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かけがえない物  作者: ひだまり
17/21

決裂

駅に着くと既に恋人は待ってくれていて、恋人の所へ駆け寄る



「遅くなってごめんね」と声をかけ、いつも通り手を繋ぐ



下を向いていた恋人は自分に気付き、「飲んでるの?」と尋ねる



飲んでないよと答えながらまた違和感を感じる、「おかえり」でもなく「楽しかった?」でもなく、飲めない事を知っている上で「飲んでるの?」とは、何かおかしい



自分は店員さんに記念に撮って貰った3人での写真を見せる、浮気を心配しているのかも知れない、自分は今までも一人でお茶をするにもレシートの写メを恋人に提出していた、恋人は自分が、それが例え女性とであっても恋人以外の誰かと出掛ける事を酷く嫌い、一人だとしても心配するのだ、レシートには人数と時間と日付が記載されるので、恋人は安心する



自分にとっては何一つ嫌な所などない完璧な恋人だが、彼には人によっては、やり過ぎだと感じられるかも知れないこういう束縛の過ぎる一面がある、自分はそれも愛されているからこそと受け止めているが



恋人は写メを見ても「うん」としか言わない、繋いだ手はいつもより強く握られ、歩くスピードも速い、自分は付いていくのに必死で時々小走りになるが、恋人は気付いていないのかおかまいなしに歩く



マンションに着きエレベーターに乗るなり抱きしめられる、これはよくある事なのだがさすがにいつもと違う恋人に不安になる、ボタンも押さずに抱きしめられて、エレベーターは止まったままだ



「どうしたの?」



尋ねながら部屋の階ボタンを押す、恋人は黙ったまま、今度は後ろから抱きついてくる



部屋に着き一息入れようと、お茶の用意をする、恋人は黙って下を向いたまま、ソファーに座っている



お茶を持って行き自分もソファーに座る、「ねえ」と声をかけ顔に触れると、恋人がこちらを向く



「病院から連絡があったよ」



恋人がまっすぐ自分を見て話す、「実家近くの病院で治療を受けたいと断られたって。ガンが発覚して3ヶ月、進行が速いから切除だけは勧めたけどそれも断られたって。明日の診察も断りの連絡があったから、すぐにでも治療にかかるならいいけれど、まだ何も話し合っていないなら手遅れになる前に説得してくれって」



自分は固まってしまう、まさか病院から恋人に連絡が行くとは思ってもみなかった、いずれ話すと言った為、病院から伝えても問題ないと判断されたのだろうか



「実家の近くで治療って、どういう事なの?僕はそんなに、頼れない?どうして何も言ってくれないの?」



恋人が悲しそうな顔をしている、申し訳なさでいっぱいになる、頼れるのは恋人だけだ、頼りたいと思うのも



だけど死ぬつもりだとは到底言えない、自分は何とか恋人が傷付かない様に、「そんなんじゃない」と答える



「あなたの子供を殺してしまって、本当に申し訳なく思ってる。これ以上、自分の体の事でまで負担をかけたくなかったの。いつか言わなくちゃと思っていたんだけどなかなか言い出せなくて、黙っていてごめんなさい。頼れないなんて思ってないし、今日までのあなたに、本当に感謝してる」



「僕は負担だなんて思わない、二人のどちらかに何かあれば、お互いに支え合っていきたいと思ってるし、子供の事は僕のせいだ。僕に申し訳なく思う必要なんかないよ」



そう言ってまた抱きしめられる、しばらくの沈黙の後、恋人が尋ねる



「ガンなの?」



自分はその質問に数秒答えられず、力なく「うん」とだけ答える



「早期発見だったんでしょ?治るんでしょ?僕が支える、体が辛ければ仕事も辞めて、病気に専念したらいい、僕は離れたくない、ここで僕と一緒に頑張ろう」



そう言われて、恋人に甘えたくなる、一緒に生きていきたくなる、この人が好きなのだ、心から好きだ、でももう決めた事、他にあの子に償う方法が、自分にはわからない



「ごめんなさい」



自分は心を閉ざす、何も考えない様にする、上の空の様な状態だ、そうして別れを切り出す、そうでもしないと、とてもじゃないが恋人と離れられない



「別れて下さい。あなたとはもう、頑張れない」



言ってしまって泣きそうになる、目に涙が溢れるのを、流れてしまわない様に必死にこらえる



「どうして?何が足りないの?話し合って、お互いが一緒にいられる様にしていこう、僕は好きなんだ、君と別れるなんて、考えられない」



「しつこいね」



抱き合ってた体を離しながら続ける



「はっきり言わなきゃわかんないの?子供を産める状態でもないのに無責任に避妊もせず、体が傷付いたのは私だけなの、あなたが少しでも痛みを代わってくれたの?努力したって結局間に合わず、産めなかったじゃない、あなたといたら思い出すの、もう顔も見たくない!!」



泣きながらそう言い捨てバッグを持つ、そのまま逃げる様に走って外に出る



エレベーターは使わず階段を一気にかけ降りる、自分の放った言葉に心は粉々に砕かれ、傷付いているであろう恋人を思うと堪らなくなる



謝って嘘だと泣きつきたい、心から好きで離れたくないと、あなたは自分にとって、かけがえのない宝物だと



走ったせいで下腹部がかなり痛む、とりあえず休まなければ、涙を拭いて駅前まで歩き、今日の所はネカフェに泊まる事にする



個室に落ち着き横になる、自分が言い放った言葉をもう一度思い出す、もう終わった、今日までの自分達は全て粉々に砕けた、自分は最低だ、あの人は今どうしているだろう、傷付いて泣いていないだろうか



また謝りたくなってスマホに手が伸びるが堪える、今さらどんな顔をして謝ればいいのか、言ってはいけない事を言った、最後まで産んで欲しいと言っていたあの人に、責任をなすりつけたのだ



あなたの子供を殺して申し訳ないと言っていた女がいきなり豹変したのだ、もう私の事は信じられないだろう、子供を殺したのも、あの優しさを傷付け手放したのも、全て自分で選んだ道だ



散々泣いて、明日からどうするか考える、退職は1ヶ月後だ、それまではホテルかどこかに泊まって、恋人の仕事の時間に荷物を取りに行くしかない



スマホの充電器を借りに受付に行く、戻って充電しようとスマホを見たら、恋人から着信が入っていた



ネカフェに入る時にマナーモードにしたので気付かなかった、だけどどうしよう、何を話せばいいのか、そもそもここでは通話できない



lineにもう一度話し合いたい、心配だから帰って来てとメッセージもあった、既読がついたのを確認したのか、今どこにいるのとメッセージが続く



「子供の事は本当に申し訳なかった、これからは今まで以上に大切にしたい、お願いだから帰って来て、体調も心配だから」



あんな事を言った私に、まだここまでの事を言ってくれる恋人が本当に恋しくなる、会いたい、謝って仲直りしたい、恋人のぬくもりに、安心して眠りたい



冷房が効きすぎた店内の冷たさに、恋人がより一層恋しくなる、「今日は帰らない、危ない場所にはいないから大丈夫」と返事をして、備え付けのブランケットにくるまり朝を待った
































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