9 コンサルタント始動
シャルがオーウェン領に馬を走らせて帰ってきた夜の事だった。
爆発事件が起きたのだ。
この言葉は孤児院にもそこらの家庭にもありえると思っていたが現実になってしまった。
起きたのだ。子供達の勉強小屋が誰かの手によって爆破されたのだ。
真っ先に疑われたのは外の馬小屋にいたシャルだった。
だがシャルにはアリバイがあった。
帰ってきた馬小屋にアーロンがいたのだ。
ここの規則で孤児院の子供達は馬に近づくことを禁止している。触るなんてもってのほか。理由は様々だが何にせよ、馬小屋に子供がいることはいけないことだった。
アーロンは馬の観察をしたくて夜な夜な馬小屋に入っていたそうだ。
故にシャルは犯行ができない、していないと断定され容疑が晴れた。
次にアリバイの無いエリオットが疑われた。
爆発事件が起きたのは夜中。孤児院が寝静まってもおかしくない時刻だ。
だがエリオットは錬金術で紙切れを火に変えることができる。そこを疑われてしまったのだ。
しかも子供達やレイチェル以外のシスターもそれを目撃している。
だがエリオットはその時、寝ていたと言っている。外でエリオットを見かけたものもいない。
そんな小さな理由で納得するようなシスターはレイチェル以外にここにはいない。
さてどうしたものか、とシャルは目の前の院長を見た。
隣ではあらぬ容疑をかけられているエリオットが眉を顰め、苛立っている。
それもそのはず。子供達と同様にエリオットはあの小屋を気に入っていた。あそこはエリオットやシャルにとって憩いの場になりつつあったのだから。
加えて真っ先に容疑の矛先を向けられたのは大好きな姉だったのだ。エリオットはそれが許せなかった。
それらが重なったうえに犯人と断定されかけている。
普段、穏やかなエリオットでもさすがに顔に出さずにはいられないのだろう。
「犯人はエリオットだと院長は仰りたいのですね?」
「ええ。その者が魔術で火を扱っているところを目撃している者がいますから」
「……院長はこの事件に矛盾しているとは思わないのですか?」
シャルの一言に院長とドア付近に立っているシスター達が目を見張る。
恐らく外で盗み聞きしてるレイチェルも。
隣のエリオットはシャルの意図に気づいたのか、ふっと笑って客用のテーブルに腰を掛けた。
そしてエリオットの顔から苛立ちは消え、まだかとそわそわし始めている。
「何が言いたいのです?」
院長は静かに言った。
先ほどからシャルを睨んでいるがなおのこときつい睨みに変えた。
シャルは小さく息吐き、院長を見直した。
「まずエリオット本人は夜外出してないと言ってます。たとえ夜であってもエリオットが外を歩けば白い髪ですぐにバレます。何より、私やアーロンが見かけないはずがありません。馬小屋に行くためには小屋を通らなくてはなりませんから」
仮にシャルが見落としていてもアーロンが気づかないはずがない。
アーロンはシャルと違って夕飯が終わった後からあの馬小屋にいた。
馬小屋にある窓の位置は小屋が見える構造になっている。それに小屋は火事ではなく爆発だ。
火事とは違って爆薬を仕掛ける必要がある。
だとしたら真っ先に挙動不審なエリオットをアーロンが見つけるだろう。
そして理由はもう一つある。
小屋の場所だ。あそこは月明かりがひどく当たる。蝋燭なしでも歩けるくらいに。
だからその場所にエリオットがいればアーロンでなくともシャルでも分かる。
「次にエリオットは紙切れを火に変えることができます。ただそれには限度があります。…エリオット」
「はいはーい。俺はせいぜいこんなもんですよ」
エリオットはシャルから受け取った紙を火に変えるが一瞬で燃え尽きてしまう。それに火の威力は紙だけが燃える程度だ。エリオットが小屋を爆発させるだけの火力を生み出す術は持っていない。
「爆薬を使えば問題ないのではないかしら?」
「仮に爆薬を仕掛けたとしたらエリオットもただではすみません。下手をすれば爆死します。それにエリオットは遠距離魔法は使えないので小屋の外から中に火をつけることは不可能です」
シャルはちらりと隣のエリオットを見た。
察したエリオットは頷き、シャル達から離れた蝋燭に火をつけようと呪文を唱えるが一向に火が灯る気配はない。
そして諦めたエリオットはお手上げと言わんばかりに両手を挙げた。
「つまりそういうことです」
「ならば誰が…」
「そこで院長、ご提案なのですが」
シャルはゆっくりと院長の机に手を置いて、院長に近づいた。
ただでさえシャルことを恐れている院長は小さく悲鳴をあげ、椅子の背もたれに仰け反った。
ドア付近にいたシスター達が院長を助けようと動こうとするがエリオットが赤い目を細めてにっこりと笑い、シスター達を見た。
シスター達はひっ、と怯え、動かなくなった。
「現在、私は休暇の身でありシスターではありません。商売をしに来た相談役です。依頼料を払ってもらえれば必ず真実をお伝えすることを約束します。たとえこの身が朽ち果てても」
「………シスターシャル、貴方を信頼しろと?」
「シスターではありません。コンサルタント、シャル・ブレアです。悪くないお話だと思いますが?」
俄に信じ難いのか院長は顔を顰めたままだ。
もう一押し、とシャルは院長の横に周り、小さく耳打ちをした。
院長は僅かに笑った。
どうやら交渉成立のようだ。
後ろにいたシスター達から動揺の声が聞こえる。
「いくらだ?」
「銅貨500枚と銀貨2枚です」
「なっ…!」
院長はあまりの値段に目を見開く。
今、シャルが提示した金額は半年は働かずに生活できるほどだ。
金額に院長は苦虫を潰した顔をしたが、いいだろう、と飲み込んだ。
後ろのシスター達は唖然としている。
そしてエリオットはしてやったりと自分のことのように笑っている。
(いくらシスターでも結局、人間だったってことかな)
シャルは院長にお辞儀をすると固まっているシスター達の間を抜けて部屋を出た。
そして後日、シャルは青ざめていたレイチェルの手から依頼料を受け取った。