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巳虎福(みこふく)様に祝福をっ!!  作者: 黒羽 夜咫
プロローグ
4/26

第一章 神頼りはあてにならないー3

          3



「いやはや、ただいま戻りました」


 午後5時頃、何処から持って来たかわからない携帯ゲーム機を持って意気揚々と燦が帰って来た。


 僕の知ってるゲーム機の形状からは大きく違うことからどうやら創造したらしい。


 神の力をこんなことに使用して罰が当たらないんだろうか。



「おいおい。遅かったじゃないか。あれ? カリタは何処に行った?」


「あんまり遅くなっても親御さんが心配しますし、家に帰しました」


「ほう。普段なら6時くらいまで駄々こねて粘るのにな。やっぱり女の人が言うと説得力があるのかね」


 疑問を口にした俺に燦は自信ありげに手に腰を据えて、


「こう見えても私は神ですよ。子供一人くらいなら納得させることの出来る抱擁力と対応力はあります」


「それはそうだよな。失礼した」


「しかし、あの子不思議なんですよね」


「と言うと?」


「私がゲームをしている隣で『うおおっ! 神だ!』と私の正体を看破したんです。あの子、もしかすると只者ではないのかもしれません。特に神であるとバレても支障はありませんが……消しますか?」


「うん。お前が思っているような力はヤツには無いから安心して思う存分、遊んでやってくれ」


 純粋な子供の感想が彼の人生を大きく狂わせるようなことになるのはあまりにも不憫すぎる。


 ってか、人間一人を消すとか物騒なことは止めて欲しいものだよ。ほんと。命は大事なんだからさ。



「それはそうと神を狩るゲームとは実に楽しい物でした。スタイリッシュに動き回って敵を翻弄して蹂躙する様は、絶対的な存在であることにふんぞり返って慢心している者たちに対して一撃をお見舞いすることが出来て、快感以外の何物でもありませんでしたよ」


「なに性格の悪い楽しみ方して、ホクホクとした笑顔で物騒なことを言ってんだよ。正気に戻れよ。お前が言っていること人間に置き換えたら世紀末のヒャッハーだからな」


「いえいえ、ヒャッハーは弱きを挫き強きに挫かれる存在ですが、私の場合、圧倒的な権力に対してそれでいて強く生きようとする可憐な一輪の花みたいなものですからね」


「へぇ、オオイヌフグリ的な……って顔怖っ! 目開いてこっち見ないで!? それ完全に人殺す時の目だからっ!? 人を射殺す目付きだから!?」


「……今度言ったら殺すぞ」


 声色を低くして刃の如き眼光を飛ばしてくる燦。


 け、敬語が無くなってはる!?


 この神、絶対元ヤンだ。神様の世界にヤンキーなんであるのか知らないけど!?



「了解でーす。そ、そう言えばもう少しで今日のお仕事終わりだなー。5時半になっても誰も来なかったらゲームにし戻っても良いからな。ほら、頑張って頑張って!」


「それは朗報です。気づかぬ間にもう5時25分。私のゲームちゃんたちはもはやすぐ目のま……」


「あのぉ、すみませぇん」


 窓の外から弱々しく扉を叩く音がする。


 この声は……。



「知り合いですか?」


「まあ、知り合いといえば知り合いなんだけどさ」


 不機嫌な様子の燦をよそに僕は小屋の扉を開ける。


 そこには小さいお婆さんが立っていた。


 身長は小柄で背筋は丸まっている。


 齢八十歳ほどの人で、灰色にも近い白髪を頭の上でお団子にして纏めているのが特徴だ。


 名前は坂巻 タエさん。ある意味此処の常連だ。



「タエさん。どうしたんすか?」


「あのぉ、此処に坂巻 段治郎って人は来ていませんかねぇ? 5時半に待ち合わせしてたんだけどぉ」


「さあ、見てないっすね……」


 僕は大袈裟に肩を竦めてみせる。


 丹羽 段治郎さんは苗字の通りタエさんの旦那さんだ。


 戦争時分に出兵した際、戻って来たらこの神社に戻ってくると約束したらしい。


 時間指定で5時半。それを過ぎたらその日は帰れないということを告げられたらしい。


 詳しくは知らないけど、二人にとってはこの神社は思い入れのある場所でタエさんも快く了解したらしいのだけど、しかしまあ、明けても暮れても段治郎さんは戻って来なかったようだ。


 そして長年この時間になったら来るのだけど、驚くべきはその年数。はや60年は経過している。


 親父が神主だった頃には既に通っていたらしく、三十代でもそこそこの美人かつ巫女服が似合いそうな人だったらしく、その度に賽銭を入れていたくれたことから印象に残っていたようだ。


