再会
あれから1週間、自分はウイークリーマンションに寝泊まりする様になった
ネカフェでは体も気持ちも休まらず、荷物も持ち出せなかったからだ
lineはアンインストールしてしまった、最後に恋人からのメッセージを勇気を出して読んだが、ガンの治療ともう一度話し合いたいという内容ばかりだった
留守電も入っていた、まださほども経っていないのに懐かしく感じる恋人の優しい声に泣いてしまった、留守電も内容は、自分を気遣う物ばかりだった
最後に会わなければいけない事はわかっているが、自分自身もまだ心の整理ができていなかった、突発的な病院からの連絡によって急展開してしまった現状に、覚悟が付いてきていなかった
これも結局は自分のエゴではないのか、それが正しいとも確信していないのに、償う為に今度は恋人を傷付けている、恋人は今、どうしているだろう、元々痩せているあの人は、きちんと食事を採っているのだろうか
中絶を経験した人は何かしら心に想う物を持って日々を過ごしているだろう、何を以てして償いとし、何を糧として頑張っているのか、自分はただ逃げたいだけなのかも知れない、子供を殺して生きようとあがく自分から、その見苦しさから
考え事をしながら書類の整理をしていると、同僚から話しかけられる、何だかにっこりしている、「彼から電話だよ」と小さな声で囁かれた
内線を回して貰いながら顔がひきつる、どうしようもなく緊張する、まさか会社に電話があるとは思わなかった、どうしよう、何を話せばいいのか
「お待たせ致しました、お電話代わりました」
業務上を装って電話に出る、恋人も気まずい様子で「あ… 仕事中にごめんね」と話し出す
「今日、会えないかな、うちが嫌なら外でもいいから。ちゃんと話がしたいんだ」
そうか、今日は恋人は仕事が休みだ、どうしようか迷う
「大変申し訳ございません、その件につきましては、確認の上また後日ご連絡差し上げたいのですが」
とても他人行儀だ、装っているとは言えこんな状況でこんな話し方をする自分に嫌気がさす
「お願いだよ… 治療もしてないんでしょ?こうしてる間にもガンが進行してると思ったら、どうにかなりそうなんだ。しつこいと思われてもいい、今日会って欲しい。今どうしてるの?」
大好きな恋人の声にあがらえない、「…かしこまりました、では後ほど、詳細をご連絡致しますので、もうしばらくお待ち頂けますか?」
そう返事をする、恋人がほっとしたのが電話口から伝わる
「ありがとう、連絡待ってるよ、じゃあ、仕事中にごめんね」
そう言って電話は切れた
「どうしたの?急用?」
同僚が声をかけてくる、彼女とは面接の日も隣同士で、中途採用3人組の中でも一番年上の、姉御肌的な人だ
「ううん、何でもないの」と答えてタイムカードを押す、自分はもう勤務終了時間だ、後5分恋人からの電話が遅ければ、今日話す事はなかっただろう
着替えて恋人に電話をかける、切ってすぐの連絡に驚いていた、体調のせいで勤務時間が短くなった事を告げる
「今からそっちに行きます」
荷物もあるし逃げても仕方ない、家で話す事にして、電話を切った、駅まで迎えに行くからと、いつも通り
の会話だった
緊張して帰路につき駅を出ると、やっぱりいつも通り、恋人が先に待っていた、少しどころか見るからに痩せてしまっている、罪悪感で胸が潰れそうになる
恋人は私を見つけた途端駆け寄る、「久しぶりだね」と言われ、申し訳なくうつむいてしまい、「ごめんなさい」とだけ返事した
お腹はすいていないかとかお腹は痛くないかとか、自分の心配ばかりしてくれる恋人に大丈夫だと告げ、あなたは大丈夫かと問い返す、「あんまり食べてないね」と答えられ、手を繋ぎ、今日は一緒に食べようと約束する、恋人は手を握り返す
