第二章 落し物が鬼だなんて聞いていないー3 ①
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月日は経って日曜日。
「なあ琥珀よ」
「なんだ、わざもりぃ」
「お前んちてさ、此処じゃないよな?」
「いいや、ここで間違いないぜ? ここがウチんちだ」
「こんな狭い町ん中でこの場所はあり得ないって」
「ふふ……っ。ある人は言ったんよ? ありねぇことなんざありえねぇって」
「グリード様だな。そんなサブカル知識を披露しなくても良いから」
ってことは、本当に此処なんだな。
僕は思わず肩を落とした。
そう。僕は琥珀の問題を解説するために彼女の故郷へと向かっていた。
直接話をしてみないとわからないし、何より神社に鬼を仕向けてきたクソ野郎には神主としてビシッと言ってやらないとな。
……と思ってた時期が僕にもありました。
「もう一つ聞いて良いかな?」
「んー? なんだ?」
「長を決めないと島中の奴らが争い合うって言ってたよな?」
「あぁ、言ったぜい!」
「ーー島の筈なのに僕、陸路しか使ってないんだけど?」
うちの神社から徒歩20分。
禊神社がある町ーー下馬町の隣町、万馬町にある木の表札が掲げられた建物の前に僕らはいた。
周囲が住宅街であることなんて一切無視したかのようなド派手な造形の建物が建っている。
表札には墨と筆で描かれたんだろう。堂々とした太い文字で『極み』と書かれており、なんの極みか想像することすら拒ませる。
ってきり桃太郎の鬼ヶ島を想像してたんだけどな。
どう見ても単なる町なのに島ってワードが出てくるって。
「あれ? 父ちゃん達が『ウチの島を荒らすヤツぁ、血祭りにしてやる』って言ってたんよ?」
「それ、島だけどシマ違いだよっ!? 箸と橋くらい違うよっ!?」
やべぇよ。そんなワードが出て来る職業って一つしかないじゃん。
しかも、ただでさえ鬼ってだけでもマズイのにさ。武闘派とかだったら僕なんかが言ったら瞬殺されるに決まってるじゃんか。
(クソ……っ。こんな時に燦がいないだなんて。自分で言いだしておきながら無責任じゃないか)
朝起きて呼びに行ったら勝利の前祝いだとか勝手に決め付けて貫徹で酒を飲んだ挙句、顔面を真っ青にしながら前もまともに歩けない状態になっている神様を発見したのだ。
奴の破壊し……神としての力があればどれ程心強かったか。っていうか今回のこの乗り込みに際してアテにしかしてなかった。
その時の僕の悲しみを何処で叫んだら良いのか未だにわからない。
つうか鬼ってさ、ビックじゃん? 握力一万とかじゃん? そもそも足首の古傷がまだ痛んでるしさ。
そもそもエンカウトした時点のビンタで一撃死だよ。紙装甲だものマイバディ。
(あーあ。僕まだ死にたくないな……)
「……あの駄女神のお守りって効くのかな」
僕はポケットに入れたお守りを取り出す。
何かあった時に守ってくれるだろうって燦から渡されたうちの神社のお守りだ。
正直言って効能があったって話は今の所無い。
受験生が買って行って受かったって奴もいれば落ちたって奴もいたし、子宝に恵まれたって人も居ればなんの意味なかったって人もいる。
まあ、これはその中でも特別性らしい。
なんでも効能はと言えば、燦曰くゲームのアイテムよろしく一度だけその場で最も必要なものが出てくるらしい。……タイミングはランダムでなぁっ!
(なんで一度だけなんだよ。何回でも出せるようにしておけよ。ゲームじゃないんだからさっ!)