 もっとも恋愛感情は一ミリも感じなかったそうだけど。


 で、当然のことながら、当の段治郎さんを見かけたことは無いらしい。


 これだけ待っても来ないってことは……もう。



「それはわかんないわよぉ。いやねぇ、あの人はいっつも待ち合わせに遅れて来るのよ。それでこっちが怒っているのに悪びれることもなくヘラヘラして、結局怒ってたあたしがアホらしくなってくるのよね」


「その話も聞いたよ。何度もね。んで? 今日も待つんですか?」


「そうさしてもらおうかねぇ。へへっ、ボンちゃんはホント優しい子だねぇ」


「人を飴みたいな名前で呼ぶのはやめて下さいよ。ボンボンってあまり良いときで使いませんですしね」


 僕は小屋の中に立てかけている事務椅子を取り出すと小屋の前に置いた。

 

 これはタエさんの特等席だ。一時間程したら人知れず去って行くから、それまでは小屋の中でいるのが僕の日課となっている。



「それじゃあごゆっくりどうぞ」


「はいはい。ありがとうね」


 タエさんは静かに微笑むとゆっくりと椅子に腰掛け、それを見計らい僕は扉を閉めた。



「可愛げのある人ですね」


「あの人が来ると帰るのが家に遅くなるから少し面倒ではあるけどね」


「だったら、この境内に家があるんですから家に帰れば良いじゃないですか。貴方が此処にいなければならない理由なんてあるとは到底思えませんが」


「ほら、あの人も歳だしさ。この神社で死んだりしたら曰く付きの土地になっちまうじゃん。それは神主としてどうよってことでさ、此処で見張ってる訳」


「とんだゲス野郎ですね、このボンは」


「てめぇ、ボンって地味に言いやがったな。あと、タエさんの家族からも頼まれてるんだよ。万が一のことがあったら困るから見ていてくれって」


「困る……ですねぇ。どういう意味で言っているのか定かではありませんし、興味もありませんけど」


 フンと鼻を鳴らすと燦は小さく静かに眼を細めた。


 まあ、本当のことを言うと一度会ってみたかったんだ。


 ここまでしてずっと待ち続けている段治郎さんを。



「しかし、私はゲームがしたいのであのお婆さんにお引き取り願いに参上する所存でございますがねぇ」


「とんだゲスはお前じゃねぇか。っていうか、お前は別に帰っても良いんだぜ? 僕に付き合う必要は無いんだし」


「良いですか? 神社とはつまり神の社。つまり神様の家。よって私のマイハウスなんですよ。マイハウスで人が死ぬのは私としても気分が良くないんです。業守さんも全く見知らぬババアが家で死んでいたら嫌ですよね?」


「だから僕がそうならないように見張ろうと……」


「何を言ってるんですか? 業守さん」


 燦は不敵な笑みを浮かべて、


「貴方は見知っているというだけで例外ではないんですよ? 貴方が今この場で死なないという確信はどこにも存在しないんですから」


「……お前は一体僕の身に何が起きると予想しているんだよ」


「強いて言うなら私が離れたと同時にロケットが落ちてきて直撃し粉々に霧散するとか?」


「そんなの不運を通り越して悪夢だわ!? それを言い出したらこの場どころか地球にいる限り避けられない危機だよ」


「それか私が離れたと同時に鬼が現れて食べられるとか」


「鬼なんて空想の産物だ」


「ある人は言いましたよ。神なんていない、と。でもこうして貴方の目の前にいるのですから鬼だっているかもしれません。それに、もしも人間が鬼と会ったら鬼は人間を食らうでしょうから、目撃談が無いのも納得いきませんか?」