やっぱりどうしても、恋人が元気が出る様にと立ち回ってしまう、今日の話し合いは、一体何を話してどうなるのか
家につきお茶をいれる、「痩せたね」と言われて、そういえば自分も殆ど食べていない事に気付く
「この間は酷い事を言ってしまって…」
謝ろうとすると恋人に急に抱きしめられた
「パソコンを見たんだ」
「こんな事するのは良くないとわかってる、でも、どうしてもあの日のキミが信じられなくて、色々考えたんだ。一緒にいない間、心配でたまらなかった。キミがどんな事を考えていたのか知りたくてパソコンのロックを色々試した。そしたらブログに、たどり着いた」
「そんなに悩んで思い詰めてるなんて知らなかった、気付かなかった。本当に、許して欲しい。子供を産めなかったのは僕のせいで、キミが責任を感じる事じゃない、全部僕が悪い、だからそんな償いは、やめて欲しい。悪かったよ。本当に、悪かった。申し訳なかった。それなのに自分の事より僕の事を心配してくれている最新ブログも読んだ、僕は本当にキミの事を大切にしたい」
矢継ぎ早に謝られて付いていけない、ブログとは、私のブログなのだろうか、償いの事を知ったという事は、そういう事だろう
あまりに急に色々言われて返す言葉が見つからない自分に、恋人はどうか治療をと話を続ける
「私は」
恋人の話を遮り、言葉に詰まりながら話し出す
「私はあなたのせいだと思ってない。一人で産む選択だってあったんだから。あなたは最後の最後まで、私に産んで欲しいって言ってたじゃない。」
「耐えられない、子供を殺しておいて自分は助かろうと治療するなんて。私は、私は…」
あなたと一緒に生きていたかったと言いかけて言葉を飲み込む、「あなたの事まで傷付けて、ごめんなさい」と言葉を変える
「一緒にした事だ、二人で償おう、僕にも責任はあるんだ、キミが死んで償うなら、僕もそうする。でも」
「生きて償う事も、出来るはずだよ」
恋人はそう言って、抱き寄せる
「お願いだよ、治療しよう。お願いだから。お願いだよ…」
恋人が泣き出したので狼狽える、「泣かないで」と涙を指で拭う
それからポツポツと、自分の気持ちを正直に話した、これが償いになるのかわからない事、かといって生きて償う方法が見つからない事、恋人の事は心からたまらなく好きな事、離れて暮らしたこの数週間が本当に辛かった事、酷い事を言って傷付けてしまった事を後悔している事、でも恋人と一緒にいると本当に幸せで、自分は自分が、幸せになってはいけないと思っている事、子供を殺して生きようとあがく自分が、とても醜く感じる事
恋人とのうのうと幸せに生きる自分を、死んだあの子はどう思うか―
「死ぬのはいつでも、出来る」
恋人が言う
「生きて償う方法が最後まで見つからなければ、その時死ねばいい、ガンの苦しみを味あわなくても、死ぬのは怖い、その恐怖だけでも罰になる」
もちろん、その時は一緒だよと恋人は更に自分を抱きしめる
素直に受け入れていいのか判断できない、自分は精神的に冷静でないのかもしれない、手術後からずっと、死ぬ事ばかりを考えて、楽しみや幸せから逃げていた
「私…」
そういう私の言葉を、今度は恋人が遮る
「明日、病院に行こう、今日会えると決まったから、病院に明日必ず連れて行くと約束したんだ。中絶後はあの椅子がツライと感じる人が殆どらしい。でも、頑張って欲しい。僕と一緒に償う為に」
恋人の温もりに心がほだされる、安心する胸の中で、この数週間の寂しさが溢れだし泣いてしまう
「本当に、ごめんね」
恋人に抱きついて泣けるだけ泣いた、恋人はずっと、抱きしめてくれていた、自分は生を選ぶのか、それは、許される事なのだろうか




