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戦火の鎧

――――鋼鉄の海(アイアンシー)

それが俺、桐原進が今現在立っている大地の名前らしい。

イマイチ受け入れられないが、どうやら俺はいわゆる世界移動をしてしまったらしい。

先ほど、この家の家主とその娘さんであるナラさんとサンリーに頼んで、俺が流れてきた『鋼の種(スティルシード)』という奴を見せてもらったが、見た目は完全に鉄の塊と同じで一体どうやって使うのかすらも見当がつかない始末である。

そして夜になり、明日の労働を条件に旅人ということでこの家に泊まることと相成ったのだ。

「・・・・・・・」

夜。

俺は自分が寝ていたのは約二時間ほどだと体感していたが、それに反し夕暮れはすぐにやって来た。

俺の感覚がずれていたのか、はたまた時間の流れが違うのか。

ただ一つハッキリと分かるのはここは俺の知っている東京ではないと言うこと。

就寝直前、窓から眺めた月明かりに染まる大地は何処までも広く壮大に広がり、村を囲う柵とその向こうに広大な麦畑が見えた。

ため息を一つ吐き、これからどうするべきか考える。

見た感じ、この家はあまり裕福とは言えない感じだ。

いくら麦の収穫量が第三位の村だといっても、この経済状況ならまともな法整備もされている様には思えない。

「(あまり長居するべきじゃないかもな・・・)」

話の通じる人に会っているお陰で落ち着いているが、それ故に不安分子が胸中を渦巻く。

俺をここに転送したのが例の鋼の種の『機導』とか言うやつならば、逆に俺を元居たところに戻す種もあるはずだ。

東京に帰るにはそれを見つけ出さなければならない。

と、その時。

「何を見てるのススム?」

「ん?ああ、サンリーか。いやどうしたもんかな、と」

赤い髪をナイトキャップに納めたサンリーがマグカップを持って板の間―――俺に与えられた寝床だ――に現れた。

彼女は「ん。」とマグカップを差し出す。

見ると中身は暖かな白い液体で仄かに独特の香りが漂ってくる。

「ホットミルクか?」

「そ、よくわかったね。ヤギのお乳なの。貴重品なんだよぉ~?」

受け取りながら一口飲んでみると確かに普通の牛乳とは違い、香りが強く感じられる。

だが、飲めないってほどじゃない。山羊乳は好き嫌いがわかれるって言うが俺は大丈夫なタイプだな。

「それと、これ。ススムが持ってた鋼の種だよ。お風呂場にあった」

サンリーはネグリジェ(?)のポケットから俺のスマホを取り出すとそれも差し出す。

「おおっ、俺のスマホ!」

「ずぶ濡れだったから一応種で乾かしてみたけど、いくら起動しようとしても点かないんだよね。もしかして壊れちゃった?」

「いや、大丈夫だと思うぜ。防水だからそう簡単には・・・・っと、ほら点いた」

受け取ったスマホに早速電源を入れると直ぐ様OSが起動する。

見慣れた起動画面の後に様々なアプリがインストールされたホーム画面が映し出される。

「おお~。凄いねその種。それがトウキョウって言うところの鋼の種?」

「そのスティルシードって言うのは分からんが・・、俺のはスマートフォンって言うんだ。俺の世界の技術の結晶だ」

「へー、スマートフォンか~」

感心したように呟くサンリー。

電波を確認すると案の定圏外で、ネットや電話は軒並み死んでおり、唯一使えるのは電子書籍と画像データ位のもんだった。

「さて、明日はお昼からとなり町まで行くんだから、しっかり寝ておいて朝の収穫頑張るよ! 男手には期待してるんだから!」

サンリーはそう言うと俺の手からカップを引ったくり、ぐいーと飲み干す。間接キスである。おい。いいのか一人娘。

「それじゃあまた明日ね。旅人さん」

「へーい。おやすみー」

手をヒラヒラさせながら階段を登っていくサンリーを見送りながら俺は思う。

「(取りあえず、成るようになれ、だな)」



ハッキリ言って、俺は無力だった。

麦を収穫するといった器用な仕事は村の女性たちが一斉にやり、数少ない男達は収穫した麦を蔵へと運び込む。

たったそれだけだが、畑仕事なんて初めて経験する俺にとっては異常に疲れる。腕力の無さを痛感したね。

運ぶ道中で後ろから来たおっちゃんにクスクス笑われるし、ナラさんなんか俺が担いでる束の二倍近い量を一気に運んじゃうくらいに男勝りな性格をしてらっしゃる。村の男はそれを見て競争心を高めるらしいが、俺には逆効果。

