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巳虎福(みこふく)様に祝福をっ!!  作者: 黒羽 夜咫
プロローグ
3/26

第一章 神頼りはあてにならないー2


        2


 結局のところ覗きをしても殺されはしなかった。


 ざっと、あばら三本、奥歯上下二本、上腕骨と大腿骨にヒビ、たんこぶ数カ所。吐血500ml程度で済んだのは、まさに幸運であるとか言えよう。


 軟弱な主人公なら死んでるところだ。全く手加減というものを知らないのか。


 二度とあいつの更衣室は覗きに行かない。頼まれても行くもんか。



「さて、どこから始めましょうか」


 輝かしいまでの巫女服に着替えた燦はまさに神そのものに見えた。


 白い衣からのぞかせる艶やかな四肢。上衣とは対照的に映えた真っ赤な袴。


 凛とした芯の通ったまっすぐな瞳は皆既日食時の光る黒い太陽のような美しさを放ち、見ているものを虜にすることだろう。


 神様でなければ迷うことなく口説いて電話番号と住所と好きなタイプを聞いてしまいそうなほどだ。


 大和魂がほとばしる和風美人を目の前にして僕は思わず息を呑み込むことしかできなかった。



「何をじろじろと見ているんですか。貴方の趣味とはいえ、やはり人に見られているというのは気分の良いものではありません。黙って目を閉じて地面に額をつけていてくれませんか?」


「いやいや、何をおっしゃいますやら。女神様。この榊 業守。今から三礼をした後に五体投地をしようとしていた所存でございます」


「貴方、今までの中で一番、私に対して敬意を見せてますね、ある意味ドン引きです」


「さあっ! そのお御足で私めを絨毯にしてお踏み下さい!? さあっ! 早く! さあっ!!」


 恐るべき速度で手刀が僕の頭に当たる。


 威力が半端じゃないせいもあるのだろう、地面に顔面からダイブをしてしまった。


 おっと、僕としたことが正気を失いかけていた。危うくこの女に色々と貢いでしまうダメ男みたいになるところだった。



「ったく。で、私はこれからどうしましょうか」


「そ、そうだな……。じゃあとりあえずこの箒で神社の境内を掃いてくれないか? で、参拝者が来て何か尋ねられたら道案内でもしてくれ」


「承知しました。お任せ下さい」


「わからないことがあったら携帯で電話をして聞く神と、直接聞きに来てくれ。僕はあそこの小屋の中でお守りを作ってくるからさ」


 僕は爽やかな笑みを浮かべながら燦に告げるとそそくさとその場を後にした。


 そして、プレハブ小屋に入り、事務椅子に深く腰掛ける。


 プレハブには窓が備え付けられていて、いつでも境内を見渡すことが出来たのだが、今はすりガラスになってしまったせいで、陽の光しか入って来ない。


 覗き見防止にオカンが取り替えたらしい。なんと余計なことを。


 辺りにはロッカーとダンボール箱。箱の中には御守りの効果がある自作したお札がある。


 これを袋に入れて紐で括れば完成だ。これまた立派な収入源になるから馬鹿にならない。


 時間は1時24分。3時くらいになったら燦にオヤツの差し入れでもしようかな。


(そういやこの時間は神酒さんが来る時間だな)


 神酒さんは頭頂部がバーコードになって恰幅の良い男の人だ。


 読んで字のごとく酒屋さんの社長さんで、この時間帯になると参拝に来てお賽銭をしてくれる、良い言い方か悪い言い方か常連さんとも言える。


 女の子が好きな人でよく巫女さんに手を出そうとして僕が止めるという、巫女服好きな僕がとる行動にしてはイレギュラーな事態をよく起こすという矛盾した行動を……。


 ーーちょっと待てよ。


 普通の女の子なら愛想よく対応したりするかもしれない。


 だけど、今いるのはーー神。


(ーー神酒さんが危ないっ!!?)


