうか。あとで礼を言っておかねばならないな…まあ、見えないだろうが。して、オレはどのくらい眠っていたのだ」


 不安そうに尋ねるマーレンに、ミリアもギクッという表情で答える。


「今日で、3日になります……」


「…そうか、3日……ということは脱出作戦は!」


 ハッとしてミリアの方を見やるマーレン。

 ミリアは城に戻るや否や、休養をとるための部屋をリムーダ王に懇願したり、空いた時間で力になれないかと治癒魔法の類を書庫で勉強したりと、必死にマーレンの看病をしていた。


「作戦決行はあと3時間後です。欲を言えばお手伝いをお願いしたいところですが、マーレンさんはここで安静にしていてください」


 意外と素直に助け船の話題を出してくるミリアに少し驚きながら、それどころではないだろうとマーレンは返す。


「そんなことより契約は上手くいったのか!?そういえばオレが意識を失う前、精霊殿の声が聞こえた気がするのだが…」


「そこについてはボクが直々に説明してあげようー!ミリアとオッサンがドラゴンを下手に刺激してないか気になってね、ちょっとだけ城の外まで出てみたんだー。そしたら鬼みたいな顔したミリアが走ってきたんだよー。で、正規契約する時間もないみたいだったから一時的にミリアが持ってきたウロコの破片に依代を移して、あの場に間に合ったってわけ!」


「一時的に依代を移す…?そんなことが可能なのか」


「あくまで一時的ならねー。でも、それにはボク自身の魔力が大分持ってかれちゃうしせいぜい1時間が限界なんだよー」


「そうか…では、今はもうそのウロコに?」


 その質問を待ってましたとばかりにミリアが精霊からバトンタッチして話し始める。


「いえ、実は正規契約はまだなんです。せっかくここまで協力していただいたのにマーレンさんに黙って済ましてしまうのは…その、少し悪いと思いまして」


「なッ…ではオレが起きなかったらどうするつもりだったのだ!」


「その時はその時ですよ。でも、マーレンさんは間に合いました」


「そ…それはそうだが」


 そういう問題か!?と突っ込みたくなるマーレンだが、それこそ刻一刻と時間が迫ってきていることを鑑みて内に秘めておく。


「じゃ、ミリア。オッサンも起きたしさくっと契約、済ませちゃおうかー」


「あ、うん。そうだね」


 いつの間にかミリアの精霊との話し方が軽くなっていることに気が付き、少し嫉妬してしまうマーレンだが、大事な契約を待たせてしまっている以上そんなことを口にすべきではない。とこちらも秘めておく。


「ああ、待てせてしまってすまなかったな。はじめてくれ」


「じゃあミリア、教えた通りにねー」


「はいよ精霊。いい加減この呼び方にも違和感があって仕方なかったんだ、やっと解放されるよ。では」


 精霊術士の契約というのは〝霊璽十戒〟と呼ばれる10の約束事と、精霊に名前を与えることで成立する。

 ミリアは表情を真剣にして、左手に持ったドラゴンのウロコを差し出し魔力を込めると、そこを起点としてミリアと精霊を対象とした魔法陣が形成される。


「我 汝と共に霊導を歩まんと欲す者 汝 霊璽十戒の矜持に応え 其の霊導を示せ 

一つ」


「仲よくしよー」


「なっ!?」


 突然のゆるい発言に驚きを隠せないマーレン。よく見るとミリアも少し驚きの汗をかいているようだ。しかし中断するわけにはいかないのでそのまま続ける。


「ひ、一つ」


「程よく寝よーう」


「一つ」


「うそはついちゃいけませーん」


「一つ」


「お休みは計画的にー」


「一つ」


「えっと、犯罪しちゃいけませーん。もうあとはいいやー次すすめよーう!」


「ひと……へ!?」


「は!?」


「いーからいーから、早く早く時間なくなっちゃうよー」


「わ、我 汝に真名を与えん えっと…汝の名は……んー…! にゃん公!」


「にゃっ!?」


 今度は精霊が一瞬ビックリすると、魔法陣が輝きを増して二人を筒状にして囲みこむと、精霊―もといにゃん公が小さな光となって、ミリアとマーレンがとってきたドラゴンのウロコへと吸い込まれていく。

 ウロコから光が消えていくと、魔法陣も自然と消失していった。

 ミリアとマーレンは突っ込みどころ満載だと言わんばかりに顔を引きつらせているが、有無を言う前にウロコから再びにゃん公が飛び出してくる。


「ひどいよミリアー、なんだよーにゃん公って!」


 飛び出してきたにゃん公はそのままの勢いでミリアに頭突きを喰らわして言った。


「なんかそんな感じじゃない?見た目完全に愛玩動物だし」


「精霊様を愛玩動物扱いしないでよー、もっとこう覇気があるカッチョイー真名なかったの?」


 それを聞くと、ミリアは少し驚いたようにした後、これまた少しニヤケ面をしてにゃん公に向きなおす。


「いやー、その喋り方で覇気がある名前っつってもなぁ…せいぜいにゃんにゃん丸くらいが限界」


「ニャぬおー!ネコパンチ喰らわすぞ!」


 一人と見えない一匹が親しげに会話してる中で、少しだけ疎外感を感じたマーレンは、にゃん公がいるであろう方へ顔を向ける。


「にゃん公というのも、中々可愛げがあってオレはいいと思いますよ」


「むむむ、オッサンに言われると何だか変なな気持ちー」


 なんとも煮え切らないという表情のにゃん公と、自分が側について協力できなくなってしまったことに少し負い目を感じているマーレン。


「そもそも、大事な契約がそんな適当なものでよろしいのですか」


「うん。契約自体は互いにOKという意思さえあれば成立するんだー。霊璽十戒はもちろん大事なものなんだけど、基本的には自由に決めていいんだよー。歴代の精霊術士の十戒には十ないものだっていっぱいある。縛りすぎても、かえって面倒なんだよー」


「そ、そういうものなのか……」


 思っていたよりもかなり適当に終わってしまった契約に、驚きよりも困惑の色を示すマーレンだが、時計をちらっと見たミリアが話を切り替える。


「そうこうしてるうちに時間も迫ってきてますね……」


 1人と1匹をよそに真剣に悩むような表情を示すミリア。

 彼女は、王座の間を出る前にリムーダ王が言っていたことを思い出していた。


「あと2時間…か…」


「どうしたんだいミリア。何か気になることでもあるのー?」


「経路が確保されているとはいえ、一応は手配中の身なのだ。緊張しているのではないか?」

 

「いえ、その。少し気になるというか、引っ掛かることがあるんです…王様、言ってましたよね。通路は確保したけど、作戦決行に時間が必要だと。その間に魔法の勉強をしておけとも」


「あ、ああ。それがどうかしたのか?」


 首をかしげるマーレンに対しミリアは続ける。


「はい。表向きには、脱出の準備が整うまで脱出後の自衛手段を磨いておけよととれると思います。でもそうじゃないんですよ」


「……と、言うと?」


「実際は今日、作戦と同時に私を始末するつもりなのでは。と」


 聞くや否や、かしげた首を戻し真剣な表情をするマーレン。


「まさかそんな…陛下も心配はいらないと言っていたではないか!」


「どうせ生きては出られないから心配する必要はない。とも取れますよ」


「し、しかし!それだったらわざわざ君を強くするようなことをするのはおかしいだろう!」


「出れるもんなら出て見せろ、ということでしょう。まあ、実際はこのウロコをとってくるので精一杯でしたけどね…」


 シリアスな雰囲気になってくる室内に水を差すように、にゃん公は眠そうな顔をしてミリアの肩に乗る。


「あーその辺なら大丈夫大丈夫ー。精霊術士の契約には、精霊が外敵から術士を守るっていうのも入ってるんだー。これでもボクはそこそこ強いからねー、大船に乗った気でいてよ」


 えっへん!と胸を張るにゃん公。


「だ、大丈夫かなあ…結局術の方はからっきしだし、マーレンさんにも五重ペケのお墨付きだぞ?」


「魔法と精霊術は勝手が違うんだ。詳しいことはまた今度説明するよー。ボクは眠いからちょっと休むねーおやすみーい」


 それだけ言い残すと、にゃん公はウロコの中へと戻っていった。

 頭を抱えて真剣に悩んでいる様子のマーレンに、ミリアは彼の膝に手を当てて一言だけ添える。


「大丈夫ですよ。マーレンさんには本当に色々お世話になりましたし、ここまで精一杯サポートしてくれました。いつまでも頼りっぱなしじゃあ、仮に脱出が成功してもすぐに野垂れ死ぬだけですから。ここからは、私が頑張って生き抜く番です」


「だ、だがしかし…!」


「心配ご無用ですよ。確かに私にはこの十数年分の記憶がありませんから、土地勘どころか何もかも解らないことだらけです。でも不思議と身体が覚えてることも結構あるんですよ、魔法は無意識でしたけど、読み書きだって本当はよくわからないまま、なんとなくできたんです。にゃん公と力を合わせて、なんとかしてみせます」


「いやっ………そうか、すまない。いらんお節介はやめておこう。しかしだ、十分注意はしてくれよ。君の武運を祈る」


「はい。今まで本当にありがとうございました」


 身動きが取れない身だとしても、極力力になりたいと思うマーレンであったが、彼女の意思が固いことを悟るとぐっと押し込んで見送る。


「オレの役目はここまで…か。思えば少し情に流され過ぎたのかもしれん…こんな事バレたら、帰った時妻に怒られてしまうな。何より、騎士団のお役目を忘れないようにしなければ」


 どうか、どうか何事もなく脱出してくれ。

 マーレンは節に願いながら、再び体を休めようと床に就くのであった。



 *****


 脱出作戦決行まで残り一時間半に迫っていた。

 病室を出たミリアは、城の衛兵に呼ばれ大急ぎで王座の間までやってきていた。


「陛下。ミリア・エレンハートをお連れしました」


「うむ。入れ」


 開けられた扉をくぐると、中はリムーダ王がぽつんと王座に座っているだけだった。


「ご苦労ミリア君、楽にしてよいぞ。一応表面上は極秘任務にあたるが故、他の者は控えさせてあるのじゃ。衛兵、そなたも下がってよいぞ」


「は!」


 威勢のいい返事と敬礼の後衛兵が退室すると、リムーダ王はぴょんと王座から飛び降り、ミリアの方へ駆け寄ってくる。

 リムーダ王は懐から一枚の地図とペンを取り出すと、何やら要所要所を丸く囲んだ後にミリアへ差し出す。


「さてミリア君。その地図はこの城の地下、国外緊急脱出用の施設のものじゃ。基本は3層からなるダンジョンのような構造になっておる。各層の小部屋や大部屋の一つに、賞金稼ぎやハンター、傭兵が待ち構えておるじゃろう」


