第十二話 少年ライト
「だから、何回同じこと言わせるんだ。折角二足歩行して大きな頭乗っけてるんだから少しはそれを使ってやり直せ。俺も暇じゃないんだからお前の無能さに付き合う暇なんかないんだ。わかってんのか」
カルノーの研究室には連日恐ろしい怒号が響きわたっている。
ロボは俯きながらその何回目かも分からない説教を聞いていた。勿論怒られているのはロボである。
ロボが王立工匠に来てから早くも一週間がたとうとしていた。その間、ロボは資料の整理と雑用を任されていたがほとんどまともに出来なかった。まず、ロボには基本的な知識があまりにも欠けていたのだ。王立工匠の本はかなり専門的で比較的簡単な本でも意味を読み取るのは難しかった。酷い時には別の言語で書かれているのではと思えるほど内容が理解できない時があった。
そんな資料をまとめるのは至難の業である。ロボも出来るだけ内容を改善しようと頑張っているがカルノーの目にかなった事はない。そしてカルノーはどこが悪いのか具体的に指摘することをしなかった。ロボは何が何だかわからぬまま怒られて迷惑をかける日々が続いていた。
王立工匠でも最初は皆ロボの事をオイラーの隠し子やどこからか見つけてきた天才なのではと噂をしていた研究員達も今ではなぜあの無能の少年をオイラーが連れてきたのかについてしか話さなかった。ロボもみんなが悪い噂をしている事を知っていたがそれも仕方ない事かと、自分の仕事ぶりを振り返ると思えた。やはり村でも無能なら王立工匠でも無能なのだろう。早くもロボは王都で挫折し始めていた。
それでも、ロボは懸命に働いていた。悩みに心を囚われた時思い出すのはメリーベルとサラの言葉だ。いつか、世界を変える時までこつこつと努力するしかないのだろう。
メリーベルは今頃どうしているのだろうか、王都でロボの様に自分の力不足に悩んでいるのだろうか。いや、優秀な彼女の事だからこちらでもしっかりやっていることだろう。
***
「ロボ、もう資料の整理はいい。もううんざりだ。お前にはお使いを頼む事にした。王立工業学校にこの本を持って行ってくれ」
カルノーは地図を渡してきた。王立工業学校とは貴族のエリートクリエイターが通うこの国唯一のクリエイターの教育機関である。王立工匠とは繋がりが深く歩いて行けるほどの距離にある。ロボ以外の研究員は全員この学校の出身である。
勿論、そこまで行くのに何か障害があるわけでも問題があるわけでもなくこのお使いは体のいい厄介払いだ。
ロボに断る選択肢はないのでなかなかぶ厚い本を受け取り学校に向かった。
ロボは久々に研究所から外に出た。王都の街並みはいつもロボにはお祭りでもやっているのかと勘違いするほど騒がしい物であった。ロボだけがこの賑やかさの中にただ一人取り残されいるようだ。
少し俯き気味に速足で歩いていたのですぐに学校に辿り着いた。
王立工業学校はどこか王立工匠の本部と同じ匂いを感じさせた。石造りの堅牢な造りではあるが綺麗な広場などがあり王立工匠の建物よりかは開放感と親しみやすさがあった。
ロボは青々としている木々に囲まれた校舎へとつながる道を歩いて行った。クリエイターの学校だけあって道の煉瓦は綺麗に幾何学的に並べられていた。
道の続くさきには遠目からでも見えていた校舎がもう目前にそびえたっていた。ロボは少し気おくれしながらもそれに足を踏み入れようとした。
その時
「おい、君は誰だ。ここの生徒かい?」
初老の男性が話かけてきた。学校の先生かもしれない。
「あ、すいません。王立工匠から来たロボっていいます。カルノーさんに頼まれて本を届けに来ました」
そう言うと、男性は合点がいった様だ。
「ああ、聞いているよ。実は最近生徒じゃない人が入り込んでるっていう噂があってね。君も見かけたら教えてくれ。では、その本は僕が預かっておくよ」
「わかりました。お願いします」
男性は本を受け取って校舎の中に入って行った。ロボは少し校舎の中をみたかったので残念な気持ちがあったが用もないのに入るわけにはいかなかった。
ロボが学校を立ち去ろうとしたときおかしな物が見えた。
何の理由があるのだろうか、金髪の少年が教室の窓にかじりついて一生懸命中の様子を見ようとしている。
少年がかじりついている窓は彼の背丈より高く、背伸びしてもぎりぎりで指を窓のでっぱりに引っかけることでなんとか中を見ていた。
少年の指は真っ赤になっており、かなりつらそうだ。
(もしかして、あの子が最近噂になっている学校に勝手に入って来てる人かな)
ロボは見て見ぬふりもできないしどうしようかと立ちすくんでいると、少年の方が先にロボに気が付いた。
少年はロボに見つかって慌ててしまいしがみついていた窓から手を離してしまった。盛大に尻餅をついた少年は気が動転して上手く立ち上がる事ができず逃げられない。
「違うんです。別にのぞき見してたわけじゃなくて、えーと迷った・・・わけでもなくて。つまりですね」
何か言い訳を始めだした。ロボを学校の人間と勘違いしているのだろう。
「あのー、僕ここの生徒でも関係者でもないんですよ。もしかして、最近ここに忍び込んだりしてるの?噂になってるよ」
