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銀の弾丸とコンサルタント  作者: 瑠島 楓
王の隠し子編前
46/52

12 国王





顔の輪郭を変えるために奥歯に綿を詰めた。目の下には隈を少し作る。あまり化粧をしても王にバレてしまうので顔の偽装はこれくらいにまで留めておく。

そして長い髪は短髪の(かつら)で隠された。

コルセットで体が締め付けられ、挙句の果てに髪をまとめて鬘で隠しているために蒸れて仕方が無い。

気持ち悪いがエリオットにはかえられない。

シャルは鏡に映る見かけだけ男になった自分を見てため息をついた。



「男装した自分に惚れ惚れしてるの?」

「なわけあるか。さっさと仕事をして帰る」

「そうだね、宮殿に外部の人間を無断で入れたなんて即ギロチン台行きだしね」



そう、まさしく処刑だ。

吸血鬼騒動の頃に比べて警戒は緩くなっているがそれでもバレてしまえば終わりだ。

舞踏会が開催される1週間、シャルはここに通っていた訳では無い。

顔はあまりバレていないとは思うが念には念を、だ。

シャルとてまだ死にたくはない。

エリオットのために命を捨てることを惜しまないシャルだがそれなりに死には抵抗がある。



「で、段取りは?」

「実は今、僕はユニス妃の元で短期就職(アルバイト)していてね。ユニス妃は今日の舞踏会のために東洋から柘榴酒(ざくろしゅ)を取り寄せたみたいで」

「その柘榴酒を私が給仕として王に渡す。その一瞬で見て覚えろ、と?」

「そういうこと。隠し子が見つかったら特別料金で柘榴酒、取り寄せるからさ」

「…………いらない。これは私が知りたいからしてるだけ。それに本来これは他言無用な(くだん)だもの」

「随分と間があったのは触れないであげるよ」



シャルは酒が好きか嫌いかと言われれば好きな方に部類される。

それにそもそも柘榴はここらでは珍しい。露店で販売されてるものは身が小さかったりなどとあまりこの地での栽培は難しい。温暖な気候でないと育たないらしい。

故に気になる。かなり気になる。

知識欲がシャルを(そそのか)すがぐっと堪える。



「まあ、お酒のことはおいて。シャルは王の前で緊張して喋れない設定だから」

「…一言も?」

「うん。声が低いわけじゃないんだし、気持ち悪いでしょ? 成人した男が女の声って」



しょうがないよ、とノアはやれやれという態度をとった。

仕方がないとは言え、まるで馬鹿にされているように見えてシャルは眉を引きつらせた。



「じゃあ、そろそろ時間だし行くよ」



シャルは一度頬を叩き、顔を真顔に戻す。

一瞬と言えどこれから王に会いに行くのだから。



◆◆◆



カーテンを隔てて舞踏会が始まった。

バイオリンやピアノの音が場を華やかに彩る。

給仕やメイドが待機するカーテンの向こうから顔を覗かせ、舞踏会の様子を見る。シャルは苦い顔をして。

やはり香はかなり濃い。夫人達のつけてきた香が互いの個性を潰しあっている。故に生まれる匂いは鼻を洗いたくなるような酷い匂いだ。

そんな中でくるくると楽しそうに踊れるなんて大したものだ、と思いつつ、シャルはカーテンから離れた。


どうやらノアは準備を終わらせていて、何を考えているのか、にやにやとシャルを見ていた。

カーテンで鮮やかなシャンデリアの光を遮っているので薄暗い。そんな中で笑われると不気味の何者でもない。



「…なに?」

「いやぁ、あんなものに興味とかあるんだぁってね」

「無いわ。もう()()りよ」

「お? 体験したみたいな言い草だね?」



シャルはキッとノアを睨んだ。

睨まれたノアは怖い怖い、と追及してくるのはやめた。

舞踏会と言えばシャルにとって苦い思い出だ。勿論、理由はバロンだ。

以前、善の心で訪れたシャルをからかったのだ。バロンにとっては愉快だとしてもシャルにとっては屈辱でしかない。



(あんなことはもうごめんだ)



