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銀の弾丸とコンサルタント  作者: 瑠島 楓
王の隠し子編前
37/52

3 子供のまま




話を聞いて血の気が引いていくようだった。いや、実際アーロンは血の気が引いただろう。

アーロンもまた親を早くに亡くし、自分と似たような境遇なのだろうと予想していた。それに孤児院で育ったアーロンにとって親に何かされた話は慣れたようなものだった。孤児院に集まる子供はそういった過去を持つものがほとんどだからだ。


だがシャルから紡がれる話は壮絶なものだった。

エリオットは話の途中で何度か下唇を噛んでいたのでそれなりに悔やんでいることが見て分かった。


問題はアーロンの目の前に座るシャルだった。

シャルは顔色一つ変えずに話した。

実の両親が殺されて何とも思わないのだろうか。実の兄が人殺しになって何も感じないのだろうか。

いいや、思いもするし感じたりもするだろう。憎んだり悲しんだり、そして恐怖に怯えたり。

なのに話すシャルからは怒りも悲しみも恐怖に怯えることでさえ、しなかった。



「殺したって…そんなの証拠を突きつければあいつは捕まるんじゃねーのか!」

「あいつも馬鹿じゃない。…隈無く探しても見つからなかったよ」

「そんな……シャルはそれでいいのかよ!? こんなこと良くない! 親が殺されて何とも思わねーのか?!」



シャルの態度にアーロンは腰を浮かせて声を荒らげた。

何で泣かない!? 何で怒らない!? 何で悲しまない!?

アーロンの頭にはその怒りの言葉しか出てこない。

孤児院にいた頃アーロンは小さな子供達をまとめ、面倒を見る役を担っていた。

その時に悪さをした子供を叱ったり、育てていた小鳥が死んで泣いている子供を慰めたりとたくさんしてきた。


だがシャルはそんなものでは無かった。


「確かに産んで育ててくれたことには感謝している。親不孝者と思うかもしれないが私は親が殺されたことには何も感じなかった。むしろ、エリオットが襲われて何であの時にあいつをこの手で殺せなかったのだろうって後悔するくらいだわ」

「は……?」

「私は親が殺されたことよりもエリオットが襲われた時の方が辛かった。…私はエリオットに手を出すやつには容赦はしない。それがシアン様やレイチェル、そしてアーロンでもね」



泣く子供とは違いシャルはそんなものじゃなかった。

前々からシャルもエリオットもお互いに過保護ではないかと思っていた。

それはきっとシアンもレイチェルも、あの物好き貴族でも思っていただろう。


たが実際、過保護で済まされるようなものではなかった。

シャルがエリオットを思う気持ちは異常でエリオットがシャルを思う気持もまた異常だったのだ。

男女の愛でも親が子を大事に思う気持ちでもなかった。それ以上のものだ。


ぞわりとアーロンの肌が粟立った。



「狂ってる…」

「アーロン!!」

「っ……!!」



血の気の引いたアーロンの言葉にエリオットは机を叩いた。

すると顔を上げたエリオットは怯えたアーロンの顔を見るなり、バツの悪そうな顔をした。



「…もう遅いからはよ寝たほうがええで。明日も学校やし…」

「う…ん、分かった……」

「……ごめんな、アーロン」



エリオットはそう言って目を伏せた。

訪れる静寂に耐えきれるわけもなく、アーロンは震える足で寝室へと向かった。



アーロンは寝床に潜り込み、頭まで布団を被った。

頭を冷やそうかと窓を開けたが一向に気持ちも考えも晴れることはなかった。

そしてアーロンは思った。

きっとシャル・ブレアはそういう人間なのだ。

この世の何よりも弟のエリオットが大切で知識を蓄えて生きている。


だが同時にこんな事も脳裏によぎってしまった。


シャル・ブレアは臆病で『何も知らない』のではないか、と。



(…もうやめよう、シャルはシャルだ。何も変わらない。エリオットを思う気持ちは今に始まったことじゃないしな)



重く張り詰めた瞼をゆっくりと下ろし、アーロンは眠りについた。

何も変わることなんてない、と自分自身に言い聞かせながら。




◆◆◆



「アーロン、一緒に食堂行こ!」



午前の講義が終わり、アーロンの教室にエリオットが現れた。

いつもはアルビノの目立つのが嫌だから、と言って食堂で落ち合うのだが今日はここまで来た。

それに声をかけたエリオットの顔には少し、不安の色が見えた。

恐らく昨日の機嫌取りに来たのだろう。それほどまでにアーロンは人から見たらひどい顔をしていたに違いはない。

そう、思っただけでもアーロンは自分がまだ子供だと自覚させられる。

こんな事で怯えていては爆破事件の犯人シスターセシルから助けられた恩が返せやしない。



「…お腹痛かったりするん?」

「ううん、すっごく腹が減ってる! 行こう、エリオット!」

「せっ、せやな!」



アーロンの態度にエリオットは驚いていたが、すぐに喜びの顔へと移り変わった。

そんなエリオットを見たアーロンは小さく苦笑した。



(俺がしっかりしないとな! 救ってやる、なんて大それたことはできねーけど…まあ、守ってやれるくらいにはならねーとな!)