「あぁ、今の僕には豊満な胸元がチラリズムした巫女服を着ているお前だけが癒しだよ。琥珀」
「な、なんだよ。キモチワリィこと言うなー。で、でもまあ、そういうの嫌いじゃないぜ?」
「はははっ、ちなみに何ゆえ巫女服なんだ? お前が着てた服を着て帰れば良かったろうに」
「んー。なんだかウチもようわからんけどさんサマーが『せっかくだから着ていけ』ってさ。わざもりのモチベーションアップの為ってやつかね?」
ほうほう。流石に長年の付き合いなだけあってよくわかってるな。
僕の心が折れていないのも琥珀の巫女服姿が一因となっていると言っても過言じゃないし。
「オーライ。だったら行こうぜ。善は急げだ」
扉を開けた瞬間。
ーー部屋の中に充満していたのであろう汗くさい臭いが一気に押し寄せてきた。
「こぼっけほっ! おえっ、おええええっ! くっそ、早速トラップかよ! くっそ、くそっ!」
込み上げてくる吐き気と鼻がひん曲がって、涙が止まらない。
思わず咳き込ながらも僕が見た光景はあまりにも異様だった。
「筋肉ッ、筋肉ッ! 筋肉がっ! 唸りをっ! あげてっ! オレに語り掛けてくるううぅっ!」
「どうしたどうした!? その程度も上げれないなんて筋肉との会話が出来てない証拠だぞ? さぁ、もっと筋肉を愛でるんだ! お前の人生を共にして来た恋人以上の存在だぞっ! ほら、愛しくなってきただろ? もっと磨きを掛けたいだろ? 良い調子だ。ほら、もう少し愛してみようかっ!」
「おぉ、上腕二頭筋。今日も良い張りと硬さだねぇ。惚れ惚れしそうだ。おっと失礼。もう惚れていたよ。ずっと一緒にいてくれよなぁ、マイスイートハニィ。おいおい、腹直筋ったら嫉妬しているのかい? ピクピクと震えて可愛いなぁ」
「あああああっ!! 三角筋ぁっ! さぁっ! ラスト10回だあっ! 一緒にイこうじゃぁないかぁっ! ふんっ! ふんっ!」
……。
……。
「あぁ、用事を思い出したから僕帰るな」
「ちょ、ちょっと待ってくれよぉっ! とーちゃんに直談判してくれんじゃないん!?」
袖を引っ張って僕を止める琥珀。
青ざめた顔が元に戻らない。
胸元をぐるぐると蛇のように蠢く吐き気が限界に達しようとしている。
あちこちでトレーニング器具をガッシャンガッシャンさせながら筋肉に名前を付けて愛でるなんて行動、異常としか言いようがないじゃないか。
やから始まる自由業の人かと思ったけど、違う意味でそれよりも恐ろしい光景を見た気がする。
「いや、鬼どもの瘴気に充てられたみたいだ。此処は僕じゃあとても生存出来ない世界だったよ」
「瘴気なんて放ってないから大丈夫なんよ!? 皆、普通に体を鍛えてるだけだし」
「いやいや、あの狂気じみた世界に一歩でも足を踏み入れた瞬間、僕はもう人間の世界に戻れない気がするんだわ。お前との生活、楽しかったよ。ありがとうと礼を言わせてもらおう」
「ええっ! そんなぁ……」
思わず泣きそうになっている琥珀の目を直視することは出来なかった。
無理なものは無理だと言わざるを得ない。
でも、どうだろう。巫女服を着た女の子を泣かせて僕は巫女服フェチと言えるだろうか。
巫女服を着たからと言ってどうだろうか、と言われればそいつは分かっていない。
巫女服はもっとも女性を引き立たせる服装なんだよ。清楚な印象からエロティシズムまで何でもいける万能の服装なんだ。
しかし、そんな高貴な服装をしている女子のお願いを突っ撥ねるだなんて行動は、人間としての男という性はおろか、生物のなかのオスというレベルの中でも最低ではないだろうか。
もし僕が第三者の立場だとして、巫女服を着た女の子を泣かせた男が『俺、巫女服着てる子好きなんだよねぇ』と言えばどうだろう。
(……確実に鼻で笑うな。そんなヤツはエセなにわか野郎だ。巫女服フェチに対する冒涜だ)
なら、取るべき行動は決まってるじゃないか。
僕は握った拳をそっと開き、
「ジョーダンだよ。SAN値が低下し過ぎて頭がおかしくなってたみたいだ」
琥珀の頭に軽く手を乗せる。
とりあえずだ。琥珀の親父さんに文句をつけて、琥珀の結婚についてもっと考えさせれば良いんだ。
筋肉との会話をする奴なんて無視をすれば良い。僕には関係無いはずだ。
そう、静かに深呼吸だ。ーー顔をよそに向けて。
……行くぞっ!
