最終章 巳虎福様に祝福を!ー2②
「くっ、ここまで来ればもう安心だろ」
切れた息を整えながら僕は上を見上げる。
そこには僕たちの目的地である銀行――目金銀行があった。
目金銀行は一応、この町にある唯一の銀行で町の住人は大抵ここに貯金している。
最も銀行としてはかなり小規模で、銀行員もちらほらのしかいない。
んでもって此処の銀行員は殆どこの町の住人であるから驚きだ。
歴史もそこそこに古いことから顔馴染みの人も多いらしい。
「しっかし建物だけは最新なんだよなー」
正面にある透明な自動ドアからはまばらにいるお客や店内の様子が伺える。
壁に有名な俳優を起用したクレジットカードの広告が無駄に電光掲示板で表示されている。
タッチパネルになっているようで見たいものをフリックで自分で選べるようになっているようだ。
最もその多くは、どれもこれもまるで全てがお得になるかのような売り文句ばっかりが大量に並んで、都合なよさげなアピールだと思う。
もっともこんなことに引っかかる程。客は馬鹿ではないんだけどな。
「業守さん! これやばくないですか! このカード使いまくりで旅行行けちゃうらしいですよ!?」
……ハマる奴もいることはよくわかった。
「これのポイントが貯まる頃には旅行十数回行けてると思うぜ?」
「な、なんと……。なんと卑劣な技なんでしょう」
「カードの魔力ってやつやねー」
「魔力!? はっはーん。アタシわかったわ。このカードは呪符なのね」
「うちんとこでも売ってないよ、呪符なんて。ってかそんな恐ろしいの売ってたら即刻アウトだよ」
もっとも、ある意味呪符よりも恐ろしい魔力であることには変わりはないんだけど。
「なるほど。それはそうとなによ、このでっかい建物は。アタシが見た時とはだいぶ変わってるけど。はっ、ま、まさか宇宙人が……」
目を丸めてものすごく物騒なことをつぶやく禊ちゃん。
『宇宙人が……』ってとても元神様の台詞とは思えない。
僕の思いを代弁するかのように燦が呆れ返った様子で、
「広義では宇宙人が作った建物ですが、あえて言わせて頂きましょう。違うよ?」
「なっ!? くっ……わ、わかってるわよ、急に砕けた物言いならないでよね! ア、アタシを誰だと思ってんのよ!」
人差し指を向けて堂々と言い放つ禊ちゃんに、琥珀と燦は首を傾げながら、
「“元”神様?」
「ナマズの化身?」
「おいちょっとこらぁ!? どさくさに紛れてナマズっつったわね! 誰がナマズよ、誰がぁ! あと琥珀も元は要らないわよ、元は!?」
「ツッコミが単調ですよ? 禊さん。ボキャ貧って言われますよ?」
「きぃぃぃぃ。アンタがいつまで経ってもアタシの認識を馬鹿にしてくるからでしょうが」
「おーけーおーけーですよ。だったら、崇高なる神である禊さんに質問です。この建物、どうやって入るのでしょう?」
燦の質問に禊ちゃんは凍りついた。
どうやら自動ドアの存在について悩んでいるらしい。
見たこともない人から見れば確かに単なる壁だもんな。
よほど迷っているのかぶつぶつとあーでもないこーでもないと呟きながらウンウンと唸っている。
が、それもつかぬ間。急に晴れたような顔になってポンと静かに手を叩く。
結論が出たみたいだ。
「ハン、そんなの簡単じゃない。取っ手を持って前にぐいーって押すか後ろに引けば……」
「取っ手? そんなものありませんよ?」
「はっ!? う、嘘でしょ!? あれ、扉でしょ? 扉なのに取っ手が無いのはおかしいですしょ!?」
「ほれ、見てくださいよ。あのガラスで出来た扉、取っ手のとの字も存在しないでしょ?」
「そんな……ほ、本当だわ。取っ手が……取れてるじゃない」
「取っ手だけに?」
「琥珀、冗談が寒すぎるぞ」
しかし自動ドアの存在を知らないとはね。
これがジェネレーションギャップの恐ろしさか。
仕方ない。一肌脱ぐ……。
「仕方ありませんね。見ていて下さいよ」
「お、おん」
禊ちゃんに一声をかけて燦は自動扉の前に立つ。
すると、当然のことながら扉が横にスライドして開いて、そこに燦がステップを踏んで中に入る。
出番を取りやがっただと!?
