大切な人
恋人の帰って来る時間に合わせて、夕飯の支度にかかる、まだ本調子ではないので簡単な物をと、今日のメニューは親子丼とお味噌汁、恋人が足りない様なら、冷凍のうどんでも追加しよう
恋人は親子丼が大好きだ、自分はあの手術以来、産んであげられなかった罪悪感を、恋人にも感じている
恋人は勿論、その事を責めたりはしないし逆に自分の不甲斐なさを謝ってくれるのだが
恋人は本当に優しい、そして恋人の許す限りの時間を全て、自分に注いでくれる
後は卵で綴じるだけに親子丼を仕上げ、恋人を待つ
ゆっくりと考える、出逢った日の事、何度か話して連絡先の交換をした事、初めてキスした時の事
今でこそ仲良くまるでそれが当たり前の様に、常にお互いの一部分が触れ合う距離で過ごしている二人だが
、人見知りし合う自分達は本当に、こんな仲にまで発展したのは奇跡に近い物があった
初めて二人でお出掛けする事になったのは、ファミレスだった、デートとか言う物でもなく、ただ少し、お食事でもしましょうと、お互いの家が近所だった事もあり、そのまた近くのファミレスでご飯を食べた
一緒に間違い探しをしたりして、人見知りする二人は何とかその場を楽しく過ごした
恋人は会社の寮に住んでいたのだが部屋が何年もリフォームされてなく、すごく汚いという話で、じゃあ今度、掃除を手伝ってあげると約束してから、家に行き来する様になった
まぁ汚れているなんて言葉じゃ済まされない程の酷さだったが、二人で壁や床を磨き、トイレやお風呂まで全て掃除して、そのまま泊まった日もあれば帰った日もあり、とにかく1日では掃除しきれない程の汚れが、自分達の恋のキューピットとなった
何より恋人は、自分が家に来ても泊まっても、手を出さなかった、一緒に寄り添って眠っても、ただ抱きしめるだけで何もしない、自分はすっかり安心して、恋人のぬくもりに癒されていた
そういう事が続いていたある日、キスされた
あの時のぎこちない恋人のキスを思い出す、どうしたらいいのか迷ったんだろう、自分も恥ずかしくて下を向いて、そのまま恋人の胸に顔を隠してしまった
自分は恋人の事が心から大好きだ、こうやって一緒に暮らす様になってからも、いつも会いたくて仕方がない
幸せだ、この人といると心から安心する
そしてまた、自分に降りかかった現実を思い出す
―ガン―
先生は間に合う、妊娠もできると言った、自分だっていつか子供を望める状況になれば、恋人の子供を産みたい、でもその気持ちは、いつか産むのであれば、あの子を産めば良かったのではないのか、自分に幸せを願う為に生きる努力をする資格など、本当にあるのだろうか、と、自身への問いに変わる
ガンの事はまだ伏せておこう、とりあえず、術後の経過だったと話そう
心に決めた時、lineが鳴る
帰ってくる様だ
親子丼を火にかける、卵を綴じる為に
くつくつと煮立る親子丼を見つめながら、親子共々、自分もあの子と、死に綴じられてしまうのもいいのかも知れないとぼんやり考えた




