第二章 落し物が鬼だなんて聞いていないー2①
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琥珀がこの神社に来てからはや2週間が経った。
彼女の言う通り家事全般は得意らしく、テキパキとよく動いてくれている。
おかげで部屋も綺麗になったし、洗濯物が溜まるということも無くなった。
飯はちょっと高カロリーな物が多い気もするけど多少ならば問題無いだろう。
んでもって、燦とは随分仲良くしているみたいだ。二人で協力プレイをしたり、燦がゲームの仕方を教えたりして賑わっている声が聞こえている。
この調子だとずっといてくれても構わないな。こっちとしても大分助かるし。
『しかし、業守クンは羨ましいよね。次々と可愛い女の子と同棲することになるなんて。これは罰当たりってものだよねぇ』
電話越しで数少ない友人こと無頼 一人妬ましいような声を出す。
カズトは私立探偵兼情報屋だ。
色んな人の依頼をこなしつつ、ありとあらゆる情報を集めて回っている。
明らかに目立つ金髪でサングラスを掛けて明らかに目立つ格好をしているのに、肝心のターゲットには気付かれずに動き回ることが出来るという特殊な特技を持つからこそ成せる技な気もする。
ーー現に誰にも言ってないのに、電話を掛けてくるあたりが何ともヤラシイんだけど。
「そうか? 次々とだなんて大層なことを言ってくれるけど、まだ二人だし」
『まだ? まだってことは今後も増える予定があるのかい?』
「まさか。そんなワケないだろ。っていうか、そういうお前だって身の回りに女の子侍らせて喜んでるって聞いたけど?」
『それは言い掛かりだよ。業守クン。ぼかぁ、誠実無欠の真面目な好青年だからね。女の子を侍らせるなんて非道なことはしないのさ。そう。たまたま依頼しに来るのが女の子ばっかりで、解決後もその女の子達が離れてくれないと言っただけさ』
「女の子の依頼しか受けないの間違いだろ。で、警察に拉致監禁の容疑で計23回も突入されたワケか。いやあ、誠実無欠様々だねー」
人生の中で一回でも警察に突入された人間は申し訳ない限りだが誠実無欠とは言い難いような。
もっとも被害者と被疑者が否定しているから実際は無実なんだろうけど、その周りにいる関係者からすれば、たまったものじゃないだろう。
全く、何というやつだ。実に許せないな。
『そういう君こそ、巫女服姿の女の子を視姦し過ぎて警察に何度も御用になっているらしいじゃないか。いや、正確に言えば枕木ちゃんの、かな? ぼかぁ同級生というか幼馴染として恥ずかしいよ。幼馴染が巫女服好きの変態であるという事実にね』
「いやいやいや。どっから手に入れたよその情報。あと、視姦ちゃうし観察やし。見てるだけで幸せになれるのなら犯罪じゃねぇんだよ。ママに習わなかったのか? まさに潔白。ジャスティスだ。それに。警察に御用にはなっているけど懲役を受けた経験は一度も無いからな」
『まあまあ、言い訳は好きにすると良いさ。ぼかぁそういう面に関してはすごく甘ちゃんだからね。見逃してあげることにしているんだ。しかしあれだよ。そういうのが潔白だと言うのであれば、ぼかぁ何度も突入されているけど一度も捕まっ他ことが無いからより潔白だと言えるね』
「お前の場合、警察が突入してきた瞬間に全力で逃げてるからだろうが。聞いたぞ? この前、ビルの屋上をマリオさながらに跳んで逃げて行ったって。空を跳んで逃げるなんてマネ、ルパン三世は漫画の世界だけにしておけよな」