苦い思い出にシャルはため息をつき、盆に乗せている柘榴酒が入ったワイングラスを見た。

不協和音を奏でる香とは違い、甘く柔らかい香りがシャルの鼻腔をくすぐった。




国王は別室にいた。舞踏会といえど国王は長居はできない。いるとすならば序盤のみだ。時には夫人達の踊りを眺めていたりもするが。

それに舞踏会は見せかけの名目だったりする。

用意された貴賓室で日が登っている間で叶わぬ、恋もこの一夜でなら叶ったり。または白昼ではできぬ取引だったり。何にせよ、理由は様々だ。

それが善であろうと悪であろうとシャルには関係ないことだ。人の善し悪しの事情に首を突っ込まないと弁えている。



(なんかもう、これ悪運というより不運よね)



やはり神からの贈り物を返品することは不可能だったようだ。

だからこうしてシャルは自分の私利私欲という建前で国王の前に立つわけだ。

妙に長く感じた廊下を歩き、ついに目的の部屋へとやってきた。

ノアは目配せでシャルを見る。答えるようにシャルは小さく頷く。



「国王様、ユニス妃から贈り物をお持ち致しました」



ドアの向こうからは淡白に「入れ」という声が聞こえる。

だが、その声は国王のものではなかった。聞き覚えのある声だった。

シャルの本能が告げる、まずい、と。



「失礼致します」



入るノアに続いてシャルも入る。

入った瞬間、シャルの眉がピクッと小さく動く。勿論、目の前にいる人物に気づかれないように抑えたが動いてしまうものは動いてしまう。

そう、国王と向き合うように座っていたのがバロンだった。机には勝負中と思われるチェスが繰り広げられている。見る限り、バロンと国王はいい勝負をしているようだ。

そしてあの凛とした声もバロンだったのだろう。


シャルは何事も無かったかのように真顔に戻し、グラスから酒を零さぬよう一礼をした。



「おお、ユニスが言っていた柘榴酒か!」

「はい。今、そちらに」



ノアは横目でシャルを見た。持っていけという合図だ。

予想外のことでシャルは若干戸惑うが悟られぬように国王の前にグラスを置く。

赤い柘榴酒がグラスの中で小さくゆらゆら揺れる。

バロンのグラスにはノアが柘榴酒を注ぐ。

ノアなりのフォローだろう。

なんせ、バロンは先程から男装しているシャルを訝しい目で見ている。

これ以上、バロンに近づけば気づかれる可能性があるからだ。


そして目的である国王の顔をシャルは気づかれないように見る。

初めて国王の顔を見たがあまり変哲のない顔だ。

だが近くで見れば特徴は次々に見えてくる。

一つは耳だ。耳は人によって様々だ。国王場合は少し尖っているというべきだろう。エルフの耳ほどとは言わないが珍しいことには変わりはない。

二つ目は目だ。男にしては大きい丸い目だ。確か国王は今年で四十路(よそじ)前と聞いている。それでも少し若く見えるのはこの大きな目が原因かもしれない。美人でない女からすれば羨ましいの何者でもないだろう。



