子供の頃
あれから2ヶ月が経つ、季節はすっかり初夏を迎え、優しい春の穏やかな気候は蒸し暑さを迎え終え、爽やかな初夏を思わせている
所々に芽吹いていた春達は今、生き生きとした生命感を碧く瑞々しさいっぱいに、人々にそっと、それでも堂々とした存在感で、行動力を与えている
自分はまだ恋人と共にいる、病気はどこまで進行しているだろう、病院にはあれ以来行っていない、自分の感覚としては、痛みも何もなく病気の進行は感じられない
ただ進行は早いだろう、自分の年齢を考えても、数年の物と思われる
自分なりに子宮ガンについて調べもした、末期ともなれば自覚症状もあるらしいがそれまではわからない事も多い
恋人との別れかたを考えながら、何も知らずに大切にしてくれる恋人への申し訳なさに自分も、今まで以上に大切にしたいという気持ちが強くなった
恋人と迎える初めての夏、自分は夏が好きだ、暑さは苦手だが夕方からの夏の情緒に、日本に生まれて来て良かったと毎年思う
夏には子供の頃の思い出が多い、夏休みのせいだろう、セミの鳴き声の中帰る夕暮れ、プールの消毒の匂い、日陰に入った湿った土の匂いや日に焼かれたアスファルトの匂い、蚊取り線香や花火の火薬の匂い、お祭りの雑踏や冷やしたスイカ、風鈴の音色など、夏の全てに情緒を感じる
中学生になる頃には夏休みは塾に入り浸りとなり思い出どころではなくなったがまた高校生になれば、少しだけ寛大になった自由に夏を楽しんだ
30を過ぎた今だからこそマシになったが正直、愛されて育ったとは言えない子供時代だった
父は厳格で怒られる時は必ず手を挙げたし、母は感情で怒る人でとにかく口うるさく、やっぱり手を挙げられた、そして父に報告し、自分は両親から殴られる事になり、逃げ場も慰めもなかった
親が自分の味方だと感じた事は一度もなく、何か困った事があっても相談した事はなかった、それは今でも変わらない
高校受験だった頃、志望校を親と話し合った、自分は小さい頃からピアノを習っており、それを生かせる高校の音楽科を志望していたが、私立だった為に親に反対された、既に兄が私立に進学しており、二人共となれば家計も苦しかったのだろう
「お前の事は愛情があって育てているんじゃない、義務だ」と父が言いはなった、そしてそれ以後、自分は自分の中にまだ小さいながらも残っていた親への期待を砕かれ、心を開く事をやめた
あんな親にだけはなりたくない、そう思っていた、大人になれば子供に愛情をそそぎ、子供の気持ちと向き合い、叱る事はあっても感情的に殴る事なんてしない、そう心に決めていた、だがしかし、義務だけだろうと生み育てた親の方が子供を殺した自分より、はるかに尊い親であった




