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銀の弾丸とコンサルタント  作者: 瑠島 楓
王の隠し子編前
39/52

5 講義




「姚さんはここの専属医師なんですか?」

「ええ、そうね。まあ細かく言えば医師ではなく、薬師なのよね。にしても麻黄の効果がさっそく効いているわね」

「麻黄の効力はここでは適材だと思いましたから」

「ありがとう、シャルちゃん。…あら、そろそろエレーナが起きそうね」




姚の言葉通り、エレーナの閉ざされていた目がゆっくり開いた。

あたりを見渡したエレーナは全てを察したかのように自嘲の笑みを浮かべた。



「…ごめんなさいね、姚先生。それから貴方も……姚先生の愛人かしら?」

「いいえ。ただのコンサルタントです」

「そう…コンサルタント……貴方が噂のコンサルタントね……貴方みたいな人に助けてもらえて嬉しいわ…」

「どうも」



シャルは律儀の頭を少し下げた。

そしてエレーナは姚の手を借りて体を起こした。



「紹介が遅れてごめんなさいね。私はエレーナよ。貴方の名前は?」

「シャル・ブレアです。コンサルタントを経営してます」

「貴方の噂は常々聞いているわ。金を払えばどんなことも解決へ導いてくれるって」

「いえ、対価にあった知恵を私は与えているだけですから」

「………ねえ、このような形で言うのも何だけど…貴方、ここで雇われてくれないかしら?」

「すみません。貧しい気娘なのでお断りします」

「ああ、そういう意味じゃないわ。そうね…悪いんだけど明日、もう一度ここに来てくれないかしら。クロエも交えて話をするわ」



顔には出さなかったがシャルは小さく喜びの拳を作った。

王都一の娼館からのご依頼ともなれば依頼料もそれなりに弾ませられる。

当分は食べ盛りのエリオットとアーロン達の食費に頭を悩ませることもなくなるだろう。

すると姚が苦笑をしてエレーナを寝かせた。



「この子に依頼する時は気をつけなさいよ。金はたくさん持っていくし後ろにはバロン様がいるんだから」

「あら、そうなの? 心して交渉しなくちゃいけないわね」



(余計なことを…)



シャルは舌打ちを呑み込み、姚共に娼館を後にした。




◆◆◆



後日。

シャルがいつもの服に着替えたのちに姚と共に再び娼館に訪れてた。



「お待ちしておりました、シャル様、姚先生。姚先生には娼婦をご用意した方がよろしいでしょうかね」



クロエは笑みを浮かべて言った。

そしてシャルもまた姚を見上げながら、ある疑問を考えていた。

女口調で乙女心を持ち合わせている姚も男ではある。

男の象徴も取っていない訳だからやろうと思えばやれる。

むしろ溜め込むのはよくないだろう。



「悪いけれど当分はやめようと思ってるの。私はシャルちゃんの付き添いだから気にしないでちょうだい」

「それは残念」



(一応、まだ機能はしているのか)



シャルはちらりと姚の下半身に目線を下ろし、すぐにクロエへと目線を戻した。

すると姚がシャルの考えていることに気づいたのか、シャルの耳のそばに口を寄せた。



「私はね、シャルちゃんが思っているよりも男なのよ。でもシャルちゃんには手を出す気はないから安心してちょうだいな」



耳に吹きかかる吐息にシャルの肌が粟立つ。

気娘歴が長いシャルでも姚に意識せざるおえなく顔をほんのりと赤くさせた。

それを見た姚は長い袖を口に当てて艶めかしく微笑んだ。

その笑みは女を弄び慣れた男の笑みに見え、シャルは姚から少し距離をあけた。



(くわばらくわばら)



シャルはそう思いながらクロエの後を着いて行った。


そして奥の部屋にはもちろんエレーナが待っていた。

肌にはまだ少し発疹が残っていて客の前に出れる状態ではなかったが1人で立ち上がれるくらいはできるようだ。

エレーナのお付の娼婦が姚とシャルを椅子に座らせ、酒を差し出す。

姚は礼を言って酒を口に運んだが、シャルとしては真昼間から飲むのは危険だと感じたのちにグラスを少し遠ざけた。

もちろん今から始める交渉のためにも、だ。



「それでは単刀直入にお聞きします。ご依頼内容は如何程のもので?」

「あら、すぐにお仕事の話をするの? つまらないわ。ねえ、私とチェスをしない? お仕事の話はそれからにしましょ?」

「…はあ、わかりました」



お付の娼婦がチェスの盤上と駒を机に置く。

クロエが何か言うのではないか、とシャルは横目で見たがクロエは澄ました顔で二人のやり取りを見ていた。

姚もまた変わらない笑顔でクロエ同様、やり取りを見ている。

どうせ、店は今日は休みで閉じている。

多少、時間を潰しても問題は無いだろう。



(…やるしかないか)



