後編 イケメンをオレにください
「じいちゃぁあーん!!」
ミチルの叫びはペルスピコーズ中……いや、カエルラ=プルーマ中に響いたかもしれない。
そんなマゴのSOSを、マゴ溺愛おじじ(見た目はコドモ)が聞き漏らすはずはなく。
「うえーん、じいちゃーん!」
ノックもせずに執務室に乱入してくる愛しのマゴを、法皇エーデルワイスは咎めずに、かと言って「おー、よちよち♡」とかも言わずに、努めてフラットに接した。
「如何した、ミチル?」
「あのねっ、あどで、おで……おでっ」
可哀想に、大きな瞳に涙をたくさん溜めて……とか思ってはいる。それでも法皇はマゴの前で尊厳を崩さない。
ここにいる限り、ミチルが傷つく要因はない。であれば、またくだらないワガママで泣いているに違いないからだ。
つまり、正しくは「阿呆で可哀想に」となるのだが、「阿呆な子ほど可愛い」とも言う。
エーデルワイスのミチルに対する愛情はそんな感情から来ている。
「何をそんなに泣く? 話してみなさい」
ここでようやくエーデルワイスは椅子から立ち上がって、泣くミチルの手を取った。
自分より背丈も手も大きいマゴを、慈愛を込めて慰める。些か妙な気分であった。
「アアーン! お、オレ、はあ……ッ! なーんも出来ないよー!!」
肉親の体温に触れたミチルは、いっそう豪快に泣き出した。
何も出来ない、とはどういう意味で言っているのか。エーデルワイスは辛抱強く、ミチルの言い分を聞いてやった。
「ふむ、そうか。アルブス王の進言なら、ワタシの所にも来ている。ペルスピコーズは本来修行の場、僧達の邪魔にならぬように、また異世界から来たお前が気兼ねなく暮らせるように、と例の島の提供を申し出ている」
「うん、それは……ねっ、すごく嬉しい、ずびび、よっ、でもべ、ぶびびっ」
鼻水ズビズビのミチルは、辿々しくも曽祖父に訴える。
「あんね、おで、島で暮らず、のに、なんも、出来ない……ゲホゲホ!」
「ふむ……島の件は、まずお前がその土地を気に入るかが先だ。アルブス王が何もかも用意すると言ったのだが、それでは王子が大きな優位性を手に入れてしまう。だから、土地以外の判断や暮らすための手法はカリシムスに任せよ、とワタシが指示したのだ」
「……! じいちゃんも一枚噛んでたの!? ひどいや、黙ってたなんてええ!」
エーデルワイスは丁寧に説明してやったつもりだった。だが、ミチルが気にしたのはそこではない。裏に曽祖父がウッシッシといたような状況に憤慨した。もちろん、大袈裟な妄想による濡れ衣である。
「いや、黙っていたというか、一昨日出たばかりの話でな……」
「ああーん! じいちゃんもオレには何も出来ないって思ってるんだあぁあ!」
思ってるか思っていないかで言ったら、まあ、思ってはいる。
だが、それは当然であって仕方がない事である。カエルラ=プルーマに無理矢理召喚されたミチルに、異世界での生活能力を求めるのは酷というもの。幸いにもミチルには六人も下僕がいる。彼らに任せておけば、愛するマゴは安泰……だとエーデルワイスは思っていた。
ミチルの未来はこれからだ。
ゆっくり馴染んでいけばいい。カリシムス達と暮らしながら、そのうちに何か「生きる糧」のようなものが見つかるだろう。それは物理的な労働でもいいし、精神的な趣味でもいいと、エーデルワイスは楽観視していた。だってワタシのマゴは阿呆だから。
「オレだって、みんなのために何かしたいよお! ううん、しなくちゃいけないんだよおお!!」
ところがいざ窮地に立って、マゴには急速に自立心が芽生えようとしている。
これにはエーデルワイスも感動せざるを得ない。救いようのない甘ったれだと思っていたら、意外と考えられるのだなあと、マゴ可愛さに曇っていたエーデルワイスの意識は突然晴れの兆しを見せた。
「オレはァ! みんなに大事にしてもらうんだから、オレも同じようにみんなの役に立ちたいのぉお!」
「エライッ!」
急に轟くエーデルワイスの声。ミチルは驚いて泣き止んだ。
「その意気やヨシ。だが落ち着けミチルよ、焦る必要はない」
せっかく芽生えた成長の種。焦って暴風に曝し、摘み取られてはいけない。
こう考える時点でエーデルワイスはかなり甘やかしている。
「何も出来ない自分」を見つめ直すのはいい。それを家族に泣きついてどうする。自分で考えて一人前だが、阿呆のミチルにそれを望むのは厳し過ぎる。
こうも考えるエーデルワイスはミチルを完全にナメている。
だから、この程度でもエーデルワイスは感動するのだ。そして我がマゴがいっそう成長出来るように、いそいそと助言してやるのが溺愛おじじ・えぇじいちゃんなのである!
「まずはカエルラ=プルーマの環境に慣れなさい。お前はお前のカリシムスを頼っていいのだから。そうしてから少しずつ、彼らに返してやるといい」
だが愛するマゴはワガママなのだ!