やる気を無くした。

「あークソッ。昨日は涼しいと思ってたが夕方だったからかよ」

木陰に座ると、こめかみから汗が流れ落ち、顎に伝う。

それをぐいと借り受けた作業着―――Tシャツとチノパンはサンリーが洗濯に行ってくれている――の袖で拭うと、ふと村の中央にある井戸の横に大きな物体があるのが見えた。

「おい若いの! あんまりサボるなよ?」

「いや、あれってなんですか?」

ちょうどそこに俺を笑っていたおっちゃんが現れたので聞いてみることにした。

「ああ、あれか? この村の『鋼の殼(スティルシェル)』だ。なんでもOSが二、三世代前のヤツでな。完全に修理する金もねぇからあのままなんだよ。あれが動きゃちっとは楽に仕事できるんだがなァ」

「鋼の殼? 種とは違うんですか?」

「はぁ? お前いかにも『機導機器弄り回してます』って顔してんのにそんなことも知らねぇのかよ」

「知らないんですよ。始めてみました」

「まぁいいか。よく聞けよ。鋼の殼ってのはな、要は幾つもの種を組み込んで造られた鎧みたいなもんだ。元々機導は魔法遣いの技術を魔力の少ないの俺たち、一般人が使えるようにしたもので鋼の種はその機導を効率よく発動するための『機導の種』なんだ。これのお陰で腕利きの魔法遣いは軒並み機導を造る機導遣いに成っちまったが、生活の方は大いに助かったんだ」

おっちゃんは俺のとなりに腰を下ろすと昔を顧みるようにいった。

「じゃあなんで鎧なんてものが・・・・?」

「オメーは鎧を何に使う?」

「・・・・戦いですか」

おっちゃんの咎めるような眼に一瞬ビビりつつも何とか平常を装って返答する。

「魔法の技術が簡略化されてもなお、機導のもつ力は絶大だった。高名な魔法使いの機導なんか制限してない状態で使うと町一つ焼き払っちまう位だしな。始めは機導単体での戦争だったがどこの国も損害が大きくてな。機導遣い達は効果を削った機導を流通させ、戦争用の機導にも制限を掛けることにした」

「その制限が、あの殼。というわけですか」

「そう言うことだ。最近の大きな戦争は五年前の大戦だ。俺のせがれもスティルシェル乗って逝っちまいやがった。たく、誰が俺に孫見せてくれるっつーんだよ・・・・!」

おっちゃんの声に湿り気が混ざり始め、微かな嗚咽が聞こえ始める。

俺は戦争のことはなにも知らないただの高校生だ。だから何も言う言葉が見つからない。

「・・・・悪い。で、だ。あのシェルは必要な魔力量が極端にデカイ型番でな、この村の連中じゃマトモに扱えん。動かせても三十分が限界だ。・・・・そうだな、乗ってみっか?」

