10 調査
「わけわかんない! 何であんなこと言ったの!?」
シャルはレイチェルの怒りを聞き流しながら爆破された小屋を調べる。
天井は崩れ落ち、机や椅子は見る形もない。
傷んだ教材は燃えかすとなっていた。
それらをシャルは静かに見下ろした。
するとレイチェルがくしゃみをする。
くしゃみをして冷静になったのか、レイチェルは怒ることをやめた。
「レイチェルさん、風邪?」
「ううん、違うと思うけど…シャルはすごいよね。こんな寒いのに朝からずっとここにいるんだもん」
「姉さんは1度知識欲に駆られたら止まらん人やからなあ。でもそろそろ止めなあかんね」
明朝からシャルに付き合ってるエリオットの鼻は赤く染まっていた。
それはシャルも同じだ。燃えたものを調べている指先も赤く、寒さで感覚が麻痺してきていた。
それでも寒さより知識欲が勝ってしまい、気にせず調査を続行している。
するとエリオットは調べているシャルを羽交い締めにする。
成長期を迎えているエリオットとシャルに体格差が出ていて、ぷらんとシャルの足が浮いた。
「姉さん、そこまでにしとこうな。もう大方調べ終わってるんやろ?」
「でも、あと少しなの…!」
「だーめ。今は朝ごはん食べような」
「わかった…」
「え!? 朝ごはん食べて無かったの!?」
レイチェルは驚愕し、エリオットから開放されたシャルを担ぎ上げる。
そしてそのまま食堂へと直行し始めた。
(担がれてしまった…)
反抗する気力も無くレイチェルに身を任せた。
するとふとシャルが顔を上げると後から追ってきているエリオットが口角を上げてにやけている。
エリオットに何か言い返す気にもなれず、シャルは軽く睨んだ。
食堂に着くと丁度食事中だったシスター達がびっくりしていた。
か弱そうなシスターが死にかけている女を担いで食堂に入ってくる光景は異様なのだろう。
レイチェルはシスター達の視線を気にせず、担いでいたシャルを椅子に降ろした。
隣で楽しそうにエリオットも椅子に座る。
ぐったりしているシャルはエリオットの肩に頭を乗せた。
「姉さん、随分甘え坊さんやなあ」
「……糖分欲しい…」
「糖分って何?」
「甘い食べ物の中にある甘い成分のこと…」
「甘え坊さんと甘い物を掛けたんやな! 上手いな、姉さん!」
「やかましい」
「ふがっ!?」
シャルはエリオットの赤くなっている鼻を摘む。
油断していたエリオットは鼻を摘まれて上手く呼吸ができなかったらしく、豚の鳴き声のような声を出した。
するとレイチェルがスープとパンが乗った銀色のトレーを2人分を持ってきた。
やはり横領が続いてるせいか、スープの具は少ない。
「はい、食べて」
「ありがとう。……それから2人に頼みたいことがあるんだけど」
レイチェルはシャルの言葉に首を傾げたが隣にいるエリオットは気にすることなくパンに齧り付いていた。
「人の話を聞きなさい、エリオット」
「ん、何や? 姉さん」
エリオットはパンを口に含みながらシャルのほうを見た。
そんなエリオットにシャルは半眼で見た。
まずいと思ったのか、エリオットはスープを飲んで口の中のパンを胃に流し込んだ。
(…今度テーブルマナーでも教えるか)
シャルは小さくため息を吐いて話を進めた。
◆◆◆
エリオット達に頼み事を伝え、胃を満たしたシャルは馬小屋に来た。
休暇中に世話になってる馬、ハバルは鼻息を鳴らして待機している。
ハバルはこの馬小屋にいる馬の中でも若く、活力に溢れている。
この孤児院は馬を飼ってるわりにはあまり働かせない。
そもそも孤児院にいるシスターの中で乗馬ができるのは少ない。
シャルはこの孤児院に来るまで馬なんて乗ったことは無かったが比較的、ここの馬たちは穏やかで乗りやすかった。
(勿体ないな。こんなにも外で走り回りたがっているのに…特にこのハバルは)
シャルはハバルの手綱を引っ張って小屋から出す。
小屋の出た外にはアーロンがハバルのように鼻息を荒くして仁王立ちしていた。
しまった、と言わんばかりにシャルは舌打ちを呑み込んだ。