 ―なるほど。要は生き残るためにはボスが3体も待ち構えている巨大地下ダンジョンを攻略しなければならないらしい。


「―ん?」


 ミリアは険しい表情をすると、地図についている丸の数が合わないことに気が付く。


「あの、陛下。一つよろしいでしょうか」


「うむ。あまり詳しく説明している時間はないのじゃが、時間が許す限り請け負おう」


「1層に1人だったら、丸の数は3つのはずですよね?見る限り5つほどあるようなのですが」


 少しばかり長い眉をピクリとさせ、リムーダ王はにこやかに返答する。


「ああ、心配はいらんよ。如何せん広い施設なのでな、休憩ポイントになる場所も示しておいたのじゃ。ややこしくてすまんのう」


「いえ、それならいいのですが」


 いいのですがじゃないどう考えてもおかしい。休憩所なら同じ赤で囲む意味もないだろう。やはりこの王様、何としても私を国外へ逃がしたくないらしい。


「さて、すまないがわし言えることは正直これくらいしかないのじゃ、戦力まで教えてしまってもいいにはいいのじゃが。そこまでしてしまうと」


「神の啓示に反する、と?」


 ここから出す気はないという意思を意外と露骨させるリムーダ王に対し、少し威圧的な反応をして見せるミリア。


「まあまあそう怖い顔せんでくれ、綺麗な顔が台無しじゃぞ?じゃが…単的に言えばそう言うことなのじゃ、わかっておくれ」


「いえいえ滅相もございません。こちらこそ失礼しました、退路を確保してくださっただけでも感謝しきれませんよ」


「……本当は、そなたのような女子を殺したくはないのじゃがな…」


 誰にも聞こえないよう最小限の声でつぶやくリムーダ王。


「どうかしましたか?」


「いや、こっちの話じゃよ。ほかに何もないのであれば、まだ少し早いが施設まで案内させるがどうじゃね?」


「はい。ではお願いします」


 ―どうせこれ以上は何も聞き出せないのだろう。そんな皮肉を込めて形式的な返事をする。


「うむ、よろしい」


 カンッ!と響きのいい音を立てて杖を床へ叩くリムーダ王。

 すると王座の間の大きな扉がひとりでに動き出し、外から先ほどの衛兵が急いで入ってくる。


「衛兵、彼女を例の場所まで案内してやってくれ」


「はっ!ではミリア殿、こちらへ」


 相変わらず威勢のいい返事と敬礼を見せる衛兵に少し警戒しながら、ミリアはついていく。


 *****


《ゼウス様、ウェスタガレア王国で大きな動きがありました》


 創造神ゼウスの助手スタシウスは、少しあわただしい様子で主に報告をする。


《ご苦労スタシウス。して、大きな動きとは?》


《はい。ウェスタガレア王都ラーグスには例の個体を対象とした指名手配書を見た者たちが急行。順番に城へ招いて謁見をしていたようです。》


《ふむ。大規模討伐隊でも組むつもりか?しかし精霊術士になったとして1人の人間、それも女子相手にやりすぎではないのか》


《ええ、私もそう思い少し動向を探ってみたのですが……こちらをご覧ください》


 そう言ってスタシウスが差し出したのは、ミリアとにゃん公が大きく切り出されて映った1枚の写真。

 その写真を見たゼウスはショックのあまりギックリ腰を起こしそうになる。


《こ、こやつは…!もしや〝ケラウノス〟か!?》


《はい、おそらく。1000年前、行方不明になってしまわれたゼウス様の守護精霊、ケラウノス様かと思われます》


《なんたることだ…あやつ、何をしておるのかと思えば1000年もあんなところにおったとは……しかしこれは忌々しき事態だぞ》


《しかし、かの国の王は霊感を持っておりません。ケラウノス様を感じることすらできないはずなのです》


《何?ではなぜそのような大人数をかき集めたと…?》


《はい。謁見後しばらくすると、その集まった全員が城の地下へと案内されていました。恐らくそこに例の個体を誘導、殲滅するつもりなのかと》


《ふむ。単に集まりすぎたということなのだろうか。かの世界における通貨価値まではわからんからな。いずれにせよ、ケラウノスのヤツが絡むとなると一筋縄では行かなさそうだな…これ以上面倒なことにならなければよいのだが》


《如何なさいましょうか。ケラウノス様が関わられていると分かった以上、ある程度干渉することは可能かと思われますが》


 主の判断を煽るスタシウス。ゼウスは長いヒゲを擦りながら、しばらく写真を眺めた後に少々重くなった口を開く。


《まだその時ではない。ここで下界の者どもが仕留めてくれるやもしれんのだ。干渉をするのは、それすらも危ういと判断したときに改めて再考するとしよう》


《了解しました。では、引き続き監視を続行致します》


《ああ。いつもより、厳重に頼む》





    8

 地下施設へと続く扉は、全国共通語と思われる文字で大きく立ち入り禁止と書かれた結界の先にあった。


「では小管がご案内できるのはここまでとなりますので。どうかご武運を」


「はい。ありがとうございます」


 何がご武運をだ。本音ではさっさと死んでくださいとでも思っているのだろう。そんな胸糞悪い皮肉はぐっと押し込んで素直な礼に変換する。


「ああ、少々お待ちください」


「ん?」


 扉に手をかけようとしたところに、なにかを思い出しかのように胸ポケットへと手を伸ばす衛兵は、何やら小さなペンダント取り出すとミリアへと手渡す


「マーレン魔法騎士団長からです。何やらウロコ?ですか、落とさないようにその中へ入れるようにと。本当、あのお方はもう貴女にゾッコンですな。奥方が耳にしたらと思うと、部下としてもゾッとしますよ」

 ここで初めて聞く情報が3つもでてくるとは思わなかったミリアは、転生してからもう何度したかわからない驚き顔を示す。

 そうだった、今は女だった。ていうかあの人結婚してたのか。


「もう、笑えない冗談はやめてください!何もないですから。ああ、彼の部下の方だというのなら伝えておいてくださいますか。本当、最初から最後までありがとうございましたと」


「ええ、お任せください!では改めて、ご武運をお祈りしています」


 どうやら本気でそう思ってくれているようなので、少し悪いことをしてしまったかなと思い、ミリアは誠心誠意敬礼をして返す。


「では行ってきます!」


 ―さて、戦いはここからだ―


 何としても生き残って納得できる結末を迎えなければならない。と気持ちを新たに、真新しいペンダントへウロコを大事にしまい込むと、ミリアは巨大地下施設の攻略へと挑む。



 *****


 国外への脱出を目的に作られているこの地下施設は、下から1層として上に登っていく仕組みになっており、1層は大きく分けて3つの部屋と通路で形成されている。

 一つは、脱出までの生活空間として作られた超巨大居住スペース。

 もう一つは食糧倉庫、最後は一応の敵対手段として作られた武器庫だ。

 食糧庫の食料は、ある程度は手を付けても構わないと一言付け加えて地図に書かれている。

 ―しかし


「行けども行けども一本道。部屋の1つも見当たらないのだが…」


 施設に入ってから2時間ほどが経過しているが、今だ小部屋の1つも見えない。


「まさかとは思うが、突然後ろから襲い掛かられたりしないだろうな」


 末恐ろしいことをつぶやいていると、胸にかけたペンダントが光り中からにゃん公が眠そうに出てくる。


「ふあーあおはよ~ミリア―」


「おう、もう寝てなくていいのか?」


 外ではなぜか少し女性っぽいしゃべり方になってしまうが、この精霊と一緒だと不思議と素の話し方が出てくる。少しでも素性を知っているというのは、案外リラックスさせるのにいいらしい。


「いやあそれがねえー、このウロコの中ちょっとゴツゴツしててあんまりよく眠れないんだよー。外出れたら寝やすいように加工してもらおー」


「そうなのか。ま、いい技師が見つかればいいな。精霊術士がいないこの世の中で、そんなことできる人がいるかは不明だが」


「それは困るよー。多分今は欠片の状態で、形が悪いからだと思うんだー。ちゃんと綺麗な形に加工するだけでも大分違うはずだよ―」


 必死に、しかしゆるく説明しだすにゃん公にすこし和まされ、微笑を見せるミリア。


「なんだそうなのか。じゃあ、東の大国に無事着いたらまずは腕のいい彫金師を探すとしようか」


 そんな日常会話を交わしながらひたすらに一本道を歩いていくと、ようやく1つ目の大部屋へさしかかろうとしていた。


「やっと部屋っぽい場所に出るみたいだぞ。とりあえず腹が減ったから食糧庫だったら嬉しいな…とこれもしやフラグ発言?」


 案の定、視界が開けた瞬間に盛大な歓迎を受ける。


 ―もちろん、後方以外からのほぼ全包囲攻撃という名の大歓迎だ。


「くっそやっぱりか!にゃん公防御!」


「あいよー!ネコバリアー!!」


 にゃん公が大の字に体を広げると、ミリアを起点として半径1mの防壁が出現する。

 ズドドドドドンと、ミリアの1m手前で爆発音が部屋全体に鳴り響く。

 ―そして


「…なんだこりゃあ……」


「すごい量だねーえ」


 盛大な出迎えをしたのは、指名手配書に目をつけて集められた傭兵集団であった。

 その人数およそ1万人強。


「ミリアどーする!?感知した分だと多分1万人以上いるよおーこれ!」


「1万人ってこの部屋どんだけ広いんだよ…とりあえず防御しててくれ!クソ、やっぱりさっさと契約して術の1つでも覚えとけばよかったかもなぁ!」


 過ぎたことを嘆いても仕方がないとわかりながらもミリアは大声で叫ぶ。


「ミリア、受けてる感じ飛んできてるのはほとんど魔法弾だよ!まだ前衛は出てきてない!」


「相手さんの魔力切れ…は期待できないよな、どうすればいい!?」


「ゆっくり説明してる暇もないねー!ボクの背中に手を当てて!そのあとはわかるね!」


「はいよ!」


 ミリアは目の前でバリアを張り続けるにゃん公の背中に左手を添えると、左手へ全集中力を注ぎ込む。

 瞬間、左手から光となって発現した魔力がにゃん公のもとへ注ぎ込まれる。


「んぐッ…これはなかなか…!」


「大丈夫ー?つらかったら言ってね!]


