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かけがえない物  作者: ひだまり
9/21

友人の言葉

今日は恋人が少し仕事が忙しく、帰るのが遅くなると言った、だから自分は、その間にこっそりと荷物の整理を始める



とはいえここには、さほどの荷物もない、自分がこの街に引っ越してきてまだ1年程で、必要最低限の物しか持って来ておらず、殆どの荷物は実家にある



その1年の間に恋人と暮らす為の引っ越しで、また荷物の処分をしているのでいらない物など殆どないのだが、それでも買い足した雑貨などをとりあえずまとめる



自分はインテリア雑貨が大好きだ、特にうさぎが好きで、うさぎのデザインのナチュラルな感じの雑貨を見つけると、ついつい衝動買いしてしまう



安らげる家というものに憧れて育った自分は、一人暮らしを始めてからは常に掃除に気を配り、好きな物に囲まれておうちで過ごす事が大好きだった



掃除の後に香る洗剤の残り香と換気された部屋の空気、アロマデュフューザーも持ってはいるが、自然な清潔感が好きなのであまり使わない、居心地のいい部屋でブログを更新したり本を読んだり、次は部屋をどんな風に飾ろうかと考えたりして過ごしていた



残念ながら今、恋人と暮らすこのおうちではそこまでの事は何もできない、ただ飾りもせず買い求めただけのかわいらしい雑貨達を小ぶりな丁度いい箱を見つけて梱包する



「一度、実家に帰らなくちゃな」



独り言を呟いて、親には打ち明けるべきか考える、打ち明けるにしてもどのタイミングだろうか、もうどうにもならない、末期にまで進行してからの方がいいのだろうか



友達にも誰にも中絶した事は言っていない、そもそもこの街での生活の中で、心を許して話せる友人とはまだ巡り逢えていない、恋人だけが信用し頼り、行動を共にする相手だ



それでもただ一人、何でも話す知人がいる



その人は自分の事を妹と呼んでくれる、顔も名前も、どこに住んでいるのかもお互いに知らない、ただ、わかっているのは、自分より年上の、心優しい人ということだけだ



彼女とはネット上で知り合った、繋がりはネットだけ、自分はブログを書いているが、そのブログサイトにお庭を作るゲームがあり、それに夢中になっていた時期があった、そのゲームでの友達だ



彼女にだけは、何でも話せた、彼女の人柄と、自分を知らない、誰だか特定されないという事が更に自分を打ち明けやすくさせた



今となっては、自分の本名でも連絡先でも、何を伝えても差し障りがない程に、彼女の事を信用している



彼女にだけは妊娠がわかった時から話していた、中絶すると決めた事も、産めない事情も、中絶した事もポリープが見つかった事も話した



全てサイト上のメッセージでだ、そして、心にとまるメッセージを受け取る



「赤ちゃんは自分でお母さんを選んで降りてくる、自分の寿命も、わかった上で。その赤ちゃんは自らあなたを選んだのだから、殺されたなんて思っていない」



というメッセージだった、自分はこれを読んでまた泣いた、自らの命を引き換えに、ポリープを知らせる為に自分の中に生まれて来てくれたのかも知れないと、そう思った



決意が揺らぐ、生きて償う方法は、他にないのだろうかと、償いと幸せは、同じ場所にはいてはいけないのかと



人はどんな暮らしにも幸せを見出だす、例え自分が償いの為に恋人と別れ病気と向き合い、生涯を誰とも共にせず一人でまっとうしようとも、自分は季候の良さや街でふと耳に流れ込む懐かしい音楽、目に写る穏やかな景色などに、幸せを感じるだろう



生きるとは、死ぬとは、一体どんな意味があり、償うとはどういう事であろうか



自分で死ぬ勇気はない、自分がする事は、治療を放棄する事だ、つまりは何もしないという事、病気に殺して貰うのだ、武士は責任や償いのために切腹をした、自分には、自分で腹を切る勇気も覚悟もない、それでも死を以て償うという事になるのだろうか



「償う」とは相手に対して誠意をもって謝罪し、相手の気の済むまで相手の要求を、自分が出来うる限り許しを貰えるまで続ける事だと思っていた、ただそれは、死人に対しては通用しない



謝罪する事も相手の要求を尋ねる事もできない、自分のあの子は、もういない



「償え」とさえ、あの子は自分に言えない






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