シャルは駒を盤上に置いて、浮き足立っているエレーナを見た。



勝敗はシャルの勝利で収まった。

シャルにとってチェスはなかなかやりずらいものであったため、苦戦した。

なんせチェスにイカサマは通用しない。正々堂々の勝負であり、相手の手の内をよく理解した上で行うゲームだ。

イカサマで昼間からやってくる男共を蹴散らしているシャルからすれば新鮮でもあった。



(だけどチェスはやっぱり苦手だわ…)



するとエレーナは負けたことに拗ねてグラスの酒を飲み干した。

自分の酒では物足りなかったのか、口をつけていないシャルの酒まで飲み干した。

シャルからすれば有難いといえば有難いことだ。



「んもおっ! あと少しだったのにっ!! 悔しいわ!」

「エレーナさんもお見事でした」

「皮肉にしか聞こえないわよ!で、どうなのよ、クロエ?」

「ええ、噂の知恵は本物のようですね。ぜひシェリルと対局しているところを見たいものですね」



噂によればシェリルはエレーナより博識だと謳われている。

そんなシェリルと対局したら考えただけでシャルはげんなりとした顔になる。

いくら博識だと言われ、噂になっても敵わないものだってある。



「では改めてシャル様、ご依頼内容を伝えさせていただきます。娼婦は体を売って生計を立てています。ですが体だけでは食えない者もおります故、我々はその者達にお零れをやれるほど優しいわけではありません。ですからその者達のためにも体は体でも芸を売らせようかと考えおります」

「それには教える講師が必要だということですか?」

「はい、ご理解が早くて助かります。その講師をシャル様にお願いしたいのです。もちろん、依頼料はお支払いします」



エレーナに風を扇いでいた娼婦は扇ぐのをやめ、クロエから貰った布を受け取る。

そしてそれをシャルの前に差し出し、またエレーナに風を扇ぎだした。

姚も気になったのか、シャルの後ろから覗き込んだ。

葡萄の匂いがシャルの鼻腔をくすぐったが気にせず、布の包みを解いた。

そこには金貨3枚が包まれていた。

シャルと姚は絶句して目を見開き、口が開けままになっている。



「…………姚さん…これ……」

「……世の中、やっぱり金だな」



姚も驚きすぎたせいなのか、口調が変わって先程より雄が出ている。

だが、それほどまでにこの金額はすごいものなのだ。

孤児院で受け持った依頼料より遥かにすごい。



「どうですか? これだけでは足りませんか?」

「いえ、充分です。このご依頼、シャル・ブレアが引き受けましょう」

「ふふっ、やった。これで当分、退屈せずにすみそうだわ」

「いや、エレーナさんには必要ないかと」

「あら、また学ぶことで初心戻ることも必要じゃないかしら?」



一理ある、と後ろで姚も頷く。



「それでは受講は3日後からに致しましょう。準備も必要でしょうし」



そう言ってクロエは立ち上がる。

姚は酒を飲み干し、シャルは懐に金貨をいれる。



「じゃあね、シャル。また私と遊んでね。もちろん、姚先生も」

「検討しておきます」

「右に同じく」



エレーナに見送られながら3人は部屋を出た。

そしてシャルは講義をどういったものにするか悩ませながら。



◆◆◆



シャルは一心に受ける弟の視線に顔を引き攣りながら、講義を続ける。

準備も整えて現在シャルは依頼により、娼館の一室で講義を開いていた。

嫌々ながらも娼婦達は金を稼ぐためにシャルの話を聞き、羊皮紙に重要なことを綴っている。

そしてそんな娼婦の中にはアルビノの弟、エリオットが一緒に講義を聞いていた。

弟には近づくな、とは言ったがそれでも娼婦達が物珍しくエリオットに近づこうとしていたがシャルの凍てつく目に突き刺され、今は横目で見るだけなしかない。



「センセイ、こんなもの覚えられないわ。そんなことよりそこの弟君を私に少しだけ味見させてちょうだいよ」



だが1人の娼婦の一言に空気が凍りつく。

しかも運悪く、ちょうどエレーナが笑顔で扉を開けたところだった。

凍りついた空気に何かを察したのか、エレーナの顔が少し引きつっている。



「覚えられない、とおっしゃいましたね。ならば何故、貴方は今その汚い口で言葉を喋れているのです?」

「き、きた…っ!?」

「それは能無しの貴方でも学習能力が備わっているからです。ならば何故このようなことを覚えられないのです? 努力もしない、体しか求めない能無しの女に出す金も差し出される体もない。それくらいは考えろ、能無し」



