最終章 巳虎福様に祝福を!ー4②
僕と琥珀、禊ちゃんの三人は並んで歩いていた。
「それはそうと、琥珀助かったよ」
「ん? そう?」
「もちろんさ。あのお前がくれたお守りのせいか知らないけど何とか生き返れたし」
そう、あの時厳密に言えば僕は一回、死んだのだ。
理由は失血死など複数あるけど、三途の川らしきものは見た気がする。
だけど、渡るか渡らないかの時に無数の鬼のお兄さんに囲まれて摘まみだされたのだ。
「うんうん。そいつは良かった良かった。あの人らウチの親戚みたいな人やからちょっとだけ融通が利くんよ」
「そうだったのか。それは助かったよ」
獄炎さんに連絡するかとか言われた時は流石に焦ったけど。
必死のパッチでごまかしたおかげもあってそれは免れたから良かった。
……獄炎パパ、僕のことあまり好きそうじゃないしな。『逝ってよし』とか言われたら焦っちまうよ。
「ふーん、アンタ、本格的に死んだら鬼に転職するつもりなのね」
「えっ、マジ?」
「そりゃそうよ。鬼のお守りに助けられたとあっては死んでから普通に人間の待遇をさせてもらえると思う方が厚かましくない?」
「そ、そんな……。でも、待てよ。考えようによると僕がこのまま死んだら確実に地獄いきだし人間のまま地獄に落ちるより鬼になったほうがマシなのかもしれない……」
「思考が完全に人間のクズね。自分で地獄行きだと決めつけてる人間なんてどこにもいないわよ」
「ま、死んだら死んだでその時考えるさ」
僕は大きく伸びをして辺りを見渡した。
銀行強盗が起こったにも関わらず何事も無かったみたいに商店街はワイワイと賑わっていた。
華々しい僕の生還の歓迎会なんて当然なく、本当にいつもながらのありふれた寂れた田舎ならではの盛り上がりを見せている。
人の数はそれほどいない。だけど、密になった人の繋がりが生み出す独特のざわめきがそこにはあった。
「相変わらずこの町は平凡だよな。ホント」
「まあまあ、この平凡さが良いんよ。血も暴力も無いんがね」
「そうそう。まっ、アタシが神様やってた時の方が百倍平和だけどね!」
自慢げに誇る禊ちゃんに僕は少しにやにやと不敵な笑みを浮かべながら、
「えっ、禊ちゃん。今も神様じゃなかったっけ?」
「はっ! そ、そうよ! そうに決まってるじゃない! 本当に失礼な奴ね!」
腕を組んで禊ちゃんはそっぽを向いた。
どうやら自分が神であることを忘れかけていたらしい。
ただ、そんな彼女もしばらくして少し目を伏せて、
「そ、此処であいつがいたら『神は私ですよ!』とか言って突っかかってくるのにね」
「そうそう。で、禊ちゃんと喧嘩するんよね?」
「け、喧嘩なんかじゃないわよ。アタシは正当な主張をしてるだけよ!」
「正当な主張もアイツに強引に捻じ曲げられるだけだよな」
「でもそんなあのバカもいないと寂しいものよね」
2人とも寂しげな表情を浮かべて肩を落とす。
警察にも言われたように燦の姿はどこにも見当たら無かった。
僕の病院のお見舞いに二人はちょくちょく顔を見せてくれていたのだが、燦に限っては一度たりとも来たことがない。
致命傷を負えば霧散して消える。だなんてゲームではよくあることだけども、まさか本当に消えてしまうとは僕も予想していなかった。
よく、あいつが『ゲームの世界に入りたい』とか『ゲームの世界なら私、最強級なんですけどねぇ』とか冗談で言っていたけれども、まさかこんな時だけゲームのようなことになるとはね……。
(本当に皮肉以外の何者でもないよ。ったく)
やるせない気持ちになりながら僕達は禊神社の階段を上がる。
生い茂る木々が風に揺れ、陽に照らされて生み出された陰がほんのりと涼しい心地よさを生む、
水を打ったように静まり返った空間にセミの鳴き声だけがまるでBGMのように音色を奏でる。
道中、僕達は無言だった。
おばあさんが毎日でも登れるくらいだから階段としてはキツくないけど、まるで口に封でもされたかのように口を閉ざしてしまう。
登り切った先には境内には閑散としていた。
閑……散……?
