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巳虎福(みこふく)様に祝福をっ!!  作者: 黒羽 夜咫
第二章 落し物が鬼だなんて聞いてない
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第二章 落し物が鬼だなんて聞いていないー1

          1


「足ヲ砕カレマシタァッ!」


 開始早々、こんな言葉を口にしないといけないとは思わなかった。


 さて、事の顛末は買い物帰りのことだった。


 足に何かが当たったと思ってふと視線を下ろしたことに始まる。


 何を隠そうーー鬼が倒れていた。


 鬼と言っても筋骨隆々の桃太郎とかに出てくるあの鬼ではない。


 どちらかと言うと、ツノが2本生えていて、服装のイメージ的にはだっちゃが口癖の、雷を落とすタイプっぽいイメージだと言えばわかりやすい。


 というか要約すると鬼の女の子だった。


 ただ、あんな美女と言うよりも少し幼さが残った少女で髪の毛も天然パーマでは無く、茶髪のウルフヘアーだった。


 スタイルも出るところはかなり出ていて引っ込んでいるところか良い具合に引っ込んでいる。


 鍛えているのだろうか良い意味で無駄が無い。


 もっとも、あまり凹凸が出ない体型の方が巫女服を着るにあたっては求められるので、巫女服が似合わなさそうことからあえて助けもせずにスルーしようとしたのが運の尽きである。


 通りすがろうとして逃げ遅れた左の足首を掴まれて、そのままどーん。今に至るのである。


 情けない効果音を共に走る刺激は、最早痛みを通り越して、快感すら感じることが出来ればどれほど心地よいだろうか。あの日感じた痛みの無い日はもう帰って来ない。いや、むしろ感覚が麻痺してもう痛みすら感じないのでは無いかと不安になる。


 しかしだ。漢、榊 業守。こんなことじゃぐうの音もあげまい。


 むしろ冷静に『こんなもので痛がると思った?』と華麗にスルーしてみせようではないか。



「痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇえぇっ! 痛ぇんだよ、このチクショウがっ! なに、人の足首ブッパしてくれてんだよ。ばーかっ! このばーかっ! ばーかっ! ばーかっ! い、いや、冗談ですって。お願いします離してください。私の足首が死んでしまいます。再生能力なんて欠片もないんです。ミジンコが鼻で笑うレベルの治癒しかしないんです。許して下さい。お願いしますからっ! って離せや、ぼけええええっ!」


 華麗にスルーしてみせると言ったな。あれは嘘だ。


 僕は事もあろうか掴まれた方の足と反対の方の足で、倒れている鬼の頭を蹴った。


 もう一度言おう。蹴ったのである。


 血迷った結末はサクサクという小気味の良い何かが折れた音が教えてくれた。


 ……いや、もう遠回しに言っても仕方ないや。左の足首の骨が静かに逝ったのだった。



「かああああっ!!? かってえええええっ! ってか、岩とかそんなレベルじゃねぇ! 鋼鉄じゃんっ! 僕の右足はどうしてオートメイルじゃなかったのかぁっ! 技師で女の子の幼馴染がいないからかそうですか! 人体錬成して可愛い幼馴染の技師でも作ろうかなぁっ!? 本末転倒っ!? 言われてみればそうだわっ!」


 もう頭の中がパニックになり過ぎて自分でも何を言っているのかわからない。



「っていうか、反則じゃないか、どうやっても逃さないなんてぇさっ! 永久レベル上げ防止策の最強モンスターじゃないんだからさぁっちょっとは逃げる手段を用意しろっていうんだよ!?」


「ぐぐぐっ……」


「えっ? なんなの? 僕、もしかしてこのまめターミネイトされる系? あっはーん。わかったぞ。実は未来で革命軍の司令官だった系の人なのかな? んじゃ、革命軍の司令官なんて生涯死んでも絶対にならないからぁ! サインと捺印込みで誓うからどうか命だけは……命だけは……」


「い、い……」


 おっ、僕の必死の訴えが通じたか?



「命……差し出せ……」


「って、全然通じとらんやないかいっ! 期待してなかったよっ! そりゃあな! そんな都合の良い話がある訳ないわなっ! 落ちてる宝箱の九割五分はミミックで、残りの五分は絶望です。と同じだわ! 僕が開けたらいっつもミミックだった、だなんて嫌な思い出を思い出させやがってっ! もしかすると僕は下手をすればすごく不幸なのかもしれない! 悲劇のヒロイン癖だと嘲笑うが良い。そう今まさに耀いてるうううううっ! 涙でなっ!」


 僕の絶叫を遮るように、彼女の腹の虫が鳴いた。


 しかしだ。僕の知っている腹の虫とはレベルが違う。


 荒れ狂う雷のように低く、エンジン音のように連続して、なにより地響きのようだったのだ。


 流石鬼。まさに轟音である。


 何故、民間が建ち並んでいるにも関わらず、この騒音で扉や窓を開けて確認しないのか、不思議でならない。


 荒事に対して消極的になるのは平和ボケのしすぎだと思う。もっとこう、積極性を出して……って、僕の右の足首が無残な姿に変えられようとしているぅぅぅぅぅ!?