「おいシスターシャル、どこに行くんだ?」
「……馬の散歩だけど」
「嘘だな! 知ってるぞ、ビヴァリー領まで行くんだろ!!」
何故、アーロンが行き先を知ってるのか疑問に思ったがシャルはすぐに答えを導き出した。
恐らくレイチェルだろう。
エリオットはああ見えて肝心なことは話すことは無い。それがシャルに関わってるなら尚更だ。
だが反対にレイチェルから聞き出すのは簡単だ。子供が相手なら尚更のこと。
アーロンに誘導されてポロッと言ってしまったのだろう。
手を合わせてレイチェルが謝っている姿が目に浮かぶ。
「連れていかないからね」
「何でだよ!連れてけ!」
「これは仕事なの。子供は向こうに行ってなさい」
「……俺が好奇心で連れていけって思ってるのか?」
最後の一言にシャルはアーロンを見た。
ガキ大将であるアーロンの目に涙が浮かんでいた。
「許せないんだ。俺達はいつも楽しみにしてたんだ。いつも逃げるシスターシャルを捕まえて、あの小屋で勉強すること」
(捕まえてって…)
顔が引き攣りそうになったがシャルは最後までアーロンの言い分を聞くことにした。
アーロンは涙を流しながら話を続ける。
「小屋が無くなった日、皆泣いてたんだ。俺も皆もあそこが大好きだったから。だから俺も犯人が知りたいんだよ!」
アーロンは渇いた唇を力強く噛んでいる。
今にも血が出そうだ。
「…アーロンの言い分は分かった」
「じゃあ連れてってくれるのか!?」
「ただし、条件がある」
「条件?」
「帰ってきたら契約書を書くこと」
泣いていたアーロンの目は点に変わった。
そして契約書がわからないのか、首を傾げている。
「契約書ってのは約束を書いた紙のこと。それに約束を守りますって名前を書くの」
「じゃあ俺と何の約束するんだ?」
「将来、シャル・ブレアに依頼料を払いますって」
「子供から金をとるのかよ!」
当たり前と言ってシャルはハバルに跨る。
それがシャルの仕事だ。無償でしかも子供に泣きながら頼まれてこっそり孤児院から連れ出すほどお人好しではない。
するとアーロンはシャルに手を伸ばした。
「分かった。将来、シスターシャルに依頼料を払う」
「契約成立ね」
そう言ってシャルはアーロンの手を引っ張り、自分の前に跨らせた。
馬に初めて乗ったのか、おおとアーロンの目が輝いた。
「あと今はシスターじゃないからシスターシャルって呼ばないこと」
「じゃあシャルな!」
(呼び捨てかよ)
ため息を吐いて手綱を引っ張った。
するとようやく命令が貰えて嬉しかったのかハバルは勢いよく走り出した。
「すげぇっ!すげぇな、シャル!!」
「私はすげぇくないから口を閉じておきなさい。舌噛むから」
アーロンは興奮するのをやめ、真顔になった。
興奮はしているだろうが顔は無表情だ。
(別に喜ぶなって言ったわけじゃないんだけどなあ)
そうしてお互い無言のままハバルを走らせ、ビヴァリー領に着いた。
着いた頃は丁度お昼時だった。
シャルがハバルを馬小屋に預けて帰ってくるとアーロンのお腹の虫が盛大に鳴いていた。
「お腹空いた」
「知ってる」
「昼ごはん食べたい」
「知ってるよ」
仕方がないとシャルが飯屋を探すために歩き出すとアーロンが慌ててシャルのスカートを掴む。
シャルは振り返り、アーロンを見た。
「スカート、破れるんだけど」
「…悪いかよ」
先ほどの威勢は無くなり、アーロンはシャルのスカートを掴みながら俯いている。
見知らぬ土地はどうやらガキ大将でも怖いらしい。
そんなアーロンの心情を察したシャルは手を差し出した。
「スカートはダメだけど手ならいいから」
「お、おうっ! 俺、肉食いたい!」
「調子に乗るな」
呆れながらシャルは満面の笑みを浮かべるアーロンの頭を叩く。
すると勢い良くアーロンがシャルの手を引っ張りだす。
どうやら飯屋を見つけたようだ。
「急ぐぞ!シャル!」
「ご飯は逃げないって」
「空腹は待ってくれないぜ!」
それもそうか、とシャルは大人しく引っ張られた。