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志願者

 西暦2726年


 地球の周囲に存在するおびただしい数の人工衛星。そのほとんどは放棄されたゴミだ。

 そんな中で、わずかに機能を保っている観測衛星が移りゆく地球の姿をあてもなく記録していく。

 地上に降り注ぐ過度の紫外線は、大地さえも劣化、脆化させ、風化を加速した。さらに、硫黄酸化物による酸性雨は腐食を起こし、生態系にも影響を与えた。

 偏った降り方をする大量の雨は、かつてその高さを誇った山々の頂を失わせ、大地を削り、膨大な量の土壌を海へと運び大陸の形状を変えた。

 その一方で、酸性雨でさえ降ることのない土地は砂漠と化した。

 かつて青かった海は、流れ込んだ莫大な量の土壌によって濁り赤茶けた。さらに、大気中に存在する多量の炭酸ガスを吸収して酸性と化し、連綿と受け継がれてきた生命を壊滅へと追い込んだ。今ではそれに耐えるために姿を変えた異様な生物が漂っているのみだった。

 これらの変化は当然人類にも影響を与えた。

 人口の激減だ。気付かぬうちに繁殖能力の低下を招いていたのだ。


 地球におけるあらゆる崩壊は、突然一気に始まったように思えた。しかし、文明の急速な発達の中で少しずつ蝕んできていたものが起こるべくして発現したに過ぎなかった。


 西暦2610年、一人の海洋生物学者が海洋中に含まれるナノレベル以下のある物質を発見した。

 翌年、その小さな物質は、人類をいや地球さえも滅ぼすほどの危険因子を含んでいることが分かった。

 研究が進むにつれ、その物質は過去から続くあらゆる環境汚染物質の成れの果てだと言う結論に達した。

 調べれば調べるほど、その物質はあらゆる場所、あらゆる生物に入り込んでいることがわかった。それは当然ヒトにも大量に潜んでいた。

 そのことを知った学者たちは慌てた。

 国が慌てた。

 そして全ての人々が慌てた。

 危機感を感じた地球上の全ての人々が、国も人種も関係なくその物質の除去に全力を注いだ。

 しかし、それは叶わなかった。

 その小さな成れの果て物質は、あまりにも多く、あまりにも深く浸潤しており、すでにその機を逸していたのだ。

 澱のように積もったその物質は、ついにすべてのものを破滅へと走らせた。


 各国は極端な人口の減少から国としての自立が困難となり、いくつかの統合支部として統合本部が管理するようになった。

 各国間の争いがなくなった。

 利権の奪い合いもなくなった。

 皆、危機感を共有し、それどころではなくなっていたのだ。

 統合本部は人々に生活を保障した。しかし、それさえも先の見えないものとなるのは明らかだった。


 地球は、星の生涯だけでなく人類そのものの生涯を終えさせようとしていた。

 終わりの近づく地球で、残された人類は最低限の環境が維持されたシェルターで細々とした生活を送るしかなかった。


 もうなす術はない。

 人々は絶望した。

 どんなに努力しても、死へと転がり始めたこの星の動きを止めることはできない。

 全人類が努力しても排除できなかったモノ。

 それのために、絶望の星になってしまった。

 それは私たちが作り出したモノではない。

 全て過去の人々が残したモノだ。

 過去の人々が、もっと早くこのことに気づいていてくれていたら。

 なぜ、気付いてくれなかった。

 どうしてその代償を我々が負うのだ。

 悪いのは誰だ?


 やがて、人々の絶望は怒りへと変わった。






西暦2726年3月 地球統合本部 メディカルセンター


 アイナ・ウメハラは、プレートにトーコ・サリアンと書かれたオフィスのドアをノックした。

 すぐに中から返事があり、ドアが開いた。

 「待っていたよ。アイナ、どうぞ」

 トーコはアイナに笑顔を向け部屋の中に招き入れると、隅に置かれた応接セットのソファを手で示した。

 アイナは微笑み返すとソファーに座った。

 トーコは自分のデスクに行き上に置いてあったファイルと持つと、アイナに向かい合うように座った。

 「結論から言うよ。アイナはフィジカル、メンタル全く問題なし。落とすのが大変なくらいにね」

 アイナはトーコの言葉にホッとしながらも、気になっていることを聞くべきか迷った。そんなアイナの様子を察してか、トーコの方から話してきた。

 「子供が出来ないことは今回の基準には全く関係ないから、心配しなくていいよ。もしもそんなことを言う奴がいたら、私が、いやメディカルセンターのスタッフ全員から抗議してあげるから」

