前編 大興奮の平和
天はしばしの平穏を取り戻す。
カエルラ=プルーマに日本のような四季はない。
けれど、今、ミチルが身を寄せている曽祖父の住まいは春のうららかさが満ちている。
生命の危機を乗り越え、世界の危機も回避したミチルとイケメン達は現在悠々自適な食客生活。
曽祖父であるペルスピコーズ法皇・エーデルワイスの庇護の下、絵に描いたようなのんびり具合であった。
「はにゃーん……」
昼食後、中庭で日向ぼっこをするのが最近のミチルのお気に入り。
ペルスピコーズは教会なので、食事はわりと質素かつ量も多くはない。
それまで贅沢な生活をしていた王子とか御曹司は物足りなさそうにしているが、イケメン達は概ね文句も言わずに居候の身分に甘んじている。
「ふにゃーん……」
ミチルはごろごろと芝生に寝転んでリラックス。
今までの緊張を一気に緩めて平和を満喫している。
今回のテン・イー絡みの闘いの中で世界の理は変わった。
ミチルとイケメン……プルケリマとカリシムスのいわゆる「お役目♡」は解消されてしまったのだ。
つまりミチルを含む「世界を救うはずの七人」は今や宝の持ち腐れ、無用の長物、ただの穀潰し。
それでも世界を救った功績はあるので、ペルスピコーズに手厚く保護されている。
「ほにゃにゃーん……」
ペルスピコーズ上空は、魔法の技術により雲が出ない。快晴の青々とした空から陽の光が燦々と。
それが大きな木を通って、非常に心地よい木漏れ日をミチルに与えていた。
「ミチル、ここにいたのか」
背の高い人影が近づいてくる。
イケメンボイスを聞き分けるミチルの耳は、それが誰かを瞬時に理解して反応した。
「ジェイ!」
芝生まみれの体を起こして、ミチルは喜んで彼が隣に座るのを待つ。
ミチルの大好きなイケメンの一人・ぽんこつナイトのジェイは、ミチルを愛おしそうに見つめてから腰を下ろした。
「昼寝を起こしてしまったか?」
ミチルの頬についた芝生を取り除くジェイの指先。温かい仕草に、ミチルの胸は高速でメロメロしていく。
「や、やだなあ。いくらオレでも外で寝たりしないよお」
「だが、この前、エーデルワイス殿に怒られていたような……」
「ぐふ……っ!」
確かに、あれは数日前のこと。
昼食のパンケーキのおかずに、珍しくソーセージがついてきた。ミチルがよく知るスーパーの量産品ではない。もっと、観光地とか牧場とかのお土産で見かける、「オシャレ」ソーセージだった。
そんなのテンション上がるに決まってるじゃん! アニーとジン先生が「もっと食べろ」って自分のをくれたりするから!
お腹がいっぱいになったミチルは、この大きな木の下で爆睡一時間。
気がついたら目の前には、ものすごい形相で圧をかけてくるエーデルワイス。
だらしない、だの。法皇のマゴなのに、だの。皆の尊敬を集めるセイソンだから、だの。しこたま叱られた。
確かにミチルは世界を救った「奇跡のプルケリマ」であるのに加えて、現法皇の血縁者である。身分も実績も申し分ない、いや、これ以上の「英雄」はいない。
ミチルは元々一般人、小市民のモブ学生である。大学生になりそこねた甘ったれのままで、「尊いおマゴ様」の身分を突然与えられた。誰も怒らない、行き交う人には常に一礼される。イケメン達からはたっぷりの愛情が注がれている。
今のミチルは無双状態。ゆっるゆるに緩んだ振る舞いで、終いには曽祖父に怒られる……を繰り返している。
「いいじゃん、ミチルはずっと大変だったんだから」
そこへ現れた人影。金髪が日差しを浴びてキラキラ光る。
「アニー!」
ミチルの大好きイケメンが更に登場。ホストアサシンのアニーである。自慢のしっぽ髪を揺らして、ミチルに甘い微笑みをかけながらやってきた。
「世界が平和になったのは全部ミチルが頑張ったからだよ。ご褒美があって当然だと思うな」
言いながらアニーはジェイとは逆隣に座り、ミチルの頭を撫で撫でする。
ここに来てからアニーはずっとこの調子。ミチルを取り巻くイケメンの中で、甘やかしポジションを得ようとしているのだ。
「うへへえ♡」
まんまと乗せられているミチルは、右にジェイ、左にアニーでご満悦。
「うむ。ミチルはもう何も心配しなくていい」
つられてジェイもミチルの手を握って、スマイル炸裂。ミチルだけに緩むジェイの表情筋の破壊力ったら。
「にゃふふう♡」
ちょっともう、幸せすぎる!
