1 美女
シャルの朝は早い。
と言いたいが前日に事件に久々の風呂で内心とは裏腹に体は疲れていたようだ。
目を覚ました頃はエリオットとアーロンは学校に出ていた。
机にある書き置きの手紙はエリオットからのものだった。
内容というのも貴族に気をつけろという念を押す文が7割、無茶はしないことという忠告が3割。
バロンが初めて店に来た日から前より周りへの警戒度が上がった気がしてならない。
そしてその置き手紙はシャルの手で開けられたものではなかった。
不法侵入も厭わない公爵、バロンだった。
「あの駄犬、本当に駄犬だな」
(いや、なんでいるんだ)
シャルは眠気から覚醒した目を半眼にさせて堂々と居座るバロンを見た。
確かに寝過ごしたシャルが悪いのだがこうも悪そびれずに居座られると居心地が悪い。
体を濡らした布で拭き、服に着替えていて良かったとシャルは心底思う。
「なんだ、その間抜け面は」
「いえ、驚いたもので」
「まあ、良い。それで今回はどんな段取りだ?」
今回。まるで今日行うこと案件を分かっているような言い方だ。
いや、わかっているのだろう。言わずともわかる。アーロンがペラペラと話したのだろう。
もう考えるだけ無駄だと判断したシャルは椅子に座る。
「段取り、ですか…大方決まってはいるんですけど」
「なんだ、その含みのある言い方は」
「いえ、今回は執念深く慎重な方を捕らえる予定ですので多少の犠牲は伴うかと」
「犠牲?」
「はい、犠牲にございます」
顔が国宝級のバロンを見てシャルは獲物を見定める獣のようににんまりと笑った。
その笑にバロンが顔を引き攣らせたのは言うまでもない。
◆◆◆
「聞いてないぞ」
「ええ、犠牲としか言ってませんから」
娼館の裏口から危ないものを運ぶように布を被せられ、連れて来られたバロンは目の前にある道具一式に眉を寄せた。
反対に淡々とした顔をしているシャルの隣ではエレーナとファニーがバロンの顔に視線で穴が空いてしまうのではないか、というほど見ている。
だがそれはバロンの美形に惚れ惚れする様子はなく、先ほどのシャルと同様で何かを見定めている。
「女装するなんて聞いてないぞ!」
「ある意味お相子です、バロン様」
「お前のは違うだろ!」
「見れば一緒です」
契約上、バロンはシャルの助手という立ち位置なので逆らえはしない。
だが後に返されそうな仕打ちを考えると怖い。
(お互い、なれないことはしないことってか)
口を尖らすバロン。
それを見ていたエレーナとファニーが苦笑した。
そしてファニーがシャルに近づき、小さく耳打ちをする。
「噂の公爵様は随分とシャルのことをお気に召しているみたいね」
「…そうなのでしょうか?」
シャルもバロンに聞こえない程度に声を潜める。
「それから公爵様は外に出さないほうがいいわ。他の娼婦が卒倒しちゃうから。生憎、私とエレーナさんの好みではないからは良かったけど」
「それはそれは、お気には召しませんでしたか」
「そうね。エレーナさんは年下好きだから可愛い感じの子を連れてきてちょうだい」
「はあ…」
エレーナの方を見ると微妙そうな顔をしている。ファニーの言う通り、俺様はお気に召さなかったようだ。
はて可愛い感じの男性とは。シャルは首を傾げて考える。
騎士団長のシアンだろうか。だが娼館に騎士団長様を誘うともなれば良くないだろう。しかもバロンの幼馴染みともなれば、だ。
(善処させてもらおう)
シャルはそう決意し、バロンに向き直る。
「何故女装しなければならない」
「ここにバロン様がいるともなれば犯人は来れないでしょうから」
「じゃあ、俺を連れてこなければいいだろう」
(そんなことしたら拗ねるくせに)
シャルは半眼でバロンを見た。
まあ、そんなことは言えないのでそれなりの理由を並べる。
「ここで娼婦が毒殺されたことはご存知ですか?」
「いや、それは初耳だ」
「こちらのエレーナさんを狙った犯行なのですが手違いでお付の者が亡くなりました。毒殺に関しては今回が初めてではありません。今までにも狙われているようです」
「……妙だな。それ相応の理由がありそうだな」
「それは明らかにはなってません。ですが今回で分かるかと」
シャルは横目でエレーナを見た。
喜ばしいことなのにエレーナの顔は曇っている。
不安なのか、それともーー。
(まあ、それを知るのは私の役目じゃないけども)
「まあ、それなら致し方ない、か」
「…腹をくくってください、バロン様」
「分かっている…ここには他に誰も来ないな?」
「私は途中で抜けるけど、ここはファニーとシャルちゃんしか通さないように言っているから安心してくださいな」
そう、エレーナは死体役になるため隣の部屋に移動するのだ。
そしてシャル達は隣の部屋で潜み、捕らえるという作戦だ。
もちろん、シャル達だけでは力不足なので違う別室に怖いお兄様方にも待機してもらっている。
「では化粧をしますね」
そしてシャルはバロンの前髪を結わえる。
他人に触られることになれていないのか、バロンはそわそわしている。
シャルは箱に入っているおしろいを取り出し、バロンの美しい顔に塗っていく。
肌はきめ細かく、男にしては少し白い。美に関して無頓着なシャルが羨ましいと思うほどにだ。
なのでおしろいを塗る量は少しにしている。
やはり金のある娼館だ。化粧道具もかなり揃っており、おしろいは水銀が含まれていないものだ。
最近のことだが、妃や娼館で愛用されていた水銀が含まれているおしろいは禁止されたのだ。
より美しくなるために女達は命を蝕むおしろいを塗りたくり、次々と死んでいくという事件が多発していたのだ。
国王はそれを危機として考え、使用を禁止したのだ。
前より少し高値で売られているが水銀が含まれていないおしろいが売られている。
値上げしたせいか、安く裏で売られているおしろいを使っている者も少なくはない。
妃はともかく、娼館は多々ある。
女は無限。いつかは朽ちる商品と考えている娼館なら尚更だ。
(美しさか、命か)
シャルはバロンの薄く整った唇に真紅の紅をひく。
だが、それがいけなかった。
シャル、ファニー、エレーナは氷漬けされたように固まる。
三人の頭の中は敗北感で埋め尽くされる。
時に東の国には国を傾かせたほどの美女がいたそうだ。
神は残酷だ。地に美を送り込み、人間を滅ぼそうとするのだから。
「…女として敗北、どころじゃないわよ」
ファニーが顔を今までにない以上に歪めている。
「そうね、戦争ものよ」
エレーナは顎に手を当て、うんうんと頷いている。
「雇われては? 繁盛しますよ」
もはや全てを諦めたようなシャルは光のない目でエレーナを見た。
するとエレーナはとんでもないと言わんばかりに顔が青ざめている。
それはエレーナの隣にいるファニーも一緒だ。
「そんなことしたら儲かるどころか、ここの娼館が木っ端微塵になるわ」
隣でファニーが必死に頷いている。
自分達の地位が危ないどころではないのだろう。




