第十三話 ライトの夢
「うわー、これが王立工匠の資料なんだ。ありがとう」
「まあ、王立工匠の資料といっても俺が書いてカルノーさんにダメ出しくらったやつだけどね」
ライトはロボの手書きした資料を熱心に読んでいる。教科書を写すのは手間がかかるのでとりあえずロボが図書館で書き写した資料を見せてあげることにしたのだ。
ライトの純粋な知識欲を見ているとやはり歯車を眺め続けた自分を思い出す。あの薄暗い洞窟の中でただ一人で歯車と対峙し静かな時間の流れに身を任せ続けたあの幸福感だ。
ライトは元気よく紙面から顔を上げた。
「感謝の言葉しかないよ。こんなの絶対に王立工匠でしか見られないからね」
「そう言ってもらえたら持ってきたかいがあったよ。でも、何で学校に侵入するほど授業が見たかったの?単純に授業を見たかっただけ?」
「うん、まあそれもあるけど。実は・・・」
そこでライトは言葉を止めた。そして、ちょっと恥ずかしそうに
「ねえ、この先聞いても笑わない?」
そう言い出した。
「笑わないかって聞かれてもライトが何を言うか分からないけど、ただ笑って欲しくないなら僕は笑わないよ。約束する」
ライトはそのロボの約束を聞いて言う気になった様だ。
「じゃあ、言うよ。実はね僕には夢があるんだ。ねえ、この空の上には何があると思う」
空の上?ロボは最初ライトの言う意味が分からなかった。それほど、ライトの発言は意表を突かれるものだった。空の上というのはこの雲が漂っている青空のさらに上の場所の事だろう。
ロボは考える。太陽や月が我が物顔で漂っている空の上とはどんな空間なのだろうか。確かにそれは気になる物である。
「分からない、考えたこともなかった」
「そうでしょ、分からないんだ。どれだけ理論をこねくりまわしてもそれは分からないものだと思うんだ。だからね僕は一度そこへ行ってみたいんだ。空の上に。そうすればいろんな謎が一気に分かると思う。それが僕の夢、そしてそれを叶えるために知識が欲しくて学校の授業が見たかったんだ」
ロボは内心舌を巻いた。この少年がこんな途方もない夢をみているとは。しかも、そのために学校に侵入までしているとは。
誰も見たことも行ったことがない場所へ行ってみる。それは恐ろしいと共にどこまでもわくわくする夢だ。
「すごい夢だね。感動したよ。僕も応援する。今度空の上に関する本を図書館で探してくるよ」
ライトは笑われると思っていたのだろうかロボの言葉に破顔した。彼は今までその夢を語った相手に馬鹿にされてきたのだろう。
「そんな風に言ってもらえるなんて思ってなかった。嬉しいな理解してくれる人がいて」
ライトの感極まった様子を見ているとこっちまで嬉しくなってきた。その時、ロボに名案が浮かんだ。
「ねえ、ライトが空の上に行くのは難しいけど。何か軽い物なら空の上まで飛ばせるんじゃない?二人でさ、そんな物を作ってみようよ」
「空の上まで飛んで行く物?何それ、すごく楽しそう。すごい考えだよロボ。やろう、やろう。ああ、なんだかわくわくしてきた」
ライトはロボの考えを聞いて興奮を隠せないようだ。
「空へ飛ばすのに必要なものは何かな?えーっと、まず飛ばす機体でしょ、それから」
「物を動かすんだから動力が必要だよ。あと、その動力がどれだけ必要か考えて計算しないと」
どれも難しそうだ。特に計算に関しては流体の計算はかなり複雑になるので単純に時間がかかってしまうだろう。ロボもカルノーに頼まれて色々な計算をすることがあるがいつも大量の時間を浪費する。前にニュートンに聞いたが学問によってははあまりにも複雑で大量な計算を行うために計算だけで一生を終えた研究者がいるらしい。恐ろしい話だ。
その事をライトに話す。
「そうか、二人でやるんだし。しかも、ロボは仕事で忙しいだろうしね。何かいい考えある?」
ロボが知っている中で計算を使う道具に計算尺があるがあれは大きな数の掛け算割り算を行うのにすぐれているが足し算引き算には使わないのでもっと汎用性のある計算道具が欲しい所である。計算機があれば仕事もはかどりライトとの飛行物の作成にも役に立つだろう。
「とりあえず、計算道具を作れないか考えてみるよ。あと動力について何かいいものがないかも調べてみる」
「うん、お願い。僕は自分なりに機体の模型を作ってみるよ。へへ、やらなきゃいけないことがいっぱいだね」
ロボは静かに頷いた。この何も知らない二人が何かを作りあげるのは想像以上に難しいだろうがそれでも一生懸命考えてやるということがそれでだけで楽しかった。
二人はどこまでも青く澄んだ空を見上げてその先にある未知の世界に思いをはせるのであった。