こんなに甘やかされて、蕩けてしまったら、人の形を保てないよお♡
「あ、でもミチル。俺も外での昼寝は反対だなあ」
「ふえ? なんで?」
トロットロに甘やかされたミチルは、だらしなく笑いながら聞いてみる。
幸せすぎて、言葉の意味はよくわかっていない。
「こんな所で無防備に寝たら危険でしょ。可愛い寝顔を見るのは俺たちだけの特権なんだから♡」
「ひえやぁあ……っ」
寝顔って、寝顔って、ナニを経た後の寝顔ですか!?
ミチルは色惚けまくりで大興奮である。
「その通りだ、シウレン! お前のかわゆい♡寝顔をそこらの坊主に提供するなど言語道断ッ!」
「ふぎゃあ! いつの間に!?」
突如現れる鬼の形相。鬼にしては美しすぎる、毒舌師範・ジンがミチルの目の前でくわっと目を見開いている。
「シウレンよ、我ら以外にそんな顔を見せるな。というか、見た坊主どもは儂が後ほど×××……ッ!」
今の伏せ字はエロではなくて、暴力言葉です。
ミチルはジンの遠慮のない「いつもの調子」に脱力する。
「せんせえ……そんなお坊さんはいないから、×××したらダメえ」
「馬鹿者ォオ! そんな甘えた声で『♡♡♡したらダメえ……ぇ』などと言うんじゃないっ! 儂の華麗なる儂が♡♡♡……ッ!」
今の伏せ字は暴力ではなく、エロ言葉です。
以前のミチルなら照れて耳が腐っていたが、今ではすっかり慣れたものである。
「ああーシウレン! 儂はお前が心配でタマらないっ!」
左右のイケメンを掻い潜って、毒舌師範のぐりぐり抱擁!
ジンもまた、ここに来てからセクハラ及びチカン行為に拍車がかかっていた。各々、ポジション取りに四苦八苦なのだ。
「はうー! くるちぃ……ぃ♡」
以前のミチルなら少し嫌がったのだが、今のミチルは大いなる愛に身を投じているので、ジンのセクハラ抱擁もそれなりに喜んで受け入れていた。
「ミチルー! 新しいの、出来ました!」
三人のイケメンにもみくちゃにされているミチルに、四人目の影。
嬉しそうに息を弾ませてやってくるのは、ワンコのような良い子イケメン、優しいバーサーカー・ルークである。
「ほ、ほにゃ……?」
ルークの手の中、白い布のようなものに全員が注目する。
ミチルの前に忠犬よろしくお行儀よく座ってから、ルークはその小さな布細工を見せた。
「はいっ、ミチル、新しいパンツです。ミチルの言う通り、ぼくさあ?型ね!」
「キャアアアア! ルーくぅん! みんなの前で、それは恥ずいィイ!」
異世界転移の王道なお悩み。それは下着をどうするか問題。
今までミチルはおパンツ一枚で切り抜けてきた。なんという奇跡だろう。さすが世界を救った男。
だが、その頼もしい相棒にも限界は訪れる。というか、やっとそこに悩める余裕が出てきた。
しかし! お母さんが勝手にスーパーで買って来てくれるモノを、どうやって調達したらいい? ひいじいちゃんにねだってもいいが、ノンデリな対応をされそうだ。
ミチルは同い年で何でも話せるルークに相談してみた。すると、ルークがパンツを縫ってくれたのだ! さすが繊維魔法の使い手の弟、手芸などはお手のものであった。
「恥ずかしい? だいじょぶ、ミチルのパンツ、何より大事!」
「ふぎゃあああ!」
純白に光るボクサーパンツ(新作)をミチルは直視できなかった!
代わりに他のイケメン達がしげしげと観察する。
「こ、これが……ミチルのパンツ」
「脱がすのにコツがいりそうだな……」
「では儂は洗濯を担当してやろう」
なんだか色々大興奮の男達の手から、ミチルは急いで新作相棒をひったくった。
「オレのパンツに手を出すなアァア!」
「ミチル、履いてみせて!」
キラキラと期待に輝く瞳でルークが言えば、男達はさらに「キャア」と大興奮!
