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はじめての中二病  作者: 泉
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Act-6 エミール・デュ・ボア=レーモン



 まさかフランス語で返されるとは予想していなかった秋里先輩は目を見開いて驚く。

 しかしここには先輩以上に驚愕してる奴がいた。


「なんでアンタがフランス語を喋れるのよ!?」


 言うまでもなく、シャルだ。

 まるで喋れちゃおかしいみたいな言い草である。


「ガキの頃、一時期住んでたことがあるからな」


「じゃあ赤城くんは帰国子女なんだね」


「そう言うことになる」


「納得いかないわ……」


 なんでだよ。

 むしろ遠い異国の地に母国語で会話できる相手がいることに喜べ。


 ガシッ!


 パイプイスから立ち上がった秋里先輩が詰め寄って俺の右手を両手で握りしめる。


「赤城くん」


「何でしょう」


「是非とも文芸部に入ってほしい」


「ユキノまで!?」


 信じられない、とでも言いたげなシャルのリアクション。

 どうでもいいけどこの部屋の薄い扉じゃその大声は筒抜けだぞ。図書室内ではお静かに、という標語を知らないのか?


「シャルの反応からしても明らかだけど、今のは本当にフランス語なんだね」


「そうですけど。聞き取れませんでした?」


「いや、そもそも私は日本語しか話せないんだ」


「はい?」


「あの決め台詞だけシャルに教えてもらって練習したのさ」


「……ああ、本物に教わったからネイティブに近い発音だったんですね」


 突っ込むと薮蛇になりそうな予感がしたので華麗にスルーした。

 どういう思考回路をしてれば練習してまで決め台詞なんてものを修得しようという発想になるんだろうか。


「秋里先輩がいつもそうやって外国の言葉で話しかけるから入部希望者が逃げちゃうんだよね」


「ダメじゃん」


「赤城くん、ここは世界の知識が集結する場所なんだ。その番人たる私達は如何様な言語や文化をも受け入れなければならないんだよ」


 アンタ今さっき日本語しか喋れないってカミングアウトしたじゃねーか。そして番人の内、一人は国語『2』だ。


「ところで話は変わるけど、さっき赤城くんは何と言っていたのかな?」


 ん?ああ、そういやフランス語分かんないから理解できてないのか。


「『我々は知らない、知ることはないだろう。それが人のあるべき姿だと思いますよ』、だったわね」


 俺が答えを口にするよりも早く、シャルが正確に日本語へと意訳する。


「ふむ、中々に含蓄のありそうな言葉だ」


「そりゃとある学者の言葉ですから」


 でもアンタが言ってちゃ世話ないぜ。

『我々は知らない、知ることはないだろう』ってのは人間の認識力の限界を主張した言葉だ。


 人間が考えうる認識の最高段階に達した知性でさえ理解できない事象を、人間が理解することは永久に叶わないだろうという、総てを知りうる存在ともいえる『ラプラスの悪魔』に人の身では決して届くことはない、その事実に辿り着いた者のある種の諦めだ。


 だけど、それでいい。

 総てを知る必要なんてない。

 この世には知らなくていいこと、知らない方がいいことの方が、圧倒的に多いんだから。





◇◇◇◇◇





「色好い返事を期待しているよ。それでは失礼」


 校門で別れた秋里先輩はそう言い残して颯爽と立ち去った。

 その後ろ姿が無駄にかっこいい。


「……秋里先輩も変わった人だな」


「そうかしら?」


「お前はもっと変人だけど」


「なんですって!?」


 フルスイングされたデュランダルをかわす。

 今さらだけどそれどこから出してんの?鞄に入る大きさじゃないんだけど。


「それで赤城くんはどうするの?」


「んー、まあ入部してもいいかな」


「えー……」


 心底嫌そうな声を上げるシャルは無視。


「じゃあこれからはクラスも部活も一緒だね!」


 対して純真無垢な笑顔を向けてくれる梓ちゃん。この対応の差よ。


「そういうことになるね。改めて明日からもよろしく」


「うん、こちらこそ!」


 俺が差し出した右手を梓ちゃんが快く握り返してくれた。

 ついでとばかりにその手を左へ滑らせる。


「シャルもよろしく」


「で・き・な・いっ!」


 シャルはあっかんべーをしながら俺の提案を拒否する。久々に見たな、そのポーズ。


「残念、振られたか」


「ふん、当ったり前でしょ」


 鼻を鳴らしてそっぽを向かれた。

 おかしくね?俺そこまで拒絶されるくらいのこと仕出かした記憶ないけど。


「大丈夫だよ、これはただの照れ隠しだから」


「そうなの?」


「ちょっとアズサ……!」


 シャルが慌てて止めに入る。

 そのまま女子二人でじゃれ合い出した。楽しそうではある。

 俺は蚊帳の外なワケだが。


 まあそんなことはさておき。

 こうして俺は若干流されつつも文芸部の一員になることと相成った。


 しかし翌日。

 あの狭っくるしい部室を訪れた俺は少なからず自分の安易な選択を呪うことになった。


「では新入部員から挨拶と、一つ所信表明をしてもらおうかな」


「……2年3組の赤城悠介です。所信表明ってほど大したモンはないですが、人生初の部活ってことでそれなりに楽しくやりたいんでよろしくお願いします」


 秋里先輩に求められた挨拶を述べることになったのは俺と、さらにもう一人。


「セツナよ」


 眼帯ゴスロリ少女こと森嶋はわずか4文字で自己紹介を終わらせた。所信表明はどこ行ったんだよ

 っていうか。


「セツナって誰よ。お前の下の名前は武美だろ?セツナ要素0じゃん」


「さあ、この愉快な2人が私達の新しい仲間だよ」


 森嶋と一括りにするのはやめてくれ。

 つーか初対面で森嶋のキャラに引かない秋里先輩も大概である。

 女神の生まれ変わりとラプラスの悪魔同士、通ずるものでもあるんだろうか。共通点があるか知らないけど。


 やっぱり入る部を間違ったかもしれん。

 本がうず高く積まれた手狭な部室の中で、俺はそう思わずにはいられなかった。




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