「へっ……言ったら止めてもらえるのか…?」


「無理だねー!死にたいなら話は別だけどさ!」


 それを聞いたミリアは、不思議と微笑を浮かべていることに気が付く。

 3方を囲まれて後ろも退路にはならない。

 この状況で笑うだと?マーレンさんをドM判定しておきながら私も対外だな、全くどうかしている。


「一気に片づけるよ!その体だとちょっと疲れるかもしれないけど、我慢してね!」


「ッ―!もう疲れてるけどなあ!やっちまえにゃん公!」


「ほいさっさあァーーー!」


 にゃん公が宣言すると同時に、魔力の吸収スピードが倍以上に跳ね上がる。

 すると心成しかにゃん公の体が巨大化、重々しい声で何かを言い始めると同時に、ミリアは一瞬意識を失いそうになった。


〈神の力に抗いし者共よ 三つ 猶予を与える〉


「あれ…にゃん公さん?ちょっと、なんか声にエコーかかってません?」


〈一つ〉


「神がなんだって?ええ?」


〈二つ〉


「てゆーか、なんかさっきからすごい勢いで吸われてるんですけ…ど……!」


〈三つ〉


「やばい……もう立ってらんない…」


〈己が罪に傅くがよい。 ミリア、伏せてて〉


 言われなくとももう伏せてます!そう言おうにも声も出ないほどに疲れ切っていた。

 にゃん公は左手で天を仰ぎ、右手をその真逆の方へ広げる。

 すると部屋全体がかすかな光を帯び、上下からバチバチと雷が走り始めた。


〈生出よ 神のイカヅチ〉


 上下に広げた手をパチンと中央で叩く。

 瞬間、部屋全体が凄まじい轟音と共に光の渦に飲み込まれた。

 1分ほど真っ白な光景が続いた後、辺りが煙で包まれてくると、通常サイズに戻ったにゃん公がミリアの肩に乗る。


「ちょっと魔力吸い過ぎちゃったみたいだから返すねー」


「お、おう……しかしヤバいな、まだ1層なのにくたくただ」


 少しずつだが魔力と同時に体力が戻ってくるのを感じるミリア。

 ようやく立ち上がれたと思ったところに、煙の中から物音と共に複数の声が聞こえてくる。


「いってぇ…俺さまの防殻貫通してくるとかマジかよ」


「ああ。こっちも結構やられた、相手は相当な使い手だぞ」


「そらそうでしょ……僕ら以外みんなのびてるみたいだしね。1万人一気にやられるなんて、想定外もいいとこだ」


 聞こえてきた声は3人。あの絶望と形容するのがお似合いな雷を防ぎ切ったやつらが3人もいたらしい。


「あっちゃー防がれちゃったかー。ボクも腕がなまったかなあ」


「そんなこと言ってる場合かよ…!これ絶体絶命大ピンチってやつじゃないの?」


 冷や汗をかくミリアは目立った外傷こそないが、既に動くのが精一杯なほどに疲れている。

 しかしにゃん公はまだ余裕という顔をして魔力をミリアに注いでいる。


「そーだねー。ボクはしばらく大きな術が使えない。ミリア、ボクが極力サポートするけど、いけるかい?」


「行かなきゃ殺やれる…だろ?精一杯 一生懸命 頑張ってみるさ」


「おーけーおーけー!ちなみに君死んだらボクも死ぬから頑張ってねー」


「ハァ!?ちょっと待てそれ初耳」


「来たよ!右に避けて!」


 ブンッ!と晴れつつある煙の中から、大きな音を立てて鉄球が飛んでくる。


「あっぶねー間一髪」


 なんとか避けたミリアだが、少し掠めたのか左頬に3センチほど切り傷が刻まれ、血が滴る。


「ぬう、手ごたえ無しだ。避けられたな」


 真ん中に構えるガタイのいい男がそうつぶやいたところでサーっと煙が掃けていく。


「オウグ、アンタは動き鈍いんだよ!次、俺さまぁ!」


 そう叫んで鉄球からのびる鎖の上を凄まじい速度で走ってくる双剣使いランソー。


「ランソ―さん、アシストします。筋力増強、ストレングス!」


 鉄球使いオウグの左で小柄な男性―イレーンが杖をふるうと、ランソ―の腕が赤く光を帯びる。


「容赦ないなあもう!にゃん公、バリアは!」


「ゴメーンそれももうちょっと無理!自力で避けて!」


 くそったれ、さっきの一撃で全滅していればいいものを。

 そんなことを思いながら目を凝らすと、既に5mほど前にランソ―が迫っている。


「その首頂戴ッ!」


「ことわ るぅッ!!」


 またまた間一髪のところで何とか避けるミリア。

 ランソ―は勢いのまま壁に激突するが、ケロッとした顔で再び襲い掛からんとしていた。


「ほら!ほおら!おとなしく!首ィ!俺さま!ニィ!」


 まるで遊んでいるかのようにのように喚きながら双剣を振り回してくる。

 どうにかこうにか避けているところに、ピタっとランソ―が双剣を振り回すのをやめて突然飛び上がる。

 そして飛び上がったランソ―に気を取られたミリアは、直後前から飛んできた鉄球に直撃し、後ろへ50mほど飛ばされてしまった。


「カハッ!?」


「ミリア大丈夫ー?」


 ズキズキと痛む腹部を擦るミリア。中身が男とはいえ、自身の綺麗な体に傷が残るのはちょっと勘弁願いたいなどと考えながら返答する。


「マーレンさんに比べたらなんとかな…穴は開いちゃいない。にゃん公、攻撃系の術使えるまで、あとどのくらいかかる」


「ゴメン、まだ5分はかかると思う。なんとかバリアと回復術だけならすぐだけど、そしたら30分は攻撃には使えないよー」


「30分か…きっついなあ……あ!」


「?何だいミリア」


「にゃん公、今できることでいい。私が使えるモノはないか?」


「なにくっちゃべってんのさァ!」


 そう言い突進してくるランソ―、それに続いて付加魔法で強化された鉄球が、起き上がろうとしたミリアに襲い掛かる。


「ゲッ!ナニソレずりーぞ!」


 ガキイイン!と響きのいい金属音を立てて、にゃん公が張ったバリアに飛ばされる鉄球と双剣。剣を失ったランソ―は、立て直そうと後ろへ下がる。


「ほう。俺の鉄球はじくとは…が」


「ああ!こいつ自体はめちゃヨワだよ!他に何かいる!!」


「お2人とも見えてないんですか!。ではあれは…」


「お?なんだイレーン坊、お前にはなんかみえるのか?」


 オウグが一端手元に鉄球を戻し、頭をがしがしと撫でて言った。


「ガシガシするのをやめてください。僕はもう今年で27です!彼女の肩にずっと乗ってますよ、ネコのような小動物が」


「あぁ?見間違えじゃねえのかァ?俺さまにはなんもみえねえぞ!」


「ええ解っています。なんで僕だけ見えるのかは知りませんが、おそらくアレがバリアを張っている正体…先ほどの攻撃も、アレがやってきた可能性が高いでしょう」


「おいイレーン!要は俺さま達は見えねえもんでも相手しろってえのかぁ!?」


 話にならないとばかりにイレーンに怒鳴りつけ、新しい剣を取り出すランソ―。

 しかし表情一つ変えずにいレーンは返す。


「落ち着いてください。僕の推測ですが、おそらく彼女をやってしまえば問題ありません。彼女は最初、自力で逃げていました。あのバリアも完璧ではないようです、必ずどこかで綻びが出ます。そこを狙ってください」


「お前がそう言うならそうなんだろう。おい行くぞランソ―よ、賞金首は早いもん勝ちってのがルールだ。わすれんなよ!」


「チッ…わーってるよ!俺さまが先に狩るゥ!10億は俺さまんモンだ!!」


 イレーンがそう指示すると同時に、オウグとランソ―はミリアめがけて走り出す。


「―で、それは私でもできそうかにゃん公」


「そのくらいだったら今のミリアでも大丈夫大丈夫。じゃ、印だけ君の頭に直接教えるよー、あとは隙を見て使って」


 そう言うと、にゃん公はミリアの右肩から頭へ移動して両前足を当てる。


「オッケー…なるほどこれなら何とかなりそうだ。にゃん公、引き続きバリア頼む!」


「ほい来たー!」


 走り迫ってくるオウグとランソ―に、少しおびえながらもバリアを信じて突貫していくミリア。


「何だ!?突進してきたぞ」


「自殺希望かぁ!?首がもらえりゃ俺さまはいいけどよお!」


 ミリアは前方から来る鉄球と双剣を防ぎつつすれ違った直後、2人の背中にそっと両手を添える。

 ミリアはすぐに手を放し、そのまままっすぐと走っていく。


「「!!???」」


 2人は意味が解らないと警戒しながら振り返る。


「何しやがったあの女ァ!」


「落ち着け!あの女自体は弱いといったのはお前だろう!」


「っるせえ!手柄横取りしよーったってそうはいかねぇぞ!」


「そんなこと言っていないだろう!!!焦って結果を急ぐな!」


 口喧嘩をしながら、2人は片方の剣と鉄球をにミリアめがけて投げる。

 投げられた鉄球と剣は、ミリアの1m手前でバリアにより弾かれたが、バリアはパリンという効果音とともに飛び散った。


「そこだァッ!!」


 ランソ―はそう叫び、残っていたもう片方の剣を投げつける。が

 ―スカッ


「何ィ!?」


 投げつけた剣はそのままミリアをすり抜けていく。


「おい!どーなってんだこりゃあ!!」


「俺が知るか!焦るなといっただろう!」


「何を言い合ってるのですか!後ろです!!」


 イレーンに言われてようやく後ろを取られていたことに気が付く2人


 慌てて振り返ると、遥か先に複雑そうな魔法陣を発動させているミリアの姿。


「なっ」


「いつの間に!」


 振り向いた2人に気が付いたミリアは、イレーンの方を見て舌打ちをする。


「チッ…面倒だなあの遠くにいるヤツ。気が付かれちまった」


「でももう遅いよー、魔力は十分溜まったしやっちゃおーう!」


「よーし、おじさんちょっと頑張りますよ!」


「ミリア―、その恰好でおじさんとか萎えるからやめてー?」


「中の人的には事実だから諦めてくれ!」


 そう言ってミリアが両手を前でクロスさせると、オウグとランソ―の背中を触った部分がバチバチと雷混じりに光りだす。

 そのままミリアが両手を開くと、その手へめがけて2人の背中を貫通した雷が、1本のひものようになって伸びてくる。


「ガっ!」


「グハァッ!」


 感電し、痙攣しながら吐血するオウグとランソ―。

 ミリアは伸びてきた雷の糸をつかむとそのまま勢いよくぐっと後ろへ引く。

 背中に触れた部分からそのまま引っこ抜かれ、腹部に穴が開いた2人は倒れた。


「うっわーえぐい事するねぇミリア」


 ミリアの頭から降りて倒れた2人のもとへ飛んでいくにゃん公。


「あちらさんは私の命を狙ってきてたんだ。逆に獲られる覚悟だってあったはずだぞ…さすがにいい気分とはいえないが割り切るしかないだろ」


「普通は人殺したら結構病んじゃう人多いんだよー?そこまで割り切れるのはそれはそれでえぐいよー」


「悪かったな、普通じゃなくて…――ッ!!」


 少しムスッとするミリアに、遠くから魔法弾が飛んでくる。


「いったァー…全く、女の子の体に向かってそんなことするもんじゃないよ?」


 少し体という言葉を強調して、残ったイレーンの方へ向き直るミリア。


「2人とも乱暴ですからね。いつか殺られるとは思ってたけど…まさか両方一遍に失うとは思ってませんでしたよ」


 すぐさま次の魔法を撃とうと構えているイレーン。その表情からは、明確な怒りと悲しみの念があふれ出ていた。


「僕らはもう10年、トリオで賞金稼ぎをしてきたんです。正直僕個人は君の首に興味ないけど…せめて、2人の仇は獲らせてもらいますよ!」


「ちょっ待って!話を」


「炎神の火球、とくと味わえ!」


 イレーンは、構えた杖の先に溜め込んだ魔力で巨大な火の玉を形成させると、そのまま振りかぶってミリアをめがけて放つ。


「くっそ!間に合え!!にゃん公バリアー!!」


 急いで少し先にいるにゃん公のもとへ駆け寄っていくミリア。

 が、数歩進んだところで躓いてしまう。


「やばっ‥!」


「ミリアァーーー!!」


 にゃん公は精一杯前足を伸ばしてバリア圏内を広げようとするが、遠く及ばない。


 瞬間、ミリアの視界が赤く染まった。


「…ッ!て、あれ……?」


 生きている。流石にもうだめかと思ったのだが。

 起き上がって少し困惑気味なミリアに、イレーンが駆け寄って、手を差し伸べる。


「ほら、何みっともないことしてるんですか。早く立ってください」


「?????」


 訳が分からない。ミリアはそんな表情で首をかしげながらも、恐る恐るイレーンの手を取る。


「この僕をあんな単細胞達と一緒にしないでください。わかってますよ、2人とも生きてるんでしょう?」


 その言葉を聞いてミリアは何かを察しながら、イレーンに質問する。


「じゃ、じゃあさっきのは一体…」


「挑発に乗ってあげたんですよ。あなたを試すためにね…結果は正直かなり拍子抜けでしたが。あなた、本当に10億の賞金首ですか?」


「じゅ!?」


 今度は口をあんぐりさせて、命を狙われている身とは思えないほど無防備に驚くミリア。


「あれ、知らないんですか?10億ケルトですよ。あなたの懸賞金」


 イレーンは、ミリアに指名手配書を差し出す。同時に、オウグとランソーを引きずりながらにゃん公がミリアのもとへ飛んできた。


「ああにゃん公、2人の容体は?」


「うん、なんとか穴はふさがったよー。虫の息だったけどたぶん死にはしないんじゃないかなー?」


 イレーンは安堵のため息をつくと、2人を受け取って横にさせる。


「そうか、でだ。この手配書なんだが…」


 ミリアは、イレーンから手配書をひったくった手配書をにゃん公に見せて言った。


「ケルトって、どのくらいの価値なんだ?」


 イレーンがそれを耳にしてずっこけかけるが、にゃん公は平然とした顔で答える。


「うーん、ボクは〝向こう〟の通貨はあんまし知らないんだけどー。多分ミリアの金銭感覚といっしょくらいじゃないかなあ」


「つまり…10億円…!?この私がか!?」


「ケルトは世界通貨ですよ!?なんで知らないんですか……やれやれ、どうやら記憶喪失というのも本当らしいですね。その円?というのはよく解りませんが…」


「ていうかにゃん公、お前今〝向こう〟って…!」


「うーん、その話もまた後でねー。それよりいいの?その男、一応君の敵だよー?」


 ハッとしたようにイレーンから距離を取るミリア。

 かかってこいとばかりにウ〇トラマンのような構えをするミリアに、イレーンは思わず笑いがこみあげてきてしまう。


「ふふふふふ、なんですかその不格好な構えは。安心してください、さっきも言ったでしょう。僕自身はお金に困ってないので、あなたの懸賞金には興味がないんです。彼らとの付き合いも、半分腐れ縁みたいなものですから」


「じゅ、10億ですよ…?」


「ええ。あなたの首を僕がとれれば、2人は悔しがるでしょうね。これも僕ら3人のルールなんです。賞金首は獲ったもん勝ち。僕は別にあれが悔しがる顔を見たいわけではありませんし、貴女のようなか弱い女性を陥れてまで、お金を手にするメリットがないんですよ」


「う…〝これ〟にか弱いとか言われたくないなー…」


 そう呟きながらイレーンの女のように華奢な体を見回すミリア。


「ミリアー、今たぶんこの人にキュンとするポイントだったよー」


「はぁ!?なんで!?私は精神的同性愛者になるつもりはないぞ!」


 にゃん公とミリアがそんな漫才をしていると、イレーンの隣で横になっている単細胞たちが意識を取り戻した。


「…ん…あっれ…」


「俺は……!」


「おはようございます。2人とも、もう起きて大丈夫なんですか」


「あ、ああ。不思議と問題ねえ」


「俺もだな…記憶が正しければ、大分ハデにやられたはずだが」


「えっと、それはうちのにゃん……ハッ!!」


 思い出したかのように慌てて敵対行動に移ろうとするミリア。

 イレーンが自分の首に興味がないのはわかったが、他2人はそうはいかない。

 ちょっと治し過ぎじゃないのかとにゃん公をにらむミリアだが、にゃん公は平然としている。


「大丈夫だよー。ほら、みてみて」


「へ?」


 にゃん公に言われて2人を見直すと、2人ともミリアに深くお辞儀をしていた。


「すまねぇ。助かった」


 ランソーがそう言うと、オウグが補足するように続く。


「俺たちは命の恩人を手にかけるほど堕ちちゃいない。そもそも一度負けた相手だ、もうあんたの首を狙ったりしないよ。10億欲しくないのか、と言われればもちろんそれは恋しいがな」


「ぬぅ…」


「多分ウソじゃなさそうだねー、大丈夫だと思うよー」


 にゃん公にそういわれて少し緊張をほぐすミリア。


「にゃん公がそういうならまあ…」


「その、ニャンコウ?というのが、俺たちを治してくれたのか?声も聞こえないし姿も見えないが。礼を言わせてくれ」


 オウグが再び深くお辞儀すると、にゃん公は胸を張ってうねうねとする。


「いーやぁそれほどでもー♪」


「動き気持ち悪いし、聞こえてないぞそれも」


 ミリアが突っ込むと、呆れた顔を真剣に戻し3人の方へ向き直る。

 いち早く何をせんそしようとしたか察したイレーンは、部屋の片隅にある小さなドアを指さして言う。


「あそこから食糧庫に続く道へ出られます。安心してください、この階層にいるのは僕たちだけのはず。国王に厳重忠告されてますからね、上にいる他の連中がこの1層に降りてくることはないと思います。十分休んでいくといいですよ」


