第一章 神頼りはあてにならないー4
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本日の後日談。つまるところ入れ違いによる60年間のすれ違いに終止符が打たれ、二人は仲良く家に帰っていった。
僕としてはこれでタエさんがうちに来てくれなくなるんじゃないかと、不安は募るばかりだったけど、解決した後も夫婦仲良く遊びに来てくれている。
万事解決だ。これで円満に日常を送れるって訳だ。
「それはそうと。一つ聞きたいことがあるんだけど良いかな?」
パソコンの前に座布団を敷いて、こちらを振り向きもせずにマウスを動かす燦に僕は尋ねた。
「あー。再会イベントの最中に話しかけるとは良い度胸をしておられますね。不注意な行動は死を意味しますがよろしいですか?」
「へいへい。了解ですよー」
くそっ。話くらい聞いてくれても良いじゃねぇか。
密かに拗ねる僕の心でも読んだように、燦はヘッドホンを外してマウスを動かす手を止める。
「やっぱり気になりますね。どうしたんですか。お腹でもくだしましたか?」
「仮にそうだとしたらお前に聞くことなんざこれっぽっちもねぇわ。タエさんのことだよ」
「あぁ。あの御老人のことですか。あの方がどうしましたか?」
「お前、どうして段治郎さんが下にいるってことを知っていたのにタエさんに教えてやらなかったんだよ。お前が教えていればあの人が60年も待つ事はなかったっていうのにさ」
「純粋に興味がありませんでしたからね。ただの人間の一人に過ぎませんし」
冷たい言葉だった。
こいつが人に関して無関心なのか、それとも神様という奴はどいつもこいつもこういう感じで達観しているのだろうか。
どちらにせよ、こいつにとっては僕ですら単なる群衆の一人なのかもしれない。
ーーそう思うと少し寂しい。
……ンなわけがないと思いたい。
「ですが、貴方の話を聞いて彼女に興味を持ちました。それで彼女の願いを叶えるべきか否かを考察した結果、叶えてあげようということで教えました」
「なるほど。じゃあもし叶えるに値しないと判断していたら……」
「そのままスルーするつもりでしたよ。まあ、貴方が見ている手前、それはありませんけど」
……なんだ。それ。
神様に願っても願いが叶わないとなると神主たる僕が働かなくなると思ったのだろうか。それだとしたら甚だ失礼な話だ。
巫女服女子に関わる時は仕事が二の次になってしまうことも多々あるけど、それ以外に関しては仕事は真面目にやっているつもりだというのに。
「結局のところ、願いが叶うか叶わないかなんて、人間の努力と工夫に我々が少しの後押しをするかなんです。神の力は有限ですから、何でもかんでも叶える訳にはいかないんですよ。叶えたところで見返りなんて殆ど無いんですから丁重に扱わないと」
「おいおい、お賽銭とかお供え物とかはちゃんとしてるじゃないか」
僕の指摘に対して地面を掘り進むことができるかのような深い溜め息を吐いて燦は肩を竦めた。
「はぁぁ。わかってませんねぇ」
「なんだよ、そのウンザリとした顔は」
「業守さん。お賽銭が神主さんが回収する前に使われていたりお供え物が食べられたりしているところを見たことがありますか?」
「時々ドロボーが盗もうとしてたり、食おうとしてたってとこなら見たことあるな」
「……ドロボーに好き放題にやられ過ぎじゃないですか。是非神社の境内にセ○ムを完備して下さい。お願いします」
食べられたり盗られたりする前に撃退してるから問題ないと思うんだけど。
「まあ、つまりイレギュラーが無い限りそのようなことは起こっていないということですよね」
「まあ、そうなるな」
「つまり、お供え物なんてそういうことです。ガラスの壁を隔ててその前にお金やご飯を置かれても意味が無いじゃないですか。食べることも使うことも出来ない物を渡されて、自分達はちゃんと渡しているだなんて主張された日には、単なる嫌がらせ以外の何物でもありませんよ。ホント」
「……世知辛いな。それ」
神様相手にタダで力を引き出しているのと同じようなもんだしな。
願いが叶わない時があるのも仕方ないのかもしれないな。
「てことで、私は神パワーを充電する為に少しばかりエロゲーに興じますので、部屋に入る時は雰囲気を崩さないようにお願いします」
「……ちょっと待った!? おまっ、何で充電しようとしてるんだよ!?」
「わかりにくければこう言いましょう。美少女ゲームで成年男子の様にちょっとハスハスしながら発電しようと思いますので、貴方は静かに料理家事洗濯を行っていれば良いのです」
……ますます分かりにくくなったような気がする。
ってか、女神なのにどうして美少女ゲームなんだ。普通は乙女ゲームじゃないのか。
そもそも神様は人間にはそんなに興味が無いんじゃなかったのかよ。テキトーなヤツだな。
もっと言うなら料理家事洗濯の全てを押し付けられた奴隷巫女様は一体何処に行ったよ。見栄はりなヤツだよ、ったく。
「話が分かればさっさと買い物に行って下さい。確かインスタントラーメンとレトルトカレーが切れていたと思いますので」
「へいへい。わかりましたよ」
「ちなみに私はレトルトカレーは辛口はいぱぁが好きでインスタントラーメンは豚骨背脂ちゃっちゃが好きなのであったら購入して下さい」
「……僕は中辛しか食べれないんだけど? あと、背脂ちゃっちゃなんてインスタントラーメンでそう売ってると思うなよ」
「……ちきん」
ここに人類と神の対決が始まったっ!
☆★
結局のところ、僕は無惨にもやられてしまった。
そして、買い物かご片手に、食えもしない超絶激辛カレーとレア度の超高いインスタントラーメンを買いに行くハメになったのである。
「痛ぇっ痛ぇっ痛ぇっ。どうしてあいつ着物であんなクイックに動けるんだよ。身体中ボロボロじゃねぇかよ、ったくよ」
体の節々が青アザと切り傷だらけで痛みが酷い。
燦の繰り出す神の十七の試練のうち、人間の身で十六まで耐え抜いて撃退した僕は流石だと思う。
流石に最後の最後で何億とも刀剣の雨を躱すのは人間の身ではきつい。
ってか、宙に浮いた状態のヤツをどうやって僕は引き摺り下ろせば良いというのだろう。無理ゲー甚だしい。
もっとも、奴のパソコンのハードディスクをおシャカにしてやったから、あいつにとってはほぼ相打ちと言っても過言じゃないだろう。
ハードディスクの盾とキーボードの剣は奴にとって伝説の武器に近い。
ブッ潰れれば苦しむのはヤツだからだ。
たいていのことは携帯とノートパソコンで済ませる僕からすればデスクトップを喪失したところで痛みは無い。ノートパソコンじゃデスクトップの性能に追いつかないからゲームには不向きだから、触りたがらないし。
これで少しは反省しただろう。人間をなめてもらったら困る。
「あたっ」
何かが足に当たった。
こんなところになんだよ、ったく。地味な硬さを誇るそれに僕はそっと視線を下ろしてーー。