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黄昏に落ちた魔法使い  作者: 花藤かえ


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第十二話 罠5

「知りませんでした。でも、それは本当なのですか? 精霊人の末裔というのも噂話でしかありませんし。しかも、妖精が人と結婚したなどという話はおとぎ話でしか聞いたことがありませんが」


 とは言いながら、キアランは腑に落ちるものを感じていた。リーラは人を寄せつけない内気な性格でありながら、花のように可憐でやわかな空気をまとい、誰もが言葉を交わさなくとも彼女に親しみを感じてしまう不思議な魅力を持っていた。


 実際、キアランはリーラと言葉を交わしたことはほとんどない。いつも控えめで澄んだ青い瞳をうつむかせ、カラムや無邪気な子供たち、そして自身が手入れをする花々に対するときだけ、素晴らしく優しい表情で微笑みかけていた。魔法使いと言うより妖精だと言ったほうが似合っているような儚げな女性だった。そして本当に妖精だったかのようにある日突然消えてしまった。


 ヴァリムもその思いは同じのようで、


「私は何も、妖精や神話をすべて否定しているわけではない。そう信じる何かがあれば、認めないことはない」


 と言った。


「はじめてリーラと会ったのは、私が王宮に入ったばかりのころで父とともに職務で各地をまわっているときだった。西区にある影の森の近くを通ったときに、私たちの連れていたブタが突然逃げ出したのだ」

「ブタですか?」

「ああ、それはある村で父が気に入って買ったブタだった。右の耳の下に金色の毛が生えていたのだ。旅路の邪魔になるからと諫めても聞く耳を持たなかった」


 ヴァリムはため息をついて話を続けた。


「お前も知っているだろうが、影の森は迷いの森で、狩人さえも足を踏み入れない場所だ。そのため、ブタをあきらめて先へ進むように父に言ったのだが、私の言葉も聞かず、父はブタを追って森へ入ってしまった。それから半時ほどたったとき、父が連れて帰ってきたのはブタではなく、少女だった。私ははじめ妖精かと思ったほど、なんというか、その気配は人らしくなかった」

「人らしくなかった?」


 ヴァリムは珍しく言葉に迷った様子だった。


「まるで、人離れした神聖な光をまとっているかのようだった。ふいに、自然の神秘に出会ったときのような衝撃を受けた」


 キアランはうなずいた。


「そして父が言うには」


 とヴァリムは周囲を見渡すと、急に声を低めて先を続けた。


「あの金色の毛を持つブタが、彼女が眠っているところまで案内してくれたと言うのだ。彼女の一族はすでになく、アザミの花のような白い花の中で彼女はもう何百年も眠っていると、そのブタからリーラについての話を聞かされたらしい。話が終わると、そのブタは森の中へと帰って行ったそうだ」


 キアランはあっけにとられて、


「あなたはその話を信じたのですか?」


 と聞いた。

 ヴァリムは苦虫を噛み潰したような顔になると、


「そうだ。しかし、そう言われるのが嫌で今までこの話は誰にもしなかったのだ」


 と不機嫌に言った。


「それで、お前のほうは妖精について何か分かったのか?」


 キアランがセド・アリゼン博士とエルドリックから聞いた話を簡潔に話すと、ヴァリムはさらに険しい顔つきになった。そして、父の残した日記を見せたが、やはり、ヴァリムにもその日記を開くことはできなかった。


「レンクス兄さんなら開くことができるかと思ったのですが」

「あいつは娘を連れて、クリスノウへ行った。職務を放棄してだ」


 とヴァリムは憤慨した。


「レンクス兄さんはリリのことになると人が変わりますからね。小火騒ぎのほうはどうなりましたか?」

「いっこうに手がかりがつかめない」

「私も亡霊のことはまったくです。しかし、レリアが標的にされていると考えると、やはり、あの妖精と関わりがあるのでしょう」


 ヴァリムは眉間に深くしわを刻み、暗い視線を日記に落とした。


「ここにすべての答えが書かれているといいが」

「ええ、そのためにも、レンクス兄さんがはやく戻ってきてくれるといいのですが」


 キアランが言うと、ヴァリムはふと顔を上げた。曇った表情の下からオリーブ色の瞳を光らせた。その鋭い光にキアランでさえどきりとしたほどだった。


「それと」


 ヴァリムはささやくように言った。

 あたりは風が止まったかのように静けさが降りた。それは、キアランにしか聞こえないように低く秘密めいた響きで発せられた。


「リロウとレリアが裁判にかけられることとなった」


 キアランは言葉を失った。


「小火騒ぎの亡霊を呼んだ犯人がリロウとレリアであると告発があったのだ」

「誰です?」


 キアランは憤りをおさえて言った。


「それが分かっていないのだ。さいわいとも言うべきか、司法長官であるレンクスが王宮を離れているために、まだ正式な手続きは行われていない。しかし、王の顧問団が乗り出してきているため、裁判を避けることはできないだろう」

「顧問団ですか? なぜ、彼らが出てくるのです?」

「これは、王都への反逆罪だと見なされているからだ。その場合のみ、陪審員は顧問団が務めることになっている」


 キアランの顔がさっと青ざめた。


「もしも、それが認められたら、リロウとレリアは死刑を免れないだろう」


 さすがのヴァリムの顔にも動揺の影が見えた。


「まさか、彼らは無罪ですよ。証拠だってないでしょう」

「ミレスアロナで起こした火柱の件もある。法廷では嘘をつくことはできない。もしも、リロウが亡霊を呼んだのが自分だと信じているなら、それが証拠になる」

「なんですか、それは」


 キアランはうわごとのようにつぶやいた。


「いったい、何が起こってるんです?」

「まったくだ」


 ヴァリムも苦しむようにうなずいた。


「まるで、罠だ」

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