「あ…ありがとうございます」


「いいんです、僕らは君に負けたんですから。ささやかですがその対価だと思ってください。それと2層だけなら、待っている人物の情報もある程度記憶しています」


「お、おい!イレーンそれは」


 ランソーが慌てて反応する。

 それを睨みつけて抑止させるオウグ。


「元々一度落としたような命だ。だったら精々、命の恩人に情報提供してやろうじゃないか。な!イレーン」


「ま、そう言うこと。どうですか?ランソーが反応した通り、これから話すことはこの作戦参加者でも有力者にしか知らされていない極秘情報です。知る価値はあると思いますが…」


 オウグのフォローが入った後イレーンがそう言うと、ミリアは少し考えた後ににこやかに返事をした。


「いえ、大丈夫です。自分でなんとかしますよ、情報ありがとうございます」


 *****


 ミリアとにゃん公が第1の大部屋を出て行った後、ランソーは深いため息をつく。


「あーあ、これで俺さま達もめでたく賞金首だなー」


「全くだ。賞金首を狩って生きてきた俺らが、まさか狩られる側になるとはな!これから楽しい人生になるぞ?いっそ死んどけばよかったかもな!ふっはっはっはっは!!」


 ランソーに続いて、こちらは楽しそうに続けるオウグ。

 作戦参加者には、ミリアを抹殺できず且つ作戦有力候補者だった場合には、己の首にも賞金が賭けられるということになっていた。


「縁起でもないこと言わないでください。仕方ないですよ、これも捕れなかった対価です。しかし、なぜ彼女に10億も懸けられてるんでしょうか。僕には彼女がそこまでして殺らなければならないような危険人物には到底思えない」


「さあ?そんなん俺さま達が気にすることか?」


「そうそう、もう明日は我が身だぞイレーン。俺たちもしばらく休んでから、ここを出る方法を探そうぜ。後ろから出たら殺されちまう」


「はい。それもそうですね…とりあえずは、ミリアさんがいなくなった後にでも、僕らも食糧庫へいきましょう」



 *****


 ミリアは第1の大部屋から3分ほど歩くと、ラベルが張られた箱が大量に積まれている部屋にたどり着いた。


「ここが食糧庫かな。意外と乱雑に箱が置かれてるし、隙間に隠れてれば一泊くらいできるんじゃないか」


「うーんそれはどうかにゃあ。ある程度休憩はできると思うけど、おねんねしちゃうのは危険だと思うよー。お、さかなー!」


「サバ缶で喜ぶって‥お前本当ネコだな」


 そんなことをつぶやくミリアには目もくれず、サバ缶をむさぼるにゃん公。

 自分も何か食料を、と近くに置いてあった乾パンの箱から1缶とりだすてつまむミリア。


「なあにゃん公、今のうちに聞いていいか?さっきのこと」


 にゃん公はピタっとサバ缶をむさぼる足の動きを止めてミリアの方を見返る。


「ああ、そうだったね」


 にゃん公の目つきがかわる。


「そうだね、まずはどこから説明しよっか」


「な…長いのか?」


「んー、詳しく説明すると夜が明けるどころじゃないねータブン」


 流石にそんなに長話を聞いている自信も時間もない。

 一瞬引きつった顔をしたミリアは、少し悩んで知りたいことを絞ることにする。が


「まー、簡単でよければそんなかからないよー」


「何だよそんなにどうでもいいこと多いのか?簡単でいいよ簡単で」


 ミリアは悩んだ自分が馬鹿らしいと思いつつ、真剣な目をするにゃん公に唾をのむ。


「さっきボクが使った大ワザは〝天罰〟と呼ばれていてね、その名の通り、神さまが下界に罰として使うものなんだ」


「か……神?」


 少し聞きなれてしまった不吉なワードに顔を引きつらせるミリア。


「ボクは1000年前、お城に依代を移す前は神さまのペットだったんだ。正確には、守護精霊?だったかな。治癒術とかバリアとか色々使えるのはその時に勉強したからなんだー。たまに色々な世界の様子をのぞき込んだりもしてたよ、その時かな?ミリアの前世いた世界も見たんだよー」


「1000年前ってまだ平安とか奈良とかそのくらいじゃ…つか、つまりはにゃん公、お前実はめちゃくちゃ偉いってコトか?」


「いやいや今はただの野良ネコ…と、今は飼いネコかー。ちょっといざこざがあってね、ゼウス様の所は離れてきたんだ。やっぱりネコは気ままにいきないと!」


 えっへん!と胸を張るにゃん公だが、またとんでもない単語が出てきたことに対してミリアは驚愕の意を隠せない。


「ゼ…ゼウス?」


「そーそーゼウス様、たぶんミリアが知ってる神話に出てくるゼウスとはちょっと違うけどねー。似たような感じだよ」


 なおさら驚愕せざる負えないミリアだが、ふと出てきた疑問に意識はすべて持っていかれる。


「なあにゃん公、お前今私の前世がどの世界かわかってたような口ぶりだったよな?

 お前、どこまで知ってるんだ?」


 にゃん公が一瞬きょとんとした表情をする。


「ふえ?……あー。ボクはちょっと特別でねー、魂の質っていうか、資質みたいなものを読み取ることができるんだよー」


「お前なんでもアリかよ…」


 ミリアはものすごいチートアイテムを手にしてしまったかのような優越感と脱力感に見舞われる。


「そんなことないよー。ミリアがあの世界から来たを特定できたのは、魂の質がそのまんまあの世界の人間たちと一緒だからなんだ」


「む…?よくわからんが、言ったままならその世界ごとで魂の質とやらが違うのか?」


「そーそー。本当は別の世界に転生するときは、その世界に適応させるために一回魂をキレイに浄化するはずなんだ。付いた色を落とすみたいな感じ―。でもミリアの魂は、あの世界の色そのままなんだよねー、だからすぐわかったんだよ」


「そ、それってつまり…私が前世の記憶をそのまま受け継いでるのと何か関係があるのか?」


「さあねー、そこまではわかんないけど。転生するときに何かあったのは間違いないと思うよー?でも…」


「……でも?」


 にゃん公が目を細めてミリアをじっと見つめる。


「ミリアの魂を視てるとなんだか違和感があるんだー、奥底に…なんていうか、ドス黒い〝種〟みたいなものを感じるんだ」


「おいおい、人の魂を何かの異物みたいな言い方するなよ…でもそれ、ちょっと気になるな」


「おや?ミリア、何か心当たりでもあるのかーい?」


 ミリアは、この世界で意識が覚醒する直前のことを思い出していた。


「ああ。にゃん公の言う通りなら…たぶん、転生する直前だ。聞きなれない機械音が聞こえてな、エラーがなんだかで一時的に書き換えて…排出とか、そんなことを言ってたと思う。それに、私が指名手配されてる原因も、王様が神の啓示を受けて私を殺さないと国が滅びるって言われたからだ。そこんところ、何か関係あるんじゃないか?」


 にゃん公はそれを聞くと、短い眉を眉間によせてうなだれる。


「うーん?機械音?うーーん??ごめーんボクにはわかんないやー、たまに死んでから魂の洗浄までの間、夢みたいな形で意識が残ってる人は、ボクが天界にいたころもいたんだけど…機械音なんて聞いたことないなあ」


「そうか。でも確かに聞いたんだよな…あれは一体なんだったんだ……」


 いずれにせよ、何か関係があるはずだ。自身の謎に一歩近づいた気がしたミリアは、少し上機嫌になりながら乾パンを口へ運ぶ。


「うーん、うーーーん??」


 まだうなだれて悩んでいる様子のにゃん公を見て、ミリアはにゃん公が食べかけていたサバ缶を取って渡す。


「まあまあそう気にするなよ。今はここから無事脱出することだけ考えよう。にゃん公が天界にいたのって1000年も前なんだろ?1000年って言ったら、かなりの変化があるもんだぜ。もしかしたら、天界も産業革命とか起こって機械化してきてるのかもしれないよ」


「うーん、そーだねぇ。ボクも外の世界はもっと見てみたいし、ちゃっちゃとでちゃおーう!」


「おー!…でも、ちゃんと休憩取ってからな」


 談笑をしながらしばらく休憩したミリアは、食糧庫を後にして、巨大地下施設の2層へ向けて出発するのだった。




  ラーグス城 王座の間


「報告します。ミリア・エレンハートは1層、居住区にて待ち構えていた刺客約1万人を突破。現在食糧庫にて休養中とのことです」


「ふむ、ご苦労。下がってよいぞ」


「はっ!」


 報告に来た衛兵を帰すと、リムーダ王は眉を擦りながらため息をつく。


「いかんな。最近ため息ばかりじゃ…何か吉報でもあればよいのじゃがのう」


「そ、そうです…ね…」


 リムーダ王の前には、一振りの長剣を担いだガタイの良い男性の姿。


「なんじゃ?何か心配ごとでもあるのか、言ってみせい」


「いえ!そんな滅相もない。ただ、新しい剣があまり手に馴染まないものでして」


「ふぉっふぉっふぉ、なあにそんなことならじきになんとかなるじゃろう。して、準備の方はもう大丈夫なのかね」


「はい…滞りなく……」


「よろしい。ではくれぐれも頼んだぞ、あそこを突破されてしまえば終いなのじゃ。よいな――マーグスライト・レンスフォングラム魔法騎士団長」


「……はっ」





 2層へ上がってきたミリアとにゃん公は、分岐する道に悩み果てていた。


「なあ、今度はどっちだと思う」


「うーん…うーーーーん……左!」


「オーケー」


 2人は2層へ上がってきてから、分岐点があるたびに順番にどちらへ行くかを決めて進んでいる。これを既に25回続けているが、ひたすら分岐と道だけで一向に先が見える気配はない。


「なあにゃん公、これ本当にちゃんと進んでるのかなあ」


「さーねーぇ。さっきも言ったけど、ボクは空間把握系の術は苦手なんだよー。もうちょっと続けてればなんとかなるでしょー」


「それさっきも同じこと聞いた気がするぞー、ちなみに今ので5回目だ」


「しっかり覚えてるんじゃーん、ほらミリア。次君の番だよー」


「あー。じゃあまた左で」


 念のため目印として壁に傷をつけながら進んでいるミリアだが、何度分岐しても同じ景色が延々と続く。


「なあ、これ本当はループしてたりしないよな。誰かがつけた傷消したりしてるんじゃないのか?」


「うーん。今のところ、そんな気配は感じないよー」


「そーかー…いい加減、なにか変わってもいいと思うんだがなあ」


 人間ぼーっと同じことを続けているといずれは眠くなってくる。先の1層ですでにそれなりの消耗をしていたミリアは、少しずつ睡魔に襲われていた。


「君だけ先に寝るのはずるいよー。ほら、また分岐の小部屋だよ。次はボクの番だよねー……て、あれ?」


「んー?どったーにゃん公…―ん、何これ……マジっすか」


 ―2人の前に現れたのは、8方を13の道に分岐させる部屋であった。


「―で、どれにするにゃん公。各分岐の入り口にこれといった特徴は無しだが」


「えー、こんなイレギュラーでもえらばなきゃだめー?」


「でも選ばなきゃ進めないぞ?」


「じゃあミリアも手伝ってよー」


「仕方ないなー。……ていってもだ」


 どこを選ぶ…?もしかしたらハズレはそれこそループになってるかもしれない。

 円形の部屋をひたすらにぐるぐると回りながら頭を抱えるミリア。


「なあにゃん公、ここまで20数回。どっちに進んできたか覚えてるか?」


「ごめーん、眠くてそこまで気にしてられてないやー」


「…だよなあ。しかし構造的に考えると、必ずこの部屋にたどり着くようになるようになってるんじゃないか」


「んーん…」


「おいおい…仕方ない、時計がないからわからないけど、もういい時間だろうしな。にゃん公はしばらく寝てていいぞ。戦闘になりそうだったら起こすけど」


「うーん。ごめーん、おやすみい」


 にゃん公がペンダントの中へ消えていくのを確認すると、再び思考にふける。


「つまり、この通ってきた道以外の道も、通り方次第ではまたこの部屋に戻ってくる可能性がある。いくらこの施設が広いからと言って、ここからさらに13通りの道筋があるなんて考えにくい」


 緊急脱出用とはよく言ったものだと感心するミリア。

 ここの部屋にたどり着くまで既にかなりの時間を費やしている。1層の長い一本道も含めて、襲撃者からの時間稼ぎにはなるのだろう。王族が先頭を切って脱出する場合、1層に集められるであろう一般市民を肉壁にもできる。


