第二話 リロウと書庫整理3
「大げさだなあ。一日や二日食べなくても死にはしないよ」
リロウはあきれて頭をかいた。
「だって、あと二ヶ月も出れないんでしょ?」
「僕の食事を分けてあげるから」
「でも、運ばれてくる食事は一人分でしょ? ここには私と大食漢の赤ん坊がいるのに」
「じゃあ、パンを五つにする魔法をかけてあげるよ。パンをアップルパイにする魔法もかけてあげる」
「そう見えるだけでしょ」
レリアは首を振ってしくしくと泣いた。
魔法は基本的には自然界にあるものしか作り出すことはできない。料理は人が発明したものなので魔法で料理を作り出すことはできないはずだ。魔法でできることは、せいぜいパンやビスケットをケーキに見せかけるぐらいだ。
「分かった、分かった。なんとか出る方法を考えるから、泣かないでよ」
「あるの?」
レリアが聞くと、リロウは両腕を大きく広げた。
「ごらんよ。ここには、こんなにたくさんの魔法書があるんだよ」
レリアは嫌な予感を覚えて顔をしかめる。
「ここから出たいなら、君も協力してくれないと」
リロウはにっこりと笑った。そして、カゴの中に残っていたパンをちぎると、それをシナモンとクルミのパンケーキに変えて、シーに与えた。それをレリアにも手渡しながら、
「パンを肉に変える魔法もどこかにないかな」
とのんきに言っている。
レリアは苦虫を噛み潰したような顔をして、パンケーキをほおばった。
ところがそれは本当のパンケーキのようにあたたかく甘くふかふかとしている。幻影とは思えない。魔法の技術が高いとここまでできるのかとレリアは関心するが、その様子をリロウが満足げに見ていることに気がついてぷいと顔をそらした。
「水を蜂蜜に変える魔法もあるといいんだけど」
リロウは埃まみれの分厚い本を何冊もテーブルの上に置いた。古びてすり切れた表紙には金糸や銀糸で文字が刺繍されている。いったい、いつの時代のものなのか、想像もつかない。
レリアはその一冊を開いてみた。びっしりと敷き詰められた小さな文字にめまいを覚えそうになったが、リロウは絵本を与えられた幼児のように目をきらきらさせながらのぞきこんできた。
「すばらしいよ」
と感嘆の声をあげている。
「目的を忘れないでよ?」
「分かってるよ」
と返事はしたものの、分厚い本を引きずるように寄せると、リロウは覆いかぶさるようにして読みはじめた。ぶつぶつと独り言を言うようになったら、もう誰が声をかけても手遅れだった。
レリアはため息をついて並べられた本を開いた。どれも古びた本ばかりで、文章というよりも模様が描かれているようにしか見えない。
手持ちぶさたになったレリアは掃除をすることにした。
部屋の隅に置かれた掃除用具を見つけたが、使われた様子がない。
リロウは一ヶ月も読めない本を前に何をしていたのだろう?
レリアはまず、羽箒で小さな風をおこして慎重に埃を集めた。加減を間違えると、本が破れてしまう。そよ風よりも静かに、ゆっくりと慎重に回転させる。そうして埃を集めた風を、小さな天窓からゆっくり追い出していく。
天窓まで本が積み重なっているので、風を移動させるのにも神経を使った。本に隠れた床の隅、本棚の隙間をていねいにさらうと、頁のわずかな隙間にも挑戦した。埃払いだけでかなりの時間を要したが、それはやりがいのある仕事だった。
レリアが満足げに汗をぬぐういっぽう、リロウはまるで気にする様子もなく夢中で本を読んでいる。声をかけなければ、水を飲むことさえ忘れている。
すると、どこからともなく小間使い妖精があらわれた。パンとハムが入ったカゴ、それにスープが入ったポットを机の上に置き、空になったカゴとポットを回収する。
「あの、妖精さん、私……」
しかし、小間使い妖精は、ぱっと消えてしまった。レリアたちのことには気づいてすらいないようだった。
小間使い妖精は自然に生まれたものではなく、人形等を使って作り出されたものが多い。それを妖精と呼ぶべきかたびたび議論も起きている。先ほどの小間使い妖精も、決められた仕事をするためだけに生み出されたものなのだろう。
レリアは深いため息をついた。




