第一話 金の黄昏日5
驚いて扉を閉めようとしたが、炎の勢いのほうが強かった。炎は檻に閉じこめられていた猛獣のように外に飛び出し、火柱をあげて天に舞い上がる。
レリアは赤く染まる空を見上げて、尻もちをついた。シーは興奮して鳴いている。
「嘘、何? 何なの?」
それはただの炎ではないことは明らかだった。火柱は空中でぱっとはじけると三つのかたまりとなり、鳥のように宙をくるりとまわった。
そして、真っ黒な空洞の目でレリアを見た。
――亡霊だ!
レリアは震える手を伸ばすと、亡霊を退ける浄化の呪文をつかえながら唱えた。
「あ……悪しき魂よ、汚れを祓い、ひ、光を仰ぎ、風に添い、古き記憶とともに地へと眠れ!」
ほの白い光が指先からあふれだした。それを白鳥の形に描くと、光の白鳥たちは亡霊たちへとむかって飛んで行った。
ところが、亡霊たちは怯える様子もない。それどころか、鳥たちを丸呑みにしてしまった。そして、炎はさらに勢いを増した。
「嘘でしょ?」
やっと修得したばかりの魔法だったのに。
レリアは絶望感に襲われながらなんとか立ち上がったものの、足は震え、棒のように動かなかった。
「なんて日なの、今日は」
だいだい、なぜ学院に亡霊がいるのか。学院の門にも排水溝の出入り口にもひび割れた壁の穴にも、結界がほどこしてあるはずなのに。
亡霊たちは白鳥を前菜のように平らげると、のどを鳴らしてレリアに向かってきた。
頭がちりちりと熱い、顔が燃えるように火照り、汗がしたたってきた。
シーが甲高い鳴き声をあげる。
すると、亡霊たちは一瞬立ちすくむように止まった。
レリアははっとしてかけだした。礼拝堂へ逃げよう、と思ったが足がもつれてしまう。
彼らはシーを警戒しているのだろうか?
亡霊たちはレリアたちを取りかこみ、様子をうかがっているようだった。
炎で体が焼かれるように熱くなり、のぼせたように頭がぼんやりとする。のどが乾いてうまく声を出すことができない。
亡霊たちは空洞の瞳でレリアをじっと見つめていた。そして、口を開いた。その中もまた真っ黒だった。
――食べられる!
と思ったが、何か低い響きのようなものがもれてきた。
地鳴りかと思ったが、それはどうやら声だ。彼らは何かしゃべっているのだ。しかし、当然ながら理解はできない。
三つの亡霊たちが不気味な音楽を奏でるように何か言っている。呪いの言葉だろうかと思い、耳を塞ごうとすると、炎がレリアの指先を焼いた。
レリアは悲鳴をあげた。
何を伝えようとしているのかさっぱり分からなかったが、その禍々しく殺気だった様子は友好的なメッセージではないことは間違いない。
不気味な音響が頭の中を陰らせていく。
なぜ、今日はこんな目ばかりに会うのか。
あふれる涙も熱湯のように熱く、火傷をしてしまいそうだった。
そのとき、シーがまるで涙を拭ってくれるかのように体を頬にすり寄せてきた。
キィ、キィ、と、熱った体を冷ます冷水のように、シーの鳴き声が胸に染み入ってくる。
恐怖がわずかに引き、冷静な隙間を頭の隅っこに見つけた。そこに意識を集中させる。
――イメージ。
魔法を使うには、正確な呪文よりも心に描くイメージが一番大切だ。呪文はあくまでも補助でしかない。
優秀な魔法使いならば、あらゆる魔法のイメージを瞬時に作り出すことができるが、レリアはまだそのレベルではない。
彼女は心を落ち着かせて、慎重にイメージを描いていく。
大きなスープ皿――その中を海のようなコバルトブルーの水で満たした。
耳がちりちりと焦げるように熱くなった。意識を集中していないとスープ皿の海が沸騰してしまう。
レリアは水の温度をゆっくりと下げていく。冬の夜が深まるように。そして、凍りつく寸前まで冷やすと、その皿を持つように右手をあげ、亡霊たちにむかって冷水をあびせかけた。
炎は一瞬、消えるように小さくなり、影だけが残った。
その隙をつき、レリアはかけだした。
目の前に小さな入り口を見つけた。おそらく、どこかの地下室に通じる階段だろう。
その中に逃げこもうとしたとき、もつれた足が小石につまづき前のめりに倒れた。そのままレリアの体はボールのように階段を転がっていった。




