第二章 落し物が鬼だなんて聞いていないー4
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今回の後日談。
僕らが帰った時にはもう日も沈みかけていた。
琥珀の一件がひと段落ついて僕たちが家に帰ってきても、僕たちの日常にはなんの変化もなかった。
ただ、一つだけ変化が起こったとするのなら、サンガの仕切っていた組が構成員不足によって解散、琥珀の組と合併されることになったということだ。
理由はとても簡単で僕の家を急襲したメンツが悉くやられていき、その度どんどん構成員を僕の家に向かわせた結果、引き返しのつかない状態にまでなってしまったことが原因らしい。
燦が言うにはいちいち時間を空けて来られると面倒だったから、半殺しにしては仲間を呼ぶように脅し、呼んできた敵を半殺しにしてはの繰り返しをしていたらしい。
まあ、当の様子は分からないが、生き残った構成員いわく『羅刹がいた』『あいつと対峙して生きているほうが不思議』『燦様、どうか気を静めて下さいお願いします』などなど、神社とは到底思えないほどの阿鼻叫喚が響き渡っていたようだ。
一体、僕の神社がどうなっていたかなんて想像したくもないが、燦が無事にいて、神社が半壊すらしていないこの状況を僕は喜んだ方がいいのだろう。
もっとも、阿鼻叫喚の声が響き渡っていたことが今後の集客に影響しないかを願うばかりだ。
『いやはや、ぼかぁ君ならやれると信じていたよ。業守クン。キミの巫女服に対しての異常な執着力があればどんな困難も乗り越えていけるとね』
電話越しでカズトがケタケタと笑ってくる。
呑気なもんだな。こいつ。
「いやいや、今回はたまたま運が良かっただけさ。正直、サンガのワンパンで息絶え絶えになっていたのは事実だし、あいつが僕を挑発しなかったらそのまま死んでいただろうからね」
『それにしても運の問題で済ますにはあまりにも出来すぎた話だよ。もしかしたらキミのところの神様が運命を操作したんじゃないのかい?』
「アイツはそんなつまんねぇことはしないさ」
『ほう? なんでだい?』
「だって、あいつはゲームの神様だぞ? ゲームってのは成功するかしないかのぎりぎりのラインで行き来するから楽しいんであって、勝ちゲーが確定するサマなんてつまらないだろ?」
『人の生き死にさえもゲームか。実に恐ろしい神様だ』
「本当に恐ろしいのは金の為に友人を売ったお前の方だけどな」
僕はあえて軽口をたたくように言ってみる。
カズトの場合、本気になって怒ろうが、悲痛な声をあげていようがあまり響かない。
寧ろ、『お前の出したタチの悪いジョーダンなんざ敵じゃねぇ』って態度をした方が多少は嫌がる。
出した料理をマズイの一言で終わらされたような感じらしいけど、カズト本人が言うことだから本当かどうだかわからない。
『はて、僕がキミの情報を売ったって? それは実に心外だな。僕は泣いてしまいそうだ』
「あの鬼頭がゲロったぞ。お前から僕の家の場所やそこに琥珀がいるってことを聞いたってな」
『おやおや。情報屋の情報を売るだなんて。信頼関係を台無しにするようなやつだからナメていた相手に足元をすくわれるんだ。……下等生物め』
電話越しから舌打ちが聞こえてくる。
抑揚のない軽率な声に他の人間なら感情が読めないと思うだろう。
だが、長年の付き合いのせいか微々たる感情の荒立ちが見える。
くっくっく。ざまあ、見やがれ。
『しかし、そんな君の情報を簡単に売るような奴によくのんきに電話なんかしていられるね。僕なら即、そんな友人は縁を切るよ』
「馬鹿め。僕はお前くらいしか友達がいないんだよ。僕の数少ないアドレス帳から名前を消してたまるかってんだ」
『ふははははは。それはご愁傷さま。いやはや僕はキミと違ってアドレス帳にはいっぱい名前が登録されているからね。キミの名前を消したところで何の問題もないんだけど』
「おうおう。なんだ脅しか? お前なんだかんだで携帯変えてもすぐに僕に電話をかけてくるところなんて友達の少なさを表わしていると思うんだが?」
『勘違いしてもらっちゃあ困るよ。キミほどからかって面白い人間はそうはいないし、キミも一応は常連さんなんでね。常連を自ら切るほど馬鹿じゃないだけさ』
「なるほど。さて、そんなお前に良いプレゼントを送っておいたぜ。楽しみにしておけよ」
『おやおや、男のプレゼントなんてやめてくれよ。この前、小包を開けたら炭疽菌が入ってたことがあってね。思わず吸い込んだ時には涙ながらに死ぬかと思ったばっかりなんだから』
へらへらとした口調で言っているカズト。
確か炭疽菌を吸い込んだ時に死亡率って九割くらいあったような。
「なんで炭疽菌を吸って生きてるんだよ」
『そりゃあ、ぼかぁ最強だからね。菌ごときでは死にはしないのさ。僕が死ぬのは婦警さんの手厚い銃弾のみなのさ』
「ほうほう。それはーー喜んでくれるだろうな!」
電話越しから聞こえる扉を蹴り破る音。
『無頼センパイ。ご覚悟っすよおっ!』と聞き慣れた声が聞こえてくる。
『おやおやおや。こ、これはさ、流石にびっくりしたねぇ。いやいやいや、っていうか700ある僕の隠れ家がバレるだなんてねー。うんうん。ブチ殺して良いかい? 業守クン」
「お互い様だろうがら。カズトよぉ。あと、情報提供は一般市民の義務だからなぁっ! さぁ婦警さんだぞぉ。存分に味わえっ!」
『やれやれ、これだけ長い付き合いなのにキミは全然分かってないよ。ぼかぁ、ドエスでセクシーな婦警さんが好きなんだ。枕木ちゃんはマゾで尚且つ幼児体型……って拳銃をぶっ放すのはやめないかっ! あぁっ! くそおおおおおっ!』
窓の割れる音を最後に電話が切れた。
クソ、逃げやがったか。
まあ、なんだかんだ理由をつけて逃走するのは目に見えていたし、逮捕されても霞みたいに脱獄するだろうとは思っていたけど。
……本当に人間かな。あいつ。
「さて、報復も済んだことだし、久々にゆっくりしようか……」
両手を突き上げてノビをする僕の眼の前で。
ーー暴力的なまでなノックのような音が乱舞したっ!?
