第二話 リロウと書庫整理4
それから何日経ったのか、本当に誰も助けに来ない。
学院生が何日も部屋に籠ることは珍しくないものの、自分の存在が忘れられてしまったかのようで、レリアはがっかりとうなだれた。
特に、美しき司祭長官セリン・ラフィードが自分を助けに来てくれるかも、と淡い期待を抱いていたが、夢に終わったようだ。
そんなことを嘆きながら、レリアはすっかり本棚も床もきれいに磨き上げてしまった。次は本を色別に整理することにしたが、途中で飽きてしまい、モザイク画のようにキレイな模様になるように並べかえた。
なかなかの力作だと思ったが、この芸術作品を見てもらえないのは残念だ。リロウは本に夢中だし、シーは理解しているのかいないのか、ただしっぽをフリフリしているだけだ。
休憩の合間にはリロウが魔法でアップルパイに見せかけてくれたパンを頬張る。酸味とほどよい甘み、サクサクのパイ生地。本物みたいにとってもおいしい。
何度も見てもこれが幻影だとは思えない。自分もこんなふうに魔法が上手くなればいいのに、と思いながらリロウを見る。また水を飲むことさえ忘れているので声をかけようとしたその時、リロウが突然顔を上げた。
「これだよ」
リロウの声はかれていた。レリアが水を差し出すと、ごくごくとのどを鳴らして一気に飲み干した。そして、瞳をきらきらさせながら、
「これだよ!」
ともう一度力強く言った。
開かれたページをのぞきこんだが、当然のごとく何が書かれているのか分からない。魔法陣の図が描かれていたが、教科書では見たことのないものだった。
「ここにはね、洞窟から外へ移動する魔法がかかれているんだ。今の僕たちにぴったりだ」
レリアの瞳にも希望の光が見えた。
「でも、移動魔法ってものすごく難しいんでしょ? 博士になるような人じゃないと使えないって聞いたけど」
「それは今の魔法の話さ。これは、古の魔法だからね。ここにも、子供にも使える簡単な魔法だって書いてあるから大丈夫さ」
「古魔法?」
輝いたレリアの顔は曇った。
「それは、禁止されてるでしょ? 自分がなんでこんなところに閉じこめられているのかもう忘れたの?」
「でも、ここにある魔法書は古魔法のものばかりだよ」
リロウは常識かのごとく涼しい表情で言った。
レリアは絶句する。
「そうだったの……」
「本を整理してたのに、気づいてなかったの? ……しかし、ずいぶんキレイに並べかえたね。キアス司書長官も感動するかも」
「中身なんて見てないから。見ても、分からないし……。とにかく、古魔法なんてダメ。少なくとも学院で許可されてる魔法にしてよ」
「ミレスアロナでは研究目的なら許可されてるよ。それに、今君が言ったように、今の魔法では移動魔法は高度すぎて僕にもまだ使えないからね。ここから出るには古魔法を使うしかないんだよ」
おかしな理屈だ。レリアは疑わしげにリロウの顔を見た。もしかして、本当はさっさとこの部屋から出ることができるのに、古の魔法書が恋しくて居続けていただけなのではないだろうか?
「僕を疑ってる?」
リロウは半笑いで言った。顔に出ていたようだ。
「古魔法狂いを古魔法の書庫に閉じこめるなんて、どうかしてると思って」
レリアがため息まじりに言うと、
「まったくだ」
とリロウは深くうなずいた。
「で、どうするの? ここから出たいの? 出たくないの? 僕は本が読めればここにいたっていいけど」
「もちろん、出たいに決まってる。でも……」
レリアはもごもごと言葉を飲みこんだ。
「規則違反がばれたらどうなるの?」
「ばれなければいいんだよ」
「退学になったらどうするの? 私、寮を追い出されたら住むところがなくなっちゃうんだから」
「僕の家に来ればいいじゃないか。父さんだってそうすればいいと言ってたし、もう兄たちもいない。空いている部屋はたくさんあるんだから、遠慮することはないのに」
レリアはヴァリム伯父の石でできたような顔とその妻の氷のような表情を思い出した。
「別に遠慮してるわけではないけど」
レリアは彼らが少し苦手だった。彼らの頑固で生真面目そうな瞳を見ると、どこか後ろめたさを感じずにはいられなかったのだ。
おそらく、伯父や叔母たちは父が掃除夫をしていたことをよく思っていなかったのではないかと思う。
ずいぶん昔のことだが、一度、ヴァリムと父はそのことでひどく言い争いをしたことがあった。ヴァリムは父に王宮の職を与えようとしたのだが、父はそれを拒んだ。
レリアには父の意固地さが理解できなかった。多くの人が王宮付きになることを憧れ、でも、誰でもがなれるわけではないと言うのに。
一度、母にそんな愚痴を吐いたことがある。すると母は言った。
『父さんは呆れるほどのお人好しで、世間知らずで優しい人よ。王宮の魔法使いには向いてないわ』
たしかにそうかもしれない、とレリアも納得した。でも、どうして掃除夫なのだろう?
『父さんはみんなが笑顔でいるのを影ながら見ているのが好きなのよ』
と母は愛おしそうに笑った。
そんな父は道に落ちているゴミを拾おうとして、馬車にひかれた。
『選ばれた子供の死に方ではないわ』
葬儀はひっそりと行われた。まるで、誰も気がつかないような路傍の花のように。
しかも、偉大なる魔法使いは葬儀に来なかった。そのことで余計に、世間の人から後ろ指をさされることとなった。
体調が悪く出席できないと言っていたが、祖父もまた父に対して失望していたのではないか、と思えてならなかった。半年前に亡くなったことを考えると、不調なのは本当だったのだろうとほっとする一方、やはり、疑いを拭うことは今もできなかった。