女はシャルの変わりように戸惑いを隠しきれていない。

そしてもちろん、シャルの怒りは収まることない。

シャルは艶のない女の後ろ髪を引っ張り上げ、女は苦痛に目を細める。

その目にはうっすらと涙も浮かんでいる。

だがそんなこと気にせずにシャルは見下ろす。



「最初に言ったはずだ。弟には手を出すな、と。貴方は能無しだからこんなことも理解できないのか? ああ、そうか、可哀想になあ。私は娼婦だからと言って同情する気はさらさらない。金を与えられたから貴方達に生きる知恵を教えているんだ。立場を弁えろ。そんなことだから男に買ってもらえずにここにいるんだよ。分かったなら生きることに足掻け」

「は、はひぃっ……!!」

「…それでは講義を再開します」



シャルは女の髪から手を離し、前に立つ。他の娼婦達の目にも恐怖の色が混じっている。

一部始終見ていたエレーナは顔を引きつらせたまま、エリオットの隣に座り込んだ。

小声で「貴方のお姉さん、怖いわね」と聞こえるがシャルは無視して続ける。

エリオットは笑顔で「これでこそ、俺の姉さんやから」と答えた。




(解せぬ)




シャルは教材を一枚、捲った。



講義も終わり、娼婦がぞろぞろと部屋を出ていく。

講義を受けていた娼婦達は小さく震えていた。

恐らくシャルの豹変を見たからだろう。

逆鱗というほど逆鱗ではないが、あの娼婦がシャルの怒りに触れたのは事実。

最近になって怒りを表に表すことが多かったせいか、ため息をついた。



「エリオットくん、連れてこなければ良かったのに」

「…連れてきたくなかったですよ。それに怒る行為にも体力は消費されるんですから。不本意です」

「でも一応、うちの商品だから手荒な真似はやめてね? クロエが怒っちゃう。クロエも怒ったら怖いのよ?」

「私は間違ったことを言った覚えはないんですけどね」

「それもそうだわ! まあ、あの子とクロエには私から言っておくわ。どうせ、今頃クロエにシャルを追い出すように言いに行ってる頃じゃないかしら」

「私としてはそのほうが労力を使わないで助かりますけどね」

「金の持ち逃げは許さないわよ」



このまま講義が無くなり、娼館を追い出されば労力を使うことなく依頼料を持ち逃げできる。

だがその意図を察したエレーナはシャルを怒った。

そしてエリオットが黙々と片付ける中、エレーナはシャルに構ってばかりだ。

むしろシャルのほうを物珍しく見ているようにも思える。



(珍しいといえばエレーナさんのほうだと思うんだけどなあ)



星屑を集めたような金色の髪。肌は赤い発疹は無くなり、服から怪しく艶めかしく誘っている。何より、ユニス妃も大きかったが負けず劣らずでエレーナの胸も大きい。これで男を誘い、生気を奪っているとも謳われているのも納得がいく。

目もシャルに比べて大きく、翡翠の色が煌めいている。そして口元にはほくろがあり、それもまた男を引きつける武器になっていそうだ。



「姉さん、片付け終わったで」

「ありがとう。…エリオット、本来なら学生なんだからあんまりここを出入りしちゃいけないんだよ?」

「分かっとるよ。でもここには男の娼婦もおるって聞いたし…」

「いるけどその人達は別館だそうよ。ほら、帰るよ」

「ちょーっと待った!!」



すると帰ろうとした二人の間にエレーナが割り込む。

二人は驚き、エレーナを見ながら目を見張った。

だがそんなことはお構い無しにエレーナは二人の手を掴み、奥の部屋を出る。

困惑するシャルは引っ張られながらにエレーナに問う。もうシャルの仕事は終わったはずだからだ。



「シャルに会わせたい子がいるのよ」



エレーナはシャルを見て、ぱちっと片目を閉じながら言った。

その笑みはどこか悪戯心を含んでいそうでシャルの本能が嫌な予感と察知する。

だがエレーナは足を止めることはない。

そして一番、この中で困惑してるのはエリオットであった。




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