「え?」

――――そんな事があって。


俺とおっちゃん含め、数十人の村人がスティルシェルの周りに集まっていた。

「参ったなぁ、一年ほったらかしてたせいで機導装甲がボロボロじゃねーか。おい、修復用の種持ってるやついるか? 台座くらいは直してやらんと乗ることもできんぞ」

おっちゃんが応急処置を施す傍らで、俺はその殼を見ていた。

膝をついているがどうやら四肢が付いた人型のようだ。

全長は大体二メートル位で背中には人が乗り込む操縦席のような機構がある。

ガンダ○より、ナイトメ○。エヴ○より氷結傀○(ザドキエ○)って感じだぜ。

「これをこう繋いで・・・・。おい種屋の親父。どうだこんなもんで」

「うーむ、問題は無さそうじゃが・・・。本当にのせていいのかえ? こいつはお前さんの・・・」

「良いって何べんもいってんだろ。おい若造。乗ってみろよ」

おっちゃんに促されて踏み台に足をかけると少し脚のバネを使って乗り込む。

自転車を二人乗り用に改造する際に使われるステップの様なところに足を固定し、丁度手頃なところにあった二つの穴に両腕を突っ込むと、グイン。

いきなりスティルシェルが立ち上がり、俺は前のめりになりながらもその巨駆の内部へと引き込まれる。

周囲から「おおー」という観衆の声が聞こえる。

「なっ、なんだよこれ!? 何も見えねぇぞ!!」

「騒ぐな。もともと戦争用の鎧なんだ。目の前にスライドがある。横に開いてみろ」

外から壁一枚隔てた様におっちゃんの声が聞こえ、言われた通り手探りでスライドを開く。

「どうだー。動かせそうか―?」

「動かすも何も、勝手に立ち上がったんだがー?」

「それじゃあ大丈夫だ! お前の魔力とソイツのMHz(ヘルツ)は合ってるみたいだなー!」

「ハァ? なんで電波の話になるんだよ?」

「んなことどうでもいいから歩いてみやがれ!」

目の前の小窓から視界を確認し、動かそうと試みるが・・・。

「・・・・どうやって動かすんだよ!?」

「テメッ、使えねぇやつだな!」

なんつーストレートな言葉だ。ごめんなさいね無能で!

「今お前の魔力はスティルシェルと連動している! 動けって念じてみろ! そして操縦幹で前だ!」

念じる・・・・?

つーかさっきから言われてたが、ここには魔力があんのか。スゲーな異世界。

感心するのも程ほどに、俺は突っ込んだ穴の奥にレバーらしきものがあるのを確認するとそれを握り、可動することを確かめる。

この感じは・・・・バイク+飛行機の前後可動って感じだな。よし。

「(動けっ!)」

念じると同時に操縦幹を両方前に倒す。

するとズシンとくる振動と共に小窓から見える風景が一歩ぶん変わる。

「おお、すげぇ。動くぞこれ!」

「たりめぇだ! クロートス公国の技術力舐めんじゃねーぞ!」

そのまま広場で数分間の暖気稼働をすると俺はこのままシェルにのったまま力仕事をした。

風車小屋の修理、瓦解した小屋の解体と資材の運搬。水路の整備に畑の耕作。転んだ子供の世話。

そして太陽(?)が頭上に到達する頃には俺もシェルも動けなくなっていた。

「おいおいマジかよ。大の男でも三十分が限界だってのに、お前五時間も連続稼働させてるぞ。魔力量どうなってんだよ?」

「し、知るかっ! んなことより水くれよ水! 喉が乾いて死にそうだ!」

地べたに根っころがって必死に訴えるが当のおっちゃんは何処吹く風。代わりに見かねたサンリーが木の椀に水をつぎ持ってきてくれた。ありがとうサンリー!

「まーテメェのお陰で仕事がだいぶ捗ったぜ。やっぱり作業用のシェル、買うべきじゃねぇかオヤジ」

「ウチの村にはそんな金無いぞ」

おっちゃんと種屋(鋼の種の小売り)のオヤジは「飯食う」と言い残し家に戻っていった。

「それにしてもスゴいねススム。たぶんキミ5日はかかる仕事を一人でしちゃってるよ」

「のわりに対応冷たくないか?」

二人のオヤジが去った後をみながら言う。

「ううん。そんなことないと思うよ。特にシェームのお父さん、村長はススムにもっと厳しく当たるんだろうなぁってみんな思ってたから。スッゴく優しく接しててみんなビックリしてるよ」

「あれで優しいのか・・・」

水(三杯目)を飲みながら悪態をつく。

「多分ススムがシェームと被るんだろうね」

「シェームていうと、あのおっちゃんの息子か。たしか戦争で・・・」

「うん。私の幼なじみでもあるんだ。元気な男の子だったんだけど、軍の抽選に当たっちゃってね。そのシェルはシェームが戦場に出るとき、村の皆で買ったシェルなんだ。だから皆どうでも良い振りしてるけど、棄てないし、大事にしてる」

