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黄昏に落ちた魔法使い  作者: 花藤かえ


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第十三話 礼拝堂5

 天窓を見上げた。


 ――月明かりのほうがずっと明るい。


「あなたは真実を見極める目を持っている」


 セリンは満足げな微笑みをたたえてリロウを見ていた。


「ありがとうございます」


 リロウは言った。その横顔は見たことのないくらい精悍だった。

 レリアはますます心細さを感じ、シーの寝顔を見下ろした。


 ――私に分かることなんて何もない。何をしたらいいのかも分からない。進まなければならないのに、足下が見えないときには、どうすればいいのだろう。


 セリンの美しい瞳もこのときのレリアには何の慰めにもならなかった。むしろ、現実離れをした非のない容姿に、ますます足下がおぼつかなくなるようだった。


 レリアはふと母と父の背中を思い出した。

 しかし、なぜか記憶の中の彼らを振り向かせることができなくて戸惑った。


『レリア』


 母の声が耳のどこか奥のほうから響いてくる。けれど、その笑顔をうまく思い出せないことに気がついて、レリアは心臓が跳ねるようにどきりとした。


「レリ、大丈夫かい?」


 リロウに肩をゆすられて、レリアははっとした。


「レリア、卵の妖精は無事ですか?」


 美しい瞳にどきりとした。


「はい。あいかわらず眠ってばかりいますが」

「ヴァリム殿から、その妖精にも気を配るようにと言われているのです」

「大丈夫です。シーは、私が守ります」


 レリアの声は自然と大きくなっていた。

 セリンは端正な顔をわずかにゆがめて、いぶかしげに彼女を見た。

 レリアはなぜか急に羞恥を覚え、シーとともにどこかの穴蔵にでも閉じこもってしまいたい気分だった。あの書庫で大人しくしていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに、という思いが去来して、自分の言動がすべて誤りであったかのようなおぼつかない思いがした。


「レリア、神に祈りなさい。そうすれば、少しは心が穏やかになるでしょう」


 セリンに言われて、祭壇の前にひざまずく。その様子をリロウが冷ややかな様子で見つめていた。


「神話とは誰が何のために伝えたものなんでしょう」


 リロウが言った。


「人はとぎれることなく歴史が続き、口は閉じることなく言い伝えられてきたはずなのに、なぜ誰も真実を知らないのでしょう?」


 それはほとんどひとりごとのようだった。


「歴史とは物語でしかありません。それは己の正当性や権力の保持のために語られ、他者との繋がりや共感を得るために伝えられるものです。それは、必ずしも真実である必要はありません」

「では、生きるために、真実は必要ないということですか?」

「必ずしも必要ではありません。しかし、そのように伝えられた物語には必ず矛盾が生じます。それが迷いを生むのです。そのとき、人が探し求めるものが、真実なのです」

「しかし、探し求めたとしても、必ずしも真実が差し出されるわけではない……」


 セリンは微笑んだ。


「その通りです。真実を伝える者が人である以上、人の思惑をさけることはできません」

「では、真実を知りたければ、どうすればいいのですか?」


 レリアは思わず口をはさんだ。


「己で知ることです」


 セリンは静かな目で言った。まるで、夜明け前の静寂すぎる東の空のようだった。


「真実を求め続ける以上、それは決して終わることはないのです。人が日々、争いを続けるのはそのためです。この世界には、様々な意図に包まれた真実があふれ、人はまた、それを様々な形で信じるのです」

「聖夜祭でチョコレート菓子の中からペリドットを探すようなものですね。ほとんどはただのガラス玉なのに、市場にまで出回り、人はその輝きにのみ惑わされています」

「それで、満足できれば良いということですか?」


 おずおずとたずねると、セリンは厳しいまでに澄んだ瞳でレリアを見た。


「この世界のどこかに本物の宝石、いや、それ以上の素晴らしい輝きがあると知っていながら、ただのガラス玉で満足できますか?」


 セリンの厳しい声音にレイラは驚いて、言葉がでなかった。


「己で知るとは、どうすればよいのですか?」


 セリンの瞳はいつになく冷ややかだった。


「まず、知ろうとするのです」


 澄んだ声音は天井から降りてきたようだった。


「与えられるものだけに満足してはいけません」


 さっと天窓から光が射しこんで、セリンのカナリア色の髪を黄金に輝かせた。レリアは息をのんだ。リロウもまた、言葉を失ったようだった。


「リロウ」


 セリンがまっすぐ心に響くような通る声で言った。


「あなたなら、もう分かるはずです」


 リロウが息をのむ音が聞こえてきた。

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