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旋律の音  作者: 1abeaute
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途切れるメロディー

「また…駄目だった。何がいけないのか全然わからない」


綺麗なブラウンの長い髪を揺らしながら橘凛はたった今、ピアノレッスンを終えて教室から出てきた音大生だ。


(最近同じことばかり…何がいけないんだかわからない。)


"橘さん、何も伝わってこないわ"


(それしか言うことないのかな…ほかにもっとアドバイスとか…)



難しい顔をしながら色々考えるが何も浮かんでこない。スランプだ。凛は自分で実感していた。おばあちゃんと同じくらいの歳の女性に何も伝わってこないとレッスン三回連続で言われてしまった。凛はショックだった。


(だれに何を伝えればいいのよ…)



彼女は幼少の頃祖母が指で押す白黒の鍵盤がまるで自由自在に動いているように見え、その作り出される音に魅了された。幼い頭でも祖母が魔法のような指でその鍵盤を叩き奏で、この世に生み出した音なのだとすぐにわかった。その時からこの世界で生きていこうと決めた。


わずか5歳の時であった。


祖母とのピアノは楽しくて楽しくて仕方なかった。

しかし凛が歳を重ねるにつれて祖母も歳をとっていく。


歳を重ねるにつれて難易度の高い内容になっていった。祖母は凛が弾く姿をいつしか見守るようになっていた。



(ピアニストになりたい…ピアニストになっていつか大きなステージでグランドピアノを弾きたい。最前列にはもちろん、お母さんとお父さんと弟とそしておばあちゃん。聖にも聞いてほしい。。)



聖とは中谷聖-なかたにしょう-。凛の高校からの彼氏であった。



帰り支度をさっさと済まし鞄を持って教室を出ようとした瞬間、凛はこの世には自分しかいないのではないかという錯覚に陥った。静まり返りだれもいない教室。スランプからの苛立ちがいつの間にか絶望に変わっていた。足元が見えない。怖い。どうすれば抜け出せるの…そんな事を考えながらぼーっと見回していると遠くの方で女子たちの笑い声が聞こえた。



凛はハッとして我に返り教室を出た。



こんな自分は嫌いだ。自信満々に弾いていたあの頃の自分はどこへ行ってしまったんだ。そんな事を考えながら駅のホームへと足を進めた。




帰宅ラッシュ。いつものようにぎゅうぎゅう詰めの電車の中。正直最初の頃は嫌だったがここ最近スランプ気味で世界に自分だけしかいないような感覚に陥る凛にとってはなんとなくホッとした場所だった。



地に…足はついてる。。



足元に目を向けまたホッとしたその時だった。急にぎゅうぎゅう詰めだったはずなのにドア付近にいた凛にぶつかる人たちが居なくなった。



顔を上げると凛にぶつからぬよう庇うようにドアに腕をつきながら立つ男が一人いた。



「聖!」



思わずびっくりして大きな声を出してしまい聖にシーっとされてしまった。そして聖の表情が柔らかくなりふわっとした笑顔を見せた。



「お疲れさんっ」



凛はこの笑顔を見ると心の底から安心感に包まれた。聖は大学には行かず就職していた。彼のスーツ姿も見慣れたものでもう4年目だ。



「うん、ありがとう。聖は?今帰りなんだ?聖もお仕事お疲れ様。電車一緒になるの珍しいね?朝は大体一緒だけどさ」


「おー今日は凛を待ってたんだよ」


「え?私今日聖と約束してたっけ?」


「いや、約束はしてないけど…」


「え?なんで?」


「なんでってお前だって明日…」


「明日?」


凛の頭の中には今はピアノのことしかないと聖は察した。


「あー…もういいよ。ところでなに難しい顔してたの?」


凛はその言葉で一気に地に突き落とされたような感覚に陥った。


「なんでもないよ。」


(相変わらず可愛くない言い方しちゃうなー…でも今はピアノのことは触れられたくないなー…)


「なんでもなくないだろ!あっ、あれか、先生にまたダメ出しされたか!」



笑顔でさらっと話す聖は冗談のつもりだろうが、冗談に取れる気分でもない。



「………。」




凛の態度を見てこれは図星だと気付いた聖は話題を変えようと必死に話しかけていたが凛の耳には入ってこなかった。



(足りない…何かが足りない。きちんと弾けてるのに…伝わらないってなに?もっと詳しく言ってくれなきゃわからない…)




(家に帰って早くピアノを弾きたい。)


凛はその衝動に駆られた。



全く自分の話が耳に入ってない事を察した聖は黙って凛の表情を見つめていた。




車内アナウンスが流れ地元の駅へと到着する。

すると凛は早足で改札に向かっていった。



聖は慌てて追いかけようとするが



「聖ごめん!先に帰るね!」



と凛は改札を抜けて家路に向かって走って行ってしまった。




(ちくしょう…)



聖はポケットに手を突っ込み箱を取り出した。



「0時ぴったしに…渡すつもりだったのになー…凛の22歳の誕生日…」



白い上品な箱の中にはプラチナのダイヤのついた指輪が入っていた。




高校1年から付き合い始めもうかれこれ6年の付き合いになる。聖はプロポーズをしようとしていたのだ。


(籍を入れるのは凛が卒業してからでもいい。5年先でも10年先でもいい。今ある気持ちを伝えておきたかった。俺の気持ちは変わらないよという...)




やはり、誕生日に一番におめでとうを言いたい。きちんと渡したい。やっぱり追いかけよう。




姿の見えない凛が向かった方面へ聖は走り出した。






(ピアノ…ピアノ早く弾かなきゃ…怖いこのまま何を弾いても駄目になってしまうかもしれない。早く弾きたい)



無我夢中で家路に走っていた。近道で細い路地がある。車が頻繁に通るところで夜は危ないから大通りで帰れよといつも聖に言われていた。



(でも今日は早く弾かなきゃ…。)




そう思った凛は細い路地へと足を向けていた。



(あともう少しで家に着く)



そう思った瞬間だった。右側から車が来ていることに全く気がついていなかった。




凛はライトが眩しくて目を瞑った。





どんっ…と鈍い音が路地に響いた。

凛の意識はもうここにはなかった。


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