第十七話 カルノーの内心
ロボは一日の仕事をほぼ終わらせてそろそろ自室に帰る許可をカルノーにもらおうと思っていた。最近は一人で考えたいことがたくさんある。先日、ライトに宇宙の話をしたときの事などだ。
あの日で事をロボはまた記憶を手繰っていた。
***
「宇宙か、なるほど魔法使いの聖域なんだね」
ライトにロボは宇宙は魔法使いにとって禁忌であり魔法使いが実権を握っているこの国においては宇宙の研究はおこなわれていないということを説明した。
それでも、探究する気はあるのかライトに聞こうとしたら、ライトは間髪いれず
「そっか、そういう事なら諦めようか。ロボもこっそり宇宙について調べているってばれたら立場的にまずいでしょ?他の人にも迷惑がかかるかもしれないし」
ロボは案外あっさり諦めたライトに拍子抜けした。前の宇宙に対するライトの情熱を知っているだけに意外な気持ちになった。
というより正直、がっかりした気持ちになってしまった。
結局彼にとって宇宙の神秘よりも魔法使いの顔色をうかがう方が大事だったのだ。
しかし、そのロボの考えもライトの顔をみたら一変した。
ライトの顔は言葉の平坦さとは真逆の表情であった。唇を噛みしめ、今にも落ちそうな涙を必死に耐えているようだ。彼もやはり悔しいのだろう。
それでも、あっさり諦めるような事を言うのはやはり何か事情があるのだろう。それはこちらから聞くべきではないような気がした。ライトが自分から言う気になったらその時聞いてあげよう。
意気消沈しているライトに少しでも元気を出してほしくて、ロボは計算機の仕組みを思いついた事を言った。
ロボが考えついた案をライトは熱心に聞いてくれた。
***
あの時のライトはなぜあんなにもあっさり諦めるような事を口にしたのだろう。机の上の書類を片付けながら考えていると、不意にカルノーが話しかけてきた。
「なあ、前にオイラー博士に呼び出されてたろ。あれ、何の話だったんだ?」
ロボは片付けていた手を止めてカルノーをみた。
おかしな事である。カルノーがロボの事に興味を持つことはほとんどない。オイラー博士がらみだからだろうか。
「いえ、別に。そんな言うほどの事ではないですよ」
ロボはなんとなく言わないでいた。
「オーパーツの事だろ」
カルノーはあっさり言い当てた。というより、知っていた様子だ。なんでわざわざ聞いたのだろうか。
「ええ、その通りですよ。でも、それがどうかしましたか」
カルノーは呆れたようにため息をついた。
「それがどうかしましたかじゃねえよ。オイラーさんに何言われたかしらねえがあんまり余計な事に首を突っ込むな」
そのカルノーの頭ごなしな言い方に流石にロボも反感を覚えた。
「なんでそんな事言うんですか。魔法使いに目をつけられるからですか」
「そんなもん前からにらまれとるわ。余計な事って言ってるんだ、そんな物研究する前にやるべき事をやれって言ってるんだ」
「オイラー博士の研究が無駄っていってるんですか?」
「ああ、そうゆう事だ。別にオイラーさんが何を研究しようが俺が何か言える立場じゃないが、あの人にはもうちょっと世の中の役に立つ研究に精を出してほしいと誰もが思ってるぜ」
ロボはカルノーがそんな風に思っていることに驚いた。というより、カルノーの言い方だと他の人もオイラー博士の研究を役に立たないと思っているのか。
「そんな事ないですよ。オイラー博士はあの研究の果てにクリエイターの地位の向上を考えていますよ」
カルノーは呆れたようにため息をついた。
「あれだろ、この世にない物質を作るとか言ってるやつだろ。正直俺たちはこの世に存在しない物質どころか存在している物質すらまだ解明できていないことばっかりなのにあの人は自分の才能を自分のためにしか使ってくれないだよ」
「そんな事ありません。オイラー博士は純粋に世界のためクリエイターのために研究しているんです」
「純粋ねえ」