「ううう……やだあ! オレも今、なんかしたいんだぁ! でないと不安なのぉ、こんな気持ちじゃ、みんなと孤島でラブラブ生活なんて出来ないよお……!」
こんな様子の人間を見た事がある。そう、結婚前の若い娘だ。環境が変わるのを恐れて、漠然とした不安に押しつぶされている。
今のミチルもそうなのだろうとエーデルワイスは思った。
結婚か……
まあ、似たようなものか。
途端にエーデルワイスはもの寂しい思いに打ちひしがれる。ミチルを未だここに留め置いているのも、エーデルワイス自身がミチルを手放したくないと思っているからだ。
だが、ここらが潮時。阿呆の子に芽生えた自立心を信じて、羽ばたかせる時なのかもしれない。
「ミチルよ……お前が不安を感じているのは、心残りがあるからではないか?」
「心、残り……?」
ミチルは涙が渇き始めている瞳をぱちくりさせて聞き返す。
ああ、なんて可愛らしい仕草。ワタシのマゴは世界一。エーデルワイスはそんな想いとともに、一際険しい谷へマゴを導く事を決めた。
「お前は、まだカリシムス達に出来る事……成すべき事が残っているのではないか?」
「んん……?」
「お前のくしゃみ転移はまだ不完全。意図しないタイミングで、あるいは志半ばで放り出してきた事もあるだろう?」
「ああ……ッ!」
言われてミチルは、今のモヤモヤした不安が形を取って現れるような気がした。
例えばカエルレウムで。
ジェイの命を狙っていたのは誰だったのか。
続いてルブルムで。
アニーの両親は何故、死ななければならなかったのか。
アルブスで。
エリオットと父王を、ウツギを使って誰が仲違いさせていたのか。
フラーウムで。
ジンの汚名はまだ晴れていない。
ラーウスで。
ルークにかけられた呪いの正体は。
チルクサンダー。
彼の失った記憶とは。
解決出来なかったイケメン達の大切なこと。
このまま孤島に行ったら、全て有耶無耶になってしまう。
イケメン達はそれでもいいと言うだろう。
でもオレは良くないっ!!
「わかったよ、えぇじいちゃん!」
ミチルの瞳が蒼く光る。希望を灯して立ち上がる。
「オレ、もう一度みんなの国に行く!」
「おお……ミチルよ」
頼もしい姿にエーデルワイスは感動が止まらない。人前で泣かない修行をしてきた法皇で良かった。
「大好きなみんなの周りにあった、全部の心配事をオレがキレイに解決するんだ!」
で、出来るかな……? エーデルワイスはほんのり不安にもなった。
だが、走りだそうとするミチルはもう止まらない。
「それで、みんなが安心して島で暮らせるように。みんなの周りの人にお願いしてくる!」
「お願い……?」
「うん! イケメンをオレにください……って!」
結婚の前に、ちゃんとご挨拶しなくっちゃ。
大丈夫、オレが幸せにします……ううん、みんなで幸せになりますって!
「そうか……」
エーデルワイスはその言葉に心から安堵する。
さすが、ワタシのマゴ。世界一の尊みを持っている。
「みいぃーちぃいーるーぅうううう……ッ!!」
突然バッタンと扉が開く。
六人の号泣イケメンが雪崩れ込んで来た。
「シウレンよぉおお! 立派だぞぉお!!」
「ミチルゥ! 我は感涙が止まらぬぅう!」
「ミチルー! 俺はいつでもお婿に入るよぉ♡」
「むおおぉ……! やはりミチルより尊いものはないっ!」
「ミチル、兄さん言ってた、これがけじめ……ッ!」
「よく言ったぜ、さすがおれ達のミチル!!」
「みんなぁ♡」
六人のイケメンがいれば。
オレに怖いものなんか、ない。
「よぉーし、行こう! イケメンの故郷へ」
凱旋だーっ!!
……と盛り上がっている所、申し訳ないが。
「どうやって?」
ミチルは両手を挙げたまま、はたと止まった。
「そうだな……」
法皇としての修行の賜物、いち早く冷静に戻っていたエーデルワイスが考えながら答える。
「アルブスとカエルレウムであれば、ペルスピコーズの転移術で移動が可能だ。それ以外の国とはあまり国交がないのでな……」
「フラーウムはこことは陸続きだが、間のアーテル帝国が邪魔だな」
ジンもまた冷静に立ち直し、そう続けた。
「ラーウス、結構離れてる。大きな河、くだります」
「ルブルムなんてもっとだ。海の向こうだもん」
ルークもアニーも、途端に落ち込んだ。
「我の……故郷って、ドコ?」
チルクサンダーの問題は置いておくにしても。
「むむう……! 泳ぐしか、ないのか……ッ」
ジェイの脳筋思考はないものとされた。
「ハイハイ、無駄な思考、ごくろーさん!」
そこへ鶴の一声、ではなく百舌鳥の一声。エリオットの華麗なる考察が披露される。
「おれはさっき、ミチルにキッスしまくった」
だから!? と他のイケメンは少しばかりのジェラシーで返事する。
「可愛すぎたから鼻も食べてみた♡」
それで!? と他のイケメンはギリリ歯ぎしりで続きを促す。
「ミチル、よおーっく思い出せよ。おれがお前の鼻♡をあむあむしたらどうなった?」
「ふえっ、ええーっとお、色々ムズムズしました……」
ぽっと頬を赤らめるミチル。他イケメン達はますますジェラシーに飲まれそう。
しかし、エリオットはそれを意にも介さず、にまぁと笑って言う。
「そお。ミチルはくしゃみをしかけたんだ」
つまり?
「ミチルは、おれ達が鼻♡をあむあむすると、くしゃみ転移出来るんじゃねえかなっ!?」
な。
なな。
ななな。
「何ですってー!?」
法皇もまとめて、みんなでびっくり仰天。
かくして、ミチルの「イケメンに鼻♡をあむあむされたら転移出来ちゃうよ」修行が始まるのであるッ!!
その修行の成果やいかに……
そしてミチル達は無事にそれぞれの故郷へ凱旋できるのか。
DIVE into Honey Moon Accident!