「残酷な話だな。つまるところ私は馬鹿な襲撃者で、ここで路頭に迷って死ぬことも織り込み済みなのだろうな……と、あ!」


 思い出したかのように、ポーチの中から地図を取り出すミリア。


「あまりにも1層から長すぎてしまったまま忘れてた。ちらっと見たときもよくわからなかったんだよな、2層の構造は…」


 地図上の2層では中心に丸い部屋があり、そこから14方に向けて細い線が出ているが、1層につながる階段以外に何かを示すような記述はない。


「これってつまり…そういうことだよな、この部屋からどの方角へ進もうと」


 ――上へ出ることはできない。


「どうすればいい!地図が正確ならここから進んでも徒労になるだけ。1から確かめるには時間がかかりすぎる…それに」


 地図上のこの部屋を示すであろう円に、リムーダ王が付けた大きな赤い丸印が書かれている。


「ここに誰かいるはずなんだが…もうこの部屋についてからそこそこ時間がたってるはずだが、人影のようなものは一切感じない…よな。まさか本当に休憩ポイントがあると?でも各層に一人はいるはずだろ、本当どうなってるんだ」


 いい加減なことをしてくれる!とリムーダ王に苛立ちを感じながらも、一端頭を冷やそうと壁際に座り、上を見上げるミリア。


「―月だ」


 部屋の上は網目張りの吹き抜けになっていた。

 そこから入ってくる月明かりが、微かにミリアの透き通った肌を優しく照らす。


「ふあー…まだ寝るな……。上との間には3層があるはずだよな。この吹き抜けにも、何か意味があるのか?」


 手掛かりの少ない小部屋で必死に頭を効かせようとするが、なにも進展はせず。

 1層での疲れも取れきっていないミリアは、次第に意識を奪われていった。



 ゴーン……ゴーン……



 朝を知らせる鐘の音が地下に鳴り響いた。頭に慣れない感触を受けて、ミリアは目を覚ます。


「ん…あと10分……」


「ぅおい!起きろ!目ぇ覚ませ!おい!」


 頭をガシガシを大きな手で振られて、ようやく意識がはっきりする。


「いッ痛い痛い!頭振らな……あぁ!?」


「シュケケケケケ!嬢ちゃん、ホントわかんねぇなあ。度胸があるのか抜けてるのか…それとも、ワシに殺されたいのか?」


 ミリアの使命手配書をちらつかせながら、ここにいるはずのない大男が言う。


「な、なんであなたがここに…!?地下牢ですごい厳重な鎖に繋がれてたじゃないですか…!?」


「シュケケケッ。ワシの知ったことかよ、大罪人を駆り出すほど焦ってんじゃねえのかあ?ま、それも知ったこっちゃないがなァ!シュケケケケケケ!」


 独特な笑い声を地下に響かせる大男―ガマルデル・ザーレンダルは、ミリアの隣に座り込んで水筒を開ける。


「ほれ、飲むか?心配するな、毒なんぞ入っちゃいない」


「言われるとなおさら警戒せざる負えないんですけど…こんなことしてていいんですか?私を殺すように言われてるんじゃあ」


 水筒に口をつけかけたガマルデルは、それを聞くと少し不機嫌そうな顔をしてがぶ飲みする。


「シュケケケケ!さっきも言ったろう。ワシの知ったことか!嬢ちゃんが牢に入る前から聞かされちゃいたが、死刑囚のワシには何の得もないんでな!聞いた話じゃ、ワシが嬢ちゃんをやっても、タダ死刑がチャラになるだけなんだとよ。だったら一緒にここを出て、スリル満点な余生を過ごした方がずっとマシだぜ」


「えっとー何を言ってるのか疲れた脳みそには理解しかねるんですが―」


「あん?何度も言わせると、その首とっちまうぞ?こりゃあ取引だ。ワシが嬢ちゃんの力になってやる。代わりにワシをここから出してくれ」


 要は、仲良く一緒に出ましょうという訳なのだが。この爺さん、いまいち信用していいのかわからない。ミリアは疑心暗鬼になりながらも、1人でいるよりは脱出できる確率も上がるだろうと思い、その提案を呑むことにする。


「じゃ、じゃあお願いします…えっと、そういえばお名前伺ってませんでしたね」


「ガマルデルだ。呼び方は好きにしてくれて構わん」


 マーレンの時以来の覚えにくい名前だと少し顔をしかめるミリア。その大男をしばらく眺めてから、パッと出てきた愛称を口走ってみる。


「ガマ爺、なんて失礼すぎますかね?」


「ケッケッケ!構わんよオ!ジジイなのは違いねえしな。話し方ももっとラフでいい、10億の首同士仲良くしよーぜぇ!」


「へ!?同士!?」


 とんでもないことを耳にして驚くミリアだが、チラッと睨まれた気がして詳しく聞くのはやめておくことにした。


「んじゃあ、改めてよろしくなあ。嬢ちゃん」


「う…うん、ガマ爺」


「シュケケケケ!まだ遠慮がみてとれるがいいだろう!して、どうやって3層に上がる!」


「はえ!?」


「何を驚いておる、国王とてボケた顔しとるがバカではない。逃げるかもしれんワシに教える訳ないだろう。知ってたらとっくにこんなシケた場所抜け出しておるわ」


「そ、それもそうか……」


 出る方法を知っているとばかりに思っていたミリアは、まだ寝起きでうまく働いていない頭を抱える。


「ねえガマ爺、私が寝落ちる前にはいなかったみたいだけど何してたの?」


「ん?ああ、手あたり次第にぐるぐる回っとったんだよ。が、ダメだな。多分、この道全部どっかしら別の道に繋がっとる」


「隠しボタンのようなものも何もなかった?」


「ボタン?そんな物みとらんが、なにやら怪しそうな銅像は立っておったな」


「銅像?その場所はどこに?」


「………それがな」


 申し訳なさそうに小さな破片がいくつか入った袋を懐から取り出したガマ爺。

 これを見たミリアは、少し希望が見えてきて明るくなった顔を一気に汗まみれにしてしまう。


「むしゃくしゃしてな。その。ぶっ壊した!スマン!」


「……袋、貸して」


 ミリアは、ガマ爺が取り出した袋をよこからぶんどると、必死に何か手掛かりはないかと中の破片を隅々まで漁る。

 死んだ魚のような目をして無心で袋の中をかき回していると、袋の脇から光る何から落ちてきた。


「…ん?」


「ああ、それは何か知らんが銅像にくっついとったんだ。ワシの一撃を受けてもビクともせんでなあ、ほれ、傷一つついとらんだろ?」


 落ちて転がっていった〝ソレ〟を拾い上げてよくみてみる。


「なんだろこれ…鳥?ドラゴン?」


 朱色をしたその宝石のようなものは、中に鳥のような、ドラゴンにも見える小さな塊が入っていた。


「なんにせよ大したもんだ。どうだ?何かわかりそうか」


「いや…わかるどころか謎が増えたんだけど…!」


 突如、宝石が光り始めた。

 光ははるか上―太陽めがけてのびた後、反対側の面から床の中心へ向けてのびる。


「な、なんだ!?熱ッ!」


 急激に熱を帯びた宝石は、ひとりでに部屋の中心へ動き始めて、上下に伸びた光がまっすぐになったところで静止した。


「これは…!」


「シュケケケケ、何だか知らんがやったようだなあ―うオッ!?」


 ガタン!とGのかかる圧迫感と共に、床が上へと動き始めた。


「エレベーターになってたのか!これも魔法の力…だよな、化学の力に頼らないでこういう物を見るっていうのは、なんか新鮮だな。本当にゲームの中に入ったみたいだ」


「ん?えべれえたあ?げいむ?なんじゃ嬢ちゃん、変なこと言いだしおって。これと何か関係でもあるんかいな」


 中心で浮遊している宝石を指さすガマ爺。前世の世界特有の単語で周りの人間が困惑する。そんなお約束のイベントに遭遇して、ミリアは少し笑ってしまった。


「アハハハ、いやいやこっちの話。そうだ、そろそろあいつも起こすか。もう十分休んだだろうし」


 そう言ってコンコンと、自身が胸にぶら下げているペンダントを人差し指でノックすると、小さい光と共に眠そうな顔をしたにゃん公が出てくる。


「おはよ、よく眠れたか?もうすぐ3層につきそうだよ。」


「おはよーミリアー、あれ?もう3層なのー?2層には誰もいなかったってこと?」


 ミリアは、妥当な質問を受けて、そうだったとガマ爺に向かって指さす。


「あれー牢屋にいたおじさんじゃん。おっすー」


「よオネコ。随分と久しぶりだなあ、今は飼いネコか!シュケケケケ!!」


「へ…?」


 知り合い!?ていうか見えてる!!??

 親しげにする2人に対してかなり困惑するミリアに、にゃん公がガマ爺の頭の上にのって説明しだす。


「ボクの姿を見ること自体は、ある程度霊感が強ければ可能なんだ。精霊術士になれるほどとなると、その比じゃないくらいの霊感がいるけどねー。牢屋はいろんな人が入ってくるから、暇つぶしによく行ってたんだ。ま、いつも暇なんだけどー」


「シュケケケケケケケ!、ここ2か月くらいみねえもんでおっ死んじまったかと思っとったぞ?ワシの話を聞く相手は牢じゃお前さんくらいしかおらんかったのでな、あえて嬉しいわ!」


「で、ミリア。なんでこのおじさんが一緒にー?」


「あ、ああ。私の首を取るために一時釈放されたみたいなんだけど、それよりここ出てスリルな余生にしたいんだと。外に出るまでは仲間ってわけさ」


「ぬう?出るまでなんて誰が言った?」


「えッ…でも」


「出してくれとは言ったが、その後のことは言っとらんぞ。嬢ちゃんといた方が楽しそうだしな!シュケケケケ!…ま、冗談だがな!嬢ちゃんは確かウェスタガレア国内での指名手配だったな。ワシは世界規模で手配されてる身だ、そこまで迷惑かけるつもりはない!からかって悪かったな!シュケケケケ」


「あ…あは、あははは」


 笑えない冗談を聞いて、乾パンしか入れていない胃がキリキリと痛む。

 本当にこの爺さんなにをしたんだ?と少し気になりながらも、3層への入り口が見えてくると緊張に意識が持っていかれる。


「さて…あと1層だ」


「ここを抜ければ外なんだよね!張り切っていこー!」


「おうよ!ワシがついてるんだ、大船に乗った気でいればよい!シュケケケケケ!!」


「よし。行こう」


 ここさえ切り抜ければひとまずは。ミリアはそう思いながら、短剣の柄に手を添え、待ち受ける巨大地下施設のラスボスへと向けて歩き始める。



 *****


「報告します。2層に配置されていた死刑囚ガマルデル・ザーレンダルは、我々を裏切りミリア・エレンハートと行動を共に。その後2層の昇降盤を作動させ、3層へ向かったようです」


「……そうか。下がってよいぞ」


「はっ!」


 眉を擦りながら報告を聞いていたリムーダ王は、焦りを隠せずにいた。

 擦っていた手に力が入ってしまい、肘掛けに拳を叩きつける時に眉が数本、誰もいない王座の間に散る。


「所詮は犯罪者だったということかのう…他の者に被害を及ぼさないためにとヤツだけひとりにしたのじゃが、やはり腕利きの者を一緒に配備させるべきであったのじゃろうな…」


 何度も肘掛けに拳を叩きつけ、次第に血が染み出てくる。


「地図を渡したのはやはりマズかったかのう…なんとしても、なんとしても3層で食い止めてくれ。逃がすわけにはいかんのじゃ……絶対に」




    10

 3層は1層と2層を組み合わせたような迷宮になっていた。

 トラップもいくつか用意されており、地図があるとはいえ大苦戦していた。


「ガマ爺、あんまりべたべた壁に触れたりしないで。たぶんその辺、さっきトラップっぽいのあっ」


 ヒュッ

 上から飛んできた何かがミリアの長い髪をかすめる。

 後ろを振り返ると、手を壁に押し込んだようにしているガマ爺の姿。


「す、すまん!触っちまった、シュケケケケ!!」


「おじさーん今ので17回目だねー」


「にゃん公!のん気に数えてないで怪しい場所見てきてくれ、こっちは多分大丈夫だから」


「へーい」


「シュケケケケすまんなあ、図体がデカい分自由が利かなくてな!」


 仲間というよりも厄介者が増えて幸先不安なミリアは、必死に地図と現在位置を照らし合わせ、極力トラップにも注意して進む。


「ガマ爺、それにしても明らかに怪しいところばっかり踏み過ぎじゃない?お願いだからもうちょっと見てほしいんだけど」


「シュケケケ、こりゃ1本とられたわ!いやまあ、わざとじゃないんだがな!つい」


「命がかかってるところでそういうの持ち込まないでくれる?」


 ガマ爺に振り返って呆れた目を向けるミリア。

 トラップをつい踏んでみたくなる。気持ちはわからないでもない。ゲームならよくある話だ、ダンジョンの隅々まで探索するためには欠かせないことなのだから。

 しかし今は自分の命がかかっている!一歩間違えば死に至るようなトラップがある状況下で、全てを踏んでいては命がいくつあっても足りない。

 そんなところに、お約束とばかりに血相を変えたにゃん公が急いで戻ってくる。


「みりああああああああああああ!やっちゃったああああああああああ」


 にゃん公の後ろからは、この手のトラップ系ダンジョンではお馴染みの大玉が転がってきていた。


「ったくやっぱりこうなるのな!にゃん公どこか隠れるところは!」


「あいにくだけどおじさんまで入るような隙間はなかったよー!どーしよー!!」


「ッ!!ひとまず逃げるぞ!」


 ミリアは後ろへ全力疾走しようとするが、振り返った瞬間にガマ爺にぶつかってしりもちをつく。


「痛ッ…ガマ爺!何して」


「嬢ちゃんは下がっておれ」


 自信満々に大玉へ向かい合うガマ爺は、背中に背負っていた自身と同じくらい大きなオノを構える。


「おい、ガマ爺何して!」


「シュケケケケケ!心配するな嬢ちゃん。ここはワシに任せておけばいい、そこで待っとれ!」


「な、何言ってるんだガマ爺!逃げないと」


 焦るミリアは、ガマ爺の助けに入ろうと短剣の柄に手を付けるが、何かを察したにゃん公が前へでて止める。


「ミリア、ここはおじさんに任せよー。多分、大丈夫」


「で、でも…!」


「任せとけ嬢ちゃん。ワシを何だと思っとる」


 そりゃあ、謎しかない10億の賞金首ですけど!

