第三章 無くしたものは何ですか? はい、龍っ娘ですー2①
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「古井戸が裏山にあるなんて聞いてねぇよ」
僕は思わず辟易とした声を出した。
問題となった古井戸だけど、よりによって僕の家のある神社のすぐ近くにあった。
どうやらそこで取れる水がとても美味しいらしく今でも色んな人が水を取りに来てるらしい。
だからこそ、町の人からの苦情が絶えないと言ったところだろう。
(しっかし、車で行けないのは辛いな)
神主の正装をしたうえで山を登るのは流石に勘弁して欲しい。
動きにくいんだよな。全体的にぶかぶかで。
しかも、山歩きに適した運動靴ではなく足袋に草履といった昔ながらのスタイルだ。
平坦な道しか歩いてない現代人にとってはとてもじゃないけど足が疲れる。
こういう時、山伏の人とか尊敬するよ。あの人達一日中足袋に草履だし。
「あぁぁあーしんどいぃぃ、家に篭りたいぃぃ。足が疲れましたぁぁぁぁ。この山、削り取ってやりましょうかねえぇぇ」
「こら、燦サマー。自分の足で歩けよー。ほら、あともう少しなんよ?」
琥珀に足を引きずられながら燦が喚いている。
琥珀は快く来てくれたものの、燦本人は『引きこもりたいでござる』とか言っていた。
でも、家にいてもロクなことをしないからな。
あと、万が一の時にはこいつの力が役に立つ。
何があるか分からない世の中だ。保険は掛けておいても良いだろう。
「『もう少し』って言葉は聞き飽きましたぁぁぁ。もう少しもう少しと言ってこき使う。それは社畜以外の何物でもありませんよぉ」
「うるせぇわ。お前も一応、禊神社の頭数の一人なんだから協力しろ」
「そうなんよ。燦サマー。折角ご飯を頂いとるんやから一食一飯の御恩は忘れるべきじゃないんよ?」
「くっ、二人から責められるとは。では、ここで提案させて頂きましょう」
人差し指を立てて、燦は不敵な笑みを浮かべる。
「歩くのしんどいんで宙に浮いても良いですか?」
「却下」
「ぬぁんでですか?!」
「いや、此処なんだかんだで人通りがあるらしいしそんな所で宙に浮いてる人間を見掛けたらたちまち話題になっちまうじゃねぇか」
「宣伝だと思えば良いじゃないですか!」
「この『私はゴッド』蜂巻と7段階変化する羽付きはっぴを着てくれたらな」
「……私、ラスボスにでもなれと言うんですかねぇ」
ジト目で僕を見つめる燦。
なんだ、こいつよくわかってるじゃないか。
「おう! そんなことはどうでも良いけどさ、あれがあの井戸じゃないん?」
琥珀が指を差した先にあるもの。
古びた井戸だった。
鬱蒼と生い茂る雑草が生み出す湿気がやる気をごっそりと持っていく。
あちこちカビてるところを見ると、どうやら手入れはされていないらしい。
手入れされていない場所でも人が集まるのか。パワースポットみたいな感じなのかね。
「此処が問題の場所か……」
「ケッ、湿っぽい陰湿な生物が住んでそうな場所ですね。ぶっ壊してやりましょうか?」
「いやいや、それはいかんだろーよ。燦サマー。これはみんなの井戸なんよ?」
「おやおや、その井戸に対する妙な愛着心。さては貴様スタンド使……」
「関係皆無だろ。マナーの問題だ。マナーの」
良心を学ぶべきだろ。神様に今更言うことじゃないけど。
「さて、それじゃあ此処に清めの儀をしてお札を貼って……」
「待って下さい」
踏み出そうとする僕を燦は手で遮った。
「な、なんだよ」
「この気配、なにかいます。これ以上踏み出すとやられますよ?」
いつに無く真剣な表情をする燦。
何かってそんな得体の知れない物の怪的なのが現代にいるってのか。
「そこにいるのは分かってるんですよ。姿を見せたらどうですか?」
燦の言葉に引き寄せられるように草むらが左右に揺れ動く。
目の前にある気配がぐっと濃くなったように感じる。
琥珀もそっと身構えて臨戦態勢を取っている。
なにがいるんだよ。一体、なにが……。
「やれやれ、バレてしまったのなら仕方がなるぁぅしやっ!?」
出てきて数秒、その気配の主の額に三又の槍が突き刺さった。
投げつけられた槍の威力のせいか、その主は吹き飛んで井筒に直撃した。
……はい?
「ア、アンタ、酷くないっ!? ア、アタシ初めてだわ。初対面の人に槍刺されたの!」
「いやー金髪のマセ餓鬼に大切な私のゲームタイムを邪魔されたのかと思うと……ついですね」
「ついじゃないわよ! 痛ぁっ! マジで後頭部痛ぁっ!」
後頭部を摩りながら金髪の少女は泣き喚く。
いや、痛がるところ後頭部じゃなくて額じゃないかなーと思うんだけど。
(……にしても、この子変な子だな)
西洋系な人を思わせる金髪碧眼の少女だ。
歳は琥珀と大差ないくらいだ。異国の服なのか日本ではあまり見られないような伝統衣装っぽい服を着ている。
それだけなら観光客かなとも思うんだけど、問題なのは頭の両サイドについた珊瑚みたいな角だ。
カチューシャを着けてる様子はないし自前のものだとしたら……物の怪なのかね?