 つ、掴まないで!? 右足まで駄目になったら生活する上で超不便になるんだからなっ!



「そ、そうかっ! お、お前、腹減ってんだなっ! よーし。そういうことか。最初から言えよなー! だったらこのフライドチキンを貴様に進呈しよう。骨つきだぞぉ。プレミアムだぞぉ。これをあげるからその左足を掴んだ手を離すんだぞ、良いなぁ……」


 コンビニの袋からフライドチキンを取り出し、鬼に近づけてみる。


 体幹を前屈させて股の間から覗き込みつつ手を伸ばすというシュール極まりない光景だけど、今や気にすることなんて何一つない。


 僕の想いに応えるかのように、フライドチキンを鬼っ子に近づけるたびに両足首に掛かる力が弱まっていく。


 が、アクシデントはすぐ起きた。


(これ以上、腕が伸ばせないっ!?)


 僕は正味、体が固い。


 体幹前屈なんて高校時代のラジオ体操以来、意識してしていないからな。体の固さはステータスと先生に言ったら『硬さを証明してみろ』と、腹パンを食らってノックダウンしたことは鮮明に覚えている。


 故にこんな理不尽な体勢で鬼っ子の口近くまでフライドチキンを近づけることは困難だった。


 目の前でお預けを食らったせいなのか、鬼っ子の握力もどんどん強まっていく。


 いや、お前が近づけよ!? 努力をしよう、食う努力をさ! 体をちょっとずりずりと前進させるだけでチキンは目の前なんだぞ。


 生まれたての子鹿のように体を小さく震わせて狙いを定めつつ。


 ーー腕の力だけでフライドチキンに飛びついた。



「うわあっ!?」


 手が離れたおかげと後ろに引っ張られたせいで、僕は尻餅をついてしまった。


 思わず放り投げてしまったチキンは低空飛行した鬼が骨ごと捕食した始末。


 鬼パネェ……。これぞまさしくフライド・チキン。



「ぷはぁ、いやぁうんめぇな。空いたお腹に染み渡るぜぇ」


「お、おう。それはそりゃあ良かったな」


「いやはやぁ、助かったぜい。人間。どーも、ありがとー!」


「別にいいよ。ほら、こんな所にいた捕まって見世物にされちまうから、早く家に帰れよな」


 突き放すように言ってみると、鬼っ子は涙目になりながら上目遣いで口を尖らせて、


「……ウチに家なんて無い」


「……はぁ? なんで?」


「こう見えても家出して来たかんな! 裸一貫、放浪の身なんよっ!」


「あっそう。じゃあ好きに売られるなり煮られるなり好きにすると良いさ。僕には関係な……」


「そこで一つ提案があるんよ!」


 人差し指を突き立てながら鬼っ子は僕の言葉を遮る。


 ……嫌な予感がする。



「一食の恩。ウチに払わさせてくれんかね!?」


☆★


「おやおや、随分と違う気配がするなと思えば、どなたですかその方は?」


 テレビゲームを片手に燦が振り返る。


 結局、僕は鬼の子を連れて帰るハメになった。


 正直なことを言えば、面倒ごとは避けたかったから早歩きで逃げようとしたのだが、足首が砕かれて上手く歩けないという避けがたい事実のせいで、逃亡することは出来ず、そればかりか此処までおんぶしてもらう始末だったのである。


 その為に足首を砕いたのかとも思ったが、今となれば家に帰れたことが最早奇跡と言っても過言じゃない状態にある為、今は文句は言うまい。


 ただ、家に住まわせる義理もないから次の住所が見つかるまでの間だけどな。



「えっと、この子は……」


「ウチは琥珀。どうもよろしくな!」


「はっはっは。礼儀のなってねぇお嬢ちゃんですね。私、神ぞ? 讃え崇められるべきゴッドぞ? 初めての参拝者はゴッドに対しては三つ指ついて深々と頭を下げて挨拶をすべきではないですかねぇ」


「わざもりー。この人、頭大丈夫なのか?」


「あぁ……ちょっとピンチかもしんない……って、ジョーダンだからっ!? お前の頭はまともなのは僕が一番知ってるからっ! 三つ指ついて頭下げてる人間の首を締めるのはやめ……や……」


 なぅ……ろぉでぃんぐ……。



「それはそうと、自己紹介がまだでしたね。私の名前は燦。本当はもう少し長い名前があるのですがややこしいので燦様と呼んでいただければ十分です」


「何気に様付けを要求するあたりがクソ野郎だな」


「うるさいですよ。ザビエル風に髪を刈り上げてやりましょうか?」


「やめい! 男の子の髪を何だと思ってるのさ。髪は大切よ。髪は」


 頭をガードして抵抗している僕に対し、琥珀は手をブンブンと振り回しながら、


「よし、覚えたぜ。燦サマーだなっ?」


「おや、この野郎。やっぱりナメてやがりますね。神の威光で焼き尽くしてやりましょうか」


「威光? んなモンお前にあっただなんて僕は聞いてないぞ?」


「私の威光は当たった者を灰燼に帰す程の威力を有していますからね。シヴァ神のそれを超えているとも言われて……」


「……見栄を張ったな」


 僕はあえてじっと視線を送る。



「み、見栄なんて張ってねぇですよ!? そんくらいの力はあるかなーって……」


「見栄を……張ったな?」


「すみません。見栄を張りました。そこまでの力はございません。あえて言うならゴキブリをピンポイントに焼き殺す程度の威光です。そんな大それた力は持っていませんのことよー!」