「あのオヤジども、なんでそんな大事なもんを俺に・・・・」

深い思い入れがあるシェルだと言うことに今さら気付かされ、複雑な気分になる。

俺には何の思い入れもないから軽く扱っているが、この村の人間たちはどんな気持ちで俺に扱わせたのか。

「無条件で人を信用するなんて、バカじゃねーの」

「うん。そうだね。みんなバカなんだよ。バカみたいに優しくて、バカみたいに脆い。ススム、キミもだよ」

「俺もかよ」

「そう。じゃあさ、ススムは私のこと信用してないの?」

「・・・・・」

確かにそうだ。あって1日と経っていないにも関わらず、俺はサンリーを始め、ナラさん、おっちゃんと気を許す人間を簡単に作ってしまっている。

向こうの世界では簡単には出来なかった、信用できる人間が、こんなに簡単にも。

「・・・・ナラさんやサンリーには感謝してるよ。だから、これ以上村のみんなに負担を掛けないように出ていくよ。俺は旅人だしな」

立ち上がり、背伸びをすると背中がポキポキと音をたてた。

「それ」

「・・・・・どれ?」

急に出された指事語が何を示しているのかと一瞬悩まされたが、答えはすぐあとに出た。

「その旅人っていう安直な役付け、ヤッパリ無しね。キミにはもっとふさわしいモノがあるよ」

サンリーも俺と同じように立ち上がり、いつの間にか居た数人の村人と共に俺の目を見据える。


「今日の半日だけで、キミは村中の皆の信用を勝ち取った。キミの故郷がどうだったかは知らないが、この村はキミと言う人間を快く迎えよう。ここがキミの第二の故郷だ」


――この時、俺は思っても見なかった。


「・・・・・ははっ。本当にバカみたいに優しい村だな」


――この世界に俺が残ると言うことが、後々どういったことを引き起こすのかと言うことを。



どこまでも続く草原を一騎のシェルが台車を引いて歩き続ける。

無論、俺こと桐原進が操縦する鋼の鎧――鋼の殼(スティルシェル)だ。

「いやー、やっぱりシェルがあると楽だねぇ・・・。働くことを忘れちまいそうになるよ」

「それは言い過ぎだろナラさん」

「でもでも、ホントに助かるよねススムが居ると!」

そんなことない、といいかけて止めてしまった。

三年間忘れてしまっていた、他人の為に働くと言う事の意味を思い出してしまったからだ。


今は夕暮れ。となり町まで買い物に出た帰りだ。

ホントはナラさんの家の必需品だけの買い出しだったが、シェルこと俺が居るので台車を引いて数家族分の用品を一気に買ってきてもらおうという話になり、こんな時間になってしまったのだ。

村の外れにあった日時計に合わせたスマホで時間を見ると大体7時位の時間だ。

夕暮れが遅く、昼間の異常な暑さからこの時期アイアンシーには夏が訪れると考えられる。

だったら他の季節もあるのだろうか。

そう考えていたときだ。

「あっ、草原の向こう見てお母さん! 天竜だよ!」

「何だって!?」

台車に乗った二人が血相を変えた声を出し、台車から身を乗り出すようにして遠くを見ている。

釣られて俺もシェルの中から草原を眺望すると、遥か向こうになにか蠢くものが見えたのだ。

もっと良く見えないかと目を細めていると、その念がシェルに伝わったのか小窓の側になにか魔方陣的なものが発生し、草原の向こうが拡大された光景が映し出される。

流石戦争用機導兵器と感心する傍らで、なにか良くないことが起こりそうな嫌な予感が背筋を駆け昇る。

魔方陣から見えた遥か彼方の光景とは―――――。


「ススム。もっとシェルを飛ばしておくれ。―――あの天竜。多分村に来るよ」


――――赤色のドラゴンが、イグアノドンのような爬虫類じみた生物を捕食し、天に向かって咆哮を上げている光景だった。



鋼の種(シードまたは種)とは、魔法を一般的なものにした機導を発動させるために、魔法使いが作り出した特殊金属のことで、主に鉄鉱石が原料として使われる。

鋼のシェルとは、種に込められた機導を荒れ狂う災害としてではなく、一つの武器、兵器として運用するための制限である。 魔力伝達の効率化も成されているため、効果規模の小さい機導でも使用者の魔力によって効果が変わる。使われる種は主に金属製の純正品。

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