 迫ってくる大玉に冷や汗をかきながら、ミリアはじっとガマ爺を見守る。


「―――!?」


 ―一瞬。ほんのまばたきした一瞬の出来事だった。

 その間に大玉が跡形もなく消え去っている。いや、大玉どころか周辺の壁や床まで、かすかだが削れているように見えた。


「が、ガマ爺。一体何を」


「シュケケッ。これがワシのチカラさ!チンケな魔法と一緒にするんじゃあねえぞ?こいつは正真正銘、ワシとこの愛オノの一振りによるモンだ」


 魔法ではないと聞き、なおさら何をしたらこんなことになるのか聞きたくなるミリアだが、自分と違って10億の首は伊達じゃないということを思い知って汗が滴る。


「て…敵には回したくないと思いました」


「ケッケッケ!安心しろ、嬢ちゃんをやったら喜ぶのは偉い連中だ!そんなつまらんことはしないと、下であった時にもゆうただろうに」


 それはそれ、これはこれだ。

 仲間としては頼もしい限りだが、大罪人であることに変わりはないのだ。必ずどこかネジが外れているのだろうということを再認識したミリアは、己の警戒心を限界まで引き上げて、前にでるのだった。



 *****


 初めにこの話をもらった時は単なる金稼ぎのつもりだった。

 女一人狩るだけで10億だ。もちろん胡散臭い話だとは思ってたが、それ以上に美味い話だったんだ。

 あの時だ。いつもの仕事前のひと風呂を我慢していれば、その程度で済んだのだろうに……。


「姐さん、標的は現在C‐2を2人組で進行中。あと5分ほどでこちらに到着すると思われますぜ」


「…そうかい。おめーら、今のうちに準備しとけよ」


「言われなくても準備万端ですぜ。あんな女ひとり、10秒もあれば狩ってみせやしょう!」


「フン、デカ物がついてんの忘れんじゃないよ!」


「おっとそうでやしたね、2人合わせて20億!こりゃウチらの名前も売れるってもんですぜ」


「全くちょっと浮かれすぎだよフグラ。片方はともかく、両方は期待しないこったね。二兎を追う者は一兎をも得ずだ!気ィ引き締めていくよ」


「「「「オオオォオォー!!」」」」


 ハンター家業のステローグ一味は、いつも通り仕事前に気合の入れ直しをしていた。

 そう、いつも通り気合を入れなおし、いつも通りに狩りモードへ切り替える。

 一味12人のうちただ1人、統領である彼女を除いて。


「来ました!」


「チッ…いいさ、やってやるさ。そのためにここへ来たんだからな」


 カツ、カツ、カツ。地下に足音を響かせながら、彼女の前にその華奢な少女は再び姿を現して、大きく目を見開く。


「あ…あなたは!」


「ようミリア。2週間ぶり…てところか」


「な、なんであなたがここに……!」


 信じられない。とばかりに汗をかき、震える声で言う彼女に、妙な苛立ちを感じていた。故につい強気で、思ってもいないことを口走ってしまう。


「ここにいるってことはそう言うことさ。今日のためにあの宿に行ったんだ。アンタの首さっさと獲って、帰らせてもらうよ!」


 ―それほどに、フレミア・ステローグは動揺していた。


「フレミアさん。本気なんですね」


 ミリアの顔つきが変わる。


「シュケケケッ嬢ちゃん、こいつと知り合いか。だが関係ねえぞ。ここでは殺るか殺られるかの2択しかない、嬢ちゃんの知り合いでもワシゃあ容赦なく叩くからな!」


 ミリアの背中を押すように、ガマ爺がそう言ってオノを構える。


「わかってる。ありがとうガマ爺、私は大丈夫だから」


 ミリアは胸のペンダントに合図して、休んでいたにゃん公を呼び起こすと、短剣を柄から抜いてぎこちなくも構える。


「いくよおめーら!相手は10億の首2人!死ぬ気でかかりなッ!!」


 その合図とともに、フレミアの後ろにいた11人は一斉に動き始める。

「相手が誰だろうと関係ない…仕事をこなすだけだ…!」

 ポツリと一言だけそう呟いて、フレミアは目の前の〝敵〟に専念することにした。



 *****


《ゼウス様!ゼウス様!》


 スタシウスは焦っていた。


《どうしたのだスタシウス君。そのように荒立てるとは珍しい》


《これを!こちらをご覧ください!》


 ゼウスは、スタシウスから水晶玉を受け取りのぞき込むと、途端に老けこんだ顔にさらにしわを寄せて目を見開く。


《こ、これは………なぜあやつがこれを使えるのだ!!》


 水晶に映り込んでいたものは、地下施設1層での天罰発動時の場面であった。


《わ、わかりません。ケラウノス様は昔から自由奔放でしたから、独学か、もしくは見様見真似か》


《いずれにせよ、見過ごすわけにはいかなくなってきたな…。神の力を行使するというのならば、我々も介入せざる負えまい》


《と、仰られますと》


 仕方がない。とため息を吐くゼウスは、長い髭を擦りながら、側においてある別の水晶に手をかざす。


《この者に〝力〟を貸し与える。今からの介入では、悔しいがそれが精一杯だ》


《ギリギリではありますが…妥当でしょう、私は引き続き監視を?》


 少し眉を顰めてから、ゼウスは最初に受け取った水晶に人差し指で触れる。

 しばらくして指を放してから、スタシウスへ水晶を返す。


《スタシウス君、お主にはこちらを任せる。彼女に射抜かれて相当怒り狂っておるが、恨みの念があるが故やりやすかろう》


《了解致しました…我々にも〝天罰〟が下らないことを祈らねばならなさそうですな》


《ふっ……全くだ。世の均衡を保つためとはいえ、少々手荒すぎるのには違いない。しかしやらねばならぬのだ。頼んだぞ》


《御意》



 *****


「嬢ちゃん!そっちいったぞ!」


「はあああ!」


 ガマ爺がはじき返した敵ハンターをひと刺しする。

 これまで一応急所に入らないように極力気をつけてはいるが、すでに2人は動かなくなっている。

 ガマ爺とミリアは背中合わせに部屋の中央に立ち、ミリアはすでに息切れしていた。


「はぁ、はぁ…あと、5人か」


「こいつは厳しい、奴ら思ってた以上に手練れぞろいだ。嬢ちゃんを庇いながらはそろそろ限界だな」


「フグラ、アンタは2人連れて何とかデカブツを囲んでくれ。アタシとベイルはミリアだ」


「了解」


 合図とともに、2人を囲んでいたステローグ一味は散開する。


「くっそ、戦いなれないってのはこんな身じゃあ不便でしかないな!にゃん公、何かないか」


「うーん、できれば一気にふっ飛ばしちゃいたいところなんだけどねー。今はまだ魔力の回復もままならないし、短剣に付加するのが精いっぱいだよ」


「お前、すごい技使える割に2つ同時に発動できないとか意外と不器用だよな…わーったよ自力で何とかする」


「ガマ爺!私はもう一人で大丈夫、気にせずぶっぱなしちゃって」


「何!?いいのか?下手したら生き埋めになるやもしれんぞ」


「その辺はなんとか加減して!その後は、自分の身は自分で守るよ!」


「シュケケケ、ぶっ放すのか加減するのかハッキリせんなあ。ま、そのわからんところ嫌いじゃないぞ嬢ちゃん!フン!!」


「お生憎さま、私の身の上に大罪人はちと重すぎる」


 ガマ爺が全身に力を入れると同時に、ミリアは巻き添えを避けるべく全力疾走する。

 ガマ爺の大きな図体が、さらに一回り大きくなり床が沈む。同時に散開していた3人が同時にガマ爺へ襲い掛か…ーると同時に、3人の視界を一瞬オノが通り過ぎ、首から上が無くなった。


「ガマ爺!?」


「ぶっ放せと言ったのは嬢ちゃんだ!今更後に引けると思うなよ!初めに言ったはずだぞ、殺るか殺られるかだとな!」


「なにしてるのミリア来るよ、上だ!」


 にゃん公に言われ半分反射的に短剣を上で構えると、上からレイピアによる鋭い突きが降ってくる。

 そして空いた懐に鋭い刃物の影が走る。


「――――ッ!」


 ミリアは両手で構えていた短剣を咄嗟にそのまま下ガクンとに引き下げる。

 そしてミリアの懐へ入り込むはずだったナイフは、レイピア使い―ベイルの右腕を切り落とす。


「ベッ、ベイル!!」


「グッああああああああああああああ腕がああああああああ!」


 利き腕をレイピアもろとも切り落とされたベイルは、悲鳴を上げた後意識を失う。


「くっそ、フグラ援護……!」


 焦りと動揺で無我夢中になっていたフレミアは、動ける体なのが自分1人になっていたことに気が付いていなかった。

 かろうじて自分を含めて7人は息があるが、既に5人は死亡。うち3人は首から上を跡形もなく損失、一味のナンバー3だったベイルは利き腕を自身のナイフで切り落としてしまった。


「な…何をしてるんだアタシは………!?」


 フレミアは一言そう叫ぶと、後ずさりしてしまう。

 最初は押し込めるかと思った。じいさんはミリアを庇いながら動いていたが、なんとしてもその姿勢を崩そうとしなかったので引きはがそうと決めたのだ。が、剥がそうと決めた途端に庇うのをやめて、襲ってきた3人を一瞬で屠った。


「ち、違う。アタシのせいじゃない……!!」


ミリアが心配になってフレミアの方へ一歩近づくと、フレミアはビクついてまた後ずさりして独り言を言いだす。


「違う…違うんだ…アタシは何もしてない…!殺ったのはアタシじゃない!」


「フ…フレミア…さん?大丈」


「アタシに近づくなああああああああああ!!!!」


 そう叫ぶと、そのまま泣き崩れてしまった。


 分かってはいた。ハンター一味を名乗るからには、狩られる覚悟もあったはずだったのだ。しかし彼女は、今まで一度も仲間を失ったことはなかった。

 一味発足から10年。全員5体満足でやってきてしまったが故、失うモノの恐ろしさを全く体験してこなかったが故に。一度に失ったものの重みと、ミリアに対する心の迷い。一味の統領としての重責。

 ―そのすべてに耐えきれなくなって、フレミアは崩れ落ちてしまった。


「フレミアさん…」


「そっとしといてやれ。自業自得と言ってしまえばそれで終いだがな、ワシにそれを言う権利はない。勿論、嬢ちゃんにもだ。この女は今、心ん中で色んなモンと戦っとる。ワシらはとっとと先に向かうぞ」


「で、でも」


「ここに来て優柔不断は感心しないぞ、嬢ちゃん。それに、まだ首を諦めてないのなら自ずと追ってくるだろうよ」


「おじさんの言う通りだよーミリア。ボクらにはここを出るっていう目的がある、そのチャンスをみすみす逃すつもりかい?」


 ミリアは少し間をおいてから、泣き崩れているフレミアを見て言う。


「また、必ず会いましょう」


 にゃん公を魔力回復のためにペンダントの中へ戻すと、ポーチにしまっていた地図を取り出し、地上への階段へ向けて走り出す。


 ―今はとにかく外へ―!



