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黄昏に落ちた魔法使い  作者: 花藤かえ


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第十二話 罠4

「たしか、リロウお坊ちゃまと同じくらいの年にお生まれだったかと記憶しておりますが」


 キアランはうなずいた。

 あの年ごろだと成長の変化はいちじるしい。しかし、今では二人の容姿にはずいぶんと差ができていた。リロウの優秀な才能のために気がつかなかったが、たしかに、レリアの姿はあの日から変わっていない。


「あなたは、実によく見ていますね」

「それが、わたくしの仕事でございますから」


 エルドリックは朝の日差しのように静かな表情で言った。


「あなたは何もかもを知っているのではないですか?」


 そうたずねてからキアランは後悔するように口をつぐんだ。そして、しばらく日記帳を暇つぶしのようにいじり、ため息をついた。


「キアラン様、旦那様があなた様とはじめてお会いになった日のことを覚えていらっしゃいますか?」


 そう問われて思い返そうとすると、あまりの遠い記憶にキアランはふっと眠りにつきたくなるようなゆらめきを感じた。


「深く透き通った青い瞳をこの世で一番美しいと思いました」


 闇の中で影のような狼たちの群れを一払いしたその姿は、神を信じないキアランに神様と呼ばせたほどだった。しかし、今思うと、その青く輝く姿は太陽神ではなく、月からの使者のようだった。


「旦那様は当時、氷の魔法使いと呼ばれ、恐れられておりました」

「たしか、父が幼いころ、炎の悪魔と戦って、樹海まで氷漬けにしてしまったんですよね?」

「噂によれば、この大陸中に大寒波を起こしたそうでございます。ですから、はじめは誰しもが旦那様を畏怖の瞳で見つめるのでございます。しかし、そうでなかったもの、特に、美しいものを発見したように瞳を輝かせて旦那様を見上げた幼い魔法使いが六人いらっしゃいました」

「それが私たちなのですか?」

「はい」


 とエルドリックが微笑んだ。


「旦那様はお子さまたちに可能性を感じておられました。もちろん、そのまたお子さまたちにも」

「その期待に応えられているとは思えませんが」


 キアランは苦笑いを浮かべた。


「ですから、何も言わずに行ってしまわれたのでしょう」


 その言葉がまたキアランの胸をついた。


「これは私が持ち帰ってもいいですか?」


 日記を指さしてたずねた。


「もちろんでございます」

「父の残した謎だけは相続することにします」


 キアランは笑って言った。


「とはいえ、私だけでは手に余るようです。レンクス兄さんはこの手の魔法書を開くのが得意ですから相談してみます」



 王宮に戻ったがレンクスはいなかった。

 そのかわりに、キアランはグリーンヒルにあるヴァリムの別荘が炎の亡霊に襲われたことを聞かされ、ひどく驚いた。

 別荘にはレンクスの愛娘であるリリアーナも滞在しており、外傷はなかったものの、衰弱が激しいために、彼は愛娘を保養地へ連れて行ったのだという。

 リロウとレリアは火傷もひどく、ミレスアロナの医務室にて治療を受けているが、まだ意識も戻っていないとのことだった。


 キアランは様々な混乱を感じながら人気のない王宮を歩き回った。すると、黒い影を侍従にしたヴァリムと行き当たった。


「どういうことです?」


 ヴァリムが無言で通り過ぎようとするところを、怒るように遮った。


「キアラン、今は」

「なぜ、グリーンヒルに亡霊があらわれたのです? あそこは安全だとあなたが判断されたのではないのですか?」


 ヴァリムは弱みをつかれたように唇をかんだ。


「それは私にも予想外のことだった」

「いったい、炎の亡霊とは何なのです?」


 ヴァリムの顔はどんどんと苦みと影が増していった。それにもかかわらず、キアランは責めるように言葉を重ねた。


「やはり、卵の妖精をレリアに渡したのは間違いだったのではないですか? なぜ、彼女に渡すのが良いと判断されたのです? 妖精について、あなたはどこまで推測しているのです? あの噂をどうお考えなのです?」


 ヴァリムはキアランを落ち着かせるように両手をあげた。


「待て。私も混乱しているのだ」


 キアランは一呼吸置いて、落ち着きを取り戻すと、


「すいません。リロウもひどい容態だというのに」


 とうなだれて言った。


「私もこんな事態になるとは予想できなかったのだ」


 静かな声には悔恨の念がこめられていた。

 まるで雨雲がたちこめたかのように重苦しい空気がたちこめ、キアランは口を開けることをためらった。


「妖精については、私は何も知らない。父の噂を聞いていないわけではないが、私は信じていない」


 ヴァリムはきっぱりと言った。


「ただ、父の残したものが普通の妖精だとは思っていなかった」

「それでは」

「レリアはクラリウス家の中で精霊の血を一番濃く受け継いでいる」


 ヴァリムは言った。

 キアランは驚いて目を見張った。


「一番ですか? たしかにカラム兄さんは精霊人の末裔と言われる集落の出身だと聞きましたが、それは、レンクス兄さんだって同じはずです。それなら……」


 レンクスの生まれた北の村も精霊人の末裔と呼ばれる人々が住んでいた。その村人は誰もが美しい容姿を持つものばかりで、そのためにその噂も信じられてきたということだった。


「リーラもそうだ。そして、彼女の祖母は妖精だったと父から聞いている」


 キアランはいっそう目を丸くした。

 リーラはレイラの母だ。

 そして、本当なら、自分の妹になるはずの娘だった。

 ところが、偉大なる魔法使いに拾われた彼女は、カラムにしか心を開かず、結局、彼女はカラムの妻となった。

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