「ぬああああっ!!?」


 俺の直感が当たってしまったのか、小屋の外で男性の叫び声がした。


 思わず外に飛び出し、絶句した。


 一言で言えば、神酒さんが宙に浮いていた。


 もちろん独りでにでは無い。バーコードな頭を掴まれて高々と持ち上げられていたのだ。神に。



「おやおや、来て早々胸を触ろうとするとは良い度胸してるじゃないですか。サッカーをしましょう。私が蹴って、貴方がボールで」


「節子っ!? それボールちゃう。人間や!」


「はて、来て早々に胸を触ろうとする人間なんて見たことありませんが、わかりました。では、野球にしましょう。私がバッターでこの方はボール」


「本質的には何も変わってねぇよ!? むしろバットで殴られる分、更にひどくなってるわ!?」


「わ、業守クン。助けて……」


 潤んだ目で僕を見つめる神酒さん。


 おっさんの子犬のような瞳なんざ、気持ち悪くて吐き気がするが、助けない訳にはいかない。



「おい、燦。その人、神酒さんを離せ」


「ちょっと待って下さい。この方をミンチにしたら解放しますから」


「それは最早解放とは言わないんだよ。っていうかその人はお前にとっても大切な人なんだぞ」


「と、言いますと?」


「神酒さんはな。毎日来てはお賽銭をしてくれる、尊い方なんだ。この人のお陰で僕たちは飯も食えているしこの神社だっていざ修繕が必要って時になっても困らずに修繕出来ているんだぞ」


「確かに大切な人であることはわかりますがそれだけでは私にセクハラをして良い理由には……」


「神酒さんが来てくれなくなると、ブラウザゲームのプレイ出来る時間の大幅カット繋がるが……それでも同じ口が叩けるのか?」


 燦の体に衝撃が走った。


 神酒さんを離し、よろよろとフラつきながら片手で顔を隠しながら神酒さんを指差す。



「イズヒアゴッド?」


「イエス、ゴッド!」


「おぉ、我らがブラウザの神よ。どうか怒りを沈めたまえ。もし静まらぬ場合は彼を捧げますから」


 こいつ、あっさりと神と認めやがった。


 っていうか、こいつに神様としてのプライドってものはないのか。



「そもそもブラウザの神って誰だよ。ブラウザの神って。そして、何故、僕が捧げられるのか。捧げられて僕は何をされるのか。教えてもらおうか。燦っ!」


「いやはや、そんなこと決まっているじゃないか。業守君……いや、業守‘ちゃん’」


「なっ……」


 後ろから感じる気持ちの悪い視線に僕は思わず視線の主のいる方に顔を向ける。


 そこには尻餅をついたことによって付いた埃を払って不敵な笑みを見せるクソ狸こと、神酒さんの姿があった。



「ぐふふふ。最近若いモンが随分溜まっておってのう。手取り足取りを駆使して奴ら全員を満足させてもらおうというのじゃ」


「おいおい、クソジジイ。その肉にまみれたかアゴで何を言ってるのかわからないけど、もしその要求が性的な意味で僕の性的な描写が無いことにもしボクっ娘設定にしようとしているのなら、あえて宣言させてもらおう。僕は男だぞ?」


「ふっふっふ。うちの若いモン達は皆物好きでな。ーー男にしか興味が無いんじゃよ」


 撤退だ、撤退っ! エマージェンシーエマージェンシーっー!


 思ったよりもマズイ。男とわかった上での招待だなんて肛門が引き締まる思いしかねぇよ!?


 もちろん。歓迎って意味じゃない。俺の貞操は巫女服巨乳な黒髪美少女に捧げると決めているんだ。汚ねぇおっさんどもに捧げてたまるかっ!



「て、逃げようとしている僕の肩をどうして神パワーでを掴んでるんだ。燦。痛いじゃないか。神主を見捨てるつもりなのかね?」


「いえいえ。神主さんはパートでも良いかなって」


「それを本国の言語で見捨ててるって言うんだよ。何の遠慮もなくそのワードが出てきたお前の神経を疑うよ。チクショウめ。そもそもお前のミスだ。死ぬのはお前で良いだろ」


「いえ。私、こう見えても神ですから。神がいなくなるというのは些か問題ですし、お客様は業守さんをご指名ですし」


「もちろん。燦ちゃんも良いんだよぉ。ワシのアレをあーしてこうして……ぐふふふ」


 お下劣な下心丸見えの顔で何か妄言をのたまう神酒さん。


 僕とお互いを見つめ合い。


 ーー此処に神と人の間に提携が結ばれたっ!