「ここでは履きません! 青空の下でパンツを履き替える、変態の極み!!」
ミチルは真っ赤になって、奪い返したパンツを空高く掲げていた。
「楽しそうだな、ミチル。我もまぜてくれ」
一際大きな人の影。
ミチルの最愛彼氏はまだ存在する。それが孤独なヴィラン・チルクサンダー。
大きな黒いマントは邪魔だと言われ、最近は黒いタンクトップで動き回る二の腕魔人。その逞しさにはミチルの胸も疼きっぱなし。
そんな肉体美を惜しげもなく披露しながら、悠々と歩いてくるチルクサンダー。
だが、実は記憶喪失のため、己の事は全くわからない。一般常識も乏しい赤子のようなピュアハート。
彼が今一番嫌なのは「仲間はずれ」だ。ミチルはもとより、懐いた(?)イケメン達とも何かにつけて一緒にいたがっている。
「チルくん! ええっと、ちょっと待って、まずはパンツをしまうからっ!」
ミチルは慌ててルークブランド待望の新作をポケットに捩じ込んだ。すると周囲から「ああー」という残念そうな溜息が漏れる。
「指を咥えて見るなァ、おバカイケメンどもぉ!」
「……ふむ、なるほど。今夜のミチルは真新しい下着、という訳か」
チルクサンダーの含みを持った発言に、おバカイケメンどもは「キャアア」とまた叫ぶ。
ミチルは真っ赤っかになって、茹る頭を冷まそうと首を振った。
「のおぉお! そ、そそ、そんなコトしないよぉお!」
「ふふふ、楽しみだ。オマエのおろしたてのパンツを、下ろすのが……」
直接過ぎるセクハラに、ミチルの頭は沸騰で吹っ飛びそうだった!
「ズルい! パンツ縫ったの、ぼくです! 今夜はぼくね!」
「ルークぅ! 次の新作にはフリルとリボンつけてえ!」
「むむ、むむむう……ッ、夢が膨らむぅう!」
「使用済みを儂に洗濯させろぉお!」
口々に言い合うイケメン達の言葉に、慣れたはずのミチルの耳がやっぱり腐りそう!
「もう無理ー! 助けてえええッ!」
悶絶するミチルに、最後の一人が元気よく駆け寄ってきた!
「ミーチルー!!」
「あーん、エリオットぉ! 助けてええ!」
おかっぱ貴公子、小悪魔プリンスのエリオットが一通の手紙を携えてやって来る。
その白い肌は、喜びに高揚して桃色になっていた。
「ミチルー! このやろー♡」
駆け寄るなり、エリオットはミチルをその場で抱っこっこ!
「ふにゃあ!」
抱き上げられたミチルは、驚きながらも胸がドキドキときめいた。
そんなミチルににまぁと笑いかけて、間髪入れずに薔薇色の唇を寄せるエリオット!
ちゅっちゅっちゅーの、ちゅー♡
「にゃにゃあ……っ」
顔中にキッスの雨を、他イケメン達に見せつけるように降らせ、最後にミチルの鼻をあむあむ!
「ふあ……ッ!」
ちょっと色々ムズムズしちゃう。
ミチルの反応をエリオットは悪戯っぽい笑顔で眺めた後、その鼻をつまんだ。
「まう……ぅ」
「アッハッハ! お前はほんと、オモシレーなあ」
「んもー! 何なのさ、エリオット!?」
腰がちょっと頼りなくなっているので、抱っこから下されたミチルはエリオットの腕を掴んだままでバランスを取ろうとしていた。
そんなミチルの腰を引き寄せて、エリオットは満面の笑みで言う。
「ついに島を手に入れたぞ!」
……はい?
突拍子もない話題に、ミチルは瞳をキョロキョロさせる。
エリオットの振る舞いにちょっと嫉妬していたイケメン達も、それを忘れて目を白黒させた。
「おれ達の愛の巣、もとい愛の孤島……インスラ=アルカーヌだ!」
歩かぬ?
そりゃあ、島へは歩けないよね。泳ぐのかな?
あ、愛の孤島……ッ!?




