最終章 巳虎福様に祝福を!ー1
1
それは空も燦々と晴れた暑い日のことだった。
「ほーら、もっと集中しなさい! 雑念がこみ上げているわよ!」
腕組をしながら甲高い声で檄を飛ばす禊ちゃん。
此処、禊神社の神様であり、現神様のアドバイザー的な役割を務めてもらっている。
その判断は幸運にも成功だったようで、徐々にだが参拝客の数が増えていっている。
まあ、禊ちゃん様様と言わんばかりだが、現神様は不満があるようだ。
「ぶー。今集中してるじゃないですか。頭悪いんじゃあないですか?」
日本舞踊的な舞を踊りながら文句を垂れているのは現神様こと燦だ。
元々、ていたらくな生活をしていた彼女からすれば、今の規則正しい生活はよほどしんどいものなのだろうと思われる。
ただ、だ。禊ちゃん曰く『神様の仕事をほとんどしていなかった』らしく、この神社の清浄さは皆無となり、悪念魍魎が飛び交っていたようだ。
挙句の果てには貧乏神と疫病神と死神が神社の社で酒盛りを頻繁に起こしていたのはもはや大事件と言えるレベルで、全身全霊を込めて退散させたのは良い思い出である。
衝撃的な事実と言えば、もし清浄な結界を張れていたなら、サンガの部下たちが神社の境内に入ることすら不可能だったってことだ。
もっとも、それが無ければ琥珀が僕たちの一員になることは無かったのだからあながち悪いことばっかりじゃなかったのだけど。
ま、燦ばっかりに任せるのはあまりにも心ぐるしいから僕も神社内を掃いて掃除しているところだったりする。
「燦サマーったら、何しとるん?」
玄関先から出てきた琥珀は僕に尋ねた。
その豊満な胸元には清浄な結界のなかでも生活が出来るように作られた特殊な首飾りが下げられている。
制作の主が禊ちゃんと燦のせいか、RPG要素の強さと日本神話っぽさが入り混じった俗にいう中二病チックなデザインと化している。
流石にこれを町のなかで着けていくのは恥ずかしいのか、町中では外していることは二人に内緒にしてあるらしい。
「あれか? あれは何ていうか清浄さを保つために舞らしくてさ、毎日行うべき行事らしいんだよ」
「ふーん、神様も大変なんやね」
「まあまあ、高位の神様なら存在するだけで正常な空気が保たれるんだけどさ。燦はそこまで上位な神様じゃないらしくて、毎日ああして清めているらしいよ」
もっとも燦の野郎、神様の仕事の作法のさの字も知らなかったらしく、禊ちゃんのレクチャーを受けているところなのだ。
まあ、ゲームの神なんて名乗っていたから多少は怪しいと思っていたけどまさかここまでとは思わなった。
そもそもあいつは何をしてたんだろうと疑問に思うところではあるが、今しごかれているからよしとしよう。
「業守さあああああん。助けて下さいぃぃ! 巫女服美女が泣いてますよ? 良いんですか? 榊家の名折れですよ?!」
「いや、お前がその仕事サボったら色んな意味で榊家没落するからさ、此処は涙を呑んで耐えようと思ってる所存だ」
「はぁ!? なんですか、そのバカみたいな戯言は!? ぶん殴りますよ!?」
「ほれほれ、気が乱れているわよ。このままじゃあ明日になっても終わんわよ!」
「ふぁっく、禊マジファックですね。くぅう。私の平穏な日常は終わりを告げたのでした」
「なに、ゲームの主人公みたいなこと言ってるんよ。燦サマー。ほらほら、スイカ冷やしておくから頑張りぃ?」
「うへぇ、ゲームの主人公なら良いですよ。まだ楽しいですから……ってゲーム?」
きょとんとした表情で一瞬考え込む様子を見せる燦。
一体、どうしたんだ。あいつ。
「そういえばですね、禊さん。今日は何日ですか?」
「それは今、関係あるのかしら?」
「モチベに大きく関係あります。さあ、早く答えを!」
「もう……七月十日よ。何か文句で……」
「ふぁああああああああ!」
目をひんむいて声高々に叫ぶ燦。
どこから声を出したか分からないような奇声に近い声に僕たちは視線を向けた。
「ど、どうした。変な声を出して」
「こ、こんなことがあって良いんでしょうか。いや良くない」
「勝手に自己完結すんなよ。気になるじゃないか」
「そう、みなさん、この時がやってきましたよ」
意味深な表情をしながら燦が口を開く。
社の階段に手を組んで少しうつむきながら座っているその姿は某巨大人造人間的なアニメに出てくるサングラスをかけた総司令官を思わせる。
燦と両隣には二つの人影。もっとも人影というものの人ではないことがミソである。
「ほうほう。なにがあるん?」
首を傾げながらキョトンとする琥珀。
あまり世間的な事情に詳しくない彼女は燦の思惑がいまいち掴めていないらしい。
「今日はですね。なんと……」
燦は太もも大きく叩いてそのまま立ち上がり、