「ーーさて、共通の敵には消えて頂いたところで引き続き頼むぜ。燦よ」



 神酒さんを奥さんに引き渡した俺は再びプレハブ小屋に戻っていた。


 神酒さんの奥さんは若奥様でどっかの美人コンクールで一位になる程の美人だ。


 スタイルも抜群で、お淑やかで微笑みがチャーミングで是非とも巫女服を着て頂きたいが、神酒さんの奥さんということで歯を食いしばって断念している。


 これだけ聞けばあのハゲ羨ましいなと思うのだけど、その実かなりのヤンデレで神酒さんが浮気をして家に帰った夜、かなり責め立てられるらしい。


 なにを責め立てられるのかは興味も無いから聞いてないけど、うちの神社に来れない日は腰痛になって会社も休んでいるということ。


 世間一般で言う、殺す系ヤンデレはメンヘラ系ヤンデレとは違い、大した害にもなっていないからザマアミロと言わんばかりだ。


 んでもって神酒さんも神酒さんで奥さんに突き出してもまたここに遊びに来てくれるから、多少のことなら気にしない性格らしい。


 まあ、体が何よりの資本だから末長くお大事にと行って心から願うばかりだ。


 もっとも、奥さんの身に纏う迫力の黒オーラがいつもの5倍は見えたから二、三日動けなくなるのは覚悟して頂こう。神様に手を出そうとした罰だ。


 あぁ、美人な奥様に責め立てられてぇ。



「にしても、単純作業とはどうも眠くなるな。飽きてきちまったよ」


 親父曰く一つ一つ思いを込めて作れと言っていたけど、数にして四百を超えると流石に思いも薄まる。


 んでもって、うちの神社の効能ってあんまりお守りにしても仕方ないんだよな。自分が持つにしてはあまり良いもんじゃないし。


 そもそも自分で言うのもなんだけど、僕みたいなさえない青年が作るよりも可愛い巫女っ子が丹精込めて作ったほうがよっぽど効果があると思うんだ。


 それこそ手渡しで『今年1年良い年でありますように』とか微笑みかけながら言われたら、もう一発で全てが上手くいくような気しかしないよ。


 気分的にはメイド喫茶のメイドさんがおまじないをかけて提供される割高な飯と似たような感じだ。


 本質は変わらない。ようは心っていう訳だな。



「お掃除終わりましたよ。業守さん」


「あぁ。お疲れ様。休憩する?」


「えぇ。そうですね。ざっと96年間くらい休憩させて頂きますね」


「させて頂きますねじゃねぇーよ。長過ぎんだろうがよ。普通休憩って謙遜して10分か15分くらいだろうが。何をしたらそんだけの休憩を許されるんだよ」


「……天地創造?」


「そんな大層な仕事、お前したっけ!? お前あの短い間に掃除しただけだろうが! 前言撤回。この御守りを作ってくれ。誠心誠意、丹精込めてな!」


 僕の指示に不貞腐れながらも渋々頷いてだらだらと席に着く燦。


 危うくエスケープされるところだったわ。危ない危ない。



「ところで業守さん」


「なんだよ。作り方がわからないのか?」


「いえ、そうではありません。要領はフィーリングで掴めるタイプなんですよ、私」


 袖を捲くって自信ありげに答える燦。


 ……どうでも良い情報だ。



「じゃあ何だよ?」


「業守さんは今はこの神社の神主さんをして下さってますけど将来の夢とか無かったんですか?」


「唐突に何だよ。改まって」


「いえ、少し働いてみて疑問に思ったんです。貴方のお祖父さんに此処の神に任命されてからというものの貴方の父上、そして貴方と何の迷いもなくこの神社を継がれましたが、他の夢は無かったのかなと思いましてね。もし他の夢があって、それを私が潰してしまったのなら申し訳ないな、と」


「ジョーダンは寝て言え。僕は好きで此処の仕事をしているのさ。チームワークもお互いの心の読み合いも気の使い合いも要らない、気楽で自由で巫女さんを見続けることが出来るこの仕事が好きなだけさ」


