0 全ての始まり
「慈悲を与えろと請うことを許されるのはその目で死を見てきた者が言うのだ。貴様はその目で死を見たことがあるのか?」
その問にシャル・ブレアは言葉を詰まらせた。
上から見下ろされる貴族の男の目から目線が外せず、シャルの足は竦む。終いには背中や額から嫌な汗が流れる。体を動かして流す清々しい汗ではなく、緊張や恐怖から流れるじっとりとした嫌な汗だ。
見下ろす目はシャルを値踏みしているようだった。まるでシャルが生きてきた人生を覗き込まれて見られているように。
そしてシャルはカラカラに渇いた口を小さく開き、
「なら貴方は死を見たことがあるのですか?」
答えになっていない返答を言葉にする。
貴族には逆らえない。逆らってはいけない。
(分かっていても出た言葉がこれでは笑えるな)
シャルは自嘲しながらも貴族の目をじっと見る。
そして貴族はシャルの顔が可笑しかったのか、問があまりも馬鹿らしかったのか、はたまた両方なのかシャルには分かりかねないがフッと口角を上げ笑う。
「その問に返す答えはない。貴様が知る必要はないわけだからな」
それだけを言うと貴族はやってきた召使いと共に王都の門を通って行ってしまった。
頭がふつふつと煮えたぎるように熱くなる。渇いた口はようやく潤い、体が僅かながら震え出す。
その時、何かの初めを告げるように王都の中にある大きな塔の金が鳴り響いた。