アーロンは鼻を掻いてはしゃぐエリオットの尻を蹴った。



食堂で腹を満たしたアーロンとエリオットは次の講義まで誰もいない中庭で時間を潰していた。

アーロンが日差しの暖かさに寝そべるとエリオットが顔色を変えた。

ひょっとしなくても昨日のことを話すためにここにアーロンを連れ出したのだろう。



「アーロン、昨日はごめんな。怖がらせるつもりは無かったんやけど…その」

「わーかってるよ。お前らの姉弟愛は今に始まったことじゃねーし……それに俺も気が動転していたとはいえ、酷いことシャルに言っちゃったし…」

「お互い様、やなあ。…確かにアーロンは間違ってない。同時に俺も間違ってないと思ってる」

「……見てればわかるっての。まったくお前ら過保護っぷり見せられているこっちの身になれっての」

「……ほんま、アーロンは大人やなあ。適わんわ」



そう言って困ったようにエリオットは笑った。

そんな笑顔を見たアーロンはふん、と口を尖らせてエリオットから背を向けた。

時間もあるし一眠りをしようかと思った刹那、遠目に黒い何かが見えた。

その黒いものが段々と近づいてきて、それがノアであることがわかった瞬間に血の気が引いた。

すぐさまに飛び起き、エリオットの裾を引っ張った。

どうやらエリオットも気づいたようで苦い顔をしていた。


そしてエリオットがアーロンを庇うようにして立った。

虫も殺さぬような顔をして近づいてくる男は無慈悲に人を殺した奴なのだ、とアーロンは考えただけでも体の芯が冷えていくような気がした。



「こんにちは、エリオット、アーロンくん」

「…何でお前がここにおるんや?」

「仕事で来たんだよ。そんなに怖い顔しないでよね。……それともお兄ちゃんに歯向かうのかい?」

「っ…!」



ノアは立ちはだかったエリオットの顎を長い指で持ち上げ、にっこりと笑う。

その光景は異様だった。

笑うノアもまた心の底から楽しんでいるようだ。



(まずいな)



アーロンは頭を回転させた。ここで自分は何ができるのか、と。

自分が校内へ走り、誰か助けを求めたところでエリオットの身に何が起きるか分かったもんじゃない。


そして懐に入れてある短剣を突きつけるべきか。

短刀はシアンからお祝いだと貰ったものだが、一応ここは学園内だ。

万が一にも短剣を突きつけているところを見られたら退学処分なんて有り得るだろう。そうもなれば学費を払っているバロンや勉強を教えてくれたシャルに叱られるのが関の山だ。

ヘタをすれば叱られるどころで終わらないだろう。


だがそうも言ってられない。これは緊急事態なのだ。

アーロンは懐に手を伸ばし、指先で短剣があることを確認する。


すると張り詰めた静寂を破るように草を踏んでやってくる足音が鳴り響く。

アーロンは横目で音のする方を見た。

そこにはこの学園の生徒会長、ティニカがいた。

ティニカの姿は一度、全校集会の時に見たが歩いてくる様もまるで女神のようだ。



「ここは部外者立ち入り禁止となっております。申し訳ありませんが即刻、お引き取り下さいませんか?」

「これはこれはティニカ嬢。申し訳ありません、仕事のついでに弟を見かけたもので」

「だとしても、ですわ。…でなければ生徒を守る生徒会長として実力行使させてもらうことになりますけれど」



威圧されたノアは抵抗するのを諦めたのか、エリオットから手を離した。

エリオットから小さく息を吐く音が聞こえる。アーロンもまた懐の短剣から手を離した。



「そうですね。まあ、仕事も終わって用もないので帰るとしましょう。それではティニカ嬢、エリオット、そしてアーロンくん、野蛮なことはいけませんよ。…それでは私はこれにて」



ばれていた。

気づかれたことにアーロンが苦い顔をしているとエリオットが小さく耳打ちをした。

危険なことはしないでくれ、と。

身を案じて言ってくれてるのだろうがアーロンにとっては嬉しいものではなかった。

むしろ、自分の不甲斐なさに駆られるばかりだ。



「エリオットくん、そんなことを言ってはいけませんわ。アーロンくんは貴方を守ろうとしたのですから。…アーロンくん、その勇気を私は讃えますわ」

「…どうも」

「何はともあれ、貴方達が無事で良かったわ。廊下を歩いていたら貴方達が顔を真っ青にしていたもの。見ていて助ける他になかったわ。あの者と何があったのかは知らないけれど…警護を強めないといけないわね」



ティニカは安堵の顔を浮かべて言った。

それよりもアーロンはつい疑問を生み出してしまった。

本当にティニカがアーロン達を助けたのは偶然だったのだろうか、と。

確かに本当に偶然にも見かけて助けた、というのは分かる。そういう理由ならば納得してもおかしくはない。

だがノアのこともあってか、どうも脳は人を疑うことに意識しているようだ。



(いかんいかん、考えすぎた)



頭から疑いの疑念を振り払い、礼を言った。

そしてアーロンはエリオットの手首を掴み、すたすたと歩き出した。

校内に入り、誰もいない階段でエリオットが歩みを止めた。

エリオットの歩みがいきなり止まったせいか、アーロンも強制的に止められることになる。



「どうしたんだ、エリオット?」

「…何かな、最近ティニカ先輩に助けられてばかりやねん。試験の時もアルビノでいじめられそうになった時も助けてくれてん。何かお礼したほうがいいよな…? アーロンも助けてもらったわけし」

「…そうだな、シャルにでも相談したらどうだ?」



先ほど消した疑問がまた浮かぶ。

エリオットがアルビノだから…珍しいから助けるのだろうか。それとも生徒だからか。

何にせよ、ティニカはエリオットを気にかけている。

その事がアーロンの思考にくっ付いて離れない。



「せやな、姉さんに相談してみる。何せ、コンサルタントやし」

「おう、そうしろ」



アーロンは掴んでいたエリオットの手首を離し、また歩みを進めた。

そしてエリオットとは別れ、自分の教室に入る。

先ほどからエリオットと共にいたという不可解な視線が纒わり付くが気にする事はなかった。

今は次の講義に集中するために頭を切り替えた。



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