 *****


「陛下、定時報告にあがりました」

 衛兵は王座の間に入り、ミリアが地下へ出発してから何度目かの定時報告をしに来ていた。


「…陛下?」


 王座にちょこんと座っているそれは、全く返事どころか、反応する気配もない。


「……失礼します」


 不信に思い、王座へ駆け寄る衛兵。そこに座っていたリムーダ王であるはずのものの肩に触れると、かかっていた長いマントがずれ落ちる。


「これは、どういうことだ!陛下はいずこに!?」


 座っていたその〝ハリボテ〟を放り投げ、衛兵は急いで王座の間を出る。


「一体、何が起ころうとしているんだ…!マーレン団長殿にも、報告を!!」


 衛兵は無我夢中で城中を走り回る―そして目にするのであった。

 

 ―燃え盛る故郷のありさまを。



 *****


 3層の食糧庫で休息を済ませたミリア達は、地上へ出た後のことを話し合っていた。


「この上は港のすぐ近く。人気の少ない森に繋がってるそうなんだけど、ガマ爺はどうするの?」


「シュケケケケッ。ワシは今さらどこへ行こうと一緒だしな!確か上の港っちゅーのはスラトーパ港だろう?その森はかなりデカくてな、身を隠すのにはもってこいなんで、しばらくはその辺に隠居でもするさ」


「あら、らしくないね。もっと血の気が盛んなものかと思ってたのに」


「バカいえ!今は警備が厳重だからなァ。ワシとて、無謀な厄介ごと起こしに行くほど、考えなしではないぞ。何せこっちは独りだからなあ!シュケケケ」


「じゃ、ここを出たら解散だね。―何もなければ」


 そう、何もなければ地上へ出た後は、東の大国へ向けて船で移動する手筈になっている。しかし黙ってそうさせてくれないのは、何となくだがわかってはいた。


「最後の最後で船が出ないというのだけは勘弁してくれよ…!」


 切に願いながら、ミリアは待ち受けていた階段に足をつけるのだった。




    11

 一歩。また一歩。と着実に慎重に階段を登り切り、頭上の蓋代わりになっている石碑を2人がかりで横にずらす。

 丸1日と半日ぶりに外へ出たミリアは、まず思いっ切り伸びと深呼吸にいそしんだ。


「あー…空気が美味い」


「ああ!やっぱりシャバの空気はサイコーだな!こうして外に出るのはいつぶりか、シュケケケケ!!」


「そういえばガマ爺って、どのんくらいあの地下牢に?」


「シュケケケ!そんなつまらんことはもう覚えとらんわ!それより、こんなところで突っ立ってるのもマズかろうて。ワシはこの辺で失礼するぞ」


 出てきたところは、石碑を中心にして半円形の広場になっていた。先には細い小道がひとつあるだけで、石碑の裏は岸壁。今のところ人影らしきものは確認できなかった。


「ん。ああ、それもそうだね。ここまでありがとう、助かった」


「シュケケケケ、もう遠慮の顔は見えねえな。結構結構!んじゃあ達者でな!」


 そう言って、ガマ爺は森の中へ消えていった。


「さて…私は港に向かうか。にゃん公おきろー、外出たぞ」


 言いながら軽くペンダントを小突く。


「ふあーあミリアまだ眠いよー」


「一番寝てるやつが何言ってんだ、抜ければ港だ。行くぞー」


「ちえー……ん?」


 ガサガサと、一瞬だけ物音がしたのをにゃん公は聞き逃さなかった。


「どうした、にゃん公」


「今、あっちから何か音がした気がしたんだけどー」


 にゃん公が指さしたのはガマ爺が消えていった方とは真逆から、徐々に影のようなものが見え…―ミリアにとってはかなり馴染みのある人影となって現れた。

 違うところといえば、ドラゴンとの戦闘で折れてしまった片手剣の代わりに、大剣を担いでいるくらいだ。


「マーレン…さん…?」


 ―しかし彼は、重症を負って寝込んでいたはずだ。それも、1日2日で動けるようなものではない―つまり彼はかなり無理をしているということだ。


「マーレンさん!?どうして!まだ動ける体じゃ」


「ミリア…」


「逃げろミリア…!このままじゃオレはッ……クソ、意識が」


 マーレンの体から赤いオーラのようなものが溢れ出てくる。

 すると、マーレンは顔をガクンとおろして一瞬だけ動きを止める。しかしすぐに顔を上げたマーレンは、瞳が赤く光っており心ここにあらずといった顔になっていた。


「この魔力は!まずいよミリア!!」


 何かを知っているらしきにゃん公は身震いをしてミリアの首筋に隠れるような行動をとる。


「な、何か知ってるのかにゃん公!?」


「我、創造神の名において、世に仇成す輩に制裁を下す」


 マーレンがそう呟き背中の大剣を抜くと、まるでその言葉に反応したかのように晴れていた空が曇り、雨が降りだす。


「間違いないね…これは〝神意の衣〟だよ。下界の生物を神の尖兵に仕立てる、緊急時にしか使っちゃいけない軽い禁術みたいなものだよ!。ボクが勝手に天罰使ったの、バレたせいかも」


「あれ使っちゃいけないようなモノなの!?」


「天罰自体はたまに使われるよ。ただ神さまの力だから、本当はボクみたいな1精霊が気易く使っていいようなものじゃないんだ。ここに来て干渉してくるなんて、それくらいしか理由が見当たらないよ」


「じゃあなんでそんなん使ったのさ!」


「ほかに切り抜けるワザがなかったんだってー!ほら、来るよミリア!」


 マーレンが引きずっていた大剣を、ミリアめがけて大きく振る。


「うおッ!マーレンさん!今そんなに動いたら!!」


 ぐるんと一振りして剣が戻ってくると同時に、マーレンの脇腹から血がにじみ出る。


「あちらの神さまも随分強行してきたねー!、こんなの本来なら絶対許されない行為だよー」


「のん気に言ってる場合じゃないだろ!解除する方法はないのか!!」


 そう言っているうちに、マーレンはもう一度大剣を振る。

 ミリアが横に避けると、マーレンは両手で握っていた大剣の柄から片手を放し、胸元で十字を切った。


「嗚呼、我らが全能の神ゼウスよ 我が祈り届き足れば 神の天罰が下らん」


「効力自体は短いはず…―ッ!ミリア!!来るよ!!!」


「な、なにが!?」


 ―ピッシャアアアア!!


 少し遅れた轟音と共に、ミリアにめがけて雷が落ちる。

 そのまま空が晴れる同時に、マーレンの腰全方位から血が滴る。ドラゴン戦での傷が開き、倒れたところでマーレンは自我が戻った。


「うぐッ…ミリ…ア…オレは――ッ!!」


 思うように動かないマーレンが必死に顔を上げてみると、そこには真っ黒焦げになったミリアの姿があった。


「動かないでオッサン!今は自分のことだけ考えといた方がいい!!」


「そ、その声は…にゃん公殿!しかし…」


「真っ黒だけど、不思議とまだ死んじゃいないみたいだよー、ボクがまだ生きてるからね…!」


 にゃん公は必死にマーレンの傷口へ治癒魔法をかけ続ける。

 徐々に徐々に血は止まってくるが、ミリアは指一本動く気配がない中、2人の上空に巨大な怪我が現れた。


「こんな時に…しかもあれは…!」


「あのドラゴンは、まさか―――!」


 バサバサと大きな羽根をバタつかせて着陸したソレは、首の中心に大穴が空いたドラゴンだった。

 木々をつぶしながら着地したドラゴンは、ギラリと黒焦げになったミリアへ視線を向けると、その大きな口を開ける。

 そのドラゴンもまた、その蒼い体全体から赤いオーラを洩れさせていた。


「こいつも…自我を…?痛ッ」


 動こうとしたマーレンの傷口に、見えない拳が当たる。


「オッサンはじっとしてて。これはボクとミリアの問題だよ、死にたくなければ動かないことだね」


「ドラゴンさーん!君のエサはこっちだよーい!!」


 少し離れてからそう叫ぶにゃん公だが、ドラゴンはチラ見しただけで再びミリアの方へ振り返ってしまう。


「くっそーこんな愛らしい精霊様を無視するとは…ドラゴンのクセに生意気な―と、こんなのん気にしてる場合じゃないんだよ…ね!!」


 にゃん公は意識と目つきを切り替えて魔力を攻撃方面へ集中させると、青色の雷のようなオーラをまとい始める。


「その子はボクの大事な主だ。仇成すのなら容赦しないよ」


 にゃん公は左前足を突き出すと、ドラゴンの背中へ向かって一筋雷が走る。


「―――ッアアァ…」


 声にならない音を出しながら、ドラゴンがにゃん公の方へ振り返ると、大きな口を開けて炎を吐き出した。

 スイスイと避けながら、1発。また1発と確実に当てていくにゃん公だが、神意の衣を纏ったウロコはびくともしない。そして、避けて後ろへそれた炎は、着実に森を焼いていく。

 一発、また一発。そして一本、また一本。攻撃を与えながらもどんどんと火は木から木へと燃え移っていた。


「キリがないねーもう!このままじゃボクの魔力がもたないか……しまっ!」


 少し気を抜いた所に、ドラゴンの大口がにゃん公を飲み込もうとしていた。

 ―ところに、ガン!と、ドラゴンのウロコが金属をはじく音がする。


「やれやれなんだ!さっき別れたと思ったらなぜこんなことになっとる!シュケケケ、まあ面白そうだがなあ!」


 現れたのは、別れたばかりのガマ爺だった。


「あ…あれは、ガマルデル死刑囚!?」


「おじさん!無謀だよ!離れて!」


「離れろっつうても森は焼けとる!外へ出ればほかのやつらに命狙われとんだ!どうしようと変わらねえよ!!」


 そのままがぶっとにゃん公を飲み込むドラゴンは、尻尾でガマ爺を弾く。

 しかしにゃん公は、中に入ったことをいいことに比較的脆い中から一撃を加える。

 鈍い光と共に穴より少し上の所が爆発し、直後ににゃん公が穴から脱出してくる。

 ガマ爺は森の中へ飛ばされるが、さすがのタフさで意識は残っていた。


「シュッケッケ、やるなあ…今ので骨いくつかやっちまったぜ。殺し合いはこうでないとなあ!!」


 叫びと共に、右手でオノを一振りすると、周辺の木が一掃される。


「オラ来いドラゴンさんよお!思いっ切り殺りあおうぜ…!!」


 折れた左腕をぶらつかせて、右手のオノにすべての集中力を終結させて突進していくガマ爺。


「おじさん!流石に無理だ!!」


 振り下ろされた大きなオノは、ドラゴンの皮膚に深さ1㎝程度の傷を残すが、ドラゴンの大きな3本指の足で、ガマ爺は再び薙ぎ払われる。

 降り飛ばされたガマ爺は、バキボキボキと骨の粉砕する音と共に、岸壁にめり込む。


「シュケ…ケ…強ェなあ…ドラゴンさんはあ…指一本、動かねえや」


 必死に声を出すガマ爺に、ドラゴンは最後の一発とばかりに炎を吹く。

 死に際かと思い目をつむるガマ爺だが、炎のブレスが当たる直前で、目の前に黒い影が現れる。


「お前か。ガマ爺をこんなにしたのは…お前か。この森を焼いたのは…お前だな!!私の恩人に傷を負わせたのは!!」


 雄たけびと共に炎がかき消される。


「嬢…ちゃん、なぜだ…とても、動けるような体、じゃあ」


「ミリア、無事だったのか…!?」


 驚くガマ爺とマーレンに対し、ミリアは平成沈着に返す。


「私にもわからない。ただなんだか、力が溢れてくる」


 そう言って左手に拳を作るミリアの体からは、ドス黒い、瘴気のようなオーラがにじみ出てきていた。


「ミリア、その力は…!?グッ‥あ…気持ち、悪い…」


 弱くそう言うと、にゃん公は力尽きてペンダントの中へ戻ってしまう。


「アッーーーアアアーーーーーッ!」


 かすれた音を立てて、赤いオーラをさらに強くするドラゴンは、ミリアに大きな口を開けて突進してくる。


「……フン」


 突進してきたドラゴンがさあ飲み込まんと口の中にミリアの体がすっぽりかぶさったところに、ミリアは左手をかざし、一言呪文を告げる」


「…零黒尖雷」


 にゃん公が中から攻撃したときよりも明らかに大きな黒い光が、燃え盛る森の中に広がった。

 同時にドラゴンから赤いオーラが消え、萌える木々をへし折りながら横転する。


「あっけないな。あのドラゴンが、こんなもんだなんて」


「ギャオオオアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 ミリアの一言に反応したかのように、ない喉を振り絞って、ドラゴンは咆哮を轟かせた。そして、そのままぐったりと動かなくなる。