ロボは彼の慌てぶりをみてなんだか親しみが湧いてしまった、そのせいで不審者である彼と普通に会話してしまっている。
ロボの返答を聞いて彼は少しほっとしたようだ。ちょっとだけ落ち着きを取り戻した。
「そうなんだ、じゃあ内緒にしててくんないかな。僕別に悪い事してたわけじゃないんだ。ただ、学校の授業を聞いてみたかっただけなんだ。僕の父さん学校にいかせてくれなくてさ。噂になってるんならもう来ないから。ねっ、だめかな?」
ロボはこの少年が悪人とは思わなかったがこのまま黙ってていいものかと逡巡した。
「本当にしない?」
「しないよ、迷惑をかけるつもりはなかったんだ」
その時、ロボはいい考えが思いついた。
「そういえば、君は授業が見たかったんだよね。じゃあ教科書とか見れれば我慢できる?」
「えっ、教科書持ってるの?」
「持ってはないけど写す事はできるから。実は僕王立工匠で働いてるから図書館は自由に使えるんだ」
少年の目が輝いた。正直見も知らずの少年にここまでするべきか分からなかったがあんな指を真っ赤にしてまで授業をみようとする彼の気持ちは誰になんと言われようと歯車を見に行っていた自分とどうしても重なってしまいほっとけなかった。
「王立工匠で働いてるの。すごい、僕とそんなに歳変わらなそうなのに。あ、僕ライトっていうんだ。ねえ、王立工匠の話聞かせてよ」
ロボはこんなに純粋に輝く瞳を初めて見た。ライトの目は綺麗な薄い青色でその着ている服装からかなり高位の貴族であることが推測できた。貴族でも学校には通えないのだろうか。
こんな顔をされては断る事はできない。
「僕はロボって言うんだ。いいよ、どっかで話そうか」
「わーい、ありがとう。じゃあ僕がよくいく河原に行こうよ。そこならゆっくり話せる」
そう言って、ライトは駆け出して行った。待ちきれないようだ。ロボもその後ろを追いかけて駆け出した。
***
ライトが言っていた河原というのはロボがオイラー博士と供に下った川の傍であった。
「ねえ、その年でどうやって王立工匠に入ったの?もしかして、めちゃくちゃ優秀だから引き抜かれたとか」
「いや、正直なんで入れさせてもらえたのかわからないんだけど。オイラー博士って人が僕のいた村に来てさ」
そういって、例の実験についてはごまかしてこれまでの経緯を話した。ライトはおとぎ話を聞く子供の様に夢中になって聞いていた。
「へー、そんな事があるんだね。羨ましいよ。僕なんて学校にすら行けないんだ」
「でも、僕も学校に行ってないから基本的な事なんにも知らなくっていつも怒られているよ。正直僕には無理なんじゃないかって最近思ってるよ」
すると、ライトはとても驚いた顔をした。
「何言ってるんだよ。クリエイターにとって学校に行ける事だって幸運なのに。その中でもさらに一握りの優秀な人だけが王立工匠に入れるって事を考えたら怒られるぐらいなんて事ないじゃないか。僕なんて間違った事をやってたって怒ってくれる人すらいないんだから」
最後の方は自嘲気味であった。彼は学校に行けない事とか色々事情を抱えているのかもしれない。
ロボはライトの言葉を胸にもう一度自分の立場を考えてみた。確かに、自分の現状は信じられないぐらい奇跡的な状態だろう。カルノーさんに毎日の様に怒られて気落ちしていたが、そもそも、村にいた時から父さんに毎日怒られていたのだから今更である。
ロボはなんだか学校に向かっていた時より元気になっている自分に気が付いた。ライトの話を聞いたからだろうか。
いや、違う。
ロボにとって初めて気の合う仲間と話したからだろう。ロボは村では誰にも理解されない寂しい少年だった。だが、王都に来てからは自分と向く方向が同じ人が沢山いる。
それはとても居心地のいいものであった。
きっとロボは王立工匠の人達と分かりあいたいのだ。彼らと共にこの世界の誰も知らない真理を解き明かし。世界中を驚かせる。
それはきっと想像もつかないくらい痛快な事なのだろう。
「そうだね。きっと僕は恵まれている」
「そうだよ。ねえ、また会える?他にも話したい事がいっぱいあるんだ」
「いいよ。教科書写す約束もしてるし。休みの日にでも会おう。まあ、僕の場合休んでる暇なんてないんだけど」
ライトはロボと力強く握手をした。
「ありがとう。約束だよ。ロボともっと色々な事が話したいんだ」
「僕もだ。じゃあ、またね」
二人はそう言って帰路に着いた。名残惜しくはなかった。また会う事はとても自然な成り行きであるように二人共思っていたからだ。
***
ロボはなんだか胸がほかほかするような気持ちで王立工匠に帰った。王都に来てからこんな気持ちは初めてかもしれない。いや、生まれて初めてなのかもしれない。
ロボがまたライトと会える日の事を楽しみに考えていると。
突然頭をがしっと掴まれた。
何事かと思ったが、それはすぐに判明した。
魔王の様な顔をしたカルノーがロボの頭を鷲掴みにしていたのだ。
「おい、ただのおつかいにどれだけかかってんだ。わかってんだろうな」
「・・・すいません」
ああ、今日もこれか。
だがロボの中には今まで以上にはやくみんなに追いついて役に立ちたいという向上心が芽生えているのであった。