 涙ながらの五体投地を見せる我らが神こと燦。


 いやはや、神様の上下関係ネタはシャレにならないんだよな。下手をすればガチで炎の槍とか落としてくるし。


 だからあえて釘を刺しておく必要がある。調子に乗りやすい神様は特に。



「まあ、もう好きに呼んで下さい。しかし、そんなことよりも琥珀さん。私としては一つ聞いておきたいことがあります」


「なんだ!? もしやスリーサイズか!?」


「貴女のスリーサイズを聞いたところで私には何の恩恵もありません。私が聞きたいのはただ一つ」


 燦は人差し指を突き立てて、


「貴女はゲームを嗜まれる方ですか?」


 ……はい?



「ハードは何でも構いません。ゲーム機からPCでも何でも構いませんが、ゲームは嗜まれる方かは是非とも聞いておきたくて」


「ゲーム……? 遊びってことなら鬼ごっことかなら得意だぜいっ!」


 琥珀が言葉を発した瞬間、その場が凍りついた。



「ふぅああああっ!? ゲームですよ!? 貴女、本当にマジに確信を持ってそれを仰っていますか!?」


「ええっ!? 違うのか!? じゃ、じゃあ、缶蹴りとかか!?」


「缶蹴りにハードウェアは必要ねぇでしょうが!」


「そもそもハードウェアって何だ!?」


「そ・こ・か・ら・だった・の・か!? チクショウっ! チクショウっ! これは完全にゲームをする世代じゃないお母さんタイプじゃないですか。掃除機でコンセントは引き抜く。セーブするまでゲームを待てない。挙げ句の果てにはゲームの特典を捨てると言った数々の暴挙を働くゲーマーにとっての天敵っ! こんなことがあり得て良いんでしょうか! いや、良くない! 良いはずがねぇですよぉっ!!」


「どうでも良いが一つ良いか?」


 小さく挙手する僕にジト目で不機嫌そうに『なんですか?』と聞いてくる燦。



「そもそも琥珀かゲームを嗜んでない方が良いんじゃないのか? そりゃあ趣味が共有できる方が良いだろうけどさ、この家にはパソコンが一台しか無い訳だし、テレビも一台しか無い。お前が購入したゲーム機も大体一つだけだ。取り合いとかになったら面倒臭いだろ?」


「ーー無ければ買えば良いじゃない」


 ……この野郎ッ!



「テメェ、我が家の財政危機についてどうお考えなのかもう一度お聞きさせて頂いてもよろしいでしょうかぁっ!?」


「痛ぁっ!? ちょっ、ゲンコツとか神に対してなんて無礼を働いてやがるんですか!? 極刑ものですよっ!? 貴方のご先祖様がこの光景を見たら泣いて悲しむとは思いませんかっ!?」


「うるせぇっ!? 神は死んだっ! 僕が殴ったのは家庭状況のことを全く考えていねぇクソ野郎だけだよっ! なんの問題もねぇ。むしろご先祖様だって大喜びだわっ!」


「とんだ腐った一族ですね。根絶やしにしてやりましょうかっ! あぁん!?」


「上等だっ! 今日という今日はケリをつけてやるから覚悟しろ……」


「おーちーつーけっ!」


 一発触発だった僕と燦の間に琥珀が割り込んだ。


 なんちゅう力だ。両手で軽く触れられているだけなのに動けないじゃないか。



「喧嘩は良くねぇぜ! ウチのおっかあも言ってたんだ。『家族たるもの皆仲良く』ってな。そもそも、ウチがその、ゲームってのをやれば良いんだろ? んまあ、あんまり手慣れて無いから下手だけどさ、覚えっから教えてくれよなっ! 燦サマー!」


「え、えぇ。ふむ。教えるとなればそれはそれで面倒臭いんですがね。ゲームは習うより慣れろですし」


「なんかそういう問題じゃない気もするけど、まあゲームも良いけど、ここに住むんだったら家の役割はちゃんと果たしてもらうぞ? 働かざる者、食うべからずってな」


「おうよ! ウチはこう見えても結構家庭的なんだぜぇ。毎日おっかあの家事の手伝いもしてたしな。まさに良妻賢母の卵みたいなもんさね!」


 ガッツポーズを決めて満面の笑みを浮かべながら琥珀は自画自賛した。


 自分で言う奴にロクな奴はいないって言うけど、まあ、一応期待だけはしておくか。



「それじゃあ、明日からよろしく頼むな。琥珀」








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