「巳虎福様って噂になってたんじゃなかろうもん?」
「誰もあのバカが此処の神だって知らないからね。此処の参拝客が増えるわけじゃないわよ。あと此処、すごく暑いし」
「なん……だと……。くっそ、こんなことなら宣伝しておけば……」
思わず拳を握り込む僕に琥珀は『まあまあ』と僕を宥めながら、
「一時的な噂で広がっても仕方ないんよ。皆が心の底から信仰してくれることに意味があるんやし。それにこう喧噪を離れて落ち着ける場所も悪くないとうちは思うんよ」
「そうだな。いやはや鬼の琥珀にご教授をこうむるとはね」
「鬼の方がようわかるってこともあるんよ。わざもり」
「おーい、早く家に帰るわよー! アタシのど乾いたー!」
離れにある我が家の玄関前で手を振る禊ちゃん。
確かに僕も警察署から出てきて何も飲んでないし。
此処、マジで暑い。
こんな場所で参拝なんてしたらそっこー死ねるよな。なんてな。
「ただいまー」
返事は返ってこない。
「当然か」
僕は台所に向かい、グラス片手に冷蔵庫を開ける。
ヒンヤリとした冷気が頬に触れて妙に気持ち良い。
琥珀が買ってきたのだろうジュースや軽く食べれそうなおつまみが不足する事なく揃っている。
種類も豊富だ。相変わらず準備が良いやつだ。
「さて、久々の我が家だ。居間でたまにはゆっくりとするか」
手元にあるオレンジジュースをグラスに注ぎ、居間へと続く襖を開けた。
変な巫女がいた。
黒くて艶やかな長髪に和風人形を思わせる整った顔立ち。
最近では事珍しい大和撫子だ。
……という僕の思いを嘲笑うかのようなごろ寝スタイルだった。
頭に装着されたヘッドホンと、ブルーライトを防ぐとされているゲーム用の眼鏡が妙に似合う。
細くて白いしなやかな指は人間辞めているとし言えない動きでゲームのコントローラーを動かしてるかと思えば、合間にポテトチップスを摘んでやがる。
……こいつ。
「ふっふっふぅ。さあ、大佐ぁ。私の鉛弾を舐めてもらう時が来でっ!?」
「おい燦。お前、エラくピンピンしてるじゃないか」
僕の蹴りが頭に直撃して轢かれたカエルみたいに床にへばりついてる燦。
びくっびくっと体を小刻みに痙攣させ、恨めしそうな顔を共に体を起こし。
「おぉ、これこれは。業守さん。お久しぶりです。えっと10日ぶりですか?」
「『ですか?』じゃねぇよ。お前なんでそんな元気なんだよ。撃たれたんだろ? なんか死にかけだったんだろ!?」
「あぁ、怪我なんて五分寝てれば治りますよ? 神殺し特典の付いてない武器なんて我々からすれば玩具です。業守さんもBB弾撃たれたら、痛いでしょうけど死にはしませんでしょ?」
「それはそうだけどさ……」
ったく、心配して損したよ。ホント。
でも、待てよ。五分で傷が治るってことはだ。
「どうして、お前はお見舞いに来なかったんだ?」
「……この新作ハードウェアを見てくれ。コイツをどう思う?」
「すごくぶち壊したいです」
「あーっあーっあーっ!! やめて下さい! その木槌どっから持って来たんですか!? そんなことはどうでも良い。この子に罪はありません! 殴るのであれば私を……!」
「誰か! この僕に今の時代の解説を頼む」
「アンタら、何してんのよ。帰って早々騒がしいわね」
台所から浅漬けされているのであろう野菜スティック片手に禊ちゃんが現れた。
片方の手には壺を持っていて、野菜スティックが大量に顔を覗かせている。
いつものごわごわとした伝統衣装的な服装では無く、Tシャツに短パンとラフな姿をしている。
少しダボついてるところを見ると、琥珀のやつだな。これ。
「禊ちゃん。今の状況を説明してくれ」
「禊さん。余計な事を言えば、お前を……殺す」
僕と燦の顔を見比べて禊ちゃんはとてつもない悪い笑顔を浮かべて、
「カンタンな話じゃない。燦がどっかのツテで欲しかったゲーム機買って、今日の今日まで散々ゲームに興じてたってだけよ?」
「口からでまかせを漏らしやがりましたねっ! ヤロウ、ぶっ殺してやりますよ!」
「お前の反応で禊ちゃんがでまかせを言ってるかそうでないのかが一発でわかるけどな。ちなみに資金は?」
「あのぉ、ウチが……ちょいと出しました」
申し訳無さげに琥珀が台所から顔を出す。
やっぱりお前だったのか。だいたい予想はっぷりについてたけど。
(ったく、死にかけても変わらないとはね)
相変わらずの傍若無人っぷりに溜め息をつく。
でもまあ、こうして燦が無事だった訳だし。一件落着というわけ……。
「あのぉ、もしもし。少しよろしゅうですか?」
唐突な声と共に僕の服の裾が引っ張られる。
振り返ると身長60cmくらいのスーツ姿のちっさいおっさんがそこにいた。
「はい? あのぉ、貴方はどちらさん?」
「ワタクシ、上位神議会の使いの者にゴザイマシテ、少し燦布羅座殿にお話が……」
「燦なら彼処に……」
指を差した先には誰もいなかった。
近くのベランダには窓が開いている。
……エスケープ?
「おーい、燦布羅座殿ぉ! 今回の件についてどんな思想があったのかについて上位神の方々からのお説……話を聞きたいとのことでゴザイマスコトヨ! 今すぐ戻って来て……」
「だ、誰が戻りますか!? あのおっさん共の説教長いんですよ!! 私の貴重なゲームの時間がぁぁ! 時間がぁぁぁっ! あとその名前で呼ぶんじゃねぇですよ、ハゲェッ!」
「大丈夫っ! 男性神がセクハラ、パワハラの危険性を考慮した結果、女神の方にお任せしてオリマス故ぇ」
「もっと危ないじゃねぇですか! ばばあの上位神なんて過激派かヤンデレしかいないじゃねぇですか! そんな殺伐としたところに呼ぶなんて鬼でもしねぇですよ!」
「そんなこと言わずに……」
声はやがて聞こえなくなっていった。
僕は禊ちゃんと琥珀と顔を見合わせて小さく溜め息をついた。
やれやれ、上位神から逃げれると思ってるのか。結末はどうかわからないけど、1つ言えることは。
僕はそのまま座り込んで両手を後ろにつき天井を見上げた。
「――巳虎福様に祝福を」




