変数
『始まり』から1年後の西暦2727年5月 地球統合本部会議室
狭い会議室中央には4台のモニターが置かれたパネル端末のテーブルがあり、コウゾウ・オオカワ本部長、その横にレジェ・シノハラ作戦司令長官。そして向かい合ってノーリス・ノジマ所長、さらにカオリ・マシス主任研究員が座っていた。
「では、まずマシス主任研究員からシヴァル計画の進捗具合を報告します」
ノジマの言葉を受けて、マシスはオオカワとシノハラの顔を見た後、おもむろに話を始めた。
「5本放たれたウェッジのうち、1本は条件が合わず直ちに強制終了。その後、3本でルカを確認。発生が開始されました。しかし、2本は、4ヶ月後と7ヶ月後に発生を繰り返す途中で死滅しました。おそらく環境などの条件が合わなくなったのだと考えられます」
各自の前に置かれたモニターに表示されていた4つの数字が次々と消えていき、2082だけが残っていた。
「現時点で2082は、約1年の時間をかけて発生、進化を繰り返し、またその数を増やして最終段階に入っています。数日で活動を開始すると思われます」
「うまく動いてくれそうか?」
オオカワが少々懐疑的な目をマシスに向けた。
「変数には、値として『捕食』、『吸収』及び『再構築』のキーワードを入れています。発生を繰り返す中で、生命体の特性として発現されれば十分に期待できます」
研究者であるマシスは自信ありげに答えたが、オオカワとシノハラは掴み所のないその表現にどこかまだ不安を感じていた。それを察しノジマが補足を始めた。
「過去に数回干渉を行っていますが、どれも限られた地域のごく小さなものでした。今回はそれとは比べものにならないほど大きなものです。しかし、発生する生命体はタイムパラドックスを避けるためにあくまでも偶発的な事象とし、意図的な構築は不可能です。つまりどのような形態になるかは予測できませんし、統一的な行動をとってくれるとも限りません。まぁ、ヒトとなれば最も良いのですが、それは確率的にあり得ないでしょう。そこで、生命体の行動をバックアップするために、T-デバイスによってハンドラーを送り込みます。これによって生命体の行動のコントロールを行えばさらに干渉の成功率が上がるでしょう」
「それは意識の挿入・・、だったな」
「はい。変数の値の中の『再構築』は意識挿入のためのプログラムです。これが発現されれば、構築後はC・コクピッを使って、無接点神経接続により生命体の行動を支配できます。もっとも、ひとりにつきで1体ですので、全ての個体をコントロールすることはできませんが、リーダーとして集団をコントロールすることは可能でしょう」
「人が過去に飛ぶことで、影響はないのか?」
「T-デバイスによって送られるヴァリアブルシップは、我々が現在存在する時間の泡の中にいるようなものです。そのため、泡から外に出ることは出来ず、直接過去に接触も干渉もできません。あくまでも干渉するのはその時代に発生した生命体です。意識は時間の流れの影響を受けませんし、泡が壊れない限り人体にも時間の流れにも影響はありません」
オオカワは十分理解ができなかったが、ノジマの迷いのない話し方に少し安心した様子で頷いた。
「船の準備はどうだ?」
今度はシノハラに質問を向けた。
「はい。C・コクピットの調整中です。明日には完了する予定です。乗組員はヴァリアブル部隊として、訓練及び最終テストをクリアした女性1、男性2の3名のパイロット及び女性1名のオペレーターです」
モニターには4名のプロフィールが表示された。オオカワはその年齢を見た。
30、28、28、22。
旧統合軍内と大学から志願した若者で、面接の時の顔が思い出された。
T-デバイスによって人が過去に行くのは初めての試みであり、安全が保証されるものではなかった。
オオカワは腕を組むと天井を見上げた。
これ以上、人口を減らさないためにも若者は必要だった。誰一人失いたくはなかった。
『しかし、我々にはあとがないのだ・・・』
オオカワは組んだ腕を解くと姿勢を正した。
「1週間後の15日、09:00。シルヴァ計画フェーズ2に移行。T-デバイスによるヴァリアブルシップの発射を行う」




