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第七話 文化祭一日目①(Side:翔)


 ついに文化祭当日になった。

 文化祭は二日間。今日はその一日目だ。空はよく晴れていた。


 校内は、開始前の準備で賑わっていた。

 忙しそうに走り回る生徒たちの顔は、どこか楽しそうだ。

 学校全体が浮き足立っているように見える。


 翔は結局、当日もサボることなく参加した。


 翔たちのクラスの出し物は、コスプレ喫茶。

 女子たちがきゃあきゃあ言いながら用意した衣装は燕尾服で、翔は執事役を任されていた。


 少し前までの翔であれば、女子たちも遠慮して「上野くんは何もしなくて大丈夫だよ」と言っていただろう。

 しかし最近の翔は、真一の影響もあってか、以前より少し柔らかい雰囲気になり、頼み事もしやすくなっていた。


 控え室になっている教室で着替え終えた途端、周囲の女子たちが感嘆の声を上げる。


「今年の文化祭、うちのクラスが優勝かも……」


 長身で端正な顔立ちの翔は、燕尾服がよく似合っていた。

 間違いなく、人目を引く存在だった。


「優勝とかあんの、文化祭に」


 翔は疑問に思い尋ねる。

 例年は文化祭をサボっていたので、どういう制度があるのかもよくわかっていなかった。


 さきほどの女子生徒が答える。


「あるある。出口でアンケートをとって、得票数が多かったクラスがその年の文化祭賞になるの」


 もう一人の女子も続ける。


「看板賞とかもあるよ。だから看板作りも気合い入れてたんだあ」

「うちのも、最終的にはいい看板になってよかったよね」


 なるほど、と翔は思う。

 看板がだめになったとき、クラスの連中が妙に気にしていたのは、そのためだったのか。


 入り口に飾られた看板は、三日前には完成して、かなり完成度の高いものになっていた。


 真一が、バケツを倒してしまった生徒に「結果的によくなったから気にしなくていい」と後日改めてフォローしていたのを、翔は見ていた。

 後日のフォローまで欠かさない。本当にまめなやつだ。


 そう思い出すと、自然と口元が緩む。

 翔は慌てて唇を引き結んだ。

 最近、真一のことを考えると、つい口元が緩んでしまう。

 その理由を、翔はまだわかっていない。

 ――いや、わからないことにしていた。



「みんな着替え終わったかな?そろそろ始まるみたいだよ」


 凛とした声が背後から聞こえ、なぜだか妙に緊張した。


 真一の声だ。


 翔は自分の外見を特別だと思ったことはないが、周囲の反応を見る限り、悪くはないのだろうとは思っていた。

 だからこそ、燕尾服姿を見た真一がどんな反応をするのか、少しだけ気になっていた。


「あ、翔」

「……よう」


 振り返ると、真一は目を丸くした。

 その表情を見ただけで、翔の心臓が跳ねる。


「すごく似合うな。身長が高いから、バランスがいいんだね。少しメイクもしてるのか。顔立ちがはっきりして、いいかんじだ。髪もセットしてる?」

「一応、さっき、女子が」


 翔は、どうも喉が詰まってうまく話せない。

 居心地が悪い。とすら思う。さっき、女子らに褒められた時はなんとも思わなかったのに。

 真一は、へえ、すごい。制服と全然違う。とくるくる翔の周りを回って眺めている。

 首が熱い。それすら見られているようで、翔は思わず声をあげる。


「……じろじろ見るなよ」

「いや、ごめん。すごくかっこいいから」

「お前、そういうの簡単に言うよな」

「簡単には言わないよ」


 知っている。真一は嘘をつかない。

 だからこそ居心地が悪いのだ。


「もう始まるんだろ。行くぞ」


 翔は無理やり話を切り上げ、真一の背中を軽く押した。


「文化祭賞、とれるかな」

「……まあ、なるようになるだろ」



 遠くから放送が流れる。


 ――文化祭一日目を開始します。




 翔たちのクラスのコスプレ喫茶は、始まってすぐこそ客足は少なかった。

 しかし、一度来店した客が内装のこだわりや衣装の完成度に驚き、さらに翔のビジュアルも手伝って口コミが広がり、昼を過ぎるころには列ができるほどの盛況ぶりになっていた。


 翔はホール担当で、真一は調理チームの指揮を執っている。


 止まらないオーダー。

 コーヒーの提供が遅れている。


 翔は調理場の真一に声をかけた。


「真一、コーヒーって在庫あるか」

「どうも切らしちゃってるみたいで。一旦コーヒーは品切れにして、誰かに追加を買いに行ってもらおうかな」

「誰か行けるやついんの」

「うーん……」

「俺、そろそろ休憩だから買ってきてもいいけど」


 するりと言葉が出る。

 以前の、面倒くさがりだった翔からすれば、ありえない発言だった。


 けれど最近の翔は、真一が困っていると、ついこういう言葉が出てしまうのだった。


「それはすごく助かるけど、休憩なのに」

「別に。どうせ大して見て回る気もなかったし」


 これは本音だ。

 先日、文化祭準備をサボろうとしたあの悪友二人をいなしてから、すっかり交流がなくなっていた。

 わざわざまたつるむ気にもならない。

 そうなると、翔には校内を一緒に回る相手もいなかった。

 一人で回るのも面倒で、その気も失せていた。あいつらと一緒に回りたいとも思わない。


 そのとき調理チームの一人、田中から声がかかる。


「真一くんもまだ休憩とってないだろ。一緒に行ってきなよ。ついでに回ってくればいいじゃん」


 真一は、放っておくと一日中ここで仕事をしてしまうだろう。

 田中は、そんな真一を気遣って、買い出しという理由をつけて休憩を取らせたいようだった。


「それは……」

「コーヒーは人気だしあったほうがいいから。どれ買うかとか、予算の管理も真一くんがしてるだろ」

「……ああ言ってるし、いいんじゃね。どっちにしろ重くて一人じゃ無理だし」


 迷う真一に、田中に援護するように翔は言う。

 重い荷物を一人で持つのはだるい。

 それに、このままいけば真一と一緒に回れる。


 これは押しどきだ、と翔は思った。

 言い訳が用意されていて助かった。


 そう考えていることに、翔自身はまだ気づいていない。


「そうだな。うん。俺も行く。ちょっと待ってて、準備するから」


 真一は奥へ戻り、買い出し用のバッグと予算を準備し始める。


 真一と文化祭を回る。


 そう思うと、なぜだか翔は気分がよくなった。

 さっきまでは回る気すらなかったのに。

 なぜか。


「お待たせ。行こうか」

「おー」


 文化祭で賑わう廊下を、真一と並んで歩く。


(文化祭、悪くないかもな)


 翔は、妙に浮き立つ気持ちになっていた。


 文化祭は、まだ始まったばかりだ。

全10話ほどを予定しています。連載中。

毎日夜更新予定です。

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