愛した人
橘家に辿り着いた聖は待っていてくれた美奈江の車に飛び乗り美奈江と凛の祖母と病院へ向かった。父親は単身赴任で県外に出ているが美奈江が連絡すると直ぐに病院へ駆けつけるとのことだった。
病院へ着くと薄暗い廊下に椅子がありドラマで見た事のあるような手術中の赤いランプがついた部屋の前に腰掛けて待つよう看護師に指示された。
美奈江は取り乱しており、祖母が落ち着くように美奈江の背中をさすっていた。
この椅子に腰をかけてからどのくらいの時間が経ったのだろうか…聖はふと腕時計をみると時刻は既に0時を回っていた。
(凛……!)
聖は祈ることしかできない自分がちっぽけで無力な何も出来ない人間に思えた。
それから時間は刻々と過ぎ、凛の父親元晴も病院へ到着していた。皆で椅子に腰をかけること数時間後、手術中のランプが消えた。ハッとして皆で立ち上がると医師が出てきた。
「先生!!凛は?!凛はどうなんですか?!」
取り乱した凛の母美奈江は医師に掴みかかるが凛の父元晴がそれを抑えた。
「落ち着きなさい、美奈江…。先生、、凛はどうなんでしょうか?」
医師はゆっくりと一人一人見回し、そして口を開いた。
「凛さんは大変危険な状態でしたが、命は取り留めました。」
聖はその言葉を聞いて安堵に包まれたが次の医師の言葉でまた絶望の淵へと立たされた。
「しかし、頭を強く打っているようでこの先目が覚める保証はありません。」
聖は医師が何を言っているのか分からなかった。と思った途端医師に掴みかかっていた
「どういうことですか?!凛はもう目覚めないっていうんですか?!このままあいつは…!あいつは…!」
そこまで言うと凛の父親に制され医師から引き剥がされた。
「聖くん。少し落ち着こう。まずは先生の話を聞こう。先生、申し訳ありません。」
元晴は医師に頭をさげると医師は首を横に振った。
「いえ、大丈夫です。お気持ちはわかりますが落ち着いて聞いてください。凛さんは今の所命は取り留めましたが、頭を強打していて損傷が酷く、意識が戻るのはいつになるかわかりません。このまま意識が戻らない場合もあります。」
美奈江が恐る恐る口を開いた
「先生…それってつまり…」
医師はこういう場に慣れているのか淡々と言葉を続けた。
「植物状態ということもあり得るということです。明日には意識を取り戻すかもしれない、1週間後かもしれない、もしかしたら意識が戻らず植物状態かもしれない。命は取り留めましたが、いつどうなるかわからない状態です。余談は許さない状態です…。皆さん覚悟を決めておいてください。」
医師の話を聞いてからどれくらいが経っただろうか。ただ眠っているだけのように見える凛だが、沢山の機械やチューブに繋がれ生かされているだけの抜け殻にしか見えない。
聖は目の前の現実を受け入れる事が困難だった。美奈江も涙を流しながらガラス越しに凛を見つめている。元晴も凛の姿をじっと見つめていた。しかし凛の祖母だけは凛を見つめるとすぐベンチに腰掛けた。
聖は祖母の隣に腰掛け恐る恐る口を開いた。
「おばあちゃん、、大丈夫?」
祖母は凛をすごく可愛がっていたし凛も祖母が大好きだった。きっとショックを受けているに違いないと思った聖は祖母の背中に手を当てた。
しかし聖が思っていた反応と祖母の反応は真逆だった。笑顔で祖母は聖に向き直り口を開いた
「大丈夫よ。聖ちゃん。凛は時が来たら戻ってくるわ。きっと、今はあの人の元にいると思うの。なんとなくわかるの。だからね、大丈夫。凛は必ず戻ってくるから。」
「あの人って誰…?」
聖は気付いたら言葉にしていた。すると祖母が笑顔で口を開いた。
「私の愛した人よ。」