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かけがえない物  作者: ひだまり
18/21

一人

自分は今日もネカフェにいる、朝恋人の仕事に出掛ける時間を見計らって家に戻り、ちょっとした必要最低限の荷物をまとめ仕事に出掛けた



一睡も出来ず泣きはらした顔で出勤した自分に職場の人達がかなり心配してくれ、申し訳なかった、下腹部の痛みも引き続いており正直な所、全く仕事にならなかった、昼過ぎに上司に呼ばれ、「事情はわかっているし体調が悪いならいつでも休んでいいから、今日も辛いなら無理をせず、早退しな」と言われ早退になり、明日から短い勤務体制に変えてくれた



皆とてもいい人で、「気にしなくていいからね、完治したら戻って来てくれるんでしょ?その時にこき使っちゃうから」と笑顔で「お疲れ様」と言ってくれた



恋人が仕事の終わる時間に迎えに来るのではないかと懸念があったので少しホッとした、恋人にはたまらなく会いたい、会えば気持ちが抑えきれず、元に戻ろうとしてしまうだろう、恋人が自分を、許してくれるかどうかは別として



何を話せばいいかもわからなかった、離れる為に、これ以上傷付ける事を言うのも嫌だった、あの人が傷付くと、自分はその数倍傷付くのだ、それが自分が傷付けるともなると、心の痛みは果てしなかった



行くあてもないので夜まで公園に出掛けた、今年の春、恋人とお花見に出掛けた思い出の公園だ、満開だった桜は見事に散って桜の木だという面影もない、緑色の葉っぱが代わりに伸びていた



あの頃にはまだ、お腹にあの子がいた、つわりを懸念しながらも念願のボートに乗った、池の周り一面を桜が彩り、薄いピンクの花びらが池の中に降っていた、鳥達が所狭しと飛び交い止まり木に休んでいて、夢の様にのどかで淡い、幸せな光景だった



ここで今死のうか、あの思い出を忘れない様に、あの思い出の中で



自分は幸せだった、あの人は優しかった、好きな人の子供を身ごもり、まるで新婚生活の真似事をしているかの様な毎日だった



今自分にはもう何も残っていない、子供は死にあの人はいない、自分に残されたのは、病魔と死だけだ、償いという使命だけだ



脱け殻の様に池のほとりに座り気が付けばもう夕方も暮れて夜に差し掛かっていた、立ち上がり駅に向かう、何も食べる気になれず、昨夜のネカフェに向かった



恋人からは今日もlineが届いているが、まだ読めていない、怖くなった、昨日までは別れる事を否認していたが、思い直して決別メッセージが届いているかもしれない、言い出したのは自分なのに、恋人から別れを突き付けられるのが本当に怖かった



ネカフェでブログを立ち上げる、このブログはネット上の友達にしか公開しておらずリアルでの知り合いは誰一人これを読めない、楽しい事も書いてはいるが、自分は誰にも言えない心の闇を、何年もこのブログに書いて心のバランスを保っていた



中絶した日の事も書いているし妊娠がわかった日の事も書いてある、恋人と過ごした日々には初めての悲しい記事が手術の事で、それ以後はガンがわかった事、死んで償う為に治療はしない事などを書いていた



今日は恋人を傷付けた事、決して本心ではなく今でも好きでたまらない事、恋人に対して申し訳ない気持ちで一杯な事を書いた



過去の記事を読み返す、精神状態がよくわかる、恋人に出逢うまではツラく死にたい気持ちが書いてあり、恋人と暮らす様になってからは恋人への感謝や嬉しかった事、仲良く出掛けた記事などを更新している



自分の生きた証だと思う、楽しい事もツライ事も、包み隠さず正直に書いてきた



パソコンをシャットアウトしスマホを電源毎切って、眠りにつく



冷たい店内が更に自分の気持ちを冷ややかにさせる中、恋人とあの子の事を思って泣いた























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