「ホント、貴方ってバカですね」


「バカで結構。そんなつまらないことを気にするのなら御守りを一つ作ることに『幸せになぁれ。萌え萌えキュン』って念じておけ」


 手でハートを作る僕を蛇蝎を見るかのごとく視線が突き刺さる。



「……キショイですね」


「キショイ言うな。つまらないものを売るには付加価値が必要なんだよ。人は価値に憧れ、価値に沈むんだよ」


「はいはい、わかりましたよ。では、そんな重要な役割は神主様にお任せして、私はお茶とお菓子を取りに行ってきますね」


「戻って来いよ。来なかったら探しに行くからな」


「わかってますよ。そんなこ……」


 扉を開けて燦は言葉を失った。


 顔には水が滴っている。


 水も滴る良い女とでも言うべきだろうが、折角の黒髪もびしょびしょに濡れてしまっていた。


 そして、のび太もびっくりの瞬間的な三段撃ちによって髪、顔、純白の上衣が濡れている。


 特に上衣は肌に張り付いて、薄っすらと肌色が見えているところが何とも色っぽい。


 んでもって彼女のことを構いもせず、扉の隙間をすり抜けてプレハブ小屋に潜り込んでくる影が一つ。


(もう、そんな時間か……)


 僕はこの犯人を知っている。


 ランドセルを背負って春夏秋冬関係なく水鉄砲片手に現れる小学生。



「おーい、ミコフクスキー! ゴッドブレイカーやろうぜ!」


 邪薙(やなぎ) 刈太(かりた)。小学二年生だ。


 うちの神社に来ては、携帯ゲーム機で僕と遊ぼうとする近所の子供であり、僕の弟子的な存在になる。


 同時に僕が五時間かけて巫女服の素晴らしさについて語ったら、僕の名前を勝手にミコフクスキーに変換した悪ガキである。



「おいおい、カンタ。僕は暇じゃないって言ったろ」


「カンタじゃねー。カリタだ! ミコフクスキーってばホントにあたまわりぃな!」


「ミコフクスキーじゃねぇって何度言い聞かせても覚えねぇお前の頭の方が悪ぃけどな!」


「な、なんだとー!? 九九いえるおれのどこがばかだっていうんだよー!」


「九九を言えることを誇ってるとこが馬鹿だって言うんだよ。あと、びしょ濡れ巫女服美女っていう何ともマニアックなシチュエーションを作ってくれたことは本当にグッジョブだけどな。相手を見極めきれてないとこが、もひとつ馬鹿だ」


「は、はあ? なにいって……?」


「ねぇ坊や」


 凍りついた笑みを見せながらしゃがみ込んであえて優しげな声色を出す燦。


 笑みが崩れない。仮面みたいな冷徹な笑みだ。


 目が笑ってないのが更に恐怖を増幅させる。


 目の前にズンとあれが現れたら僕ならビビる。



「まず、おねぇさんに言うことがありますよね?」


「ご、ごちそうさまです?」


「それは不適切な言葉ですね。このタイミングでそれを言う人間はクソムシ。一般的な人間は誰かに迷惑を掛けたらごめんなさいって言うんです」


 おいおい、人をクソムシ扱いするとは神の所業とは思えんな。ったく。


 ごちそうさま以外の言葉は無いだろうが……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。無言のまま全くの無表情でこっちを見つめるのはやめて下さい。今日の夢に出て来そうですから。お願いします。



「ご、ごめんなさい」


「よろしい。今日は許して差し上げましょう。あともうひとつ教えて欲しいのですけど?」


「な、なんですか?」


「このゴッドブレイカーと言うゲーム。一体どういうゲームなのか教えてくれますか?」


「ん、んとね。カミサマとでっかいけんでたたかうゲームです、はい」


「そこにゼウスやイザナギは出て来ますか?」


「たぶん、ですけど」

 

 しばらく沈黙する燦。


 マズイな。やっぱり神様を倒す系のゲームは神様に見せるのは死亡フラグか。


 でも、待てよ。人間が人間を倒すゲームなんて幾らでもある筈だ。


 だから、今回も……。



「業守さん」


「な、なんだよ」


「私、今からカリタ君と二時間ほどこのゲームやってきますからお仕事少しお休みしますね。あとは任せましたよ! ひゃっはー!」


 言うが早いか動くのが早いか、カリタの手を引いて燦は風の如く駆け抜けて行った。


 ……くっ、どっちがクソムシかわかったもんじゃねぇな。ったくよ。



「仕方ねぇ。僕も休憩するか」

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