4 市場
「絶対早う帰ってきてな!!絶対やで!?」
エリオットはシャルの手をしっかり掴む。
だが寝不足のシャルの耳にエリオットの願望は通り過ぎるだけであった。
レイチェルに勉強を教えて部屋に戻り、寝巻きに着替えてベットに入ったとこまでは良かった。
問題はそこからだった。どうもあの幽霊みたいなシスターが気になったシャルは中々、寝付けなかったのだ。考えれば考えるほど気になる。
そして寝不足を迎えた現在に至るのだ。
エリオットはそんなシャルの現状を知ってか知らずか涙を流していた。
無気力なシャルの後ろでレイチェルと御者が目を見開かせている。
「分かったから。子供達の前で泣くのはやめなさい」
「ありゃっ、ほんまや。泣いてたわ」
(無自覚なのか)
そろそろ姉離れをしてほしいところだが、どうやら気持ち以上に体がシャルと離れることを拒んでいるようだ。
15歳なのにこれでは示しがつかないじゃないか、と思いつつもシャルは泣いているエリオットを放って馬車に乗り込む。
シャルと共に行くレイチェルはあっさりとしているシャルと泣きながら手を振っているエリオットを交互に見て、オロオロするも馬車に乗り込んだ。
そして御者は2人が乗ったことを確認し、馬車を走らせ始めた。
「だ、大丈夫かな…?」
「何が?」
「エリオット君、その…イジメられないか…って」
「ああ、大丈夫だよ。今度は痺れ薬で終わらせないから」
「え、今度は…?」
シャルの言葉にレイチェルは目を見開かせ、顔を蒼くさせた。
しまったと言わんばかりにシャルは口元を抑えて流れる窓の外を見た。
(私もエリオットのことを言ってられないな…)
過保護を卒業せねば、と小さくあくびをした。
「ねえねえ、頼まれていたもの買い終わったら…」
「他のキャラバン巡り、でしょ?」
「ちゃんと覚えててね!」
(はいはい)
シャルは胸の奥で返事をして重たい瞼を閉じた。
◆◆◆
王都門前で賑わってる定期開催の市場に着いたのか、馬車がガコンと揺れて止まった。
その衝撃にシャルの体はイスから投げ出され、寝起き早々に床に頭をぶつけることになった。
すると扉が開き、御者が顔をひょっこりと覗かせた。
「着きましたぜ、シスターシャル、シスターレイチェル…ってシスターシャル、どうかなさりやした? 頭を抑えてますけど」
(この野郎)
悪態を少しつきそうになったがグッとシャルは堪え、愛想笑いを浮かべる。
「今度から安全運転でお願いします」
「いやあ、この衝撃を好む御方もいたりするものでしてねえ」
(そんな人いるのか)
シャルはこの衝撃を受けてもなお、寝ているレイチェルの体を揺さぶる。
起きたレイチェルはまだ眠たそうに目をこすりながらシャルに連れられて馬車を降りた。
だが、レイチェルの重たい瞼は降りた瞬間にめいっぱいに開かれることになった。
馬車を降りた目の前にはキャラバンや露店が王都の門へと続く一本道を囲むように賑わっていた。
東や南の国から来たキャラバンもあるのか珍しいものまで並んでいる。
知識欲の塊であるシャルを掻き立てるには充分だった。
「じゃあ、あっしは馬車の駐留所にいるんでよろしくお願いしやす」
シャルとレイチェルは御者に礼を言って頭を下げた。
「ねえ、レイチェル。私あの店行きたい」
「ダメっ! 頼まれたものを購入してからね」
「でも大荷物で歩き回るの、疲れるよ?」
「…………ちょっとだけだからね!」
と言いつつ、レイチェルは喜びを隠しきれないのか口元がにやけている。
どうやらまんざらでもないようだ。
(チョロイ)
ふとレイチェルが何か気がついたようにシャルに向き直り、ジロジロと舐めるようにシャルを見た。
「ねえ…本当に体に変なこと起きてないよね…?」
どうやら昨日のシャルが吸った粉のことを言っているのだろう。
「爆発とか…羽が生えるとか!」
「……今度はどんな処置をされたい?」
「ごめんなさい」
シャルははあ、とため息をついた。