「やった…のか?」


「…だと、いいな」


 マーレンとガマ爺が力なくつぶやくと、黒い瘴気を落ち着かせたミリアが、安心して気を失ったガマ爺の方へ近寄って言う。


「その言い方はフラグじみてるけど、多分やったはずです。2人とも無理しすぎですよ!」


「ははは、今ばかりは、ミリアには言われたくないセリフだ」


 ミリアが落ち着いたところで、にゃん公もペンダントから姿を現してくる。が、その表情はかなり怒っていた。


「ミリア!今の力は二度と使わないで!!詳しいことを言ってる暇はないけど、いい!?」


「え…私も無意識だったんだけど……まあ、気を付けるよ。それよりも急ごう!もうだいぶ燃えてきてる!港は!!」


「あっちだ、オレはかろうじて歩ける、ミリアはその男を」


 マーレンがそう言うとミリアがガマ爺を担ぎ、にゃん公が回復術をかけ、かろうじて火の周りが遅い道をまっすぐと進んでいく。


「ミリア…オレは、その」


「謝らないでくださいよ!仕方のないことですから、今は自分の身のことを考えてください」


「ああ…すまない。いや、ありがとう」


 4人は、すこし時間をかけながらもなんとか森から離れ、スラトーパ港へたどり着く

 ―が、そこでも絶望が降り注ぐ。


「な、なんだよ……これ」


「むごい…」


「まるでぐるっと戻ってきたような光景だねー…」


 ―3人が目にしたのは、炎に包まれた港の姿だった。


「ミリア、上を見てみろ!!」


「なッ…!?」


 見上げた先には、多種多様、無数のドラゴンが空を舞い炎をまき散らしている。


「まさか、さっきの咆哮に寄せられて…!?」


「それよりもどうするー?このままじゃあ、港から脱出するのは不可能だよ」


 3人がどうしようもなく立ち止まっていたところに、ボロボロの衛兵が遠くから走り寄ってくる。


「き、貴様は!どうしたのだ、そんなボロボロになって!」


「団長のほうがよほどボロボロのようなのですが…いえ、そんなことよりマーレン団長!!大変です!王都が!!!」


「何!?王都がどうしたというのだ!!」


 王都という言葉を耳にして、まさかと冷や汗が溢れ出てくるマーレン。


「王都が!!王都までもが火の海に!!」


「王都ラーグスまで…!?」


「まさか…!国内各町の魔法騎士団支部に連絡は!」


 重々しい顔で俯く衛兵は、そのまま首を横に振って続ける。


「ダメです…どの伝令も機能していません。ここに来る途中、高台に登って一度見渡しましたが、隣町もすでに」


 最悪の事態が全員の頭をよぎる。


「!そうだ!陛下は!?リムーダ国王陛下は如何なされた!?」


 思い出したような顔をして衛兵の肩をがっついて問いかけるマーレン。


「そ、それが…定時報告に入った時には、すでに王座の間からは退避されている様子でした」


「そうか…ならいい。船の準備は」


「はっ!対岸にいくつか用意されています。王都では憲兵団が既に住民の避難を済ませ、近隣の町へ手配している段階です」


「わかった、そちらは憲兵団に任せよう。我々はスラトーパ港近隣に生き残っている人がいないか散索!ミリアもすまないが手伝ってくれないか。ガマルデルを船へ運んでからでいい」


「最初からそのつもりですよ!急ぎましょう」


「ハハハ、君はこの数日でえらく頼もしくなった気がするな。よし、各自行動開始だ!」


 恐らく事が起こってからまだ数時間。憲兵の働きに感謝しつつ、マーレンは現場の指揮をとる。

 唯一船の場所を知る衛兵は、ミリアの方へ駆け寄ると、ガマ爺の肩を担いで言う。


「私はまだ他へ伝令に回らねばなりません故、船まで案内します」


「は、はい!」


 3人を見送ったマーレンは、急ぎ港へ走り出した。

「誰か…!誰か無事でいてくれッ!」



 *****


「ダーケスドルトにおった竜…あやつはこの国に伝わる中でも随一大きなドラゴンだったはずじゃ。奴らはより大きな個体に服従し、咆哮に準じて行動をなす。あのドラゴンたちは、人間に殺されたボスの仇に、我が国の人間が集まる地すべてを焼き尽くすつもりなのじゃろう………これは、ワシのせいなんじゃろうな」


 甲板から燃え盛る祖国を遠めに見るリムーダ王は、ため息をついてそう呟く。


「あの娘を初見で侮ったワシが馬鹿だったのじゃ…。あの時即処刑しておけば、こんな事にはならなかったのじゃろう…あの時の!いっときの心の迷いのせいで!」


 彼女に出会ってからすべてのことに後悔をし、手すりに拳を殴りつけるリムーダ王。

 消えていく祖国をいつまでも眺め続けながら、彼は叫ぶ。


「許さんぞ…!ミリア・エレンハート!!おぬしはこのワシが必ず……!そして、祖国を取り戻すのじゃ…救いは訪れる…必ず!!」


 そのためになら何でもしよう。

 たとえ一時王としての名声を地の底に貶めても、祖国を復興するためならば。そう誓いを固め、信徒リムーダは東へ渡る。


 ―全ては神の思召すままに



 *****


 スラトーパ港は、森の炎も相まって地獄と形容するほどにひどい有様となっていた。

 所々に人の部位のような形をしたものが見てとれた。ミリアは吐きそうになるのを抑えながら、燃える港周辺を走り回っていた。


「マーレンさん!こっちは誰も!」


「ああ!ありがとう!……ということは」


 全滅か、もしくは既に避難したあとか。どうか後者であってほしいと願いながら、マーレンは次の行動を起こす。


「ミリア!ここまでにして、ひとまず船へ急ごう!案内してくれ!!行先は東の大国だったな?」


「はい!こっちです!!」


 2人は黒くなった頬を拭きながら、船に向かって走っていく。


「もうかなり火が回ってます!このペースだとギリ…!マーレンさん後ろ!」


「なッ―――!?」


 2人の上空背後から、だんだんと影が近づいてくる。次第にドラゴンの形を帯びてくるそれは、ある程度近づいたところで火を噴いて去っていく。


「にゃん公防御!間に合うか!?」


「ギリギリー!」


 寸でのところでにゃん公を呼び出し、バリアを展開する。


「ミリア!船はまだか!!」


「もう少しです!ほら、あそこ!!」


 ミリアは少し上を指さすと、赤い影を落とす木々の間に、船のマストのような影が見える。


「本当にギリギリだな…!ミリア、もっとスピードだせるか?」


 こういうときに体力のない体というのは多少なりとも不憫に思ってしまう。

 前世では、スポーツジムに通っていたためそれなりに体は作っていたのだが、こちらの世界での私の体は華奢な少女だ。

 ガッチリ体を鍛えているマーレンに、体力はもちろん身体能力の何もかもが劣っているミリアはこのような局面において足を引っ張ることになってしまていた。


「ちょっと…きついかもしれないです!」


 息切れしながら走る中、必死にマーレンにそう叫ぶと、マーレンは少し引きつったような、微笑のようにも見える横顔を見せ応える。


「了解した!少し揺れるが踏ん張れよ!!」


 そう言うと、マーレンは片手を背後にいるミリアへ向けて構える。


「へッ!?マーレンさん!?うわああああ」


 マーレンの手が光ると同時に、ミリアの体に風がぐるぐると集まっていき、体を浮かせる。

 片手をきしませながらも、力を込めて振りかぶる。


「片手だと流石に負担が大きい…!雑ですまんな!今はこれくらいしかしてやれん!!ウゥオオぉおおおおおお飛べええええええええええ!!」


 雄たけびと共に大きく振りかぶった手を船の方へ振りかえす。

 風に包まれたミリアは、その大ぶりな魔法によって船のある方へ一直線に飛んでいくのだった。


「ちょっ…マーレンさああああん!!」


「オレも急いで行く!!ガマルデルの看病でもしてやっててくれ!!」


 無理に魔法を使い、動かなくなった片手をぶら下げるマーレンは、そう言いながら背中の大剣を投げ捨てて、船へとひた走る。



 *****


《……間に合わなかったか》


 創造神ゼウスはひどく項垂れていた。スタシウスがおいていった水晶玉をのぞき込みながら、ドラゴンの群れが飛び交い、滅びゆく一国の姿をただただ眺めている。


《ミリア・エレンハート…絶対に、絶対にあやつだけは止めなくてはならない。全ては我々が機械なんぞに頼った結果だ…!40年前。行方をくらましたあの〝魔王〟の魂が、不完全な転生システムによってそのまま生まれ変わってしまったことが……!!》


《ゼウス様、それ以上は》


 口にするのは無能をさらけ出すようなもの。2人だけとはいえ、創造主の無能を気持ちよく聞けるほど自分もできてはいないと、スタシウスは止めに入る。


《こうでもしておらんと気が気でいられぬのだ…。16年前、おぬしもそうであっただろう。偶然当時の転生システムが〝魔王の種子〟を識別せねば、今も放置されておったかもしれん》


 スタシウスは、16年前ミリアの魂が、システムエラーによって〝一時浄化処理〟を受けたときのことを思い出していた。


《あの時…一時的な処置をシステムがしてしまった…魂情報のバックアップがされてしまったがゆえに、本当に探すのには苦労しました。アレの有効期間は確か5年~20年と幅広いものですから、魂の上書きがされた時期がもっと早ければ、処理もできたのですが…》


 本当に、5歳児であったらどれほど楽だったか。

 ゼウスは、着々と育ち、芽吹こうとしている種を恐怖していた。


《魔王の種子…40年前とはいえ、すでにその頃には、システムの浄化能力は我々とほぼ同等であったはずだ。そのシステムが浄化しきれなかった力の種…始めの転生は比較的争いの少ない、平和な地であったが故、種が育つこともなかったのだろうな。しかし、先ほどの戦闘は…》


《ええ、一瞬ですが、ドラゴンとの戦で確認されました》


 確実に1段階踏んでしまったのだ。

 一刻も早く。種が育ち切り、その記憶―使い方が解れば全ての世界に危険が及ぶ。魔王とは世界の均衡を無意識に乱し、最終的に滅ぼす源泉。


《これ以上種を育てるわけにはいかん…。次だ、次にヤツが向かおうとしている場所に、一刻も早く啓示を授けるのだ!》


《承知致しました!では、失礼いたします》


 スタシウスが足早に部屋を後にした後、ゼウスは再び項垂れる。


《1秒でも早く始末しなければならない。…しかし、次にあやつが向かおうとしている場所…そこではおそらく無理なのだろうな……なぜならその世の東の大国というのは―》



 *****


   ―ウェスタガレア王国大火災から4日後


 何とか船を出すことに成功し、ミリア達は東の大国へ向けて海を走っていた。


「お、あれがそうなんじゃないのかあ嬢ちゃん」


「私に聞かれてもわかんないし……どうです?マーレンさん」


 ガマ爺にツッコミを入れつつマーレンにそう聞くと、彼は手早く航海図と現在位置を照らし合わせ、2人に向かう。


「ああ、あそこが東の大国だ。ガマルデルは、オレと来てもらうからな」


 それを聞き、顔を真っ青にしてミリアの影に隠れるガマ爺


「勘弁してくれえい!もうワシゃあんな暗くてつまらん牢獄はこりごりだ!!」


「ガマ爺、罪はちゃんと償わないとダメだよ」


「シュッケッケッケ!!嬢ちゃんは手厳しいのう…わかっとるわい、行くだけはいっちゃる。逃げるかもしれんがな?」


 最後の一言に対し機敏に反応したマーレンが、舵を切りながらガマ爺の額に風のデコピンを与えてドヤ顔気味に言う。


「逃がさないぞ絶対に。ウェスタガレアでお前を捕まえたのはオレの部隊だ、忘れたとは言わせん」


「冗談だ!聞かんかい真面目男め!シュケケケケケケ!!」


「ほんとだよね!まじめすぎるのはモテないぞおっさーん!ボクのこと見えないくせに!」


 ガマ爺に便乗してにゃん公が参戦する。


「にゃん公殿!?それは関係ないでしょう!それより着いたぞ。碇を下ろすの手伝ってくれ!」


 3人は慣れない手つきで碇を下ろし、踏みなれない大地を踏みしめんとする。


「しかし…港だというのに誰もいないな。一応、手続きは済ませてあるはずなのだが…これは」


 マーレンとガマ爺が港へ足をつくまでは人気は全く感じられなかった。

 が、続いてミリアが船を下りたとたん、どこから湧いてきたのかというほどの人数がミリア達の船の前へ集結し――整列した。


「お待ちしておりました!ミリア・エレンハート女帝陛下!!」



 ウェスタガレア王国の滅亡を転機に、元一介のサラリーマンであった彼女―ミリア・エレンハートは、自身が孕んだ魔王の種子を着実に育てていく。そして自身の16年間の失った記憶、前世の記憶を受け継いだ意味を求め、天界の神々をも巻き込んだ戦火の渦へと、無意識に飛び込んでいくこととなる。


 これは、彼女が足掻く物語。

 世界の不条理と、残酷な神を前に―無謀に足掻く、1人の少女の物語。


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2017/08/24 23:52 退会済み
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