発射
西暦2727年5月15日 地球統合本部 T-デバイスコントロールルーム
コントロールルームの大型モニターは巨大な格納庫を映しており、そこには全長が100メートル程で底辺が二等辺三角形の三角錐状のバリアブルシップがあった。バリアブルシップには窓も翼も推力装置もない。内部のそのほとんどのスペースは水、酸素そして食糧などの分子循環生成装置、さらに浄化装置が占めていた。これで人を過去に送り込むのだ。
「バリアブルシップ、T-デバイス内に移動開始」
あらかじめ引かれているレールの上をゆっくりと動き出したバリアブルシップは、その先にある巨大な筒状の装置の中に入っていった。
この筒がT-デバイス(Transtimation Device)で、ヴァリアブルシップを過去の時間に送り出す俗に言うタイムマシンのようなものだった。
「各パイロット、バイタル正常」
「麻酔微量ガス、1.3%で維持」
「3番パイロット、呼吸数やや低下」
「3番、酸素流量増加」
「酸素飽和度100%で問題なし」
「バリアブルシップ、エネルギーチャージ完了。リザーバーのチャージに入ります」
モニターを見つめながらパネルを操作するスタッフを見下ろす後ろの席で、ノジマはその成り行きをじっと見ていた。
ノジマが研究職に就いたのは三十年ほど前だった。その頃すでに地球は危機的状態で、温暖化対策、大気中及び海洋中の汚染物質の除去、太陽フレアからの紫外線、電磁波の防御、地殻の安定化、環境ホルモンの除去、そして最も危険な成れの果て物質の除去を、多くの研究者が力を合わせて取り組んでいた。しかし、ノジマはその取組みに否定的で、早々に見切りをつけた。今のこの状態でどのようなことをしてもすでに遅く、地球の機能の回復は見込めないと。
そこでノジマは考え方を大きく変えた。
『過去を変えるしかない』
研究者たちは皆ノジマを笑った。
『わたしが正しかったことを証明してみせる・・・』
「バリアブルシップ、移動完了」
「リザーバーチャージ完了」
「2082ウェッジとのコネクト開始。」
「コネクト確認。現在のカウントは2083になっています。正常に繋がりました」
「バリアブルシップ、最終シークエンス完了」
横に座るマシス主任研究員がノジマを見ると、ノジマはゆっくりと頷いた。
いよいよ始まるのだ。
「T-デバイス、起動開始」
マシスはスタッフに最後の指令を出した。
「T-デバイス、起動」
「使用回数、2」
「やはり1回の往復にしか耐えられないようです」
「チャージ始まりました」
「T-デバイス、温度上昇。冷却開始」
「チャージ、間も無く臨界点に到達」
「強制加給開始」
「冷却、最大へ」
コントロールルーム全体に振動を感じるようになった。それはとてつもないエネルギーがT-デバイスに集中していることを表していた。
「チャージ完了。エネルギー放出まで、10・・・」
「衝撃に備えてください」
「5、4、3、2、1。放出」
「ダイブ開始」
ヴァリアブルシップを映すモニターが眩しいほどの光を放ち、コントロールルーム全体が一瞬ドンっと大きく揺れた。
限界まで蓄えられたエネルギーの放出の影響でコントロールルームは機能を停止した。
少しして電源が戻りシステムが再起動を始める。
次にモニターが映し出した映像の中に、ヴァリアブルシップは存在しなかった。
「座標2083で、バリアブルシップの信号確認。成功です」
コントロールルームに拍手と歓声が上がった。
「みんな、ご苦労様」
ノジマは立ち上がるとスタッフに向かって声をかけた。
「よかったですね」
その横で、マシスは拍手をしながらノジマの笑顔を見ていた。
地球統合本部作戦司令室
「行ったようだな」
ヴァリアブルシップの発射の様子を映していた大型モニターを見ながら、指令席に座るオオカワが安堵の声を出した。
その横で立つシノハラもじっとモニターを見ている。
「生命体は活動を開始したようだが、我々は直接その様子を見ることは出来ない。また過去に行った船との連絡を取ることもできない。あとはただ祈って待つだけだ」
「作戦が成功したとしても、彼らの回収は本当に大丈夫なのでしょうか」
シノハラはヴァリアブルシップが消えたT-デバイスをまだ見つめていた。
「ノジマ所長の話だと、送り出した船には紐がついているようなものだそうだ。作戦が成功すれば、何らかの変化が今のこの時間の中で生じる。そのタイミングで紐を手繰り寄せ回収すると言うことだ」
「紐・・・、ですか」
元軍人であるシノハラはあまりに現実離れしたその表現に、研究者は好きになれないと思った。