「頼もぉっ!! 此処の主人に用があるっ! 通してもらおうかっ!」
僕はあえて声を張り上げて、堂々と宣告した。
鬼たちの視線が一気に集まる。
「アイエエエエっ! 琥珀さまがっ! 琥珀さまが帰って来られたぞおおっ!」
「おいおいおい、こりゃあ体鍛えてる場合じゃねぇやっ! 叔父貴に連絡だっ! 大至急、式の準備に取りかからねぇとっ!」
「あばばばばばばぁっ!」
体を鍛えてた鬼どもが各自が各自でバタバタと動き回り始める。
もうタオルやら器具やらあちこちに放りっぱなしで無法地帯と化している。
それはそうと。あのぉ、僕はスルーですか。そうですか。
「琥珀さま。何処に行っていらっしゃったんですか。皆、心配してたんですよ?」
琥珀の二倍はあろう身長の鬼が琥珀の元に近づいてくる。
いや、こうしてみると存在感パナいな。迫力が違うよ。全く。
「ちょっと家出してたんよ。でも、もう逃げんから安心して。覚悟は決めて来たから」
「そうですか。まあ、結婚をするにあたって必要な期間でしょうからね。慌てはしやしたけど、結果オーライですわ」
「違うんよ」
「えっ?」
「ウチが決めて来たんは結婚する覚悟じゃない。結婚をしやん覚悟なんよ。今日はとーちゃんにそれを言う為にこの人に連れてきて貰ったんよ」
空気が凍りついた。
何が起きたか把握しきれない者達もいれば、直ぐさま殺気を込めて放ってくる者もいる。
勘の良いやつなら僕がそう仕向けたように感じ取ったんじゃないかな。
あながち間違いじゃないけど、やっぱり怖いな。
「えっと。ちょっとそれはどういう……」
「悪いんやけど、アンタじゃ話にならん。お父ちゃんとこに行くから道を開けて」
鳩が豆鉄砲を食ったよう顔でキョトンとしたまま僕たちを見送る鬼。
かという僕は琥珀に手を引かれて、ジムのような場所を抜けていく。
気持ち少し早歩きで僕の手首を握る手に力がこもってるいるのか、じんわりと痛みがある。
鬼版、モーセの海割りの気分だ。あちこちから大量の殺気を放たれて心地としては最悪だけど。
「お、おい。あんな言い方はマズイんじゃないのか、琥珀。あの鬼、すげぇショックを受けてたみたいに見えたけど」
「仕方ないんよ。あそこでごちゃごちゃ言ってたら埒があかんうえに下手したら邪魔されよるからな。そうなったらわざもりの命も危ないんよ?」
「な、なるほど。それはあまりよろしくないな」
「ま、こっちにもこっちの事情があるんよ。此処がとーちゃんの部屋だぜい」
琥珀が指を差した先には重厚な鉄で出来た扉があった。
押しても引いてもビクともしない。
なるほど。敢えて扉を重くすることで、雑魚の鬼は入って来れないようにしているのか。
「さて、じゃあノックをして……」
「とーちゃん! 話があるんよっ!」
「……ノーモーションオープンだと!?」
何の予備動作もなく鋼鉄の扉を開けやがった!?
何というパワーっ!? ってかまだ親父さんに何ていうか決めてなかったんだけど!?
しかも、部屋の奥でワイシャツにベストを羽織った鬼が目を丸めてこっちをガン見している。
肉ダルマって表現が一番相応しいかのような筋骨隆々とした全体的にゴツさがある。
そして、落ち着く為かコーヒーらしき飲み物に少し口をつけて、マグカップを置き、
「おい。おどれ、なにしとったんじゃボケェッ! 心配かけさせんなぁやっ!!」
ミサイルみたいな轟音に耳がキーンとする。
ダメだ。三半規管をやられた。こりゃあヤバい。
嗅覚に続き、聴覚まで……。何これ、結界の森かよ。チクショウ。
ずがずがと踏み込むようにして琥珀の親父さんが近づいてくる。
「家出て行ったことは水流したるから、今からでも間に合うからとっとと式を挙げんぞっ! 向こうさんも待っとるんやっ!」
「だから、ウチは嫌だっての! 今日は改めてそれを言いに来たんよっ!」
「アホかっ! 一族の一大事になにアホなことぬかとんじゃ! 良いか! お前のわがままが通じる程世の中甘くないんじゃ! お前も分かっとるやろ」
「わからんよっ! ウチの鬼生やっ! ウチの好きにして何が悪いんよ! ウチはとーちゃんの道具じゃないんよっ!」
「こーの、分からず屋がっ!」
「はーい、ストップ。そこまでだ」
力任せに手を振り上げる琥珀の親父さんの前に颯爽と割り込んでみせる。
数秒の沈黙の後。
「ふんぬっ!!」
おもっきり顔面をビンタされました。フルスイングで。
「ふべらぁはっ!!」
視界が回るぅ。無重力体験ね!
