第二話 リロウと書庫整理1
強い衝撃を受けて落下は止まった。
視界も記憶も意識も感情も、歪みあって世界がぐるぐると回っている。
「何事だ?」
上から声がしたが、それもまた幻聴のように耳の奥で響いて消えていった。
まだ視界が定まらず、頭もズキズキとする。
「ひどい、こぶができてる。どうしてこんなことになったんだ? 火傷もしてるじゃないか」
声の主はため息まじりにそう言うと、何か呪文を唱えた。
すると、体の熱がすうっと冷めていき、頭や指の痛みも引いていった。回りつづける世界もぴたりと止まった。
レリアはまばたきをしながら起きあがった。
目の前に象牙色の髪とオリーブ色の瞳をした華奢な青年がこちらをのぞきこんでいる。
「リロウ!」
レリアは叫んで思わず彼に抱きついた。リロウは面くらい、尻もちをつく。
「レリ、どうしたのさ?」
最上級生のリロウ・クラリウスはレリアのいとこだ。
彼は選ばれた子供たちの長男、王宮執政官であるヴァリム・クラリウスの息子である。二人の兄がいるが、すでに彼らは所帯を持ち王宮付きの魔法使いとして働いている。二人の兄もリロウ自身も世間の期待に背くことのない優秀な魔法使いで、いずれ彼も王宮勤めをすることになるだろうと言われていた。
レリアは呆気にとられているリロウを無視して、はっとあたりを見回した。どこかの図書室のようで、狭い部屋には本棚が窮屈そうに並び、それを隠すように古びた本が積まれていた。
「私、どうしてここに?」
「それは僕が聞きたいんだけどな。開かずの扉から転がり落ちてくるなんて、さすがレリだ」
リロウはのんきに笑っている。
「開かずの扉?」
「それだよ」
リロウが指を差したほうを振り返ると、宝石がたくさん埋めこまれた重厚そうな石の扉が閉まっていた。
「私、ここからやってきたの?」
「そうだよ、この石の扉を押し破って転がってきたんだ。よく、頭が割れなかったね」
と言って、リロウはレリアの頭部を確認した。
「魔法で癒しておいたから大丈夫だとは思うけど。一体全体、どうしたんだい?」
レリアは思い出したかのように安堵して、ぽろぽろと涙をこぼした。リロウは驚きながらも優しく背中をさすり、彼女が泣き止むまで辛抱強く待ってくれた。
そして気の済むまで泣き終えると、レリアはしゃくりあげながら事情を話した。
「焼却炉の中から亡霊があらわれただって? そんな話ははじめて聞くけどな……」
リロウは首をかしげながら言った。
「私、はやく、セリン様に伝えに行かなくちゃ」
そう言ってレリアは立ち上がり石の扉を開けようとした。ところがそれはびくともしなかった。
「それは内からじゃ開かないよ。外に出るにはそっちからじゃないと」
リロウが指をさしたのは部屋の奥にある梯子だった。
「でも、今は開かないと思うよ」
レリアは眉をしかめ、
「どうして? それに、ここってどこなの?」
と今更ながらにたずねた。
「ここは図書館の最下層にある書庫だよ。しかも、その中でももっとも古い書物を集めた部屋なんだ」
リロウは瞳を輝かせながら言った。彼が古い本の愛好家だということはレリアもよく知っていた。
「それで、開かないってどういうこと?」
レリアは半信半疑で梯子を上って扉を押してみたが、やはりこちらもびくともしなかった。
「それは、僕がここに閉じこめられているからだよ」
リロウは苦笑いをする。
「どういうこと?」
「実は、一ヶ月ほど前にちょっとやらかしちゃって、罰を受けてるんだ。ここで書庫整理をさせられている」
驚くことはなかったが、レリアは呆れて天井を見上げた。
「最近見ないと思ったら、こんなところに閉じ込められていたのね。どうせ、また大昔の魔法を試して、伯父さんの大切にしている美術品を蛙にでもしちゃったんでしょ?」
それは昔、実際にリロウがしたことである。
リロウは古い本を読むだけではなく、そこに書かれている魔法を試そうする悪い好奇心も持ち合わせていた。しかし、太古の魔法――「古魔法」と呼ばれ、一般的にはこの魔法学院ミレスアロナができる前に使われていた魔法のことをさす――は今は禁じられているのだ。その理由は、古魔法が生贄を必要とするからだという。
もっとも、禁止されていなくとも、古魔法に使われる呪文には今は使われていない古い言葉が用いられており、その解読も難しいはずなのだが、リロウはいつの間にか古語まで習得していた。優秀な頭脳があだとなったわけだが、とはいえ、そんな彼でもやはり古魔法は失敗ばかりしているようだ。
リロウが昔おこなった古魔法は蛙を生贄とし、古びた壷はエメラルドに変わるはずだった。しかし、壷はエメラルド色の蛙となってどこかへ行ってしまった。しかも、カビが生えたような汚い壷は伯父が大切にしていた高価な骨董品であったらしく、あのときも、リロウは罰として牛小屋に二週間閉じこめられて牛の世話をさせられていた。
「まあ……」
リロウはばつが悪そうに笑った。
「今回はもうちょっとひどかったかな」
レリアはあきれたようにため息をついた。