『おやおや、逃げているんじゃあ無い。機会を窺っているのさ。ぼかぁ婦警さんに蛇蝎でも見るような目で見られながらなじられて、両手を後ろで組まされて拘束されながらボディチェックされた後に逮捕され たいのに、汚いオヤジどもを寄越しやがるからさ。これはたまったもんじゃあないと思い、内なる欲望を胸に秘めて大空へと駆け出していっただけなのさ。男としてのプライドを賭けて初めては婦警さんにしてもらうと決めているのでね』
「……お前の婦警さん好きはもはや病気だな」
『止してくれよ。巫女服狂いの君に言われるとは僕も神の座に仲間入りしたと考えても良いのかな?』
……神の座って。僕はそんなものに鎮座した覚えはないんだけど。
『まあ、そんなことはどうでも良いんだけど、しかし鬼の子ねぇ……』
「どうしたんだよ。なんか問題でもあんのかよ」
『いやいや、この案件に対して問題無いと思える方がどうかしているよね。鬼の子、ってことはつまり鬼の親がいる訳だ』
「いるだろうな。それがどうしたんだよ?」
『どうしたもこうしたも無いよ。子が行方不明になっていたら探さない親はいないだろうさ。そして、その家出した愛娘が訳も分からない変な男の家に居座っていたことが分かった瞬間……』
カズトの声を遮るように玄関のチャイムがぽつりと鳴った。
喉が一瞬にして渇く。変な汗が滲み出て、拭えども拭えども一向に止まらない。
まさか。いや、そんなことはあり得ない。
嫌な予感を胸に渦巻かせ、僕は二階にある自室の扉を開けて階段を降りる。
階段を降りた先にすぐ玄関がある。
覚悟を決めて、玄関先の扉を開ける。
「うっ……」
来客の姿を見ての第一声がまさにこれだった。
玄関先にいたのはひょろ長い男だった。
喪服みたいな全身黒づくめのスーツ姿に、ぴったりの頭の形にへばり付いている七三分けにしてある髪はまるで海苔を乗せているみたいだ。
知的を思わせる眼鏡の底には糸のような細い目が薄っすらと開かれ、じっと僕の方を見つめている。
ここまでなら僕も対して驚かないだろう。
問題は彼の頭に生えた角だ。
鋭い二本の、それこそスタンダードな“鬼”の角が太陽の光に照らされて光っている。
作り物ならどれほど良かっただろう。仕方ない。僕も男だ。覚悟を決めよう。
「……新聞なら間に合っているんで」
くっ、扉を閉めれなかった。
すごい反射神経なのだろう。閉めようとした瞬間、革の手袋を着けた手で止められてしまった。
しかもそこから一ミリたりとも動かない。やべぇな。これ。
「新聞の契約ではありません。ワタクシ、鬼頭と申しましてね。実はとある方を探しているのですよ」
「あーそうですか。だったら警察に行くのがオススメっすよ。ほら、何かを落とした時にはまず警察に届け出るっていうのが一般的ですし、神社に来るのはいささか場違いではないかなーって」
「いえいえ、それには及びませんよ。今、目星をつけて此処に来させて頂いていますので」
「そうですかー。えっとちなみに誰をお探しで?」
「……琥珀様と言えばご理解頂けますでしょうか。おや、そんなに急いで扉を閉めようとなさっては、扉を壊すはめになってしまいますので、お止めになった方がよろしいですよ?」
くっ。ビクともしない。細腕のくせにどんな腕力してんだよ、こいつ。
「……琥珀をどうするつもりだ?」
「どうするも何も、家に連れ戻すようにお父上様から言われておりますので、連れ帰らせて頂く所存でございますが」
「それじゃあ本人に帰るかどうか聞いてみるから、しばらくそこで待って頂けますか? ほら、黒ずくめの男ってロクな人いないですし、人攫いならぬ鬼攫い……だなんてことも考えられますからね」
「ご安心下さい。琥珀様さえ出して頂けましたら貴方がたには一切の手出しはしないつもりです。むしろこちらとしましては、見つけて頂いた報酬をも検討しているつもりです」
「そういうこと言ってる様子が怪しいって言うんだよ。言葉通じてねぇのなら通訳と一緒に来いや。警察呼んでやろうか、あぁん?」