カルノーは何かを見透かすような遠い目をした。
「本当に純粋なのか?お前聞いてないのかあのクリエイターが禁忌を犯して処刑された話」
「ええ、聞きましたけど」
「それいつ聞いた?」
「えっと、確か王都に向かう船の上で聞きました」
カルノーはそれを聞き二度目のため息をついた。なんだか、少し憤っているような普段のカルノーらしくない様子だ。
「ほらな、お前がそれを聞いて王都に来なくならならいようにもう引き返せないような状況になったときにその事をお前に教えたんだ。あの人は良くも悪くも目的のために手段を選ばない人さ」
「流石にそれは邪推が過ぎませんかね」
カルノーがあまりにオイラー博士に対して酷い言葉を選ぶのでロボも段々と声を荒げだした。
「いや、そんな事はないぜ。あの人は魔法使いを恨んでいる。そりゃあ最初は純粋な研究対象だったかもしれないが、今はもう違う。あの人は魔法使いの失脚のためにあの研究を進めているんだ。俺はお前よりも長くオイラーさんと一緒にいるから分かる。他の研究とは全く違った情熱をオーパーツの研究に向けている。それは異様な情熱だと思うぜ。田舎で平和に暮らしていた少年を危険な状態に連れてくるなんて事は平気でやるぐらいにはな」
「もう、やめてください!」
とうとう、ロボは叫んだ。そんなはずはない、そんなはずは。
またまた珍しくカルノーはばつが悪そうになった。本当に今日のカルノーさんはおかしい、ロボはそう思わずにはいられなかった。
「ロボ、その、なんだ言いすぎた、悪かったよ。でもな、あんまり盲目的にオイラーさんを信用しているのが心配になったんだよ。クリエイターたるものなんでも疑う事が大切だぜ常識こそ特にな。時には科学です疑う必要がある。そうだろ、ロボ?」
「・・・ええ、そうですね」
カルノーは謝ったがロボは謝らなかった。
その時、カルノーは何かを思い出した顔をした。
「そうだロボ、お前はもっと見聞を広めた方がいいな。明日、ヴァンスレイン騎士学校って所で暖房設備の点検を依頼されてるからお前も手伝いにこい」
「了解しました。今日の仕事はもう終わったので部屋に帰ります。お疲れ様でした」
ロボは返事をすると、足早に研究室を去った。
***
「ロボの大きな声が聞こえたけど大丈夫?」
「ん、ああ、大丈夫だ。ちょっと、オイラーさんの事でな言い争いみたいになっちまった」
ニュートンが全てを察したようにまるで感動したよと言わんばかりにウソ泣きを始めた。
「ううっ、僕は嬉しいよ。あの、カルノーに心配と言う名の母性が目覚めるなんて」
「あほか、何言ってんだ。そんなんじゃねえ」
ニュートンはにやりと笑った。
「そうだね、正しくは父性だね」
「どっちでもないわ。俺はなただロボに同情してるんだ。オイラーさんの都合でこんな所にいきなり連れてこられるなんて。右も左も分からなねえようなもんなのに」
「そうだよね。一体なんでオイラーさんはロボを連れてきたのかな?」
「そりゃ、簡単に推測は立つ。ロボは初めて会ったときスキルを一つも持ってないって言っていた。つまり、そうゆう事だ」
ニュートンは今度こそ全てを把握したという顔をした。
「なるほどね。つまり、あれが出来るってわけだ。そりゃあ、オイラーさんも突然連れてくるわけだ。でも、それならこっちに連れてきた方がロボのためなんじゃないの」
「どうかな、俺に言わせればそれは金の卵を潰す、いや、金の卵を産む鶏の腹を裂くようなもんだと思うぜ」
カルノーなりに心配しているのかとニュートンはなんだかそんな友人におかしみを感じた。
「まあ、腹を裂かれるか、卵を産むかはこうなったらロボ次第さ。俺たちにできるのはちょっとしたお手伝いと見守ることだけさ。そうだろ?」
カルノーはそうだな、と呟いた。
結局の所自分達に出来る事などない。せめて出来る事など、ロボを一人前のクリエイターに育ててやることぐらいだ。




