夢
本当の悪意はそれを成す当の本人にとっての善意である。ありがた迷惑ほど面倒くさいものはない。他人は自分に関係なければ、別に悪気はないんだしという。むしろこちらが悪者扱いにされる。それがしばしば悪夢となって苛立たせるというのに。その要因を作った元凶は枕を高くして寝ているのだろうな。それを踏まえてのお話です。
夢の話をしよう。
もちろん自分の夢だ。内容は悪夢といっていいだろう。
だが記憶が断片的で全てを覚えているわけでない。
一番印象的なのはどこかの建物の地下フロアーの廊下を彷徨っている情景だ。地下だと分かるのはこれが自分の夢でそうだと断定しているからである。
そこは廃墟かも知れなかった。天井の板や壁の塗装が剥がれ落ちている箇所が多くあった。照明の蛍光灯が幾つも切れかかっていて点滅を繰り返していた。
自分は廊下を走っている。なぜかって。何かが追いかけてくるから。
それは何かって。それはわからない。振り向く余裕はないほどに迫ってきていたからだ。
つまり自分は逃げているのだ。
全身が恐怖心が駆け巡っている。たしかにそれは自分に恐怖を与える存在だった。
夢分析で言えばストレス要因なのだろう。締め切り間近の仕事とか。気に入らない上司とか喧嘩しているパートナーや友人とか。
自分のストレス要因は何なのか。振り返れば分かるだろうが、追いつかれて捕まる訳にはいかなかった。だから果てがないくらい続く廊下を走り続けるしかなかった。
なるほど夢だなと思うのは、廊下が無限であることだ。いくら走っても行き止まりにたどり着かないのだ。だから走り続けていると若干の余裕が生まれてきた。それで左右に首を振ると部屋があることを知った。狭い個室のようだった。
とっさにそのひとつに飛び込んだ。大した理由はない。何かが変わる事を期待したのだ。
今は少なくなった電話ボックスほどの広さだった。息が詰まるほどだった。
振り返ると黒い影が通過していった。あれが自分を追いかけていたそれなのか。
逃げ切れたわけではないが一瞬だけかわせたのだ。
通路に飛び出し今度は今来た方向に走りだした。
どうせまた追われるのだ。しかし一瞬だけ意表をつき隙を作った自分が誇らしかった。
わずかだけ心が軽くなった。
目が覚めた。夢の中から帰還した。
あれが何なのかの推測は立つ。ストレス要因は大概自分がそういう存在なのだと気づかない。だからこそ周囲にストレスを撒き散らすのだ。
話はこれで終わり。この話には何の教訓もない。寓意も縦読みもない。
ただ追いかけてくる者は今夜も誰かの夢に現れる。
人の悪意は尽きることなし。
人間漢検は薄めが好みです。面倒なのは本当に面倒くさい。