「それにね。アタシは餓鬼って言われる年齢じゃないわよ」
「ハン、貴女見栄を張ってんじゃあねぇですよ。どう見てもロリじゃねぇですか」
「言ったわねぇ。聞いて驚きなさいっ! アタシは今年で781歳なのよっ!!」
ドーンと無い胸を張って自慢げに誇る少女。
「あーはいはい。見栄を張らなくても良いですよー。幼児はお家に帰りましょうねー」
「アンタね。全然信用して無いでしょ。誰が幼児なのよ! 誰がぁ!」
「まあまあ、とりあえずさ。お名前だけ教えてもらっても良い?」
体を前にかがめて少女に尋ねる琥珀。
そうだ。場合によっちゃあ警察に届けてあげたいし。
「むっ、仕方ないわね。聞いて驚きなさい!」
少女は真っ平らな胸を拳でトンと叩きながらさぞ自慢気に、
「アタシはね。この一帯を取り仕切る『禊神社』の龍神、天禊乃神。気軽に禊様と呼んでくれて良いわよ!」
僕は思わず琥珀と見合わせる。
禊神社って……。
「あ、あの……キミ。勘違いじゃないかな? 禊神社ではそんな神様、祀ってないけど」
「いやいやいや、何を言ってんのよ! 神主に聞いてみなさいよ。ちゃんと答えてくれる筈だから」
「い、いや、お嬢ちゃん。この人がその禊神社の神主さんなんよ」
琥珀の説明に禊ちゃんは首を傾げながら、
「はあ? アンタ、名前は?」
「僕の名前は榊 業守。一応禊神社の神主をさせてもらってるけど?」
「はぁ? それこそジョーダンじゃない? 禊神社の神主は榊 業障。変なヤツだけど一応、神主だった筈なんだけど?」
堂々と言ってのける禊ちゃんの言葉に疑問を持たざるを得なかった。
業障だぁ? うちの家系にそんなヤツいたっけ?
僕は禊に断りを入れて電話を掛ける。
山奥のせいもあって電波のアンテナが一本しか立っていない。
逆に言えばよく立っていてくれたものだと思う。電話する為だけに山を降りたくないからな。
掛ける番号は当然爺さんのだ。
諸用で海外にいるクソオヤジよりまだ国内にいる爺さんに電話した方が早く解決するからだ。
「もしもしジイちゃん。元気?」
『おお、業守か。どうじゃ? 巫女服女子と結婚する予定は決まったかの?』
「いや、そんな予定は当分ないんだけどさ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど良いかな?」
『おうおう。恋愛ごとかの? 若いもんの考えることは常にエロスに満ち溢れて……』
「そういうことじゃねぇよ。ひいじいちゃんの時代にいた神様ってなんて名前か覚えてる」
『覚えてるわけないじゃろうが、バカ孫め』
「そう言うと思ったぜ。クソジジイ」
ここまでは予想内だ。本題はここからだ。
「じゃあさ」
『ほうほう』
「ーーひいじいちゃんの時代の神様の見た目ってどんなんだったか覚えてる?」
僕の質問に爺ちゃんは少し黙り込み、
『西洋人系の童女っぽい女じゃのう。あのクソオヤジは希少な変態じゃったからついに外国の女に手を出したのかと思ったわい』
「おーけー☆ ありがとうな、爺ちゃん」
『なんじゃ。急にいった……』
さて、用は済んだ。
確定して言えることは。
「燦、琥珀。その子、確かにうちんとこの神だわ」
「なっ!?」
「なんですと!?」
「ふっふっふーっ。そうでしょそうでしょ。ようやく気付いたようね。そう! アタシこそがそう、禊神社におけるか……」
「ただし、僕の三代前の時のだけど」
自慢気に誇る禊ちゃんの顔が一転、石仮面のように凍りつく。
「さ、三代前って、じゃ、じゃあ! 今の神は?」
「あぁ、私です」
「アンタは黙ってな……ってえええっ!? アンタがカミ?! ナンデェェェっ!?」
「いやはや、業障さんの息子、業災さんから神になってくれと言われましてね。いやぁ、面倒だと思っていたのですが引き受けてもう三代目になります」
ペコちゃんみたいに舌を少し出して、燦はウインクをした。
琥珀は『ほうほう、そうだったのか』と納得した様子で頷き、禊ちゃんは地面に四つん這いになりながらプルプルと震えている。
まるで子犬みたいだ。
「……認めないわ」
「はい?」
「しょしょしょ勝負よっ! ええっと……」
「燦様で良いですよ?」
「燦様……って、なんでアタシが様付けしないといけないのよ!?」
「くっ。バレたか」
「もう良いわよ、このへっぽこ神。ケチョンケチョンしてあげるから覚悟しなさいよね!」