「今日は新型ハードウェアとそれに伴う専用ゲームソフトの販売日なのですよ!」
「……却下ね」
腕を組んで踏ん反りながら禊ちゃんが告げた。
「はぁ?! なんでですか!? バカなんですか、死ぬんですか!?」
「馬鹿なのはあんたよ。どうして人間の娯楽に神が反応しないといけないのよ。あんたはもっと神としての自覚を持つべきよ」
「神? あーはいはい。一枚二枚って数えるあれですね。この前、神酒さんがトイレで使ってましたよ」
「あんた、本当に命知らずね。頭湧いてるんじゃないのかしら?」
「でも、燦サマーは楽しみにしとったんやろ? それを却下するんはどうかと思うけど……」
「そうですよ。流石琥珀さん、よくわかっておられますねぇ」
燦のヨイショに琥珀は照れながら『えへへ』と無邪気な笑みを見せている。
だが、眉間に寄っている禊ちゃんのしわが更に寄って、
「琥珀。この馬鹿は甘やかすとどこまでも付け上がるから締めるとこは締めといた方が良いわよ。そうよね。業守」
「まあ、そうだな。ハードウェアならうちの家に腐るほど置いてあるから今のところはそれで満足していても……」
「黙れ、人間風情が」
「決定。購入は却下する」
「そ、そんなことは言わないでくださいよぉ。業守さん~。私と貴方の仲じゃあないですか」
すり寄るような気持ちの悪いネコナデ声を出す燦。
こういう時に限って巫女服でなおかつ美少女なのが憎たらしいところだ。
「いや。お前さ。それが交渉する人間の態度か?」
「人間じゃありません。神です」
「神ならゲームなんていらないわね」
「誘導尋問やないですか!?」
「燦サマーがどうしても欲しいんやったら最近頑張ってるし良いんちゃうかな? なんか息抜き出来るものがあった方が頑張れるっていうし」
琥珀の提案に僕は少し考えた。
確かに目の前にご褒美をぶら下げていたほうが何事も頑張れるというものだ。
あんまりスパルタにしても下手をすれば脱走しかねないし。
……神様相手にどうしてこんなことを考えないといけないんだ。
「そうだな。じゃあ今回は特別だぞ」
「えっ、業守!? あ、甘やかし過ぎよ」
「良いんですかぁ!? いやはや流石業守さんです。どっかのぺったんこナマズとは格が三段階くらい違いますよ」
「もし、それが私のことを言っているのであれば容赦しないわよ。燦」
小躍りをしながら喜ぶ燦に禊ちゃんが釘を刺す。
「ちなみにさ。禊ちゃんは何か欲しいものとかあるかい?」
「は、はあっ!? そ、そんなのアタシにあるわけないじゃない! ば、ばっかじゃないの!? アタシ、神ぞ!? ゴッドぞ!?」
「でも、燦サマーも神だし、神だから何かを欲したらあかんってわけやないんやし」
「そうですよ。欲望に忠実になりましょうよ。欲しいものとかあるんでしょお?」
にやにやと笑みを浮かべながら燦が禊ちゃんに顔を近づけていく。
ゲス顔と言いセリフと言い、完全に悪魔以外の何ものでもないな。
「そうね……。強いて言うなら町の皆の笑顔かしら?」
「……解散」
「ちょ、ちょっと!? へ、変なことを言った!?」
目を丸める禊ちゃんに燦はうんざりとした顔で肩を竦めて、
「かっ、5点ですね。そんなものなら町にいるロリコンの前でパンツでも見せてくりゃあ喜ばれますからどうぞしてきてはいかがですか?」
「し、辛辣っ!? 泣くわよ!」
「じゃあ、明日買いに行きましょう。いやはやワクワクしてきました」
「あっ、でも金を下ろしてからと此処の浄化が終わってからな」
「あああああああああっ! くそっ! くそおっ! わかりましたよ。見ていて下さいよ……」
騒がしから一転、急に静まり返る燦。
なんだ、このバトルもの的なオーラは。緊迫した空気に息が詰まる。
「はああっ!!」
某ドラゴン玉みたいな掛け声とともに燦が目を見開く。
するとだ。驚くべきことに一瞬にして空気が澄んだ物へと変貌した。
「お前、やれば出来るじゃないか!」
「そ、そうよ! どうして最初からやんなかったのよ!」
「いやあ、どこまで最小限の力で出来るを測っていたんですよ。まあ、本気を出せば、こんなものです」
自慢げに胸を張る燦をよそに琥珀が首を傾げている。
何か不思議そうな顔をしているけど……。
「なんか清浄な空気を作ってっていうよりは殺気を飛ばして近くの邪気を威圧して消し飛ばしたに近いような……」
「あーあーあー! 細かいことはどうだって良いんですよ! ほら、結果オーライじゃないですかね、業守さん。禊さん!」
「まあ、強引だけどそのままのとおり結果オーライじゃないかしら」
「よっし! だったら善は急げです。早速行きますよ!」
「はぁ、何処に?」
「決まってるじゃあないですか」
燦はしたり顔になって、
「――銀行ですよ」