「それはそうだけどさ……」


 まさに藪から蛇な話だよ。ったくよ。



「とにかく私は少しあのお婆さんと話をして来ますから心配ならついてきても構いませんよ?」


 僕はあえて燦の後をついて行った。


 今までの口の悪さを考えれば、タエさんに何か余計なことを言うのは最早必然であるからだ。


 それを止めるのが僕の役目だ。多少帰るのが遅くなるけど、常連さんを守らないと。



「少しよろしいですか?」


「おや、初めての方だね。どちら様かね?」


「此処の巫女を務めさせて頂いております。燦と申します。貴女のことは常々神主から聞いております。坂巻さん」


「おや、ボンちゃんの彼女さんかいな!」


「おいババア! 全然話聞いてねぇじゃねぇかっ! 耳の穴、綿棒で突き刺してくちゅくちゅしてやろうかぁっ! ああんっ!?」


「おーちーつーけっ! 自が出てるぞ!?」


「失礼いたしました。いえ、雇われ巫女です。掃除洗濯家事一切を任されました奴隷巫女ってやつです」


「えっ、なにその新ジャンル。そそられる」


「貴方は一回死んだ方が良いですね。お願いします。小刀で喉元を掻っ捌いて死んで下さい」


 冷たいなー。この人は。


 大体、小刀なんて持ってる訳……あれポケットになんか入ってるぞ。……小刀や……。


 なんでや、なんでこんな物が入ってるんや……。


 神は言っているのか。自害しろ、と。まあ、死んでたまるかよっと。



「で、その巫女さんがあたしに何の用だい?」


「貴女は此処で何をされているんですか? もしよろしければ教えて頂きたいんですが」


「あたし? あたしは人を待っているのさ。あたしの旦那をね」


「旦那さんですか。えらく物珍しい場所で待っておられるんですね」


「まあ、昔馴染みの場所だからねぇ。あの人ーー段治郎さんも此処が気に入っていたんでしょうね。ふふっ。この歳になると階段がキツいのよ」


 眉をハの字にして笑うタエさんに、燦は驚きもせずに静かに頷きながら、


「ーーこの歳って60年もの間ですか?」


 知る由を得ない情報を口走る燦に、タエさんは目を丸めた。


 当然だ。何年人を待っているかだなんて、今日や昨日来た人間にわかる筈がないからだ。


 それかもしかすると、信心深い人には分かる燦のゴッドパワー的なものがあるのかもしれない。


 ……神主の僕には全く感じないけど。



「貴女はいったい……」


「単刀直入に聞きます。どうして貴女は60年も来ない人を待ち続けることができるのですか?」


「不思議かい?」


「もちろん。60年という月日は貴女がたにとってはあまりにも長い。いかなる思いが朽ち果てたとしても、誰も文句を言う人はいない。それほどまでに長く険しい月日です」


 燦は真剣な表情でタエさんを見つめ言葉を紡ぐ。



「人間の感情というものはよくわかりませんが、貴女はもしかしたら待ち人が既に亡くなっているとは思わなかったのですか? もしも彼が亡くなっていたのであれば、貴女の徒労が無意味に終わる。それに対しての恐怖は無かったのでしょうか?」


「恐怖……っていうのは無いね」


「というのは?」


「段治郎さんは寂しがり屋なのよ。時間にもよく遅れて来るのに、誰もいないと寂しがるのよ。あの人が寂しい思いさえしなければあたしの徒労なんざ、あって無いようなものなの。それにほらすれ違いになってもイヤじゃない?」


「たとえ、その人が来なかったとしても?」


「来なかったとしてもよ。来るか来ないかなんて誰にも分からないからね」


 あまりにも穏やかで強い決意を秘めた瞳に、燦は思わず小さく息を吐いた。



「わかりました。会えると良いですね。その待っている人に」


「えぇ。ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」


 微笑むタエさんに燦は背を向けて歩き出す。


 家に帰るつもりか。まあ、余計なことをちょっとしか言わなかったから結果オーラ……。



「ーーちなみに此処の神社の効能は『怨敵必勝、縁切り、技術向上かっこゲームのみに限る』ですケド」


 その時、僕とタエさんに衝撃が走ったような顔をしてしまった。


 タエさんは二番目の効能、僕は三番の効能にだ。


 長い歴史のあるうちの神社に神主が知らない間に変なもんが追加されてやがった。


 技術向上かっこゲームのみに限るって野球とかのスポーツも含まれるよな!? まさかテレビゲームとかオンラインゲームだけじゃないよなっ!?


 ってか、神であるお前が言ったら今後聞かれるようなことがあった時に僕がそれを説明しないといけなくなるんだぞ!? すげぇ恥ずかしいだろうが!



「ま、せいぜい時間を労して下さい。時間は時として人を裏切り、積んだ努力も時として無慈悲にも崩れ去り、目の前にある目標も有無を言わせずもぎ取られるのが世の常ですが、それでも無駄ではありません。体力と忍耐力はつきますから」


「ちょっと燦。お前……なんてことを」


「あと、神様からのお告げです。場所はちゃんと指定した方が良いですよ」


 ……はい?


 燦は静かに微笑むと、黙って下を指差した。


 イヤな予感に僕は石段を駆け下りる。


 僕は見てしまった。


 石段の一番下にある神社の名前が書いた表札の前で、落ち込んだ様子で今にも帰ろうとしているお爺さんの姿を……。


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