っていうか扉に拳大の穴が開いてやがらぁっ!?
なんだなんだなんだぁっ?! 襲撃かっ!?
襲撃だとしたらカズトの報復早すぎやしないですかねぇ。いやはや、うんうんうん。
「待て、話せばわかる!? 近所のおじさんから貰ったドエス婦警さんのエロ本やるから、どうかこれでご勘弁をぉぉぉっ!」
「ん? なんのことさ、わざもり?」
……あ、あれ?
「……琥珀?」
「おう、琥珀さまだぜぃ! ……入って良いか?」
「もちろんだ。どうぞ」
「お邪魔します……」
僕の招きに琥珀が恐る恐る入ってくる。
動きが硬いな。もっとコンパクトに動かないと。
「どうした? お腹でも下したか?」
「おっさんか。いや、そうじゃないんよ。今回の件でお礼が言いたくて」
「お礼っ!? 俺はぁ現金主義だ。現金以外のお礼は受け取らない主義でなぁ」
「な、なんだとぉっ!? そ、そんなウチは現金なんて持って……」
「無いのは知ってる。だからいらないよ」
神様からの仕事だから神様に支払うべきだろうけど、あの守銭奴に支払うことを進言すれば、どんなことが起こるかわかったもんじゃないからな。
神主権限で免除しておこう。
「そっか、ありがとうな」
「おうよ。んじゃあ今から飯を作るのも億劫だし今日はどっか外で飯でも食いに行くか。安くて量が多くて美味い店を知ってるからそこに……」
言い終える前に遮られた。
物理的にではない。
琥珀が引っ付いてきたと言う状況に言葉が思わず詰まってしまったのだ。
「こ、琥珀さん? どうしたんですか?」
「そういえば、ウチらなんだかんだで婚約者ってことになっとるんよね?」
少し頬を紅潮させながら上目遣いで琥珀が尋ねてくる。
少し息が荒い。
体に妙に柔らかい感触が伝わってくる。
なんだろう。心臓が静かに高鳴る。
「カ、カッコ仮だけどな。ほら。ガールフレンドでもカッコ仮が付けば二次元だしさ。カッコ仮って付けばなんでもオーケーな世界なんだからそこまで本気にならなくてもなっ!?」
「そでも、婚約者として振る舞うのには何の問題は無いんよね?」
グイッと顔を近づけて潤んだ瞳を僕に向ける。
ひじょーに近い。
しかもこんな時に限ってこいつ巫女服を着てやがる。
顔が近過ぎて色んなところが目に入る。
ちょっと、待てクールになれ。
相手は鬼だぞ。初めての相手が鬼で良いのか? 先祖代々続いてきた特異性に『榊 業守は巫女服の他にロリコンの人外好きだった』なんて1ページを残して良いものか。いいや、良くないっ!
いや、でも……このムード。この状況で断るのは男してどうなんだ。
(くっ……理性が……)
歯止めが利かな……。
思わず琥珀の背後に手が伸びようとした瞬間、
『……聞こえますか……聞こえますか……業守よ』
頭の中に声が響いてきた。
なんだ、この声。誰だ。
もしかして心の中の天使的なやつなのか?
『……私は神です。……今、あなたの……心に……直接……呼びかけています』
(神……ってことは燦……なのか?)
『……鬼と……いちゃついてる場合では……ありません……。神主と……鬼との恋愛は……』
(恋愛は……?)
『……無間地獄に……落ちます……即』
「ふあぁあっ!?? ってぇ痛ぁっ!?!?」
あたまが……琥珀の頭に……。
頭突きで始まる交渉術って……な。
「え、えっ!? だ、大丈夫!? 血がっ! 血が出てる……っ!」
相当石頭なんだろう。さも平気なように琥珀が心配してくれる。
いや、良いんだけど。むしろありがたいんだけどな。
「……あれ?」
視界が回る。
そんなにダメージを受けたんだろうか。
もしかして傷は治るけど、血液は戻らないってオチだったのか?
んな……馬鹿な……。
僕の頭は項垂れて視界はそのまま真っ暗になった。
薄れゆく意識の中で疑問に思ったことがある。
燦が語り掛けるのにあんな遠回しな手段を使わずとも、部屋に入るだけで良かったんじゃないかということだ。
それも……今は後回しだ。今は少し寝たい。