なんとも抽象的な表現だけど、僕は頭から壁にめり込んだ。
壁と融合するだなんて、人生初めての経験だ。
感想は簡単。首が痛い。
「なんじゃ、われ。どこの腑抜けじゃ?」
「腑抜けであることを前提としないで下さい」
何とか壁から抜け出して、埃を払う。
腫れた顔面が痛すぎて心が折れそうだ。
「私、隣町にあります禊神社の神主をさせて頂いております榊 業守と申します。失礼ですが、お名前を伺っても?」
「なんぞ腑抜けにワシが名乗らんといけんのじゃ」
「それじゃあパパと呼びますよ!?」
「おうおう、このガキ。ホンマに死にたいみたいやのぉ。いやはや、荒事なんて久しぶりやから手加減できんかもしれんのぉ」
「嘘です。ごめんなさい。許して下さい。でも、今からするお話に名前を聞かないことには進まないのでどうかご容赦下さい」
僕の低姿勢っぷりに感銘を受けたのだろう。琥珀パパは少し間を空けて。
「此処の一帯を治めてる、獄炎っちゅうもんじゃ。で、そのクソ神主が何のようなんや」
「率直に言いますと娘さんの結婚を諦めて下さ……
って近い近い近いっ! そんな顔を近付けないで下さい! 僕の視界が埋め尽くされますからぁっ!」
視界まで奪うか。やっぱり此処は結界のも……。
「なんや。おどれがワシの娘たぶらかしてる張本人かよ。それやったら話は早い。おどれをミンチにするだけで済むんやからのぉ」
「止めましょう。暴力はいけない。それにほら、僕を殺したところで娘さんを納得させないと僕が無駄死にじゃないですか」
「おどれのムカつく顔をワシが見やんで済む。これで十分やろが」
「その理屈はおかしい。なんというジャイアニズムでしょう。暴力は何も生まないと言うのは子供でもわかる話でしょう?」
「おどれの死を生むじゃろが」
「僕が死ぬ路線から離れて!? お願いだから!」
「とーちゃん! やめてっ!」
僕の胸倉を掴む極炎の手を琥珀が振りほどく。
助かった。酸欠で頭が回らないところだったよ。
「とーちゃんがこの人を殺すんやったらウチも死ぬかんなっ!」
「琥珀……ワレェ、親の前でなんちゅうことを!」
「そんくらいの覚悟して親に楯突いてるんだよ、クソ親父っ!」
僕は敢えて声を荒げてみせる。
膝が震えてるまともに立てないけど、そんなことは言ってられない。
「琥珀から話は聞いたよ。跡取りを早急に決めないといけなくて、純血じゃないと力のある子が生まれないから結婚を早めて跡取りを決めたいんでしょ?」
「なんでそれを……」
「でもさ、鬼の長だからって最強じゃないといけないって言うのはおかしいと思うですよ。力で抑えつけられてる組織は必ず崩壊しますからねぇ」
「ふははははっ! 若造が何をぬかすかと思えば、世間知らず小童な戯言やのぉ! 力が無いと仲間は守れん。敵を蹴散らせんじゃろうがっ!」
「力がある相手でも組織を崩すことは出来ますけどね。さっきから僕らを覗いてるヤツみたいにね!」
僕はわざとらしく声を張り上げて、周囲を見渡してみる。
「くはははっ。エラく失礼な物言いダナ。言われもない言い掛かりを付けるのは止めてもらおうカ。コッチは式の前なんデネ」
部屋の中でダミ声が響き渡る。
こいつが琥珀の言ってた婚約者か。
粘り着くようなヤラシイ気配がしたけど、やっぱりこの部屋にいたんだな。
ってか、目を丸めて驚いてる親子を見るにあの二人気付いてなかったみたいだな。
そこらへんの気配を探知する能力が低いみたいだな。
「サンガっ! おどれ、いつの間にっ!?」
「おいおい、だから式なんてねぇって言ってるだろ。ついさっき部屋に入って来たばっかりですかぁ? このネズミ野郎」
「無礼失礼しましタ。義父殿。人間風情が鬼相手にナメた口を利いているのを聞きましてナ。あまりにもフザケていたので聞いておれなくテ」
「手の内をバラされたくなかったんじゃないだけじゃないんですかねぇ? 下手に攻撃すれば琥珀が死ぬとか言ってるから攻撃出来なかっただけで」
もっとも、最初から言うつもりもなかったんだけど。
「小僧。テキトーなことを言うナヨ。その口、二度と開かんようしてやろうカ」
「笑える。姿も見せねぇ臆病者に何が出来るんでしょうかね」
「すぐに思い知ることになるサ。義父殿。地下闘技場を借りマスヨ」
扉が独りでに開く。
あれ、これ僕戦わないといけない感じ?
「ま、待て。話をすれば分かり合え……」
「腑抜けたことヲ。貴様は鬼の世界には不要ダ。悪いが此処で消えてもらウ。野郎ども、連れて行ケ」
サンガが命令するや否や、二体の黒服が部屋に入って来る。
体を鍛えていた鬼達とは違い、体の大きさこそ同じだが無表情でまるで機械のようだ。
そいつらが問答無用で腕を組んで来やがった。
……あれ? これってかなりマズい?
「ちょっ、戦いは僕は苦手なんだっ!! ノーモアバトルっ! 戦い反対っ! バカッ! 放せっ! 放せよおおおおおっ!」
僕の声はいつの間にか開いていた地下への通路へと吸い込まれて行った。