「な、なななあなななあんな!? アンタ、何したのよ!? ま、まさかエスパーだと言うの!?」
「ふっふっふ。これはですね、特殊な移動方法をすれば扉がおもてなしをしてくださぁっ!?」
「これ以上、ややこしくするんじゃない」
あまりにも余計なことをぬかすから思わずチョップしてしまったじゃないか。
特殊な移動方法をしないと入れない銀行なんて潰れるだろうが。
「これは自動ドアって言って、人がいるかどうかを確認するセンサーっていうものが上についてて、人が来たら自動で扉が開くようになっとるんよ」
「な、なるほど。その“せんさー”ってのがよくわからないんだけど?」
「うっ!?」
機械仕掛けの人形のようにゆっくりと顔を僕に向ける。
そして弱々しい声で『わざもりぃ』と助けを求めてきた。
だが、僕とて振られても困る。
僕だってセンサーが具体的にどういう仕組みなのかを知ってる訳じゃないんだ。助けを求められても力にはなれない。
普段、慣れているものでもいざどういう仕組みなのかと聞かれれば迷ってしまうことはあるもんだ。
「とにかくフィーリングですよ、フィーリング。さあ、さっさと用事を済ませましょう!」
「おいおい、そんなに急がなくても良いんじゃないのか? ぶっちゃけた話、お前暇人だろ?」
「暇人とは失礼な! こう見えても私、色々と準備をしなければいけませんからね」
「たとえば?」
尋ねた琥珀に対して、燦は自慢げに鼻を鳴らしながら手に腰を添えて
「店頭に並ぶ為のテントとか夜食とかフィーリングを高める雑誌とか……」
「お前もしかして徹夜で並んだりする系のじょ……女神なのか?」
「今、何故女子といわずに女神と言いなおしたんですか? 私は女子ではないと?」
「いや、だってそうだろ? お前、実年齢あれだしどう見てもばぶあじゃぁ!」
痛ぇっ……頭に槍が……。
ってか、槍はおかしくないかな? どっから出てきたのかな?
槍の刺さった頭を押さえてうずくまる僕に燦は腕を組みながら、
「いやはや、この人は女性に対しての思いやりが無いですねぇ」
「思いやり? なにそれおいしいの?」
「アンタね。人間として最低なことを言ってるわね」
「うっせぇ、事実は事実だろうが。なあ、琥珀?」
「うん。これはわざもりが悪い」
くっ、僕の唯一の味方まで敵に回っているとは。
女子という団体のなんと言う団結力。ほんと恐れ入る。
「まあ、それならそれで良いから。早く入るぞ。こんなところにいたら邪魔になるからな」
「妥協的逃走ですね」
「お前は帰ってもええんやで? もちろんゲーム機は無しだが」
「くぅ、人質とはズルイデスネ。仕方ありません。いざ出陣です!」
お前は既に中に入ってるじゃないか。何をいまさら。
「ちょっとドキドキするわね。入ったら電流が流れたりは……」
「大丈夫なんよ。普通に入れば良いだけやし」
「そ、そうね。うん。じゃあ……」
恐る恐る禊ちゃんが第一歩を踏み出そうとした瞬間。
――扉が閉まった。
扉が禊ちゃんを拒否したようです。
「……」
うるうるした瞳でこちらを見ないでくれ。反応に困るから。
「センサーの調子が悪いんだよ。ほら……」
僕が扉に近づくと扉が開いた。
なんだ。なんの問題も無いじゃないか。
(やれやれ、まあこれで禊ちゃんの機嫌も治るだろ。こんな些細なことでも一大行事だよ)
禊ちゃんと琥珀の手を引いて中に入る。
しかしえらく静かだな。
もうすぐで閉店時間とは言え、水を打ったみたいに物音ひとつしないなんて……。
「……」
熱い視線が僕達に注がれる。
顔には目と口だけ出た覆面。手には銃火器。
5、6人の男達と手を挙げたまま微動だにしない銀行員の方々の視線だ。
「……ウェルカム」
地上で最も要らない歓迎をされてしまった。