 そう言ってトーコは優しく笑った。

 「ありがとうございます」

 「でも、本当にいいの? あのことが原因で志願したわけじゃないよね」

 トーコは持っていたメディカルチェックファイルをアイナに渡した。

 「先生だから言いますけど、それもないとは言えない。 でも、そんなことよりももっと憎む相手がいるってことかな」

 ファイルを受け取ったアイナは、ちょっと悪戯っぽく笑った。

 「憎む相手か」

 トーコは少し天井を見上げると、すぐに視線をアイナに戻し話を続けた。

 「まぁ、いいや。それが行動の原動力になっているのならね。そんなのも必要。でもね。無茶はしないようにね」

 「無茶ができるほど若くはないですよ」

 「あ、お茶入れるの忘れてた。ちょっと待てね」

 「あ、そんな」

 「いいから、いいから」

 トーコは立ち上がると給湯室へと向かった。





 地球統合本部第3会議室


 小さな会議室は特殊任務志願者の面接会場となっており、中央に置かれた横長のテーブルには2人の男性と1人の女性、それに向かい合うように一人の男性が座っていた。

 「それではまず氏名を」

 3人のうち、右に座る男性が言った。

 「はい。シロウ・タヌマです」

 「今回の任務に志願した理由は」

 同じく右の男性が聞いた。

 「はい。自分は野宿が趣味で、今までいろいろな場所の山、川、海などを見てきました。どれも遠くから一見しただけではとても美しい風景でした。しかし、いざ近くで触れてみると絶望を感じるくらい荒廃していました。そこで、もしも、過去を変えることでそれを回避できるのなら是非ともやってみたいと思い志願しました」

 向かい合う3人は、シロウの言葉に少し戸惑うように顔を見合わせた。

 そして再びシロウに目を向けると、次に質問をしたのは左の女性だった。

 「志願した理由はそれだけですか」

 シロウの表情が硬くなった。

 「不躾ながら、わたしの申し上げた理由だけでは不足でしょうか」

 シロウの迫力に、左右の二人は意見を求めるように中央の男性を見た。

 「十分な理由だ」

 初老の男性は、そう言いシロウに笑いかけた。





統合大学中央学舎 海洋生態学サクマ研究室


 人口の減少によって、かつてはいくつもあった大学は統合され、わずかに残るのみだった。

 その研究内容も地球の環境改善のような限られたものばかりになっており、先の見えない研究では学生は少なく、閑散としていた。

 寂しさを誘う夕暮れの陽の差し込む研究室で、学生のユーリ・ランは絶望を感じていた。

 「ああ、就職できなかった・・・」

 生態学を専攻するユーリは、汚染された海洋でそれに適合した異様な生物に関する発生の研究をしていた。

 「こんなことに没頭している場合ではなかった。完全に就職の機会を逃してしまった」

 ユーリは頭を抱えながら机に突っ伏した。

 するとドアが開き、頭髪に白髪の混ざった男性が入ってきた。

 気配に気づき慌ててユーリは体を起こすと男性を見た。

 「あ、サクマ教授・・・」

 「こんなのに、ラン君は興味があるかな?」

 サクマは手に持っていたシート状の端末をユーリに渡した。

 「特殊任務のオペレーターの募集だ。ラン君に適任だと思うんだが」

 サクマは研究熱心なユーリの将来を気にかけていた。以前ならこのまま研究職に就けたかったが、現在の大学事情では難しかった。

 そんな時にサクマのもとに回ってきたのがこのファイルだった。

 大変な任務だと思われたが、それが完遂出来れば、将来に有利なそれなりの地位が与えられるのではないかとのサクマの思いだった。

 ユーリはファイルを手に取るとゆっくりと読み始めた。

 




地球統合本部 メディカルセンター トーコ・サリアンのオフィス

 「実は初恋の人を守るために志願したってことなの?」

 「うん」

 「バカじゃない」

 トーコ・サリアンはソファーに畏って座っているアス・ミナセに呆れた表情を向けた。

 「狭い空間で何ヶ月も、あるいは何年も一緒に生活しなきゃいけないんだよ。そんな中でそのふしだらな気持ちを抑えることができるの?」

 「出来る。任務中は絶対に自分の気持ちを言わないし、そんな態度も出さない」

 アスは真剣な目をトーコに向けた。

 「彼女は誰とも結婚しないと思うよ。それでもいいの?」

 「そんなことは関係ないよ」

 「もう・・・。私は何も言わないからね。あんたが私の弟だってことも。まぁ、恥ずかしくって言えないけど」

 トーコは天井を見上げると、大きくため息をついた。

 


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