「どうぞお好きにして下さい。ーー死体が増えるだけですから」
こいつ、この町の警察をナメてるとしか言いようが無いな。
でも、これだけは言える。こいつは危険だ。
琥珀の身内のようなものなのだろうが、明らかに穏やかじゃない。
会ってまだ二週間そこらの琥珀を救う義理は無いけど、知り合って同じ釜の飯を食った知り合いの命を危険に晒す程、榊家の人間はゲスじゃない。
ーー人間ナメんなよ。
「燦っ! ちょっと来てくれっ! っていうか、助けてくれえっ!」
情けないながらも僕は大声で叫んだ。
扉を閉めようとする手が限界だ。持ち堪えられない。
「わざもりー。今、燦サマー。ムービー見てるからちょっと後にしてくれって言って……」
暖簾をくぐってあろう事か、琥珀が顔を出してしまった。
「ちょっ、馬鹿ッ!? お前が出て来たら意味無いんだってばっ!」
「おおおおうっ! これはこれは琥珀様。随分とお元気な様子で。ほら、お家に帰りますよ。お父様が心配しておられますから」
僕を手で押しのけて中に割り込んで入り、僕そっちのけで琥珀に話しかける鬼頭。
鬼頭の姿が見えたのだろう。琥珀の顔から血の気が引いていた。
「ウ、ウチは帰らんぞ!? おとーちゃんに伝えておいてくれっ! ウチは家出したんじゃっ。ほっといてくれってなぁっ!」
「そういう訳にはいきませんよ。結婚式まで時間がありません。貴女が戻られませんと、婚約が破談になってしまうではありませんか。そうなるとご両親が悲しまれますよ?」
「ウチはあんなヤツとは結婚しとうないんじゃ! 甘酸っぱい恋をして、デートして、色んなことをした後で結婚するのが普通だろっ!」
「普通なんて我々の世界にはございませんよ。いやはや、そんな戯言をのたまうなんて人間の世界の腐った漫画や文化に触れ過ぎたのでしょうかねぇ」
鬼頭は片手を頬に添えながら困ったようにも苛立っているようにも見える笑みを浮かべながら、
「しかし、良いことをお教えしましよう。夢とはいずれ覚めるものです。クソのような虚構の世界ばかりを楽しむのは、役に立たない馬鹿のすることです。さあ、目をお開けなさい。現実を見て、決められた道を歩み、お父様の手助けをする時が来たのですよ」
「嫌だっ! ウチは自分の道くらい自分で進むんじゃぁっ! さっさと帰れっ! この石頭っ!」
「仕方ありません。ては、貴女の選んだ道とやらのせいでーー人が死ぬのをご覧下さいなっ!」
鬼頭の革の手袋から爪が飛び出る。
……って、死ぬの僕っ!? いやいやいや、この流れ良くないでよ。危険ですよ。はっきり言ってぇっ。
えっ、マジで死ぬパターン!? まだ何もしてないんだけど!
いや、格好つけたけどさ、命が取られるって言うのなら話は別だよ? ほら、命あっての物種って言うしさ。強盗に襲われたら必要最低限の物は渡して抵抗しないっていうセオリーがありますしぃっ!
「じゃあ、手始めに肉塊になって下さい。名も知らない神主様っ!」
鬼頭は僕目掛けて鋭く尖った爪を切っ先を振り下ろした。
ダメだっ! 死ぬぅっ!
目を閉じて走馬灯が駆け巡……。
「とぅん!?」
なんだか変な声が聞こえた。
鬼頭の爪は僕に届いてはいない。むしろその場にいた筈の鬼頭が消えている。
どういうことだ?
「やれやれ、ヘッドホンを着けて音量を上げてもなお聞こえる声ってどんな声をしてやがるんですか? 騒音問題は初めて見るムービーはゲーマーにとっては宝なんですよ。ホント。感動のシーンにチャチャ入れるだなんて空気読めねぇ男はダメですね」
暖簾をくぐり、彼女は現れた。
我らが神社の神にして、虚構の世界をこよなく愛する住人が。
「ーーゲームの邪魔をしたんだ。命無くしても文句はねぇですよね?」