生殖
2083-08-15 ヴァリアブルシップ
VN-2082の大攻勢から3ヶ月ほどが過ぎていたが、ヴァリアブルシップ回収の紐の動きはまだなかった。
数週間前までは5大陸全体に広がっていた無数の赤いマーカーは、それぞれの大陸内で数カ所に集合して動きを止めていた。
アイナたちは幾度となくVN-2082に意識の挿入を行い、その行動の記録を続けた。
その間、メインルームに一人残ったユーリは記録データの解析を行なっていた。
『戻してくれ』
ユーリのヘッドセットにアイナの声が流れた。
「はい。エクストラクト」
少しして、C・コクピットのハッチが開くと、アイナ、アス、シロウが出てきた。
「やはりダメですね。目を開きません」
アスががっかりした様子でアイナに言った。
「こっちも同じです。眠っているのでしょうか」
シロウも肩を落とした。
3人はそれぞれ自分のシートに座ると、大きくため息をついた。
流石に何度も意識挿入を行うと3人とも疲れた様子を隠せなかった。
「コーヒー入れますね」
ユーリがそんな3人の様子を気遣って席を立った。
「すまない」
アイナは束ねた髪を解くと、パイロットスーツの窮屈な首のファスナーを開けた。
しばらくすると、コーヒーのいい香りが漂ってきて、カップの載ったトレーを持ちユーリが戻ってきた。
それぞれのデスクにコーヒーが行き渡ったところでアイナが口を開いた。
「せっかくのコーヒーだ、飲みながら話を進めよう」
皆がゆっくりと一口目のコーヒーを口に運んだ。
「まずはユーリ、ここ数週間のVN-2082の活動状況のまとめを説明してくれ」
「はい」
ユーリはモニターに3週間前からここ数日までの北アメリカ大陸におけるVN-2082のマーカーの動きを表示した。それは散らばっていた無数のマーカーが一ヶ所に集まる様子を表していた。
「ご覧の通り、3週間前には地表を覆うように広がっていたVN-2082が2週間ほど前から数ヶ所に集まり始め、そして数日前から集まった箇所で動きを止めています。おそらく何か目的を持って集まったと考えられますので、その集合地点に何か共通点がないか調べてみました」
ユーリはモニターの表示を変えた。それは地表からの深さを示しており、マーカーの塊は地表からかなりの深度に存在していた。
「VN-2082は地下深くに集まっています」
「ここが巣ということか」
アイナがコーヒーカップを持ったまま言った。
「おそらく」
「巣で眠っているのか」
「あれだけ暴れたのだ。疲れたのかもしれないな」
VN-2082はまさしく眠りについていた。
いくら意識の挿入を行っても視覚を捉えることが出来ないことにこれで納得することが出来た。いまだにVN-2082の体のコントロールが出来ない状態では仕方のないことだった。
「最初はただ単に巣に戻ったのかと思ったのですが、解析を進めると休むため以外にも目的があるかのような動きをしています」
ユーリはまたモニターの表示を変えた。それは先ほどのマーカーが一ヶ所に集まる動画だった。
「この表示時間を2ヶ月ほど戻してみます」
逆再生によって、集まりかけていたマーカーは徐々に散らばるように移動して行った。ユーリはそれを何度も繰り返し再生させた。
「動いていないのがいるな」
アイナが気付いたようだった。
「はい」
ユーリがひとつのマーカーの色を変え、再び再生を始めた。
「ほんとだ。全く移動していないのがいる」
「みんなが集まる場所に最初からいるのか」
アスもシロウも他のマーカーとの違いに気付いたようだった。
「そうです。初めからこの位置にいて、他の個体が地表で忙しく行動している間も同じ場所に留まったままです」
「生物の生態学を専攻していたユーリはこれをどう見る?」
アイナが興味ありげな目をユーリに向けた。
「この動きのないのは生殖個体でしょう」
「なるほど。女王アリのようなものか。それで移動しないわけだ」
「はい。地上で多くのエネルギーを吸収したVN-2082は、それを持って巣に戻り生殖個体に与えた。受け取った生殖個体は繁殖期に入り、そして用を終えた通常個体は眠りについた」
「でも、VN-2082が地上に現れたのは今回が初めてのはずだが、突然に現れたのはどうしてなんだ」
ユーリの結論にアスが疑問を投げかけた。
「捕食と吸収の発現と考えれば、納得できないでしょうか。パンドラから生まれたVN-2082は地下でひっそりと進化、繁殖を繰り返してきたところでやっと組み込まれた特性が動き出した。それが行動に影響を与え、大攻勢に出たのです」
ユーリの説明にアスは納得した様子だった。
「他の大陸のマーカーも、同じ動きをしたあと活動を止めています」
ユーリがモニターの表示倍率を地球全体に変えた。マーカーの数は数個表示されるだけになった。しかし、そのひとつひとつのマーカーは無数の凶暴な生物の集まりなのだ。
「今でさえ凄まじい数に増えた生命体だ。さらに本格的な繁殖を始めたら、強制終了の前に人類は滅亡してしまうかもしれないな」
見てきた状況から考えれば、それは現実となりうるものだと思えた。
「これは、とんでもないものを発生させてしまったのかもしれない・・・」
アイナの小さな呟きに、他の3人は自然と頷いていた。
これから先、一体どんなことが起きるのか・・・。漠然とした不安を抱え、4人はモニターに映るマーカーをじっと見つめていた。




