プロローグ
その日、風邪を引いて家で寝込んでいた彼は、外の騒がしさに目を覚ました。車通りのあまり多くない住宅街なので、こうして家の中まで外の声が入ってくるなど珍しい。よほどの事が起こっているのかもしれない。
事故か、火事か、それらの野次馬か何かだと先ず思った。否、それ以外には思い付かなかった。人が集まる理由など、他には知らなかったから。
ベッドから起き上がり、道路に面した窓へと近付き、外を眺めた。下を見れば、近所中の人がいるのではないかと思えるような人々で道路は埋め尽くされていた。人々の視線を追ってみれば、皆、空を見上げている。彼も同じように空を見上げてみた。
目に映ったのは、赤黒い空。夕陽とは違う赤さ。それはまるで血のような赤。黒い靄のようなものが人や草花から出、ある一点へ向かっているのが分かった。姉の通っている中学校のある方向だ。何が起こっているのか頭は理解できず、ただ呆然とその方向を見ていると、突如、空に向かって黄色と紅の二つの光が昇っていくのが見えた。光は絡み合いながら黒い空を突き抜け、赤い空を覆い尽くすように大量の流星群が降り始めた。空が全て天の川になったような、眩い光に覆われた空に彼は思わず窓を開けて身を乗り出し、食い入るように見入った。
魅了され、圧倒されるような流星。
空を見上げていると、ふと、降りてくる一つの光に気が付いた。雨とも見紛うそれは確かに光だ。降りてくる度に色を変える不思議な光。黄色、紅、藍色の三色に見える、優しく強い光。
手を伸ばし、手のひらで受け止めてみた。
その光を皮切りとしたかのように、見上げた空から沢山の光が、流星群から零れ落ちるように雪のように降り始めた。ゆっくりと世界を光で満たすように様々な色の光が舞い降りる、幻想的な光景。
誰もがその光景に見入っている遠くで、正午を報せる時計塔の鐘が鳴り響いていた。