第十三話 礼拝堂3
ところが、先ほどまでいきり立っていたシーはヴァリムの瞳に見据えられると、すっかりと怯え、レリアの髪の毛の中に隠れてしまった。
いくら捕まえようとしても、髪の毛が絡まるばかりだった。レリアの頭は嵐にあった鳥の巣のようになった。
「父さん、シーはレリアにしか懐きませんよ。あんなにお菓子をあげた僕にも、まだ警戒を解いてくれないくらいなんだから」
ヴァリムは険しい顔でレリアの頭を見つめていた。その大きな手がレリアの髪に触れ、シーを取り出そうと試みたが、やはりダメだった。
「髪を燃やしでもしないと無理でしょう」
リロウは笑いをこらえながら言う。
自分の頭がとんでもないことになっていると知りながら、レリアは笑うこともできず、むやみに悲しい気持ちになった。
ヴァリムは深いため息をついた。あきらめたように眉間をおさえると、
「リロウ、やれるか?」
とたずねた。
リロウは仰々しく胸に手を当てる。
「クラリウスの家名に誓って、必ずレリアとシーを守りますよ」
ヴァリムはじっと息子の顔を見つめていた。
そして、ふっと目元をやわらげると、二人の頭をなでた。
先ほどとは違うその優しげな温もりに、レリアは驚きのあまり心臓がどきどきと脈打ったほどだった。ヴァリム伯父にこのように優しく接せられたのははじめてだった。
「私は、今ほど自分をふがいないと思ったことはない」
その素直なことばにリロウも驚きを隠せないようだった。
「父さん、どうしたのです?」
「いや、たしかにおまえの言うとおり、王宮にいては見えないものがたくさんあるのかもしれない。おまえの父もそんなことを言って、王宮勤めをかたくなに拒んでいた」
とレリアを見た。
「おまえは良い魔法使いになると私は信じているのだ。王宮勤めをさせたいと考えているのもそのためだ。おまえの母は私たち兄弟の中で、一番強い魔力を持っていたのだからな」
「母がですか?」
レリアの驚く顔を見て、ヴァリムは訝しげな表情を浮かべる。
「まさか、おまえは自分の母親の出生を知らないのか?」
レリアが恥ずかしそうにうなずくと、ややあきれた顔をした。
「自分の娘にも教えていないとはな。おまえの両親はどちらも精霊人の末裔なのだ。特に、リーラの祖母、つまりおまえの大祖母は妖精なのだ」
レリアは驚きのあまり声が出なかった。信じられないと思ったが、ヴァリム伯父が嘘や冗談を言うはずがない。
「なるほど、妖精に好かれるのはそのためだったのか」
腑に落ちたようにリロウが言った。
「まったく知りませんでした。父も母も、そんなことは何も話してくれませんでしたから」
「彼ららしいことだ」
ヴァリムは目を細めて二人を見た。その表情に何か悲しげなものを感じて、レリアは不安に思う。ところが、ヴァリムはそれを振り払うように顔を背け、
「とにかく、大人しくしていてくれ。知ろうとすることが、必ずしも正しい道だとは限らない。何が目の前にあらわれようとも、足下が照らされていないならば、進むべきではない」
そう言って、部屋を出ていった。
残された二人は顔を見合わせた。言葉にならない不穏な静寂だけがいつまでも尾を引いてた。
休暇中のミレスアロナは不気味なほど静かだった。
笑い声の聞こえない中庭を通って礼拝堂へ入ると、その静けさまでもが口をつぐんだかのように、ひんやりとした冷たい空気に満ちていた。
祭壇の前で膝をついていたセリン・ラフィードが立ち上がり、ふりむいた。ラベンダー色の瞳がステンドグラスのように薄暗い影の中で輝いていた。
「大丈夫でしたか?」
セリンは微笑んだ。
その隙のない端正な笑みはレリアの気弱になっている心を安堵させるのに、十分なほど美しかった。レリアは顔を赤らめてうなずいた。
「ここにいれば、亡霊たちも襲っては来ないでしょう」
「しかし、浄化の呪文が効かないやつらですよ」
とリロウが言った。
「それでも、この神聖な場所を汚すようなまねは絶対にさせません。あなたたちも安心して、神にその身をゆだねればいいのです」
リロウはふっと天井を見上げた。
そこには、太陽神が自身の輝きから「白い星の魔法使い」をつくった場面が描かれている。太陽神は力強く激しい輝きをまとって世界を照らしている。
白い星の魔法使いは銀色に輝く長い髪をなびかせた美しい女性として描かれ、彼女が生まれた瞬間に、芽を出したというイチイの木が枝葉に宝石をちりばめて天井全体をおおっていた。
リロウはその壁画見つめながら、
「セリン様、神話の真実とはどこにあるのでしょうか?」
とたずねた。
「どういう意味ですか?」
セリンは美しい顔をかすかにゆがめた。
「たとえば、違う神話がいくつもあったとしたら、何を信じたら良いのでしょう?」
「リロウ、また変な本でも読んだの?」
レリアがあわてて口をはさむと、リロウは苦笑いを浮かべたが、そこにいつものひょうひょうとした笑みはなかった。