「美味だな。ユニスに明日の夜、直に礼をしに行くと申してくれ」

「かしこまりました」



こうも堂々と夜伽宣言とは、とシャルは真顔のまま国王を見た。

何も不思議なことではない。

だが一庶民からすれば複雑な心境にもなる。

そしてノアと共に部屋から出ようとした時だった。



「時に、そこの給仕は何故喋らぬのだ?」



目敏い。目敏すぎる。

何故こうもこの貴族は痛いところを突いてくるのだろうか。

シャルは背を向けたまま、固まった。

ここで振り返り、目を合わせれば声を出せと言われるのは分かっていたからだ。



「申し訳ありません、ロザリアナ様。この者は新米でして、国王様の手前、緊張して声が出ないのでございます」

「…下がっていいぞ」

「失礼致します」



バロンはシャル達に訝しい目で見送った。

内心、シャルの鼓動はひどく打ち鳴らしていた。

襟足で隠れていているが冷や汗が首を伝っている。

そして足早にその場からノアを置いて離れる。


するとノアがふうとため息を吐きながら急ぐシャルに追いついて、同じ歩調で歩く。



「いやあ、慣れないことをするもんじゃないね。ところで何でシャルは急いでいるの?」

「今すぐにここから逃げる。バロン様が来る前に」

「でもさすがに追ってくることはないでしょ」

「ある。あの人ならドューガルにでも調べさせる。尾行される前に逃げる」



シャルは部屋に入るなり、ノアを気にすることなく服を脱ぎ出す。

鬘を脱ぎ、持ってきていたずだ袋に無理やり押し込む。高級品ではあるが今は気にしてはられない。

奥歯に詰めていた綿を取り出し、市場で買った品質が悪い紙に包む。

そして水の入っている桶で化粧を落とすために顔を洗う。

すっかり素顔に戻ったところでノアは唖然としてシャルを見ていた。

あまりの手際の良さに驚いたのだろう。



「おい、縄」



シャルの言葉に我に返ったノアは窓から逃げる縄を渡した。

ちなみにこの縄はあとでノアが始末する予定だ。



「そんなに急がなくてもいいと思うんだけどなあ」

「お前はバロン様を知らないから言えるんだ」



シャルは部屋の柱に縄を括り付ける。そして窓から縄を下ろす。

幸い、給仕や執事の控え室は宮殿の裏側、舞踏会が行われている広間や妃の部屋からは掛け離れた場所にある。だから住み込みで働く給仕はそれなりの距離を往復せねばならない。

そういうこともあり、裏側の見張りの数は少ない。今日は舞踏会ということもあって表の方に人員をまわされているようだ。



「じゃあ、いい報告を待ってるよ。シャル」



シャルはノアの別れの言葉を無視して縄を伝って一気に降りる。


(誰がするか)


地面に足が着いたところで舌をちらり出して出口まで走った。

出口というもの堂々と裏門から出れるわけじゃない。不審者を捕らえたり、駆け落ちする妃を逃がさないためにも見張りがいる。

なのでシャルは裏門とは少し離れた何もない城壁に来ていた。

何もない故にここには誰かが来ることは滅多にない。

だから誰も関心を持たないこの場所には宮殿からの逃げ道がある。

シャルの前にある城壁の一部に小さな亀裂がある。

それは目立つほど大きなものじゃない。シャルはその亀裂に沿うようにずだ袋から取り出した液体を流す。

この液体は魔草から抽出した魔力の液体だ。この宮殿には野草に紛れてかなり少ないが魔力を宿した草が生えている。見た目はそこらの雑草と変わらないので見つけるのに一苦労だ。シャルもまた見つけるのに苦労したものだ。


以前にここに住んでいたものが逃げたいがため、共に逃げたい人のために作ったものだろう。このことはごく一部の人間しか知らないようだ。

その一部の人間にノアも含まれており、宮殿に出入りする時はシャルも利用した。


魔草は自然の力で蓄えた独特の魔力を持つため、数少なく生える宮殿では脱出するには時間が掛かりすぎる。だかその分、疑われることは無い。

考えた人はすごいとシャルが感心するほどだ。

そして、


(隠し子を連れ出すためにも使われた気もする)


あくまでシャルの憶測だ。頭から考えを振り払い、亀裂を見た。

そして亀裂の隅々まで伝い、亀裂で囲われていた部分が石から木の板に変わる。

木の板に変わった壁は手で押せば簡単に外れる。

外に出たシャルは外した木の板をまたはめ、今度は木の板に残りの液体を付ける。

魔力に反応した壁は木の板からまた頑丈な石の壁へと変わった。

改めて触ってみるがやはり頑丈な石の城壁だ。


(錬金術か)


これには錬金術が応用されているのだろう。詳しく調べたいが今は追ってきそうな悪魔から逃げるためにシャルは足早に店へと歩き出した。

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